EP331 血の力
クウの《無幻剣》ってUBWじゃね? って感想が多かったです(笑)
感想貰って「確かに!」て思いました。
私としてのイメージは青いコートがトレードマークの鬼いちゃんだったのですが……あとは千本桜な死神さんが必ず自分の手で斬ると誓った相手にのみ見せるあの技もイメージしましたね。
黒い天使と精霊王が激突した数日後、勇者たちは普段の数倍にも届くような鍛練を行っていた。回復魔法があるので、それを利用して限界まで肉体を酷使するような厳しい鍛練をしていたのである。
理由としては簡単だ。
先日の戦いで自分たちの力不足を感じたからである。
セイジの転移で【樹の都】へと戻った後、ユーリスを含めた四人は精霊王フローリアから事の顛末を細かく聞いた。彼女の作り出した時間精霊と空間精霊、光精霊によって戦いの様子を映像として見せてもらったのである。
目では追えない超音速の戦闘。
見たこともない赤黒い魔法。
一撃で精霊を消滅させる謎の力。
連続で使用される短距離転移。
無限を思わせる剣の葬列。
聖剣を越える神装の存在。
これらの能力を見て勝てると思うほど勇者たちは驕っていない。確かに、自分たちは人類の中で最高クラスのステータスを持っていると自負している。しかし、最強だとは考えていない。
単純なステータス値ならば高ランク魔物の方が強い事も珍しくないし、ステータス値からは測れない技量というものもあるからだ。
しかし、それらを加味しても敵は圧倒的だった。
「……っ!」
セイジは黙って聖剣を素振りする。
今日の鍛錬の仕上げだ。この世界に召喚されてから毎日のように振っているので、その技量も当然のように上がっている。ある程度はスキルで補正されているが、成長自体はセイジの実力だ。
武術系のスキルは本来の技量から一段階だけ補正させることになっている。
例えば、素の実力でスキルレベル5相当ならば、スキルはレベル6となるのだ。そして鍛練によってスキルレベル6相当に到達すれば、スキルがレベル7に上がる。
セイジは確かにスキルのお陰で強くなっている部分もあるが、十分な下地があってこそのものだ。こうして影の努力をしているからこそ、勇者たり得る実力を有しているのである。
「ふぅ……」
千度目の振り下ろしを終えて、セイジは聖剣を鞘に納めてから汗を拭う。集中して一撃一撃を放っていたせいか、かなりの汗をかいていた。
スキル《魔導》で水を生成し、全身の汗を流す。その後で風と熱を発生させ、簡易的なドライヤー魔法を使って体を乾かした。基本七属性の魔法を自在に組み合わせることの出来る《魔導》スキルの良いところである。
(僕もまだまだ……どうすればあの領域に辿り着けるんだ……)
精霊王から聞いたあの敵について、セイジたちは幾つかのことを教えられていた。
それは壁を越えた存在についてである。
勿論、超越者のことだが、フローリアはその辺りを誤魔化して教えていた。ある壁を越えた存在は、これまでの強さとは一線を画する領域に到達する。それは誰もが到達できる可能性を持った領域だが、通常は辿り着くことの出来ない強さだと聞いたのだ。
そして勇者はその領域に辿り着く才能を秘めているとも。
だからこそ、セイジは鍛練によってその領域を目指していた。精霊王によると、魔王もこの領域に到達しているということだ。どちらにせよ、力はいる。
(壁……壁……恐らくはレベルのことだろうね。一定のレベルを超えたら強くなれるってこと?)
