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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
330/566

EP329 因果の剣 前編


 黒い斬撃が精霊たちを飲み込む。情報次元を崩壊させる死の瘴気が空間を制圧し、精霊王フローリアは防戦を強いられていた。フローリアの能力が弱いわけではないのだが、今回は武器の相性が悪すぎる。広範囲に情報次元を攻撃する神魔剣ベリアルはフローリアの天敵と言えた。



「時間を緩やかに」



 フローリアは時間の精霊に命じて時が進む速度を緩やかに変える。ついで遅くなった時間の中でクウを攻撃しようとしたのだが、それよりも先に時間の精霊が消滅した。

 意思次元に干渉し、強力な錯覚によって情報次元に作用する《幻葬眼》。これによって時間の精霊という存在は無かったものにされた。一撃での消滅である。

 元々、精霊は魂を持たない情報次元だけの現象に近い存在だ。

 そのため、クウの能力によって簡単に砕かれる。



「精霊たち!」


「やはり遅い」



 フローリアは精霊を呼び集めて攻撃に移ろうとするが、クウの方が速い。精霊を介しての攻撃であるために、一段階遅れが生じるからだ。常人からすれば感じられない程度のタイムラグでも、超越者からすれば十分な隙となり得る。

 クウは神魔剣ベリアルに死の瘴気を溜め込み、斬撃として放った。

 単調な斬撃なので、フローリアは普通に避ける。



「その武器だけで私は殺せない」


「知ってるよ。この斬撃速度では当てることも出来ないってな!」



 超越者の肉体は霊力で構成されている。そして霊力を込めれば、身体を強化できるのだ。霊力には限界があるので身体強化にも限りはあるのだが、音速程度なら余裕である。正面からの攻撃に限れば、超越者に対しては光速の攻撃、必中の攻撃しか通用しないと思った方が良い。

 クウも死の瘴気を飛ばすだけでフローリアを倒せるとは考えていなかった。

 つまり、ここまではただの遊びである。



「ここからが本番だ。来い、幻剣」



 クウはそう宣言して、周囲に数本の剣を浮かべた。見た目は何の変哲もない鋼の剣である。しかし、それらは《神象眼》による幻影の剣だった。

 とは言え、幻影だからと油断してはいけない。

 この剣で斬られると、意思次元で斬られたと認識してしまい、情報次元へとフィードバックされて本当に斬られたことになってしまう。超強力な暗示の込められた剣だ。言い換えれば本物の剣と変わりない。

 違いは、根本的にはクウの幻影であるため、思いのままに動かせることだろう。

 本来なら手で持って振らなければならない剣も、幻術ならばイメージのままに飛ばすことも可能となる。



「行け」



 浮遊していた数本の剣は、切先をフローリアへと向けて射出された。

 その速度は超越者でなくとも回避できる程度のもの。わざわざ防ぐまでもないと判断したフローリアは普通に回避を選択した。

 ヒュン、と風を切る音が聞こえて剣がフローリアの側を通り過ぎる。



(この程度? あの男の本気は?)



 他愛ない。

 そう考えて反撃に移るべくクウの方へと目を向けた。しかし、次の瞬間には驚かされることになる。



(いないっ!?)



 一瞬だった。

 目を離したのはコンマ一秒にも満たないほんの一瞬である。

 その間に標的であるクウの姿は忽然と姿を消してしまった。そしてすぐに気配を探るが、それよりも先に背後で風を切る音がした。

 反射的に振り返ると、目の前には鋼の剣を振り下ろそうとしているクウの姿がある。

 既に刃は目と鼻の先。

 これは避けられない。



(時間の精霊!)



