EP337 終末の赤龍
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!」
巨大すぎる竜が咆哮する。
それによって周囲のドラゴンは逃げるように去って行った。
再び空気が震え、クウとベリアルはその風圧に耐える。
「アレがボスか!」
「想像以上に大物みたいね」
感じられる気配とエネルギーは他の竜を大きく上回っている。いや、上回っているどころか次元が違うとすら思わされる。これだけのエネルギーならば、超越者だと言われても驚かない。
「確認するか」
クウは「魔眼」に「理」を掛け合わせ、《真理の瞳》を発動させた。情報次元を直接見て解析する「魔眼」が紅い巨大竜の情報を映し出す。
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神龍 1487歳
種族 超越真核
「意思生命体」「龍眼」「龍鱗」「核」
権能 【終焉龍】
「次元支配」「界」「滅亡」
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予想通り超越者だった。
かなり物騒な権能を保有しているので、あまり油断する訳にはいかない。クウは一人で超越者を打倒できる能力を持っているが、絶対の力ではないのだ。
「しかし変な種族だな。真核ってなんだ?」
見た目は深紅のドラゴン。
そして名前も神龍である。
種族にも竜の名が入っているのかと思えば、『真核』というのが種族名となっている。聞いたこともなければ予想もつかない種族だ。神龍の能力を考えれば、変化や幻術を使うとも思えない。
クウは何かあると分かっていながらも、それが何かは分からなかった。
「く……こんな奴の話は聞いたことがないぞ。倒してもいいのか?」
「倒していいのなら私が頑張るわよ?」
「む……取りあえず保留。ヤバそうな気配がするし、今回は引くぞ。ベリアルの能力も大体は確かめたからやることは終わっている」
「そう? マスターが言うなら構わないわ。それでどうするの?」
「取りあえず龍鱗の一枚でも剥いでから帰る」
「了解よマスター」
どうせ変えるなら解析用に相手の体の一部を持って帰ることにした。あの巨体なので一枚ぐらい龍鱗を持って帰ったところで大して変わらないだろう。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
「来るぞベリアル」
「あれは……ブレス攻撃ね!」
神龍は牙が並ぶ大きな口を開き、大量の魔素と気を集めていく。さらにそこへ権能【終焉龍】の特性「滅亡」を加えた滅びの息吹だ。
喰らえば情報次元を滅ぼされるので、クウの消滅と似ている。ただ消滅と違って「滅亡」は色々と応用が利くのだ。滅亡の仕方にも様々あるからである。災害のような、滅びを齎す自然現象も「滅亡」には含まれている。
ただ、ここではクウの消滅と同じだ。
触れなければ良い。
ただ、相手は巨体であり、必然的にブレス攻撃も大きくなる。
クウとベリアルは大袈裟に回避した。
「カアアアアアアアアアアアアアッ!」
神龍のブレスは直線状に飛ぶビームではなく、放射状に放たれる破滅の息吹だ。「滅亡」の力によって空間ごと大きく削り取られた余波で大風と大波が発生した。
空気が広範囲に消滅し、海もかなり消し飛ばされたので、そこに周りの空気や海水が流れ込んだのである。
同じ竜の姿をしたファルバッサと比べても、攻撃範囲が桁違いだ。
「援護を頼むベリアル」
「任せて」
ベリアルは弓矢を構えてクウの背後に回り、クウは魔神剣ベリアルを手に飛翔する。相手は巨大だが、その代わりにクウのような小さな相手と接近戦は難しい。例えば背中に回り込まれた場合、神龍はクウに攻撃を当てることが難しくなるのだ。
「グオオオオオオオ!」
「そんな攻撃当たるかよ!」
神龍の咬みつきを簡単に回避したクウは、そのまま背中へと回り込む。さらに降下して神龍の背中へと着地を決め、魔神剣ベリアルを使って足元の龍鱗を切り取った。堅そうな龍鱗だったが、神剣クラスでも切れ味に特化している魔神剣ベリアルならば問題ない。龍鱗はクウの上半身よりも大きく持ち上げるのも大変そうだった。
「ま、虚空リングがあるから関係ないけど」
虚数空間を内包した虚空リングならば無限に物を収納できるので、大きすぎる龍鱗でも荷物になることがない。クウは収納のために龍鱗を左手で触れた。
しかし、それと同時に龍鱗は煙のように消えてしまう。
