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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
331/566

EP330 因果の剣 後編


 圧倒的。

 クウの使用した《無幻剣ファントムソード》はその一言に尽きる。巨大なホールを幻想から生まれた剣が埋め尽くし、逃げ場など既に無くなっていた。円陣を描きながら浮遊しつつ回転する無数の幻剣は、クウが瞬間移動できる基点の数を表している。

 剣が部屋を埋め尽くしている以上、クウはどこへでも瞬間移動できるということだ。



「ついてこれるか精霊王?」


「っ!?」



 クウはそう言って《無幻剣ファントムソード》を操作し、切先をフローリアへと向ける。そしてその内の十数本を射出した。

 当然のようにフローリアは回避を選択し、精霊に命じて多種の盾を形成する。しかし、剣はまだまだ大量に残っているのだ。次々と射出された剣を全て弾くことは出来ない。全体攻撃で全方向からの射出を防ぐとしても、追撃の射出によってすぐに追い詰められてしまうのだ。

 数は力なり。

 そんな言葉がフローリアの頭に浮かんだ。



「剣だけに集中してもいいのか?」



 全力で幻剣を弾き、躱すフローリアの近くに《因果逆転トリック》で移動するクウ。そして因果帰結によって転移基点となった幻剣を手に取り、フローリアに向かって振り下ろした。

 フローリアは時間を操作して回避するが、次の瞬間には背後から剣を振り下ろされていた。

 《因果逆転トリック》による移動は剣を振り下ろすまでが一動作になっている。そのため転移後の攻撃も出が早く、この不意打ちにはフローリアでも対応できなかった。



「あ……くっ!」


「次はこっちだぞ? 余所見していいのか?」


「くあっ!?」



 背後と思えば右、右と思えば上、上と思えば左下。

 変幻自在に《因果逆転トリック》を発動し、フローリアに無数の傷をつけていく。短距離転移ショートジャンプの連続使用がどれほど厄介かは、クウもアリアとの戦いで嫌ほど知っている。恐らく、フローリアも同じ気持ちだろうと何となく考えていた。

 ただ、油断はない。

 容赦する必要もない。

 見た目が少女である故に多少の罪悪感はあるのだが、それで動きが鈍るほどクウは愚かではない。為すべき事と自分の感情を区別することが出来るからである。



(ちっ……連続使用は負担が大きいか。《因果逆転トリック》の連発も数分が限界だな)



 強力だが、代償もある。

 複雑で難易度の高い「意思干渉」と「矛盾」を惜しみなく連続使用しているのだ。当然のように演算への負担が大きくなる。



(隙を作る。数秒の隙があれば《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》を当てられる!)



 そこがクウの求める終着点だ。

 問題は数秒の隙を作ることが難しすぎるという点だろう。常人に対してすら、武術の心得がある者に数秒の隙を作ることは難しい。まして、音速戦闘が基本の超越者に数秒の隙など有り得ない。

 だが、超越者を倒すにはそれが必要だ。

 《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》はクウの演算力を全て注ぎ込んだ必殺の一撃だ。流石に万全の状態にある超越者に対して当てても一撃必殺とはならないが、ある程度のダメージを与えた対象ならば確実に仕留めることが出来る。

 しかし、演算力を全て注ぎ込むということは、《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》以外の能力を並列発動できないということである。当然《因果逆転トリック》も発動できず、簡単な幻術すら使用することが出来ない。

 本来なら正面から攻撃を当てることが不可能な超越者に正面攻撃を仕掛けることになる。

 だからこそ、数秒の隙が必要なのだ。

 今のクウは《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》を発動するのに二秒。

 その攻撃を当てるために余裕をもって一秒。



(そのためにもっと速く!)



