EP324 勇者と精霊殺し②
まず、セイジの空間を飛び越えた斬撃がアンチエレメンタルに直撃した。喰らったアンチエレメンタルは上下真っ二つとなり、次の瞬間には元通りに再生する。次に喰らったのは《破邪の光弾》により光速の数パーセントまでの速さを誇るレンの攻撃だ。《極魔》によって濃密化された光の弾丸がアンチエレメンタルを貫き、四つの風穴が出来たあたりで消滅する。そして光の矢を放ったアヤトは続いて炎、氷、雷……と属性を変えて矢を放ち、どの属性が弱点なのかを調べていた。
「やっぱり通常スキルは意味がないのかもしれないね」
「そやね。俺やアヤトさんの【固有能力】は効いてたけど、桐島の空間攻撃は効いてないみたいや」
「属性的な弱点もなさそうだよ。取りあえず【固有能力】を中心に戦っていこう」
やはり通常のスキルでは効果がないらしく、三人は【固有能力】の使用を決める。セイジは《光の聖剣》によって周囲に光る剣を浮かべ、レンは聖銃を構えて《破邪の光弾》をセットする。アヤトは聖弓を左手に持ち、《虹の聖弓》によって属性矢をつがえた。
レンは《看破》スキルを使い、アンチエレメンタルのステータスを測定する。
「《看破》……ダメや。情報系スキルも通じひん」
《看破》は大抵の情報防壁を破ることが出来るのだが、アンチエレメンタルには全く通じなかった。特殊な能力を持っているのか、《偽装》スキルで誤魔化しているのか。それはレンにも分からない。
ただ、相手の能力が全く分からない状態で戦わなければならないのは確かだった。
「行け!」
セイジは《光の聖剣》を放ち、アンチエレメンタルへと殺到させる。幾つもの光が剣となってアンチエレメンタルを貫き、霞のように消滅させた。
追加で光の剣がセイジの周囲に出現し、次々と射出してアンチエレメンタルを消していく。このスキルはMPを消費するので乱発は出来ないが、現在の数が全てなら問題なく殲滅できる。セイジは剣一本に100のMPを込めてアンチエレメンタルを屠り続けた。
そしてレンとアヤトは遠距離からの攻撃で遠くのアンチエレメンタルを倒していた。アンチエレメンタルは浮遊しているため、遠くの敵は倒しにくい。セイジの《光の聖剣》は近・中距離攻撃であるため、銃と弓で攻撃できる二人は自然と遠くのアンチエレメンタルを担当することになった。
「フラフラ動くせいで当てにくいねん!」
「上向きの射撃は重力の影響を受けるから難しいね。自在に操れるセイジ君の【固有能力】が羨ましいよ」
深夜という悪条件もあり、攻撃は二割ほど外れている。アンチエレメンタルも動かない的ではないので、幾らかの攻撃は回避されていた。また、相手も学習しているのか、回避率が徐々に上がっているようにすら思える。
光速の数パーセントまで加速できる《破邪の光弾》はともかく、《虹の聖弓》はあくまでも普通の矢と同じ程度の速度でしかない――ただし、光や雷の属性矢は除くが――のだ。魔力を乗せることで飛距離は伸びるが、銃弾の速度には敵わない。属性や魔力を自在に乗せられる分、《虹の聖弓》の方が威力は上だが、当たらなければ意味はない。
そうして三人の勇者が少しずつアンチエレメンタルを削っていると、少し離れたところですさまじい雷鳴が鳴り響いた。
ユーリス・ユグドラシルの精霊魔法である。
「はは。ユーリスさんの魔法は相変わらず規格外やなぁ」
「実質、魔力は無限だからね」
ユーリスは大樹を傷つけないためか、主に雷と光系の攻撃でアンチエレメンタルを仕留めていく。本当は炎属性が広範囲で威力も高いのだが、大樹の近くで使うべき属性ではないだろう。
ただ、放たれる雷撃と光線の威力はすさまじく、一撃でアンチエレメンタルを始末していく。たまに不自然な様子で雷や光の軌道が変化するのは、周辺にいる精霊たちに攻撃を当てないようにするためだろう。
セイジ、レン、アヤトには精霊を知覚することは出来ないが、ユーリスにはしっかり見えているからだ。ユーリスは精霊たちを襲うアンチエレメンタルを正確無比に貫いていた。
「数も減ってきた! 気を引き締めていくよ!」
「当然や!」
「ユーリスさんには負けてられないしね」
精霊魔法によって凄まじい戦果を挙げるユーリスを見て、セイジたちもやる気を奮い立たせる。数十体もいた初めのころと異なり、既に残りは数体にまで減っていた。
思ったより早く掃討できそうだと三人は考えたが、それは油断だったと知ることになる。
突如として空間が揺らぎ、新たなアンチエレメンタルが百体近く出現したのだ。
「まだこんなにいたのか!」
セイジはそう叫んで《光の聖剣》を大量射出するが、アンチエレメンタルはそれを無視して何もない空間を大鎌で薙ぎ払う。勇者たちには見えないが、恐らく精霊を切り裂いたのだろう。こうしている間にも次々と空間は揺らぎ、大樹ユグドラシルに纏わりつくようにしてアンチエレメンタルが現れ始めた。
蝙蝠の群れのように大樹の周りを浮遊し、大鎌で薙ぎ払いながら精霊を仕留めていく。恐れをなした精霊は大樹から逃げようとするが、精霊王からは大樹から離れるなと命令されているので離れることは出来ない。
恐怖を感じつつも、精霊たちは大樹を離れず、アンチエレメンタルの攻撃に晒されていた。
「この位置やと俺やアヤトさんの攻撃は大樹に当たってしまいそうや。桐島、頼むで!」
「分かっている!」
