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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
335/566

EP334 地獄の階層


「この辺りは八割完了か」



 人族領を彷徨うクウは大地に手を当てつつ呟いた。今は精霊王をおびき寄せて討伐するための下準備をしているところであり、バレないように細心の注意を払う必要がある。

 大地の浄化システムが閉じられた原因となっている四体の大精霊を利用し、大樹ユグドラシルに影響を与えて精霊王フローリアを呼び寄せるつもりなのだ。

 大精霊は大樹ユグドラシルの根と繋がっているので、クラッキングの要領で四体同時に攻撃するのである。本当ならば一体ずつ楽に始末したいところだが、大精霊はお互いをバックアップとすることで討伐しても即時再生復活してしまう。

 一秒の誤差もなく同時討伐しなければ大精霊を倒すことは出来ないのだ。

 もしくは精霊王を始末しても大精霊は消える。

 ただ、精霊王を呼び寄せるために大精霊を始末しようとしているので、大精霊を始末するために精霊王を始末するのは本末転倒だ。そこでクウが考えた対策がこれである。



「く……流石に一人でやるのは辛いな」



 クウの考えた対策で問題となるのは、大樹の根がどのような仕組みとなっているかだ。根は物理的に伸びているのではなく、どちらかというと概念的なものに近い。地脈、竜脈と呼ばれる大地を流れるエネルギーのように、フローリアの霊力を大地に流しているのだ。

 それを解析しなければ逆算も出来ない。

 つまりクラッキングも成功しない。

 そもそも、訳の分らないものに無理やり介入することは危険だ。どんな反応を引き起こすか分からないし、下手すれば地殻変動の多発によって人族が絶滅する。最悪は大陸が海に沈むだろう。

 それだけのことをしてフローリアを殺せなければ目も当てられない。

 しっかりとした解析、演算は重要なことだ。



「この辺りの”根”は東の大精霊に繋がっているから……より分けて……いや、こちらは強制切断するか。回路を限定してあちらはオーバーヒートさせれば自滅させられる……うむむ……」



 まさに複雑怪奇。

 フローリア以外には理解できないだろう。だが、クウは理解することに特化した才能の持ち主だ。こういった解析は得意である。少しずつではあるが解析を進めていた。



「なっ!? ダミーが二千個ぐらいあるぞ……いや、違うか。これは何かの原因で一度切断された”根”が再生した痕跡か。となると、本命を見つけるのは難しいな……ぶっ潰していっそ無視するか。迂回させてしまえばなんとかなりそうだし」



 自分の意思力を流し込むために経路を計算するが、複雑に絡み合う”根”は無限とも言える経路を持っているのだ。全てを侵略する必要はなく要所要所を攻略すれば良い。

 しかし、その判定も難しい。

 どこを崩せばよいか、どこを無視すれば良いかは経路を把握することで初めて分かるからだ。インターネットのように、必ずどこかで経路が繋がり、破壊した部分が再生されるかもしれない。思わぬところから制御を取り戻されてクラッキング失敗となるかもしれない。

 一度失敗すれば、フローリアは”根”のセキュリティを今以上に強化することだろう。

 絶対にミスする訳にはいかない。



「……っ! 見つけた。東西南北の大精霊に繋がるコアの部分。ここは確実に奪い取る。東にはこの経路を通らせて、西はこっちか……南北も上手くいきそうだ。南部方面は途中で湖の下を通るから、そこだけ精査しておいた方がいいか? ”根”のスポットになっているかもしれないし」



 クウが言うスポットとは、換気口のようなものだ。”根”に有害なものが入った場合、スポットと呼ばれる地点まで有害物を流し、排出するのである。折角汚染しても、そこで換気されては意味がない。調べておくのは当然だ。

 基本的にスポットは泉や火山など、地下から何かが湧き出る場所が多い。

 湖も地下から水が湧き出ている可能性があるので、調べるのが賢明だ。



「さて、完了だな。そろそろ神魔剣ベリアルの方も完成したか? もうすぐ一か月だし、一度戻って見た方が良さそうだな。術式も大方見当がついてきたし、休息も兼ねて【レム・クリフィト】に戻るか」



