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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
334/566

EP333 挑む者たち


 ミレイナの切り札とも言える《颶風滅竜皇息吹ストーム・ルイン・ブレス》に加えて、五発分の《気刃断空エレイル・スパーダ》を使ったのだ。通常ならば回避不能となるこの二つの技によって地上は土煙に覆われた。

 そしてミレイナは簡単な風の魔術で土煙を払う。

 すると、無残に散ってしまった花畑の真ん中で無傷のまま佇むネメアが見えた。



「甘いなぁ。あの程度の全体攻撃で勝てると思たんやったら甘過ぎるで?」


「ちっ……」



 超越者にとって全体攻撃は簡単に防御できるものであることが多い。広範囲への攻撃は意志力と霊力の分散を招くため、必然的に威力が下がるのだ。オーラ防御ガードすれば簡単に防げてしまう。

 逆にエネルギーを一点に集中させた攻撃は防ぐのが難しい。それは確実に回避しなくてはならない。

 範囲のある技で牽制し、トドメに一点集中の技を叩き込む。

 これが基本である。

 単発で大技を叩き込むのは愚者のすることだ。



「ウチのオーラを破れるように頑張り」


「く……」



 ミレイナは成長したが故に理解していた。

 余裕の表情を見せているネメアは本当に試練を出しているに過ぎないことを。つまり、戦うべき相手としては認識されていないのだ。

 その証拠に、ネメアが纏っているオーラは、ミレイナがエネルギーを一点に集中すればギリギリ破ることの出来る密度に抑えてある。

 初めからこれは試練なので、当然と言えば当然だが。



「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 竜翼を大きく広げたミレイナは、全速力でネメアへと突撃する。

 ユラユラと九本の尻尾を揺らすネメアは不敵な表情で迎え撃つのだった。






…………

………

……





「……うっ」



 ミレイナが目を覚ますと花畑の中で身を横たえていた。そしてボーっとする思考の中で何があったのかを思い出していく。

 自分の出せる最高の速度で攻撃しても、全て弾かれた。不意を打ったと思ってもネメアの尾が死角をカバーする。《竜の壊放》による衝撃波も受け流しによって無効化された。

 そして最後には尻尾で首を絞められ、意識を失ったのである。

 全く歯が立たなかった。



「くそ……」



 弱い自分に腹が立つ。

 そんな思いを込めてミレイナは吐き捨てた。

 自分が強くなっているのは分かる。以前と異なり、ネメアが敢えて晒している隙を目で追うことは出来たからだ。恐らく試練をクリアするための道として残している隙だろう。そうでなければ超越者に攻撃を当てるなど不可能に近い。

 ただ、問題はその隙を突くことが出来ないという点だ。

 ネメアの隙は目で追える。しかし体が追い付かない。隙を突こうとしても、絶妙なタイミングで邪魔されてしまうのだ。それを掻い潜ることで試練をクリアできるのだろう。



「そもそも《竜の壊放》を受け流すとか反則だろう……」



 ネメアの言う体術は、本当の意味で極めたという領域に達している。

 一撃で大地を割るような剛撃から、アリすらも潰さないような繊細さを持つ柔撃まで、あらゆる体術技がミレイナに立ちふさがった。単純な身体技術の他に、オーラや魔力を流動させることで使える特殊な受け流しなどの小技も組み合わせ、気配の操作による小さな駆け引きをも取り入れていた。

 これこそが超越者の領域。

 ただ権能を持つからこそ超越者なのではない。

 全てにおいて通常という領域を超越しているからこそ超越者なのだ。



「あら、目が覚めたみたいやね」


「む。続きだ。次こそは当ててやる」


「ちょっと待ち。まずは夕食や。そろそろお腹空いたんちゃう?」



 ミレイナはネメアから指摘を受けたことでようやく空腹を自覚する。破壊迷宮に入ったのが昼過ぎで、気絶していた間に日が暮れる時間帯になっていたらしい。



「この九十階層はウチの好きなように環境設定出来るさかい、食料も出し放題なんよ。好きなものを言ってみ?」


「じゃあ、肉」


「はいはい」



 ネメアはどこからともなく大きな肉の塊を出した。既に火が通されており、皿の上には大量の肉汁が溜まっている。ニンニクの効いたソースが食欲を掻き立て、ミレイナは驚きよりも先に食欲が前に出た。



