EP32 伯爵家と護衛依頼④
「取りあえず30階層突破おめでとうだな」
オークキングを討伐し、目的の30階層を突破して喜び合う4人に対して称賛を送るクウ。喜びを共有し合う彼女たちを見て、クウもパーティの良さを感じ取っていた。
「ありがとうございます。私たちがここまで来れたのもクウさんのお陰です」
「まぁ依頼だからな」
「それでもです。私の我儘に付き合ってくださって感謝しています」
微笑んで感謝の言葉を述べるフィリアリア。戦闘後で頬も少し赤く染まっており、白い肌が映えて色っぽく見えるフィリアリアにクウも思わず目を逸らす。
「そ、それよりも早く脱出するぞ。オークキングの持っていた魔法武器は回収して持ち帰ればいい。お前たちが倒したんだから、そいつはお前たちの物だ。さすがにオークキングの素材は焼け焦げて使い物にならないだろうしな」
「そうですね。私も炎魔法の威力を高めすぎました」
「いえ、お嬢様。あの状況では仕方ありません」
最後の魔法でオークキングを焼き尽くしてしまったため、素材として採れる部分はすっかり焦げてしまっている。恐らく内部の魔石も無事ではないだろう。クラッシュ・アックスは魔法武器であるため、それぐらいの魔法で壊れることはなかったのだが。
そのことで反省して落ち込むフィリアリアをステラが慰める。その間にメイド2人がオークキングの死体に駆け寄り、クラッシュ・アックスをその手から奪い取ってから、念のため魔石が無事かどうか確認した。
「ダメですお嬢様。やはり魔石は使い物になりません。牙も熱でボロボロになっていますね」
「鎧は金属としての価値はありそうです。持ち帰りますか?」
「そうですか……。鎧と武器だけ持ち帰りましょう。アイテム袋に収納しておいてください」
「「はっ」」
2人のメイドはフィリアリアたちが共有しているアイテム袋にクラッシュ・アックスとオークキングの身に着けていた鎧を収納していく。熱を帯びた鎧のせいで、若干手間取ったようだが、無事に回収することができた。
「では帰還しましょう!」
「「「はっ」」」
「はいよ」
剥ぎ取りを終え、5人はフィリアリアを先頭にして31階層へと続く階段の途中にある小部屋の転移クリスタルの元へと向かう。魔物が出る訳でもないのでクウは一番後ろから彼女たちに続いて転移クリスタルに触れ、エントランスへ跳んだ。
ギルドへ戻ったクウは受付で依頼達成の報酬である大金貨5枚を受け取り、フィリアリアたちはオークキングから手に入れた魔法武器と鎧を売る手続きを行う。報酬を貰うだけのクウと違い、フィリアリアたちは査定に時間がかかるらしく、挨拶だけしてクウは先にギルドを出た。
その際にステラと一悶着あったのはいつものことである。
「まだ10時にもなってないし、もう一回迷宮に潜るか……?」
今日は30階層のボスを倒しただけなので時間的余裕はまだまだある。ギルド前の通りもようやく賑わってきたばかりの時間帯であり、少なくとも宿に戻ってしまうのは勿体ない気がするのだ。
「お、そこの黒髪黒コートはもしやクウじゃないか?」
「ん?」
突然声を掛けられて振り向くと、そこには両手に串焼きを持ったバウンドが立っていた。バウンドは少し前にクウが『風の剣』というパーティを紹介して見事メンバーに迎え入れられたレンジャータイプの冒険者だ。
「バウンドか。久しぶり。今日は休みなのか?」
「おうよ。今日と明日は自由行動なんでな。休日を満喫させてもらってる」
「そうか。あいつら……『風の剣』とはうまくやってるのか?」
「ああ、今はまだ俺のレベルが低いから合わせて貰っているが、あと1週間もあれば10階層は突破できそうだぜ。そうなればトラップも出てくるから俺も活躍できるってもんよ!」
「ふーん。まぁ頑張れよ」
「当たり前だ」
自信満々に胸を張って宣言するバウンドにクウも苦笑して返す。
その後も他愛ない会話をして、クウは再び迷宮へと向かうことにした。