これは収納できたから消えたのではなく、本当に龍鱗が消失したのだ。
これにはクウも驚いた。
「なんだと!?」
さらに驚くべきことは続く。
神龍が消えた。
そしてクウの真上に出現したのだ。それと同時に神龍の爪が振り下ろされ、驚愕していたクウは直撃を喰らってしまう。無意識で張っている魔素と気の結界で、ある程度は威力を殺した。しかしぶつけられた運動エネルギーは抑えきれず、クウは海へと叩き付けられてしまった。
「マスター!」
ベリアルが叫び、死の瘴気で作った矢を放つ。音速を越えて神龍の持つ七つの目の一つに直撃しようとしていたが、矢は何故かすり抜けてしまった。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
再び咆哮し、神龍は最高威力最広範囲のブレスを海に叩き付ける。クウを海と一緒に消滅させようとしたのだ。白い光が周囲を塗りつぶし、破滅の一撃によって海水と海底がゴッソリと消し去られる。周囲から海水が流れ込むことで海流に異常が生じ、北の海岸線を津波が襲っていた。
この辺りに人は住んでいなかったので良かったが、もしも港町があれば壊滅している。
あれではクウも確実に大ダメージを受けているだろう。
そう思ったベリアルは再び叫んだ。
「マスター!」
「俺は大丈夫だ。お前の後ろにいる。そう慌てるな」
「マスター? いつの間に……」
「幻術で密かに海から上がっておいた。元は不意打ちするつもりだったからだけど、お陰で助かったな」
偶然とはいえ本当に助かった。
しかし、あの神龍には奇妙なことがある。今は助かったことよりもそちらを先に考えるべきだと判断して、クウは話題を変えた。
「いきなり俺の頭上に出現した瞬間移動、それに瘴気の矢をすり抜けた能力。おそらくは「次元支配」による効果だな」
「となると、空間を制御しているのかしら?」
「恐らくは。空間を渡る次元移動と自身を今の空間から位相変化させることで各種法則を無効化する異次元化だな」
空間操作をする相手というのは総じて厄介だ。アリアの【神聖第五元素】も空間操作が可能なので、その厄介さがよく分かっている。しかも、神龍の場合はあの巨体で瞬間移動に近いことを成し遂げてしまうのだ。
巨体だから鈍重というのは当てはまらない。
また、神龍の能力はただの空間操作ではなく「次元支配」だ。新しい次元に空間を創り出し、自身の本体をその次元へと隠すことで攻撃をすり抜けさせることも可能となる。一見すると今いる物理次元に存在しているように見えても、実際は通常の法則が届かない別次元に存在しているのだ。
次元移動と異次元化の二つだけでかなり有利となる。
しかし対処法がないわけではない。
「法則系での攻撃が無理なら、因果系の攻撃を使えばいいだけだ。ベリアルは《アルテミスの矢》であいつを穿て。俺も少しだけ本気を出す」
「分かったわ」
「《無幻剣》」
ベリアルが矢をつがえて詠唱している間に、クウは大量の幻剣を展開して神龍を囲む。無数の剣が神龍に切先を突きつけ、クウの意思一つでいつでも射出できるようになった。
「向こうが次元操作してくるなら、俺たちは因果の帰結で必中の攻撃を使うまで」
その瞬間、幻剣が一斉に神龍へと殺到し、ほぼ同時にクウの姿も消えた。《因果逆転》による結果の決定によって、クウは幻剣で神龍を切ったという現象が確定された。距離の矛盾や次元の違いによる攻撃透過を全て無効化し、神龍を斬りつける。
しかし、神龍の持つ「龍鱗」は強力な耐性を有しており、ただ剣で斬っただけではダメージを受けない。幻剣はあくまでもただの剣であり、神剣ほどの性能を持っているわけではないのだ。斬ったは良いが、普通に弾かれてしまった。
「なるほど」
ただ『斬った』という結果を取り出すだけでは、『斬り裂く』ことは出来ない可能性が残っている。そこでクウは次に『斬り裂いた』という結果を持ってくることにした。
通常よりも強い結果なので、負担がかかるのは仕方ない。
クウは別の幻剣へと跳び、神龍を鱗ごと切り裂いたのだった。
「《アルテミスの矢》!」
ベリアルは必中の矢を放ち、神龍の目を正確に貫く。神龍は異次元化ですり抜けるつもりだったのだが、因果の確定によって矢は確かに目を射抜いた。
七つの内の一つが死の崩壊によって潰され、流石の神龍も呻く。
「グガアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「ナイスだベリアル」