 咄嗟に時間の精霊へと命令し、一瞬だけ時間停止を発動させた。法則が顕現した姿である精霊であっても、時間停止は簡単に出来ることではない。その存在を燃料として昇華させて、ようやく一瞬の時間停止が可能となるのだ。

 簡単に時間を止める魔王アリアが如何に規格外か良く分かる。

 フローリアは時間停止した一瞬の間に背後へと飛び下がり、クウの剣を回避した。そして停止した世界は終焉を迎え、時間は通常通りに進みだす。



「外したか。今の不自然な動き……時間を止めたか?」


「さぁ?」



 フローリアは惚けてみるが、恐らくは意味がないと分かっていた。超越者にとって、時間停止は本当の意味で停止させられているわけではない。あくまでも情報次元の停止であるため、意思次元は動き続けているのだ。

 尤も、意思次元に時間の概念はないので、時間停止が通用するはずない。

 つまり、身体は止まっていても意識はある状態なのである。クウは確かに時間を止められていたが、フローリアが何をしたのかはしっかりと理解できているということだ。

 しかし、フローリアにとってはそれよりも重要なことがあった。



「今の技は何? 瞬間移動?」


「ああ、あれか。まぁ瞬間移動に近いかもしれないな」


「空間系の術の兆候が全くなかったけど?」


「言っただろう。瞬間移動に近い・・と」



 意外にもクウはフローリアの質問に答えた。勿論、答えとして望んだ答えではない。しかし、無言もしくは適当に流されるだけと思っての質問だったので、これはフローリアにとっても意外だったのだ。



(あの移動には注意が必要)



 フローリアが警戒すると同時に、クウは再び周囲に剣を浮かべる。今度は数本ではなく、十本以上も宙に浮かんでいた。それらの剣は円陣を組みながら切先を外に向け、いつでも射出できるようにされている。



「行け!」



 クウの言葉と共に、正面の剣が射出された。続いて回転移動した二本目の剣が正面に来て射出、三本目が正面まで来た時に再び射出……と装填射出を繰り返すようにして剣を連続で放つ。

 フローリアは先程のことを学習して、土の精霊と風の精霊を呼び出し、射出される剣を全て壁で防ぐか叩き落すかで対処した。

 しかし、その中の一本がスルリと透過してフローリアへと迫る。

 実態を持った幻影の中に、ただの幻影を混ぜておいたのだ。

 しかし、それを知らないフローリアは当然の如く慌てた。



(透過!? アンチエレメンタル・カーディナルと同じ!?)



 だが冷静に考えればおかしなことではない。

 目の前の男がアンチエレメンタル・カーディナルを生み出したことは分かっているので、あの厄介な幽幻変位ファントムシフトを使えても不思議ではない。

 そして動揺した隙に幾つかの実体を持った幻剣が防御を抜けた。

 この能力はあまりにもトリッキーすぎる。千年以上も生きているフローリアであっても、この異常な能力に対しては驚きの連続だった。

 お陰で回避は出来たが、かなりギリギリのものだった。

 しかし、クウの攻撃はここで終わりではない。



「避けたつもりか?」



 すぐ側で囁くような声がする。

 次の瞬間、フローリアは左腕を斬り飛ばされた。



「くっ!」



 見ると、いつの間にかすぐ側にクウがいて、左手には幻剣を持っていた。その剣に付着した血と宙を舞う自分の左腕が現実を物語る。

 瞬間移動に酷似した現象だ。

 フローリアはすぐに左腕を再生させ、水の精霊、雷の精霊、風の精霊、炎の精霊を呼び寄せた。まずは水の精霊の力で空気中に水分を集め、雷の精霊の力で電気分解を行って酸素と水素を発生させる。それを風の精霊が濃度を調節しつつ散布し、あとは炎の精霊が起爆させるだけ。

 水素爆発によってクウを吹き飛ばした。



「ちっ、精密さは流石だな」



 クウはずれそうになったフードを被り直し、神魔剣ベリアルを構えつつ着地する。精霊魔法はワンテンポの遅れがあることには違いないのだが、それは状況によって変わってくることもある。

 精密さが売りの精霊術の利点は、難易度の高い術であるほど顕著になる。

 つまり、通常では発動に時間のかかる演算難度の高い術であっても、精霊術ならば一瞬で発動が可能となるのだ。簡単でシンプルな術ならば精霊術の方が遅い。しかし、複雑で難易度の高い術は精霊術の方が結果的に早くなる。