◆◆◆
迷宮都市ヘルシアの北西部の一角、高さ2mはある外壁に囲まれた広大な土地と壁の外からも見える大きな西洋風の貴族屋敷がある。庭には木々や花々が満ち、中央に噴水が設置される形でシンメトリ―の様相を見せつけている。
この街を治めるラグエーテル家の当主であるテドラ・レットル・ラグエーテル伯爵の自慢の屋敷だ。
屋敷と隣接するようにして【ヘルシア】の街の治安を維持する騎士団の訓練場や宿直室、牢なども建てられており、この区画には街の中枢が集まっていると言える。
そしてその屋敷の一室には、デスクに書類の山を積み上げて必死にペンを走らせる壮年の男、テドラが居た。書類の中身はと言えば、商業区画の整理や迷宮以外のヘルシアの特産品の新案、騎士団の維持に関する経理に治水計画など、多種多様な内容である。
テドラはその書類を1枚1枚読みながら次々と処理をしていく。
そんなとき、彼の執務室をノックする音が聞こえてその手をピタリと止めた。
「誰だ?」
「ご主人様、ヴェンスでございます」
「何か用か?」
「はっ、早急にお伝えしたいことが」
「よし、入れ」
テドラの言葉を聞き「失礼します」と言って入ってきたのは初老の男。白くなりかけた髪をオールバックにしてまとめ、服装は全身黒の執事服。何を隠そうこの男、ヴェンスはラグエーテル家を仕切る使用人のトップである執事長なのだ。普段は使用人の指揮の他にテドラの側近もしている。
「それで用件とは?」
「はっ、先ほど私が仕入れた情報によりますとリアお嬢様がどうやら迷宮の30階層を突破したようです」
「…………フィリアリアが? 数日前に20階層を突破したばかりだろう?」
「はい、冒険者ギルドで少し騒ぎになっていました。30階層を突破する冒険者は珍しいですから虚偽の情報ではないと思われます」
「そうか……困ったことになったな」
手をこめかみに当てて考え込むテドラにヴェンスはさらに言葉を続ける。
「そしてリアお嬢様を手助けして30階層まで導いた冒険者がいるようです。なんでもお嬢様が護衛という名目で雇われたとか」
「馬鹿な! 冒険者を雇ったところで虚空迷宮には特殊効果がある。たった数日で20階層から30階層までを踏破するなどありえんだろう!」
「ええ、ですのでその冒険者にはもしや虚空迷宮の特殊効果を無効化する何かしらの手段があるのではないかと愚考しました。どうやらその冒険者はおよそ2週間前にこの街に来たばかりにも関わらず既にお嬢様を連れて30階層まで突破しているようですので」
ヴェンスの予想は的を射ていた。クウの《虚の瞳》は目を合わせた相手に幻術をかけるだけでなく、自分は幻覚無効になる能力だ。フィリアリアたちに使ったように幻覚を上塗りするような使い方をすればパーティごと幻覚を無効化することもできる。
だが、虚空迷宮の攻略という意味ではその能力は絶大な価値を持つことになる。迷宮都市を治める伯爵としてその情報を見落とすはずがなかった。
「ヴェンス、その冒険者のことを調べて屋敷に連れてきてくれ。フィリアリアのことは……約束してしまったからな。誰かの助けを借りてはいけないという条件を付けなかった私の落ち度だ。仕方なかろう」
「はっ、御意に」
ヴェンスは一礼して執務室を後にする。主人に任された仕事をこなすために、スケジュールを調整して配下を動かし、その冒険者の情報を集めるのだ。
再び一人になった執務室でテドラは考え込む。
もちろん娘のフィリアリアのことだ。第二夫人の子であり、肩身の狭い思いをさせていたのは知っている。正妻の嫌がらせにも負けず、御付きの騎士とメイドと共にほとんど毎日迷宮へと潜っていた。実力もあり、魔法の天才と呼ばれてきただけあって攻略は順調だった。
だがあるとき、王都のパーティで公爵家の嫡子の目にフィリアリアが留まってしまった。フィリアリアの容姿がもう少し悪ければそのようなこともなかったかもしれない。しかしフィリアリアは公爵家から直々に婚約の申し入れが寄せられたのだ。