神龍はその場で暴れ、クウから意識を離した。それは数秒程度のことであったが、クウに数秒を与えるということは致命傷を意味する。何故なら、クウは超越者に特効となる能力を有しているからだ。
欠点として発動に時間がかかるということ、そして一度発動したらそれ以外の能力が使えないことなどがある。しかし、数秒も隙があるのだからそれらの条件はクリアされた。
「《素戔嗚之太刀》」
クウは魔神剣ベリアルを収納し、神刀・虚月を取り出して居合の構えをしていた。余談だが、ベリアルは魔神剣ベリアルを虚空リングに収納しても顕現し続けることが出来る。ただし、剣を通してクウからのエネルギーが送られてこなくなるので、エネルギーを使いすぎると消えてしまう。
集中して「意思干渉」による意思次元への干渉を行い、虚空の中に白銀の太刀を出現させる。太刀は幻影でしかないのだが、神龍がそれを認識したことで本物だと感じてしまうようになった。
この一撃は直撃すれば意思次元を削り取るため、超越者であっても致命傷に至る。ある程度のダメージを負っている状態で喰らえば、一撃死もあり得る威力だ。
神龍は辛うじて異次元化を使うが、意味がない。《素戔嗚之太刀》はあくまでも幻影の太刀なので、物理法則など関係ないからだ。クウの背後に出現した白銀の巨大太刀に斬られたと認識すれば、それは斬られたことになる。本当は幻影が通過しているだけに過ぎないのだが、「意思干渉」によって魂自体が斬られたと思い込んでしまうのだ。
「はぁっ!」
白銀の太刀は首の付け根あたりを切り裂いた。余りに巨体すぎて、《素戔嗚之太刀》でも両断することは出来ないらしく、ただ大きな傷を与えるだけとなる。
ただ、魂が削り取られたことでかなりの苦痛を伴うはずだが、神龍は特に何の反応をも示さなかった。魂の根底である意思次元が切り裂かれたことで生じる苦痛も、体を斬られたことで生じる苦痛も全く感じていなかったのである。
神龍は一瞬の静寂の後、普通に再生してしまった。
そして咆哮する。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
(《素戔嗚之太刀》が効いていない!? 特殊な能力か!? ともかく……)
クウは逃げようとして神龍から離れる。
それとタイミングを合わせてベリアルが死の矢を放ち、神龍を牽制した。僅かな隙を使ってクウは幻術を使い姿と気配を誤魔化し、自分が南へ……海の向こうへと逃げているように錯覚させる。そして本体は陸のある北へと音速で飛行した。
その際に魔神剣ベリアルを取り出し、ベリアルを剣の中に回収することを忘れない。
(一旦引く。あのまま戦うとヤバい気がする)
神龍から嫌な雰囲気を感じて逃げ出したのだが、正解だったようだ。
凄まじい霊力が空間を支配し、次元へと干渉して一定空間を固定する。そして南へと逃げている幻術のクウごと空間が変質した。
神龍が指定した空間が別次元へと飲み込まれたのである。
それと同時に神龍も消失した。
恐らくは自分を中心とした一定範囲を時空間結界に閉じ込める世界侵食だろう。何故か《素戔嗚之太刀》が効かないと分かっている状況で、あれを喰らうのは良くない。
逃げて正解だったということだ。
クウは魔神剣ベリアルを腰につけ、ベリアルを顕現させる。
「ふぅ……助かったわマスター」
「ああ、かなり拙かったな。あくまでもお前の本体は剣だから、空間に飲み込まれても大丈夫だったとは思うけど……《素戔嗚之太刀》が効かなかったわけだし、何か能力を無効化する系統の能力でも持っているかもしれない。用心した方がいいな」
「どうするの? リベンジする?」
「いや、優先する対象があるから、今は引こう。それに元から実力を確かめて引く予定だったからな。倒すべき時が来たら味方を連れてくる。本来、超越者は一人で倒せるような奴じゃない」
「そう? マスターがそう言うなら仕方ないわね」
「ああ……ところでベリアルは顕現させたままでいいのか? それとも剣の中に戻るのか?」
「そうねぇ? 直接世界を見たいし、このままがいいかしら?」
ベリアルの要望もあり、クウは彼女を剣に戻さないことに決める。彼女自身に学習能力があるので、興味のあることをさせるのは間違っていないだろう。それが彼女自身を強くすることにつながるはずだ。
一人と一本……いや二人はそのまま人族領へと向かって行ったのだった。
赤い竜はいずれ説明します。
クウの切り札が聞かなかった理由もその時に
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