 先程のような複雑な行程を含む術でも、精霊の超速演算によって瞬間的な発動が可能なのだ。



「飛べ、幻剣」


「空間の精霊!」



 射出された幾つもの幻剣をフローリアは空間を捻じ曲げることで避ける。そして空間を司る精霊を何体も出現させ、防御を固めた。



「各精霊は術発動をローテーションで。空間の精霊は私の守り。あとは自然の力をあいつにぶつけて」



 反撃としてフローリアは大量の精霊を呼び出し、それぞれが持つ自然法則をクウへとぶつけた。炎、冷気、雷、重力、光、時間、運命……あらゆる法則の顕現である精霊たちがクウを襲う。

 だが、次の瞬間にはクウの姿が消えた。

 代わりに、フローリアは背後から迫る気配を感じる。

 クウは先程フローリアによって逸らされた幻剣を手に取り、今にも斬りかかろうとしていたのだ。さっき逸らされた幻剣はフローリアから離れていたので、斬られる前に気付くことが出来た。



「逸らして」


「《幻葬眼》」



 フローリアは空間の精霊に命じて斬撃を歪ませようとするが、クウは空間の精霊を《幻葬眼》で消滅させてしまう。結果として、フローリアは再び斬られてしまった。

 すぐに回復させつつも飛び下がり、フローリアはクウを睨みつける。

 そして静かに口を開いた。



「貴方の瞬間移動。飛ばしてくる剣を目印に移動している?」


「まぁ、気付くよな」


「種が割れれば簡単。つまりは空間転移の劣化版」



 フローリアは勝ち誇ったような表情を浮かべるが、彼女の推測は間違いである。

 クウの使う瞬間移動は空間転移ではない。

 正確には「意思干渉」を利用した因果操作の一種である。結果として瞬間移動をしているように見えるだけなので、実際には空間操作系の転移ではないのだ。

 術の名前は《因果逆転トリック》。

 飛ばした幻剣を手に取り、相手を斬るという現象を確定させる能力だ。たとえどんなに離れていても、飛ばした幻剣を手に取って斬るには、空間的距離が枷となる。しかし、要因となる空間的距離を無視して、剣を取り対象を切ったという結果が優先される。

 結果の上で対象を切るハズだが、空間的距離上は有り得ない。

 そんな矛盾を解消するために、埋め合わせとしてクウは既に移動していたという事実が浮かび上がるのだ。

 つまり、無理やり矛盾を生じさせ、世界にそれを辻褄合わせをさせることで発動する瞬間移動なのである。クウの「意思干渉」で世界を誤認させ、「月(「矛盾」)」で因果における不具合を調整する合わせ技だ。

 アリアと何度か手合わせする内に、自分も短距離転移が欲しいと考えた末に得た能力である。



「ま、剣に向かって移動するのは正解だ。ならここからは全力で行こう」



 剣に向かって移動するということは、転移先が分かりやすいということだ。数本の剣が飛ばされていたならば、その数本に注意していれば済むのである。

 だったら話は簡単だ。

 数本でダメなら、十本用意すればいい。十本でダメなら百本用意すればいい。百本でダメなら、千本用意すればいいのである。



「《無幻剣ファントムソード》!」



 廃城の巨大ホールはクウの幻剣で満たされる。

 切先を下に向け、巨大円陣を何十重にも描いて回転する剣の葬列。その全てがクウの制御下にあり、フローリアを切り捨てるために生成されたものだ。



(……流石に無理し過ぎたか。外のアンチエレメンタルが消えたな)



 幻術を現実として出すにはかなりの演算と負担が必要になる。既に外部では百以上のアンチエレメンタルを顕現させている上に、この領域と廃城もクウの幻術によるものだ。

 その上で《無幻剣ファントムソード》を発動させたのだから、外のアンチエレメンタルが消えてしまっても仕方ない。

 そしてアンチエレメンタルが消えたことで、すぐにセイジたちがやって来るだろう。



「行くぞ精霊王。覚悟は出来たか?」


「っ!?」



 クウの宣言と共に、無数の幻剣が殺到したのだった。










ようやく主人公にも短距離転移を実装しました。

ずっとどうやって瞬間移動させようか悩んでいたんですが、某悪魔を泣かす魔人の兄貴からヒントを頂戴して思いつきました。

パ、パクリじゃないよ? 参考にしただけだよ?



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