もし婚約が成立すれば、公爵家から【ヘルシア】に支援が期待できる。ただでさえ難易度が高すぎて攻略が進まず、街の経営もギリギリであるのだから、その支援は喉から手が出るほどに欲しい。
今の経済状況では街の発展も難しく、他の迷宮に比べて大した素材が採れないことから商人の数も圧倒的に少ないのだ。街のためにもフィリアリアには公爵家に嫁いでもらうしかなかった。もちろんフィリアリアは嫌がったのだが。
そして貴族の地位を捨てて冒険者になるとまで言い放ったため、妥協策として与えたのが、成人する15歳までに虚空迷宮の30階層を突破することだった。達成させる気のない条件だったにも関わらず、まさか本当にクリアできるとは夢にも思わなかったテドラの動揺は推して測るべしだ。
「本当に困った……」
テドラの言葉は虚しく響いた。
◆◆◆
~36階層~
「ちっ、《流星》!」
クウの目の前に光球が出現し、光の乱舞を放つ。秒速30万kmで打ち出された高圧レーザーが魔物の群れを次々と貫いていく。
「数が多い! まさか無限湧きじゃないだろうな!」
30階層からは虫系魔物が多く出現する。ゴブリンやオーク、オーガなどもたまに出てくるが、圧倒的に数は少ない。虫系魔物は幻惑鱗粉を放つナイトメア・バタフライや巨大カマキリのデスマンティス、そして硬い甲殻を持つソリッド・ビートルなどだ。
そして今クウが撃ち落としているキラー・ビーは集団で冒険者に襲い掛かるソロ殺しの魔物である。時には数百匹もの大群で襲い掛かり、麻痺毒が込められた針で動きを止めてから捕食する肉食の魔物で、攻撃を受けると生きたまま喰われる苦痛を味わうことになるという。
「アンデッド化させるのは禁術だって言われたしなぁ」
《不死感染病風》からの《不死者浄化》のコンボで一掃できる敵ではあるが、今後のことも考えて危ない魔法の使用は控えようとしていたため、それ以外の魔法で少しずつ数を減らしていたのだった。
「《虚の瞳》は対個人に特化しているから集団戦には向いていないんだよな。やっぱり広範囲用の新魔法でも考えた方がいいか」
右手に木刀ムラサメ、左手に樹刀の鞘を握り、近寄ってくるキラー・ビーを仕留めながら早急に新しい魔法の案を構築していく。キラー・ビー自体は弱いので近寄らせないように倒しながら、なんとか思考の片隅でイメージを固めた。
「闇魔法と言えば重力だろ!
『暗黒に満ちた力
見えざる畏怖
その身に刻み込め
《暗黒重球》』」
宇宙を構成する物質の80%以上は謎の物質ダークマターだという。ダークマターは確かに質量をもち、銀河の動きに影響を与えるとされる。時には銀河どうしさえも衝突させる暗黒の力。その知識から創りだした暗黒球は強大な引力を以てキラー・ビーを一か所に寄せ集めていく。
「終わりだ。《流星》」
ビィィィィィィィィィイイッ!
強力なレーザー光線で一直線上の敵を殺しつくす魔法を固まった敵に放てばどうなるか? 動きを止められて一か所に集められたキラー・ビーは殺到する光に貫かれてあっという間に殲滅された。
「ふぅ……かなりMP消費したな。今日はもう止めておくか。キラー・ビーの魔石と羽だけ20セットほど持って帰れば今日の稼ぎは十分だろうしな」
王都のギルドで貰った安物のナイフもそろそろ刃こぼれが激しくなってきていた。使った期間は短いが、使った回数は尋常ではない。手入れをしてもこのあたりが寿命なのだ。
「宿に帰る前にナイフ買わないとな。またマウリの武器屋に行くか」
マウリとは少し前に魔剣ベリアルを買った武器屋の小太り店主だ。それなりの品揃えだったので多少質のいいナイフもあるだろうと考えて寄ることを決意する。
キラー・ビー20匹分の魔石と羽をアイテム袋にしまったクウは出会う魔物をほとんど無視して37階層へと降りる階段へと向かい、階段の途中にある小部屋の転移クリスタルへと手を触れた。