 作業は想像以上に滞り、想定していた一か月に迫ろうとしても六割と少しだけしか解析完了していない状態なのだ。

 正直な話をすれば疲れたのである。

 延々と頭を酷使し続け、意味の分からないものを分かるようになるまで考える。

 超越化していなければ発狂するレベルのことだ。

 霊力体であるためにどれだけ思考しても脳が焼き切れることもないし、精神的に強くなっていることで地味な作業にも耐えきれた。

 それでも尚、休息を欲する疲労だ。

 このまま超越者と会い見えれば敗北することだって考えられる。ならば一度休むのは当然だ。回復も戦士の務めなのだから。

 クウは六枚の翼を広げ、姿を消したのだった。






 ◆ ◆ ◆









 迷宮最悪の地獄階層にチャレンジしたユナとリアは、少しばかり後悔していた。ユナの攻撃を以てしても掠り傷しかつけられないような魔物まで出現したのである。

 魔物モンスターというよりも化け物モンスターだ。

 千手観音のように無数の腕を持った魔物が徘徊していたり、雷を纏う神速の獣が通路を走り去って行ったり、無限に再生するスライムのような物体が小部屋に待ち構えていたり、見るだけで発狂しそうになる触手の化け物が広場を占領していたりと地獄そのものだった。



「はぁ……はぁ……ごほっ……」


「だ、大丈夫……ですか?」


「む、無理……疲れた……」



 疲労困憊の様子で壁に寄りかかっているユナをリアが治療する。殆どの魔物をユナが前衛で受けたので、体中に傷が絶えない。それをリアが治療するも、体力だけは回復できなかった。



「魔物が強すぎるわ。リアちゃんは大丈夫?」


「はい。ユナさんのお陰で怪我はありません。ですが――」


「大丈夫よ。久しぶりだったけど、死線を潜るのは初めてじゃないからね」



 ユナはこれでも迷宮を攻略したことのある身だ。更に一度目の勇者と共に魔族領へと戦いを挑んだこともある。結果として自分以外の二人の勇者は死んでしまったが、自分も大怪我を負っていた。

 その時と比較すれば今は恵まれている。

 何故なら優秀な回復役のリアがいるからだ。傷を負ったとしても回復してくれるし、戦闘中も幻術による支援をしてくれる。敵を倒すことに関してよりもサポート面でリアは優秀だ。



「……っ! リアちゃん。もういいよ」


「でも……」


「また敵が来た。構えて」



 気配で魔物の接近に気付いたユナは魔刀・緋那汰を創造して左手に持つ。右手は柄にかけていつでも抜刀できるように構えた。

 一歩遅れたリアはすぐに立ち上がって錫杖を構える。

 数秒後に、ガシャリと音を立てて一体の鎧騎士が現れた。



「コイツは……初めて見るね」


「ゴーレムでしょうか?」


「僅かに腐臭がする。たぶん、アンデッド系の魔物だよ。デスナイトってところかな?」



 ユナの評価通り、それは騎士だった。

 隙間なく全身を覆う漆黒の鎧、左手にはタワーシールド、右手には大剣。普通ならば動くことすら敵わない重装備である。だが、アンデッドであるデスナイトには意味のない重量だ。

 普通ならば両手で振るう大剣を片手で軽々と振り回し、重装備にもかかわらず足取りは軽い。鈍重なパワータイプと断定するのは愚者のすることだ。



「リアちゃん光系の魔法を!」


「分かりました。少しの間抑えてください!」


「任せて」



 ユナはそう言って飛び出し、アンデッドの弱点である炎と光を身に纏う。太陽を纏う《陽魔法》の一つ《緋の羽衣》だ。触れるだけで焼き尽くされ、近寄るだけで浄化される。アンデッドの天敵となる魔法と言えるだろう。

 だが、如何にも防御力が高そうな目の前のデスナイトに効果を期待してはいない。

 この地獄階層に出現する魔物が装備しているのは魔法道具ばかりだ。デスナイトの鎧にも光と炎への耐性が付与されているに違いない。

 そこでユナは《臨界恒星炉スターリアクター》も発動させて限界を超えた。核融合のように疑似的エネルギー炉で肉体を活性化させるという魔法だ。これによってユナは瞬間移動を思わせる速度と、巨人の一撃を思わせるパワーを得ることになる。



