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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
326/566

EP325 勇者と精霊殺し③


 突如としてアンチエレメンタルは消えた。

 出現したときと同様に空間が揺らぎ、それに飲まれるようにして消えてしまったのだ。急に引いていくアンチエレメンタルを見てセイジたちは呟く。



「引いていく?」


「ようやく終わったみたいやな」


「ああ、そうだね」



 アンチエレメンタル討伐は三人にとっても辛いものだったと言えるだろう。それはアンチエレメンタルがセイジたちに目も向けず精霊だけを狙っていたという事実を含めてもだ。何故なら、終わりが全く見えなかったからである。

 だが、こうしてアンチエレメンタルは引いていった。

 遂に乗り切ったのだと安堵した。



「そちらも終わったようね。急にアンチエレメンタルが消えて驚いたわ」


「ユーリスさん……」



 少し経って、別の場所でアンチエレメンタルを撃退していたユーリスも合流する。《精霊同調》のスキルによって無限とも言える魔力を扱う彼女には疲れた様子が全くない。あくまでも術を発動しているのは精霊王フローリアで、ユーリスは器でしかないのだ。

 セイジは剣を収め、警戒を解いた。



「あの、これが毎晩続いているんですか?」


「そうよ。徐々に規模が大きくなっているから、昨日よりも今日の方が酷いわ。そして明日はもっと酷くなるでしょうね」


「やはり正体については……」


「分からない。まるで分からないわ。貴方たちは何か分かったかしら?」


「いえ。強いて言うなら、オーラによる攻撃は有効のようです。普通のスキルではやはり倒せませんでしたが、オーラを扱うスキルだけは別でした」


「そう……」



 ユーリスが困ったような表情で黙り込むと、急に彼女の横で大きな気配が動いた。それに気付いたセイジ、レン、アヤトは武器を構えて気を強く張る。だが、ユーリスはすぐに手で制して三人を止めた。



「待ちなさい。フローリアが顕現するだけよ」



 そう言った途端、ユーリスの隣に少女が出現した。

 顕現する際には圧倒的な力の差を感じたが、今では何も感じない。余りに差があり過ぎるため、力を測ることが出来ないのだ。セイジは聖剣の柄から手を放し、レンは聖銃を降ろし、アヤトは魔法の矢を消し去る。

 そして眠たそうな表情で浮かんでいる少女が精霊王だと知り、セイジたちは驚いた。



「この子が精霊王……」


「話しには聞いてたけど、可愛らしいなりやな」


「これが世界最強の一角か……」



 精霊王の伝承は数多くあるが、その殆どは空想の類である。僅かな事実が伝言ゲームの要領で曲解されていき、一般に伝わっていることの八割が嘘となっていた。

 曰く、筋骨隆々とした男の姿である。

 曰く、仙人を思わせる老人の姿である。

 曰く、世界の創造時代から存在している。

 曰く、神に次ぐ存在である。

 このように姿形や生まれについて様々な説があるのだ。

 ただ、どの伝承でも精霊王は世界最強の種であると記されている。精霊種の王であり、精霊を創造する神とも呼ばれているのだ。一種の土地神のように考えられているのである。

 そんなフローリアはセイジたち三人に目もくれず、上空を見上げて言葉を発した。



「油断しない。まだ襲撃は終わっていない」



 それを聞いて四人はフローリアの視線を追う。

 すると、そこには深紅のローブを纏ったアンチエレメンタルが存在していた。手に持っている大鎌の刃は血で濡れたような色になっており、これまでのアンチエレメンタルは格が違うと思わされるだけの威風を持っている。

 まさにアンチエレメンタルのボスという風格だった。



「ふぅん。差し詰め、アンチエレメンタル・カーディナルといったところかしら? こいつがアンチエレメンタルを生み出している原因と考えて良さそうね」


「これまでとはエネルギーがまるで違う。全力で行く」



 ユーリスとフローリアはすぐに切り替えて戦闘態勢へと移った。《精霊同調》によって周囲の精霊から魔力を受け取り、それをフローリアへと受け渡す。権能【世界元素エレメンタル】によって精霊魔法が発動されたのだった。

 それは雷鳴。

 収束された高圧電流。

 本物の雷すらも超えた雷撃が閃き、アンチエレメンタル・カーディナルを貫いた。

 それを見て我に返った勇者たちも次々と行動を起こす。



「《光の聖剣》!」


「《破邪の光弾》!」


「《虹の聖弓》!」



 飛翔する剣、回避不能の光線、全てを貫く光の矢。

 それらが全てアンチエレメンタル・カーディナルへと直撃したのだった。



「やったかな?」


「それはフラグや桐島! 言うたらアカン!」



 レンの言葉通り、アンチエレメンタル・カーディナルは全くの無傷だった。世界最強とも言われるユーリスの精霊魔法、一撃で殆どの魔物を消滅させるセイジの聖なる光剣、滅びの閃光を思わせるレンの銃撃、あらゆるものを貫くアヤトの光矢、これらを受けても全くの無傷である。