 既にクウは神魔剣ベリアルを仕舞っていた。

 《因果逆転トリック》発動の度に幻剣を拾い、フローリアを斬りつける。そのためには片手の神魔剣が邪魔になったからだ。

 背中を斬る。

 修復する。

 左腕を斬る。

 修復する。

 首を刺す。

 修復する。

 脇腹を抉る。

 修復する。

 左膝を斬る。

 修復する。

 千年以上に渡って培われた精神力は伊達ではないらしく、フローリアは霊力を修復に注ぎ込んで耐える。意志ある限り霊力は尽きないので、心が折れない限りは無限に修復し続けるだろう。

 これではクウの演算力が尽きる方が早い。

 フローリアは《因果逆転トリック》で瞬間移動を繰り返すクウを止められないと判断し、こうして耐えきることにしたのである。超越者も演算力には限りがあるので、このような強力な能力にはいつか限界が来ると分かっていたからこその判断だった。



(予想外にしぶとい!)


(絶対に耐えてみせる!)



 耐えることを決意したフローリアは、全周囲を覆う盾を展開する。風の精霊や土の精霊、空間の精霊などに働きかけ、剣を防ぐための盾を用意したのだ。

 クウはその度に《幻葬眼》で精霊を消滅させ、《因果逆転トリック》による斬撃を当てる。

 瞬間移動ということを考えれば、クウの速度は光速を越えている。フローリアに防ぐ術はない。



(あと三十秒が限界か……)



 時限は押している。

 しかし、防御に徹した超越者というのは思いのほか厄介だ。耐えきれば勝ちと分かっているらしく、意思が全く折れない。



(あと二十秒)



 フローリアの左腕を斬り飛ばした。それと同時に《神象眼》で再生力低下の呪いをかける。意思次元に干渉して再生力を削っているのだが、時間稼ぎにしかならないだろう。

 再び《因果逆転トリック》の連続使用でフローリアの傷を増やしていく。

 遂に右腕をも斬り飛ばした。左腕は肘がもう少しで再生完了しそう、といった具合である。



(あと十秒)



 そろそろ悠長にはしていられない。

 クウはフローリアの背後から心臓を穿った。超越者に対して急所攻撃は意味のあるものとならないが、気分的な問題である。超越者同士の戦いは精神論的な部分が強いので、気分というものは案外大事だ。

 呻いたフローリアへと追加の幻剣を飛ばし、数本ほど背中に突き刺す。

 よろめいた隙を突いてクウは彼女の両足を斬り飛ばした。



「あっ……!」


「間に合ったか」



 残り三秒。

 もう少しで《因果逆転トリック》の限界が訪れる所だった。

 まずは虚空リングから神刀・虚月を取りだす。

 そしてクウは全ての演算力を「意思干渉」に注ぎ込み、その力を以て神殺しの剣を顕現させる。背後に現れた白銀に輝く巨大剣は、斬りつけた対象の意思次元を直接攻撃することで対象を根底から破壊する。謂わば魂を殺すことの出来る術だ。



「トドメだ。《素戔嗚スサノオ―――」



 クウが神刀・虚月を振り抜く動作に連動して神殺しの太刀から一撃が放たれる。超越者でも両足を切断されている状態ではまともに動くことも出来ず、白銀の巨大刀身はフローリアの体に吸い込まれていく。

 しかし、クウは寸前で気付いた。

 《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》がフローリアを仕留めるよりも先に、別方向から来た攻撃が自分を直撃すると。そしてその攻撃は勇者たちのものであると。



「―――くっ!」



 目が眩むような閃光がクウを焼き、続いて光る剣と矢、そして暴風の魔法が直撃した。完全に攻撃態勢だったクウは意識を乱され、寸前のところで《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》を解除してしまう。

 あまりにも集中し過ぎて、別方向からの攻撃に気付かなかったらしい。

 結果としてフローリアはギリギリ助かった。



「フローリア!」


「大丈夫ですか精霊王フローリアさん!」


「コイツが黒幕やな! やるでアヤトさん!」


「分かっているよ。僕たち二人で時間を稼ぐから、ユーリスさんとセイジ君は精霊王を!」



 時間を掛け過ぎた。

 《因果逆転トリック》の連続発動時間内に仕留めることは可能だったが、セイジたちがやってくるまでに仕留めることは敵わなかったらしい。

 ユーリスの暴風魔法を受けて吹き飛んだクウは舌打ちしながら立ち上がった。

 あと一秒でも遅ければフローリアを仕留めることが出来ていただろう。

 それだけに悔しい思いが強い。



(最高のチャンスだったのにな……)