体を乾かした後もセイジは考え続ける。
そしてユーリスから与えられた自室へと向かう途中で、同じく鍛練を終えたレン、アヤトに出会った。この二人は共に遠距離武器なので、二人で一緒に鍛えているのである。
「鷺宮、アヤトさんか。そちらはどんな感じ?」
「ダメや。全然や。強くなっている気はするけど、アレに勝てる気はせんなぁ」
「僕も同意。フローリアさんの言った通り、格が違うってことだろうね」
三人は映像とは言え、あの戦いを見ても心が折れることなく向上心を保てていた。普通ならば諦めてしまうような格上だったが、必ず追いついてみせると意気込んでいた。
「ともかく、夜に向けて休もう。アンチエレメンタルが消えたわけじゃない」
「そうやな」
「うん。今夜も頑張ろうね」
そう言って三人は共に寝室へと向かう。精霊を殺す死神のような存在、アンチエレメンタルは毎夜の如く出現しているのだ。これに対応するため、三人は夕方に寝る生活を送っていた。
今夜もアンチエレメンタルの脅威から【樹の都】を守るために、これから休むのである。精霊への被害は【樹の都】だけでなく、エルフの国全体で発生しているものだ。しかし自分たちが弱いばかりに【樹の都】しか守ることが出来ない。
その歯痒さをもバネに三人は強さを求める。
◆ ◆ ◆
精霊王の討伐に失敗したクウは、新たな作戦を考えるために大樹ユグドラシルについて調べていた。寄生によって形を保つ精霊王フローリアにとって大樹は非常に大切なものであるため、誘い出すために利用できると考えたのである。
各地を監視する精霊の目を避けつつ、各地を飛び回って解析を続けていたのだった。
「大樹ユグドラシル……まさかここまでのものだったとはな」
クウは「魔眼」と「理」による解析を数日間続けた結果、大樹ユグドラシルの概要を知ることが出来た。精霊王フローリアにとって、大樹は自身の依り代となっているだけでなく、戦略的な価値のあるものだったのである。
フローリアは大地の浄化システムを閉じることで魔物の発生を抑え、瘴気が溜まりやすくなるようにしているのだが、その浄化システムを閉じるために大樹を利用していたのである。
「まさか浄化の法則を精霊に変えていたとは……」
フローリアの能力は法則を精霊として顕現させることで操るというものである。それによって大地の浄化システムを精霊に変えたのだ。後はその精霊にシステムを閉じるようにと命じれば、法則は機能しなくなる。
だが、それは簡単ではない。
世界を支える法則全体を乗っ取るには法則が適応される範囲を乗っ取らなければならないからだ。
そのためにフローリアは大樹の根を伸ばし――根といっても概念的なもの――浄化の精霊と接続することで人族領全体の浄化法則を掌握したのだ。この浄化の精霊は他の精霊とは格が違う大精霊とも言えるだろう。
「……これは利用できるな」
大樹と浄化の大精霊が接続されているということは、精霊側に影響を及ぼすことで大樹にもダメージを与えることが出来るということだ。
そして大精霊へと手を出せば、自ずとフローリアも誘い出せる。
ただ問題もあった。
それは大精霊が四体もいるということである。更にこの四体は互いに補い合っているため、一体を討伐しても残りの三体からデータをコピーして無限に再生するのだ。大樹と接続されているということは、大樹を依り代としているフローリアとも接続されているということになる。彼女から与えられる無限の霊力を使えば再生も容易い。
大精霊を消滅させるには、大元であるフローリアを殺すか、四体を同時に始末するしかない。更に、干渉によって悪影響を与えても、残りの三体がバックアップとなってすぐに修正される。
フローリアもそれが分かっているため、大精霊一体に攻撃しても動きはしないだろう。
大精霊は人族領の東西南北に一体ずつ。
分身でもしない限りは同時討伐など不可能である。
しかし、クウには分身をせずともそれが出来る。
「これに関しては時間がかかるな。アンチエレメンタルも解除して術に集中する必要もありそうだし、一か月は身を潜めておくか」
クウには基本技であり、切り札でもある「意思干渉」がある。意思次元に干渉するこの理不尽な能力を利用すれば、不可能を可能にすることは難しくない。
時間はかかるかもしれないが、有効な作戦である。
「まずは……神魔剣ベリアルの強化だな」
これからの計画にあたって、神魔剣ベリアルの能力が有効となる。ただし、このままでは使いにくいのでクウ専用の神装へと正式に強化した方が良い。
強化に必要な材料も揃っている。
神剣イノセンティアをリグレットに解析させているので、神剣製造に関しては問題ないだろう。そして神魔剣ベリアルを強化する材料は血液だ。それも超越者の血液が望ましい。
まずはクウが自身の血液を与えることで、専用神装へと変える。さらに、精霊王フローリアと戦った際、《因果逆転》で蹂躙しつつ密かに回収していた彼女の血もある。これは試験管一本分なので、補助強化用の素材だろう。
