EP336 死と悪意と狩猟
ベリアルは左手に瘴気を集中させ、漆黒に染まった弓を創り出した。特に装飾もないシンプルなものだが、死の瘴気を固めているだけあって、凄まじい畏怖を感じる。
そして右手でも同様に瘴気を集め、今度は矢を創り出した。
「死になさい」
強く引き絞られた瘴気の矢は、音速にも匹敵してドラゴンの一体を貫く。すると、その傷口から瘴気が侵食してボロボロと崩れ去ってしまった。傷口が広がっていくように身体が崩れているため、ドラゴンが感じる痛みは想像を絶するものとなっている。
絶叫を上げつつ、海へと落ちていったのだった。
「なるほど。この程度で十分ということね……」
そう呟いたベリアルは、目にも留まらぬ速さで矢を射始めた。そしてその全てが正確にドラゴンを貫き、たったの一撃で殺してしまう。死の瘴気は情報次元から対象を殺すというものであるため、耐性がなければ触れるだけで死んでしまうのだ。
尤も、耐性があるのは余程特殊なスキルを持っている者か、超越者ぐらいだろう。あとは《超回復》のようなスキルならば、死の崩壊と回復が拮抗して死なずに済む可能性が高い。
圧倒的な弓術でドラゴンを殲滅していくベリアルを見て、クウはすっかり感心していた。
「なるほど。正確にプログラムしないと動かないロボットみたいなのを想定したけど、既にかなりの自己を確立しているみたいだな。これまで吸ってきた血に宿る意思から投影したってところか。これだけ自在に動けるなら俺の負担も減りそうだな」
ベリアルは疑似的な精霊だが、その身体を構成しているのは死の瘴気だ。つまり存在自体が毒である。必然的にその攻撃は毒に染まり、解毒方法など皆無に等しい。
まさに悪意から生まれたのが彼女だ。
そしてベリアル一人に任せるのではなく、クウも魔神剣ベリアルに瘴気を纏わせて近くにドラゴンへと斬りかかる。
「グルオッ!?」
「ふーん。流石の切れ味ってところだな。そらっ!」
普通の武器では弾かれるだけで終わる竜鱗も、魔神剣ベリアルならば豆腐のように切断できる。
クウは一刀にてドラゴンを両断し、更に瘴気を斬撃として放って遠距離攻撃も放つ。ベリアルを顕現させていても、剣の性能は劣化したりしないらしい。流石は神剣だ。
神魔剣だったころは半神剣とも言うべき中途半端な性能だったが、こうして正式に神剣となったことで二段階ほど格が上がったらしい。この魔神剣ベリアルは一種の知性体武装であるため、神剣の中でも上位に位置すると言えるだろう。
その代わり、吸血による進化は無くなったようだ。
吸血能力自体は残っているのだが、流石にこれ以上は強化されないらしい。
ただ、疑似精霊であるベリアルが成長するという点で、そちらに能力が受け継がれていると考えた方が良いかもしれない。ベリアルの地力は固定だが、彼女は今や知性を持つ存在だ。学習し、成長することが出来る。
「遠くのドラゴンは頼むぞベリアル」
「任せなさいマスター」
クウが魔神剣ベリアルで近くのドラゴンを屠り、ベリアルに近づけないように阻む。真竜クラスのドラゴンがブレスを放てば、瘴気の斬撃で相殺してベリアルを完璧に守護していた。
そしてベリアルは左手に持つ弓で次々と遠くのドラゴンを穿つ。高速で飛翔するドラゴンをいとも簡単に射抜き、空を埋め尽くすほどのドラゴンを目に分かる速度で減らしていた。弓であるはずだが、マシンガンでも撃っているかのような連射速度である。さらに一矢一殺というのも強みだ。急所に当てない限りは殺傷力が低い弓だが、死の瘴気を固めたベリアルの矢は相手のどの部位に当てても一撃で殺すことが出来る。
「これ程のドラゴンを一発ずつ射抜くのは骨が折れそうね。仕方ないわ。少しだけ時間を稼いでくれるかしらマスター?」
「いいぞ。《銀焔》」
時間稼ぎを頼まれたクウは銀霊珠を創り出して燃やし尽くす意思を与える。それは白銀の炎となり、放たれてドラゴンを概念で焼き尽くした。