 上手くフローリアを誘い出し、勇者たちと分断することも出来ていた。それにもかかわらず、ギリギリのところで失敗してしまったのだ。残念に思っても仕方ないだろう。

 フローリアはかなり消耗しつつも、霊力を使って体を再生させていた。

 これで完全にふりだしである。

 《因果逆転トリック》の長時間連続使用に加えて、失敗したとはいえ《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》までも発動させたのだ。クウはかなりの演算力を使用してしまっている。再使用まではもう少し休む必要があるだろう。



「全く、運が悪い」


「私にとっては幸運。運命は私に味方している」


「ならばその運命を塗りつぶすまでだ」



 クウは《無幻剣ファントムソード》を解除して幻剣を全て消した。数百の剣が煙のように消えたことでセイジたちは驚いたが、すぐに持ち直してそれぞれの武器を構える。

 フローリアは精霊を展開。

 ユーリスは風の魔術を用意。

 セイジは聖剣を構えつつ周囲に《光の聖剣》を浮かべる。

 レンは聖なる弾丸を込めた聖銃を向ける。

 アヤトは七色の属性を持つ矢を生成し、矢につがえる。

 そして敵対するクウはフードを深く被り直し、顔が見えないようにしてから神刀・虚月を虚空リングに収納して、代わりに神剣イノセンティアを取り出した。ちなみに、一本は解析用にリグレットへと渡しているので、クウが所持しているのは現在この一本のみだ。



「黄金の聖剣? ……いや、まさか神剣クラス?」


「流石に分かるか精霊王。その通りだ。これは神剣。尤も、大した能力のない、頑丈なだけの神剣だけどな」


「つまり、貴方の専用神装ではないということ。……うん、理解した。貴方本来の神装はさっきの刀で合っている?」


「解答を拒否する」



 フローリアの言葉を聞いて、少し見せすぎたか、とクウは内心で吐露した。

 一方のセイジたちは『神剣』や『神装』という新しい用語を聞いて目を白黒させている。ユーリスでさえ疑問を隠せない表情を浮かべていたので、フローリアはあまり詳しいことを話していないのだろうと判断できた。



(セイジたちには被害を出さないようにフローリアを殺すことは……できないか。いや、出来なくもないけど《月界眼》が必要になるな。世界侵食イクセーザ発動中のみ使用できるアレ・・ならフローリアだけを仕留めることも出来なくはない……か。けどやはり休まないと演算力が足りない)


(ユーリスと勇者たちが来てくれたのは助かった。でもここからは足手まといにしかならない。アイツは確実に勇者たちを狙ってくる。私でも守りながら戦うのは難しい……)



 クウとフローリアは互いに勘違いしていた。

 神剣イノセンティアを構えるクウは、フローリアがユーリスや勇者たちを巻き込む勢いで戦ってくると考えていた。しかし、一方のフローリアは背後の四人を絶対に守るつもりだった。今後の計画で必要になるからである。

 この二人の思い違いは二人の中で一つの結論を導く。



(一旦引いて仕切り直しだな)


(ここは戦略的撤退)



 精神的な疲労が大きいクウと、足手纏いを抱えるフローリアは互いに撤退を決意する。

 クウは幻術を解除することで、禍々しいフィールドを消し去った。崩れかけの廃城は消え去り、淀んだ空は澄み渡り、無数の武器が墓標のように刺さった大地は元の草原に戻る。

 罅割れて壊れる幻術空間に紛れてクウは溶けるように消えた。

 幻術の応用である。



「勇者セイジ! 転移して!」


「っ! 了解!」



 崩れていく空間を見て、フローリアは焦ったように声を張り上げた。余りにもリアルな幻術であるために、またフローリアが多くのダメージを受けて冷静な判断が出来なかったために、空間破壊系の攻撃だと考えてしまったからである。

 セイジは即座に集団用転移を発動させて【樹の都】へと跳んだのだった。








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