「『天象の鎖、秩序の光域

 輪廻を降す究極の浄化――』」


「はあああああっ!」



 詠唱を始めたリアの声を聞きつつ、ユナはデスナイトに斬りかかった。朱月流抜刀の基本技である居合の『閃』を使い、バッサリと切り裂こうとしたのである。勿論、正面から斬りかかるような愚は犯さない。瞬間的に背後へと回り込み、背中から熱を纏った魔刀で切り裂こうとしたのだ。

 しかし、デスナイトは目を見張るような反応で左手を動かし、タワーシールドで弾き返した。熱に対する耐性が埋め込まれているせいか、ユナの魔刀は高い音を立てて弾かれる。

 視線も向けずに巨大な盾を背後に回したのだ。関節の動きから見て人間業ではない。全身鎧もデスナイト専用の特製品なのだろう。関節部分の駆動が色々とおかしいことでユナも気付いた。



「コホォォォォォ……」


「防御、速度、反射神経も超一流並みってことね」


「コオォォォォォ!」



 蒸気を吐き出すような声と共にデスナイトはユナを攻撃する。右手の大剣が薙ぎ払われ、風圧で髪が大きく靡いた。オーラを纏っているとはいえ、まともに受けたくはない攻撃だ。

 勿論、当たらないが。

 そうしてユナが時間稼ぎしている間にリアは詠唱を続ける。



「『―――

 天、畜生、人間、修羅、餓鬼、地獄

 六道の終点にして死の原点

 無限の輪廻は虚に至る――』」



 リアが詠唱しているのはクウが考案した対個人用最強とも言える浄化の魔法。本来の月属性魔法による発動と比べれば劣るが、十分に威力は備えている。

 強い集中と詠唱が必要という欠点を除けば、威力にも射程にも不満はない。



「『―――

 虚に堕ちる魂の救済

 罪の天秤よ、傾け!

 《救恤メサイア》』!」



 差し出された錫杖の先にいるデスナイトは光の三角陣に囲まれる。三角の陣は逆方向に重なって六芒星を創り出し、積層してデスナイトを捉えた。光の呪縛によって捕らえられたデスナイトは、もちろん抵抗する。しかし、この魔法は浄化を内部に届かせるものだ。魔法鎧を貫通してデスナイトへと影響を及ぼす。

 結果としてデスナイトは完全に動きを封じられた。



「そのまま浄化されてください!」


「コホオォォォォォォッ!?」



 デスナイトの呻きが通路を木霊した。

 だが、少し足りない。やはり魔法鎧によって威力を低下させられていたのだろう。デスナイトを完全消滅させるには至らなかった。

 そこでユナが動く。

 残像を残す勢いで移動したユナは、《天賜武アンノウン》で創り出した緋色の穂先を持つ槍でデスナイトの頭部を穿った。如何に全身鎧であったとしても、目の部分は隙間が空いている。そこを突き刺したのだ。

 そして呟く。



「焼き尽くせ。『《加具土命カグツチ》』」



 炎と光と雷が融合した刃を無数に内部から発生させる陽属性魔法《加具土命カグツチ》。自身の魔力が濃密に通された武器を相手に突き刺している状態でなければ発動できないという欠点はあるのだが、不死存在でない限り一撃で相手を殺すことが出来る。

 デスナイトは内部から無数の刃が飛び出て来たことでビクリと震えた。

 魔法鎧も外部からの干渉だけを弾くタイプだったのか、内部からの熱雷光プラズマ攻撃で簡単に破れたようだった。

 焦げる匂いがユナの鼻に突き、槍を抜いて飛び下がる。

 アンデッドが焼け焦げる匂いはかなりの異臭だからだ。

 そしてデスナイトはバタリと倒れ、ピクリとも動かくなった。魔力も気配も感じられないので、これで完璧に死んでいるのだろう。



「リアちゃん逃げるよ。デスナイトの最後の叫びで別の魔物が寄って来るかも……」


「そうですね。逃げましょう。わたくしもいい加減休みたいです……」



 現在二人がいるのは破壊迷宮一周目の九十三階層。

 この地獄では二人でも殆ど前に進めない。

 しかし再び九十一階層にループするまで修行は続く。







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