その気になればクウだけで殲滅可能な相手だが、今回は魔神剣ベリアルの性能……もといベリアルの実力を見るために戦っているのだ。彼女の言う通り、時間稼ぎに留める。
クウが白銀の炎でドラゴンを近づけないようにしている間、ベリアルは弓を構えつつ、静かな口調で詠唱を始めた。
「『悪意の底へと封じられし我が力よ
今この時をもって解き放ちましょう
我が手の中に死を
千の敵を殺す力を―――』」
そしてベリアルはゆっくり、ゆっくりと弦を引いていき、死の瘴気を極限まで集めて一本の黒い矢を形成し始めた。それは矢じりが捻じれてた歪な形をしており、黒いオーラのようなものが滲み出ている。
「『―――
謳う唇は死を告げ知らせ
果ての彼方より加護を与える
一矢をもって万軍を討ち果たす
さぁ穿ちなさい!』」
最大まで弓を引いたベリアルは死の一撃を宣言した。
「『《アルテミスの矢》』!」
狩猟の女神の名を冠する一撃がドラゴンの群れへと放たれる。
この矢はクウの能力を受け継ぎ、因果に干渉することの出来る一撃だ。視認した範囲の敵すべてに直撃するという結果を導き出す矢なのである。
たった一本だが、敵が複数ならば相応に分裂する。
堅い障壁を持つ相手なら、障壁を破ったという結果を優先する。
そして当ててしまえば死の瘴気が必ず相手を死に至らしめる。
ベリアルがその紅い瞳で捕えたのは千を越えるドラゴンの群れだ。その全てがたった一本の矢によってロックオンされる。
「いきなさい!」
矢は一瞬で分裂し、一秒と経たずに全てのドラゴンを穿った。そして傷口は死の瘴気によって黒く染まりながら崩壊し、ドラゴンは絶叫を上げながら落ちていく。あるドラゴンは海へ、あるドラゴンは諸島へと落下しながら同時に死へと降っていた。
黒い雨となった死の矢によってベリアルの視界の範囲にいるドラゴンは消し去られ、周囲を覆うように飛んでいたドラゴンの壁の一角に大きな穴が開いた。
攻撃力と殲滅力は申し分ない。
「ベリアル。次は死体が残るように手加減できるか?」
「あら……私は死を与える悪意の魔神なのだけど? 殺し方なんて自由自在よ」
「じゃあ、取りあえず三十体ぐらいを葬ってくれ」
「ええ」
ベリアルはそう言って弓を構え、瘴気を集めて矢を形成する。狩人の性質を持つ彼女にとって、毒を操ることは呼吸するように出来る。死の瘴気とは一種の概念毒であり、完全に肉体を滅ぼす最強の死毒から死体が残るように手加減した死毒まで自由自在だ。
彼女が今手に取っている矢は、手加減した死の瘴気で形成している。
「そうね……あの緑色のが手頃かしら?」
ヒュンッと風を切る音が鳴り、エメラルドグリーンの竜鱗を持つ飛竜の首へと矢が突き刺さる。そして一瞬のうちに情報次元を瘴気が侵し、生へと傾いている情報を全て死に変換した。ドラゴンは一瞬だけビクリと震えたのち、力を失って地に落ちていく。
クウは落下しきる前に音速で近寄り、虚空リングで死体を回収した。
「その調子で頼むベリアル」
「ええ、任されたわ」
すぐに第二射が放たれ、次のドラゴンが死に至った。
それをクウが回収する。錬金術師リグレット・セイレムは研究に色々な素材を欲しているので、珍しいドラゴン系の素材は良い土産になると思ったからこその行動だ。
(しかし何でこんなところに大量のドラゴンがいるんだか……)
まさに竜の諸島とでも名付けるべき場所だ。
点々と海に浮かぶすべての島からドラゴンが飛び立ち、空を埋め尽くさんばかりに飛び回っている。まるで魔物が泉のように湧き出ているかのようだ。
そこまで思考を巡らせ、クウはある予測へと辿り着く。
(まさか……この諸島のどこかに創魔結晶があるのか……? そう言えばゼノネイアは創魔結晶が全部で七つあると言っていた。キメラ系、アント系、スパイダー系、ウルフ系、スケルトン系、悪魔系の創魔結晶で六つだ。ということは、あと一つがどこかにあるってことになる。この島は丁度、人魔境界山脈の南部にあるわけだし、人族が魔族領へと移動するとき、海路を使わせないために竜種の領域を設定していてもおかしくない)