 何か仕掛けがあると見るべきだろう。



「《看破》」



 無駄だろうと思いつつ、レンは《看破》を仕掛けた。

 当然、効かない。スキルによって探られたことに気付いたアンチエレメンタル・カーディナルは、ピクリと反応してレンへと狙いを定めた。

 アンチエレメンタル・カーディナルは右手に大鎌を持ち、左手に黒い炎を顕現させる。背景となる夜空よりも黒い炎が揺らめき、左腕を薙ぎ払うと同時に爆炎がレンを襲った。

 当然、レンは大きく回避する。

 黒い炎を地面とぶつかって燃え上がり、草花に焦げ跡一つ残さずに消えた。また、誰も黒い炎から熱風を感じることがなかったので、そのことで驚く。



「ただの炎やない。炎の形をした別のもんや!」



 レンの叫んだ通り、この炎はクウの幻術の一部でしかないのだ。炎の形をしているが、その実は精神を汚染する攻撃である。肉体や環境には一切の被害を与えないが、意志ある者が触れると負の感情を流し込まれることになる。

 流石にそのことまでは分からなかったが、触れてはいけないことは理解できた。

 アヤトは反撃として氷の矢を放つ。着弾点を氷結させることの出来る矢であり、相手の動きを止めるという点では強力な属性矢だ。アンチエレメンタル・カーディナルが曲がりなりにも炎を使ったことから、反対属性とも言える氷を選んだのである。



「行け!」



 アヤトの放った矢は重力によって若干速度を落としながらもアンチエレメンタル・カーディナルに直撃させることが出来た。

 だが、その矢はアンチエレメンタル・カーディナルの紅い衣に触れた瞬間、そのまますり抜けてしまう。着弾すればその場で氷結する矢が通り抜けたことから、攻撃が透過していると分かった。

 ならばと、ユーリスが精霊魔法を放つ。



「アストラル系かしら? それなら光よフローリア!」


「分かっている」



 光の精霊魔法が炸裂し、白い閃光が夜空に向かって伸びた。光速の攻撃を回避できるはずもなく、アンチエレメンタル・カーディナルはその身を何度も貫かれる。しかし、アンチエレメンタル・カーディナルは苦しむ様子すらなかった。

 光が収まると、やはりそこには無傷の姿。



「やっぱり攻撃の透過? それとも幻術?」


「違う。あれは確かにそこに存在している。幻影で誤魔化している様子はない」



 セイジがポツリと呟いた疑問にフローリアが答えた。そして続けざまに、その根拠を説明する。



「私は周囲の空間と同調することができる。あいつは確かにこの空間に存在している。決して幻影なんかじゃない」



 精霊王フローリアの権能【世界元素エレメンタル】は自然を支配することが出来る。より正確には、周囲の環境と同調することで一体化を果たし、精霊という新しい法則を混ぜ込む領域型法則系能力だ。

 依り代としている大樹の周辺は、完全に自然と一体化しているので、幻術などで居場所を誤魔化すことなど決してできない。クウのような「意思干渉」という反則技を使われない限り、幻術は効果を為さないのだ。

 フローリアの能力は情報次元レベルで一体化し、精霊たちと意思次元によるネットワークを築くというものであるため、意思次元から干渉されると誤魔化されてしまう。彼女がアンチエレメンタル・カーディナルを存在しているように認知してしまうのはそれが原因だ。

 そしてアンチエレメンタル・カーディナルはクウの幻術生物である。

 その存在は知覚することによって初めて認められるのだ。

 つまり、「意思干渉」の強度を上げたり下げたりすることで、実体と幻影を自在に交換することが出来るということである。攻撃時は意思次元への干渉を強め、攻撃を実体化させる。通常時は意思次元への干渉を弱めることで幻影となれる。

 これが攻撃透過の仕組みだった。

 通常時は存在感を感じるほど高度な幻影だが、攻撃時は現象を引き起こすほどの究極幻術となる。

 攻略するにはカウンターを狙うしかない。

 セイジたちはアンチエレメンタル・カーディナルが超高度な幻術である事には気付かなかったが、攻略法だけはしっかりと理解できていた。



「僕が正面から引き付ける。鷺宮とアヤトさんは援護を! ユーリスさんは精霊魔法の正確さを利用してカウンターを狙ってください!」


「了解や」


「任せてくれ」


「ふふ。準備はいいわねフローリア?」


「当然」



 この世界に来て一年も経つセイジは、かなりの場数を踏んでいる。勇者として戦ってきたが故に、命の危険にさらされることも少なくなかった。最近は冒険者ギルドが匙を投げた接触禁忌の魔物を討伐し続けていたので、強敵との戦闘経験も豊富である。

 自然と指揮を執り、先頭に立って戦いを率い始めた。



「――――――っ!」



 一方でアンチエレメンタル・カーディナルは無言で地面に降り立ち、強い気配を放ち始める。そして深紅のオーラを纏い、左手には黒い炎を出し始めた。

 幽幻変位ファントムシフト

 混沌黒炎カオスフレイム

 この二つの特殊能力を持つアンチエレメンタル・カーディナルが五人へと襲いかかる。



「僕が相手だ!」



 そう言って飛び出したセイジは聖剣を振り下ろし、アンチエレメンタル・カーディナルの気を引く。しかしアンチエレメンタル・カーディナルは避けることなくセイジの攻撃を受けた。当然、幽幻変位ファントムシフトによって透過しており、セイジの剣は抵抗もなく通り抜ける。