「こ、これを食べていいのか!?」


「好きなだけ食べ。充分に休んだら試練の再開やからね。しっかり体力を戻さんといかんよ?」



 ネメアがそう言って指を鳴らすと、肉塊は食べやすい大きさにカットされる。ついでにフォークが皿の上に出現し、更には水の入ったコップまでもが現れた。

 早く食べろと言わんばかりに準備が整ったところで、ミレイナは肉を頬張り始める。



「~~~~~っ!?」


「美味いやろ?」


「―――っ!」



 ミレイナは口一杯に肉を詰め込みつつ、美味しさを全身で表現する。

 これまで食べてきた食事の中で一番といっても過言ではない美味しさだったのだ。この迷宮九十階層は、もはや願いを叶える空間と言っても過言ではない。虚空神ゼノネイアが部分的に虚数次元の無限エネルギーを流し込み、それを運命神アデラートによる過去現在未来の再現で現象を創り出すという特殊空間となっているのだ。

 出てくる食事は最高傑作。

 情報次元に記録されているものならばどんなものでも生み出せる。

 そんな場所になっているのである。

 食事が美味しいのは当然だ。

 幸せそうな顔でモグモグと口を動かすミレイナを眺めつつ、ネメアは考える。



(前回と違ってウチの動きを目で追えているみたいやからねぇ。三食おやつ昼寝付きでみっちり面倒を見てあげるわ。無事に破壊を司る天使に相応しい心と力を身に着けて欲しいもんや)



 既に簡易版の加護を持っているミレイナは、天使になることが半ば確定している。後は試練という名の特訓を経て、ミレイナが心身ともに強くなるだけだ。

 【魂源能力】を得るに相応しい者となる日も近い……。









 ◆ ◆ ◆







 数日後にユナとリアが九十階層まで辿り着いた。道中の魔物は殆どユナが殲滅し、リアは軽い足止めや回復による援護をすることでかなりの攻略速度を維持できたのである。

 フィールド階層における魔物の大軍もユナの《陽魔法》とリアの《炎魔法》があれば瞬殺だった。

 ボス戦など、一対一を得意とするユナの抜刀術によってほぼ一撃で終わらされていた。

 まさに圧倒的という言葉が相応しい。

 八十階層に至ってからは多少の時間も掛かり始めたが、それでも誤差に過ぎない。全体的に評価すれば余裕の攻略だった。



「んじゃ、開けるよー」


「はい」



 九尾の狐が描かれた扉を開き、二人は中に入る。

 その途端、二人の頬を花弁と共に爆風が撫でた。



「へ?」


「え?」



 そして同時に目を疑う。

 二人の目が狂っていなければ、竜化したミレイナと九本の尾を自在に操る人型ネメアが音速戦闘を繰り広げているように見えるのだ。竜人であるミレイナは人と違って体が頑丈なため、音速戦闘でも耐えることが出来るのは分かる。だが、数日見なかっただけでそんな高度な戦闘が出来るようになるとは思わなかったのだ。