創魔結晶は大樹ユグドラシルから魔素を供給されることで無限に魔物を生み出すという代物だ。これも光神シンが作り出したものであり、嘗て精霊王フローリアが裏世界から持ち込んだものだ。
人族と魔族を完全に分断するための重要アイテムであるため、仮に壊れたとしても再生するようになっている。かなりの魔素を消費するが、すぐに再生可能という規格外なものだ。
(海路で人族と魔族が繋がらないようにって措置か。辻褄は合うな。となると、どこかに六王に匹敵するドラゴンの王がいるはずだ)
大海原に点在している諸島は数えきれないほどである。創魔結晶の位置や王の存在を確認しておきたいが、チマチマと探していては時間がかかり過ぎる。「魔眼」と「理」による情報次元解析も考えたが、酷く集中力を使うので例え格下との戦闘でも戦場で使うべき能力ではない。
ベリアルが撃ち落としたドラゴンを回収しつつ、クウはそこまで考え答えを出した。
「もういいベリアル。あとは本気で潰す。全力でやれ!」
「了解よマスター
『悪意の底へと封じられし我が力よ
今この時をもって解き放ちましょう
我が手の中に死を
千の敵を殺す力を
謳う唇は死を告げ知らせ
果ての彼方より加護を与える
一矢をもって万軍を討ち果たす
さぁ穿ちなさい!
《アルテミスの矢》』」
「滅ぼせ! 《魔神の矢》!」
ベリアルが最強の瘴気を《アルテミスの矢》として放ち、クウは情報次元を消滅させる《魔神の矢》で可能な限りの広範囲を攻撃する。ベリアルの視界に収まったドラゴンは、必中の結果を導き出され、死が確約された一撃によって身体が崩れ去っていた。そしてクウの攻撃は全方向へと均等に放たれ、多方向から迫っていたドラゴンを残らず完全消滅させる。
天地が見えなくなるほどのドラゴンは殆どが消え去り、遠くまで見渡せるようになる。
ドラゴンたちもクウとベリアルから感じられる格の差を思い知ったのか、様子見ばかりで攻撃を仕掛けてくる気配すら失った。尤も、固有技《竜息吹》を放とうとするたびにベリアルの矢で穿たれ、近寄って爪や牙で引き裂こうとすればクウの魔神剣ベリアルが待っている。そんな絶望的状況を見せつけられた上に、二人の一斉攻撃で殆どの仲間を消し去られればドラゴンとはいえ尻込みしてしまっても仕方ない。
「これで満足かしら?」
「ああ、十分だ」
「それでマスターは何を狙っているの? さっきはドラゴンの死体を回収していたみたいだし、素材が欲しいのではないのかしら?」
「少しな、おびき寄せようと思っているドラゴンがいる」
「おびき寄せる……このドラゴンを統率するボスね。ドラゴンは孤高の生物だけど、これだけ数がいれば群れを成す。そして群れがあるということはボスがいるということ。ボスは多くの配下が殺されて黙っているはずがないということね?」
「その通り。ちょっとばかり竜王をおびき寄せたくてね」
クウの予想通り、配下のドラゴンを殺された竜王は怒り狂っていた。
そして空気が震え、大波が起こるほどの咆哮が木霊する。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
そして諸島の中でも特徴的な火山島が大きく揺らいだ。そして火口から悍ましいほどの紅いオーラが溢れ始め、そこから信じられないような巨体が姿を見せる。
いや、火口から出て来たときは相応の大きさしかなかったが、上空へと昇るにつれてその身体を膨張させていた。そしてクウとベリアルがいる高さに来る頃には、元の十倍を超える巨大ドラゴンへと変貌していたのである。
鱗は深紅。
七つの目を持ち、七つの角を持つ破滅の化け物。
頭から尻尾まで八百メートルにもなる巨大すぎる竜王が姿を顕したのだった。
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