 そして剣が通り過ぎた瞬間、アンチエレメンタル・カーディナルが右手の大鎌を横なぎにしようとした。

 しかし、そこへユーリスの精霊魔法が飛び、通常ではあり得ない軌道を描いた雷撃がアンチエレメンタル・カーディナルを襲う。幽幻変位ファントムシフトを実体にしていたアンチエレメンタル・カーディナルは雷撃を喰らってその場で固まる。

 セイジが《光の聖剣》を展開しつつ飛びのくと、そこへレンとアヤトによる光弾と氷矢が殺到した。ついでにセイジもMPを十分に込めた《光の聖剣》を射出し、アンチエレメンタル・カーディナルへと攻撃する。

 だが、攻撃を喰らう寸前でアンチエレメンタル・カーディナルは幽幻変位ファントムシフトを非実体へと移行してしまったので、有効となったのはユーリスとフローリアの雷撃だけだった。



「よし! 行ける!」



 カウンター狙いなら攻撃は通る。

 今の一連でそれが確かめられたので、セイジは再び前に出る。もう一度、同じ要領でダメージを与えようとしたのだ。

 しかし、アンチエレメンタル・カーディナルも馬鹿ではない。クウに創造された幻術生物とはいえ、学習することは出来るのだ。同じ失敗はしない。

 左手を前に突き出したアンチエレメンタル・カーディナルは広範囲に混沌黒炎カオスフレイムを放ち、一瞬にして周囲を黒き炎の地獄へと変えた。咄嗟のことで驚いたが、セイジはすぐにオーラを張り、《魔力支配》スキルで防壁を展開する。



「桐島!」


「セイジ君!」



 セイジが炎に飲み込まれたことで、レンとアヤトは焦って叫んだ。冷静に考えれば、多種の防壁を備えているセイジがあんな炎を防御できないハズがないと分かる。それでも叫んでしまったのは、単に一緒に戦った経験が少なく、セイジの実力を心の底から理解しているわけではなかったからだろう。

 黒き炎の隙間からオーラと魔素防壁に守られたセイジが見えた時、ようやく二人は安堵した。ユーリスとフローリアは表情にこそ出さないが、彼女たちも一瞬はセイジがやられてしまったと思ったのだ。全く問題なかったと分かり、微笑みを浮かべる。

 セイジも、アンチエレメンタル・カーディナルの奇襲を防げたことで気を緩めてしまった。

 そしてそれが油断だったと知ることになる。

 黒き炎の向こう側から、深紅のオーラに包まれた大鎌が回転しつつ飛んできたのだ。



「――え?」



 アンチエレメンタル・カーディナルの気配が離れた場所にあることで油断していたセイジは、その大鎌をあっさりと喰らってしまう。強烈な深紅のオーラはセイジの白いオーラと魔素障壁を簡単に突き破り、その刃はセイジの腹に深く刺さった。



「あ……かはっ!」



 腹から突き刺さった大鎌の刃は背中から突き出て止まり、セイジは血を吐いてその場で倒れる。そしてアンチエレメンタル・カーディナルは混沌黒炎カオスフレイムを消して、倒れたセイジに悠々と近寄り、右手で大鎌を引き抜いた。



「ぐっ!? がああっ!?」



 刃を引き抜いた拍子に血が飛び散り、傷口からは大量の血液が流れ出た。

 痛み喘ぐセイジを見て、レンとアヤトは言葉を失う。

 アンチエレメンタル・カーディナルはそれを嘲笑うかのように左手の人差し指を立てたのだった。

 まずは一人、と……








旅行に行ってたので感想返信が遅れました。

質問があったので後書きにて幾つか記しておきます。


 魔王妃アルファのステータスですが、あまり登場させる気がないので細かい部分は考えていませんでした。一応、因果系の能力で【深淵楔蜘蛛アトラク・ナクア】という権能銘は考えています。

 蜘蛛の糸で因果を操るというイメージの能力ですね。


 もう一つは時間のパラドックスです。

 シンが召喚されてから1500年経っているのに地球は現代のまま。

 ユナは召喚されて1年経っているけど、地球でも同様に1年経っていた。

 この部分ですね。

 時間の流れに違いが生まれているのはある種の強制力のようなものです。

 ユナは本来、地球に所属する魂なので、地球の時間軸と同期しなければなりません。それによって一回目に召喚された勇者たちが同時に二人存在したりしないように、地球と時間を合わせました。

 逆に、シンは召喚時点で超越者に至っています。つまり魂が完全に世界から独立したので、世界の時間軸に左右されたりしません。これによって時間的なずれが発生しました。シンは、召喚陣によって1500年前の過去時間軸における地球から勇者たちを召喚したということです。



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