 簡単に音速戦闘と言っているが、これはかなり高度なことである。

 動けばすぐに衝撃波が生じてしまうし、自分の認識が動きに追いつかないこともある。五感どころか六感をフル活用してようやく形になる領域の高度な戦闘なのだ。

 勘は良かったとはいえ、あのミレイナがそのような器用なことを成し遂げるなど想像もつかないことである。リアはともかく、高速戦闘を得意とするユナは驚愕していた。



「……」


「甘いで!」


「……」


「ほらこっちや」


「……」


「足元がお留守になっとるよ?」



 余裕のネメアに対してミレイナは口を利く余地すらない。しかし集中度は段違いだ。牽制と本気の一撃を見事に使い分け、確実にネメアへと迫っていく。それで大人しく迫られるネメアではないが、軽くあしらわれていた以前とは大違いの動きだ。

 しかしまだまだ甘い。

 僅かに集中が切れた隙を突かれてリズムを崩され、あっという間に気絶させられてしまった。最後はネメアの尻尾が鞭のようにミレイナを直撃し、一瞬で意識を奪う。

 咄嗟にリアは駆けよって回復しようとした。



「待ち」



 しかしネメアはそれを止める。

 覇気のある言葉を受けたリアは思わず足を止めてしまった。



「気絶も試練の内や。手は出させへんよ?」


「でも……」


「それに試練は順番待ちや。まさか追加で二人も迷宮を攻略してくるとは思わんかったけどなぁ」



 ネメアは勘違いしていた。

 彼女はユナとリアに会ったことがないので、普通に迷宮を攻略しに来たのだと思ったのだ。二人が別の神の天使、またその卵であり、破壊迷宮には修行のために来たとは知らなかったのである。

 ネメアの発言でそれに気付いたユナは、前に出て話しかけた。



「私たちはそこにいるミレイナの仲間よ。そして別の神の天使だから試練を受けに来たわけじゃないよ」


「あら、そうなん? ちなみにどこの天使?」


「私は武装神アステラル。こっちのリアは運命神アデラートだよ。ちなみにリアはまだ天使化していないから、天使の卵だね」


「ど、どうも……」


「なるほどなぁ。まぁええわ。あんたたちはミレイナの付き添い?」


「ううん、違うよ。ちょっと修業したくてね。九十一階層に行きたいんだ」



 ユナの申し出にはネメアも驚いた。

 迷宮の九十一階層から九十九階層まではループで連結されたトラップ階層であり、極悪罠や凶悪魔物が大量に出現する地獄のような場所だ。超越者ならば問題ないだろうが、そうでない者は確実に苦戦する。超越化していない天使でもそれは変わらないだろう。

 この場所に出てくる罠は直接死を与えるものではなく、精神的に絶望させる類だ。迷宮の上下左右を鏡のような光を全反射する素材に変えたり、次の階層ヘ行く階段にダミーがあったり、意識はそのままに体の自由だけを奪う麻痺トラップだったりする。

 そして魔物は殆どが百九十九段階の潜在力封印を解除している……つまりLv200の凶悪な魔物ばかりが揃っているのだ。武装も強力なマジックアイテムだったりと絶望そのものとも言うべき仕様である。

 普通ならば挑みたいとは思わない。



「危ないけどええの?」


「それは分かっているよ。でも、超越化に至るには多少の無茶は必要だと思うの」


わたくしも兄様の役に立ちたいですから」


「うーん。まぁ止めはせんけど、お勧めもせんよ? 元々、修行を想定して作られた階層やない。一度侵入したら安全な場所なんてあらへんで?」


「上等よ」


「覚悟はあります!」



 仕方ない……といった様子で、ネメアはある方向を指さす。目で追うと花畑が広がっているようにしか見えなかった。

 勿論ネメアは説明する。



「あっちに向かったら階段がある。九十階層と九十一階層を繋ぐ階段を登れば、ここに戻って来れるから気を付けてな?」


「ありがとねー!」


「ありがとうございます」



 ユナとリアの二人は、ネメアにお礼を言ってからすぐに階段へと向かう。

 こうして、ミレイナは試練をクリアするまで地獄の特訓をすることに。そしてユナとリアは可能な限り絶望を詰め込んだ迷宮最悪の階層へと挑むのだった。








 

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