本当は神魔剣ベリアルの素材ではなく、血を媒体として呪い術式を使おうと考えたから回収したのだが、呪いなど超越者なら気合で解除できてしまうので、より有用な方に使おうと考えたのだ。
そのために、クウは一度【レム・クリフィト】へと帰還することにしたのだった。
◆ ◆ ◆
「というわけでこれを強化してくれ」
「いきなりだね。まぁいいけど」
唐突に帰還してリグレットを訪れたクウは、早速とばかりに神魔剣ベリアルの強化を頼んだ。リグレットは別の作業をしていたのだが、クウの頼みの方が緊急度が高いため、仕方なく請け負う。
精霊王討伐は【レム・クリフィト】にとって大きな利となるからだ。
「しかしまぁ、あの魔剣ベリアルがこんな形で帰って来るとはね」
リグレットはしみじみと語りながら神魔剣ベリアルに触れる。多頭龍オロチの血を吸って神剣へと片足を踏み入れた元魔剣だ。そして、材料さえあれば本当に神剣へと至ることが出来る。
尤も、これは神魔剣ベリアルにリグレットの血液が材料として使われていることが原因だ。
リグレットの能力は『書き込む』ことだ。つまり、本来の状態を上書きすることが出来る能力である。それをヴァンパイアと相性の良い『吸血』の概念を込めて剣の形へとした。
これによって血を取り込み進化する剣となったのだ。
通常なら超越者のような破格のエネルギーを持つ素材を取り込むとキャパシティオーバーで壊れてしまうところを、うまく調整している。必要な要素だけを上手く取り込み、性能を上書きできるようになっているのだ。全てはリグレットの血液のお陰である。
神格を有する存在でなければ製造できない神装を天使のリグレットが作る。本来それは常識はずれなことだった。リグレットに出来るのは神装に一歩及ばない半神装とも言うべき装備までだったのだ。
しかし、成長する武器を作ることでいずれは神剣へと至ることを期待した。
ただ、血を吸わせるだけでは本物の神剣へと至ることがない。
相応の加工が必要になる。
神魔剣ベリアルを神剣へと至らせるには、材料として神剣イノセンティアを消費する必要がある。丁度一本はリグレットに渡して解析させているので、条件はそろっている。
「俺の血からは意思次元に関する干渉を、そして精霊王フローリアの血からは法則の精霊化を取り込ませて欲しい。死の瘴気を操る神剣にはピッタリの材料だろう?」
「なるほど。素晴らしいアイデアだよ。確かにその素材なら上手く出来そうだ。死の瘴気を神剣の内部で法則化して、一種の精霊のような状態で固定。意思次元への干渉で疑似精霊を操れば、自在に死の瘴気を操作できるようになるね」
「時間はどれぐらいかかる?」
「まぁ、甘く見積もって二週間。最大でも二か月以内かな?」
「分かった。その間に俺も専用術式を用意するつもりだから丁度いい。頼んだ。報酬は俺が持っているもう一本の神剣イノセンティアだ。これはお前の好きにしてくれ」
そう言って虚空リングから黄金に輝く神剣イノセンティアを取り出し、机の上に置いた。
クウはそれだけ頼んでリグレットの部屋を出ていこうとする。人族領から【レム・クリフィト】まで一日かけて戻ってきたにもかかわらず、再び人族領まで飛ぶつもりなのだ。超音速飛行が出来るからこその荒業である。
「ああ、待ちたまえクウ君」
「……? 何だ?」
「人族領には僕が昔に設置した転移魔法陣があるんだ。それを利用するといい」
「それ……もっと早く言って欲しかったな」
「いや、とても昔のことだから忘れていたよ。実はユナ君とリア君、そしてミレイナ君を【砂漠の帝国】へと送った時に使用してね。彼女たちが移動するのに何か良い案がないかと考えていた時に、昔設置した魔法陣を思い出したんだ」
「そーかよ。まぁ、それはいいとして、ユナたちも迷宮攻略に乗り出したのか?」
「そうさ。まずはミレイナ君が九十階層まで攻略を終えている破壊迷宮からだね。彼女が【魂源能力】を取得したら、次は人族領の西に跳んで運命迷宮だよ」
「なら、俺も早めに精霊王を始末しないとな。人族領を安全にしてから来て貰わないと俺も安心できない」
「頑張り給え」
「当然だ」
人族領は精霊によるフローリアの情報網が出来上がっているので、不用意に立ち入ると場所を特定されてしまう。幸いにもフローリアは自力で遠くまで移動できないが、相手に居場所を知られているのは拙い。
リアやミレイナはともかく、ユナは超越天使へと至る可能性があるとフローリアも知っているのだ。
何をされるか分かったものではない。
「じゃあ、すぐに俺も準備をしにいく。人族領に行ける魔法陣はどこだ?」
「案内するよ」
クウは再び人族領へと戻っていったのだった。
神魔剣ベリアルの秘密について書き忘れてたなぁと思って入れました。
評価、感想をお待ちしております