アンチエレメンタルが大樹に纏わりつくように動くせいで、攻撃が直線的なレンとアヤトは先ほどのように動くことが出来ない。攻撃軌道を自在に操れるセイジの《光の聖剣》が必要だった。
セイジは《気力支配》で思考を加速させ、《光の聖剣》を並列発動で数百と起動する。これでセイジの魔力は尽きたので、腰のアイテム袋から魔力回復ポーションを取り出し一気に飲み干した。光る聖剣はセイジの思うままに飛翔し、アンチエレメンタルを引き裂いていく。
派手に動けなくなったレンとアヤトも、可能な限りセイジをサポートしていた。
アンチエレメンタルの数は多く、流石の勇者たちでも魔力に限界が訪れるのは早い。無限とも思える勢いで湧き出るアンチエレメンタルを倒し続ければ、先に倒れるのがどちらかなど考えるまでもなかった。
「くっ……魔力が回復しにくくなってきた」
「俺もや。ジリ貧って奴やな」
「僕たちが使えるのはもう気の力ぐらいだよ。ただ、気も無限じゃないけどね」
アヤトはそう言ってアイテム袋から普通の矢を取り出し、気を込めつつ弓につがえる。そして矢は白く輝き、一直線に飛翔してアンチエレメンタルの頭部を貫いた。アンチエレメンタルはそのまま苦しみ、霞となって消滅する。
この結果にはセイジやレンだけでなく、実際に攻撃したアヤトも驚いた。
「気攻撃も通じるみたいだ。魔力が自然回復するまでは戦術を切り替えるよ!」
「了解やアヤトさん。俺は《MP自動回復》スキルも持っとるさかい、すぐに【固有能力】も使えるようになるはずや」
「僕もです。《超回復》スキルのお陰で魔力回復も早いですから、それまでは気で戦います」
セイジは剣に白い気を纏わせ、レンはスキルポイントを操作して《銃術》を《気闘銃術》へと進化させた。
気の斬撃、銃撃、狙撃が放たれ、アンチエレメンタルは消滅する。人族領では気力系スキルが一般的ではないので、エルフたちも気が通じることに気付かなかったのだろう。偶然とはいえ、相手の弱点に気付けたのは僥倖だった。
「気を強く込めれば一撃で倒せる! いくよ!」
セイジはそう言いつつ気の斬撃を飛ばし、アンチエレメンタルを真っ二つに引き裂く。更に斬撃はそのまま後ろにいた二体のアンチエレメンタルをも消滅させた。【固有能力】も有効だが、気攻撃の方が効果は高いらしい。
レンの気弾丸もアンチエレメンタル貫くと一撃で消滅させ、アヤトの気が乗った矢でも同様だった。気は精神的な消耗が大きいのだが、彼らは回復した魔力での攻撃を混ぜながらアンチエレメンタルへの攻撃を繰り返した。
◆ ◆ ◆
【樹の都】上空では、黒コートを纏い、フードで顔を隠した人物が戦いを観察していた。光が舞い、雷鳴が走り、気が飛ぶ。かなりハイレベルな戦いである。
「レンの奴も召喚されていたのか……」
黒服の人物ことクウは呟く。
鷺宮 煉はクウの親友であり、日本にいた頃は大体一緒にいた。部活は別々だったので常に一緒というわけではないが、親友と呼べるほどには仲が良かっただろう。そのせいでユナからホモ疑惑をかけられたのは良い思い出だ。すぐに誤解は解いたが。
「しかし勇者共が来るとは予想外だったな。巻き込まないのは難しいか……」
クウは眉を顰めながらこれからのことについて考えを広げていく。
現在、エルフの領土中で出現しているアンチエレメンタルは、全てクウが出したものだ。「意思干渉」を応用した幻術生物である。意思次元で発生した事象と情報次元の事象から得られる矛盾点から、本来なら有り得ぬ現象を引き出すというものだ。
例えば、意思次元へと干渉して相手に『斬られた』と思い込ませる。一方、それは思い込みであるため、実際の現象を司る情報次元では『斬られた』と認知されない。二つの次元での齟齬は矛盾となり、現象はどちらかへと傾く。『斬られた』か『斬られていない』かはどちらの次元が優先されるかで決まるのだ。クウはこれを特性「意思干渉」と「月(「矛盾」)」を利用して、意思次元に優先権を与える。
結果として情報次元は意思次元によって塗り変えられ、因果の帰結によって『斬られた』方へと傾いてしまうのだ。
要は超高度な暗示である。
アンチエレメンタルはこの暗示の塊なのだ。
それによって精霊は一撃で消滅するというわけである。所詮、精霊は天霊フローリアの眷属でしかない。クウの「意思干渉」を喰らえば一撃で消え去る程度のものだ。
「……まぁいい。予定通りに事は進めよう。折角だから、勇者たちの実力も測っておこうか」
自身の「魔眼」を使えばステータスを覗くことは出来るものの、あれぐらいの強さになると、能力への理解度や、能力を如何に使いこなしているかが勝負になる。数字だけでは実力が計れなくなってくるのだ。
そこで、クウは能力を使い、幻術生物を創造する。
「衣は深紅に変えよう。武器は大鎌で精神攻撃の炎を扱えるように。ステータス値は二万相当でいいか」
六芒星の黄金が輝く「魔眼」によって、イメージした幻術が投影される。
鮮血と同じ色に染まったローブ、死神を彷彿とさせる大鎌、通常のアンチエレメンタルとは別格とも感じられる雰囲気を持った幻術生命体が出現したのだった。
クウが用意した勇者のための試練。
いや、クウからすれば遊びのようなものだが、勇者たちにとっては大きな壁が立ちふさがったのだった。
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