EP319 忘却された歴史⑦
「まず、前提として異世界から何かを召喚する際の条件を話そう。一つ目は、召喚する対象をしっかりと特定することじゃ。これに関しては通常の召喚魔法でも適応される条件ゆえによく知っておるはずじゃな。そして二つ目は世界間を越えるためのパスを作ることにある。通常、世界には外界からの干渉を防ぐための防壁が構築されておる。勿論、妾たちが作り上げた防壁じゃ。故に超越化していない者が世界を越えた召喚をすることはほぼ確実に出来ぬ。ここが最も難しい部分じゃな」
クウやユナが【ルメリオス王国】の王城で見た召喚魔法陣は、複雑怪奇だが、それほど大きなものではなかった。あの程度の魔法陣で異世界からの召喚など、普通なら出来ないし。人間の魔力では何万人分と集めても不可能だ。
しかし、光神シンの【伊弉諾】はそれを可能とした。
魔法陣の中に因子を混ぜ込むことで、不可能を可能としたのである。
ゼノネイアは続けて説明する。
「光神シンは魔法陣の中に、自分の持つ地球人だった因子を混ぜた。これによって召喚元を地球に特定、特にお主らの国である日本を特定することが出来たのじゃよ」
「なるほどね。けどゼノネイア、俺やユナを召喚した理由はなんだ?」
「それは今から説明する。光神シンがわざわざ召喚魔法陣を与えたのは、次の目的のためじゃ。それは、召喚による時空の穴を利用し、この世界と裏世界を一時的にでも繋げることじゃ。奴はこの世界に配置した魔法陣と対を成すように、裏世界にも同じ型の魔法陣を仕込んでおる。まず、こちらの魔法陣が起動されると、共鳴によって裏世界の魔法陣が起動されるのじゃ。元は同じ世界ゆえに可能な裏技じゃな。そして起動が確認されたら、裏世界にいる光神シンが魔法陣に霊力を注ぎ込む、あとは魔法陣が地球から適合者を検索し、まずは裏世界へと一時召喚されるのじゃ。そして、この世界と裏世界にある共通魔法陣を利用してパスを作り、そのパスを通す形で召喚者を送り込む。これが召喚の仕組みじゃな」
「それってつまり……」
「うむ。異世界人を送り込むこと自体には殆ど意味がない。重要なのは、この世界と裏世界に穴をあけ、小さな綻びを作ることじゃ。三度の召喚によって少しずつ綻びを広げ、邪神カグラと光神シンが共に降臨するための準備をしておるのじゃろうな」
「綻びを修復することは出来ないのか?」
「無論、可能じゃ。しかし、奴はその綻びから大量のシステム攻撃を仕掛けて来たのじゃ。綻びを修復するためにこれを放置すれば、世界に甚大なエラーが生じる。故に綻びを後回しにしてでもシステム攻撃に対処しなくてはならない。光神シンの持つ【伊弉諾】は因子を操るゆえに、このようなクラッキングは得意としているようじゃ。妾たち六人が対処してもギリギリじゃな」
この世界と裏世界を繋ぐ綻び。
それを修復したくとも、その綻びから送られてくるシステム攻撃のせいでゼノネイアたちは動けない。綻びを修復すれば世界にエラーが生じ、クラッキングに対処すれば綻びは直せない。
六神が対処しきれないレベルの攻撃を常時放ってくるという時点で、光神シンの実力も窺える。
直接戦闘能力よりもサポート系に特化しているからこそだった。
裏世界という安全地帯から一方的に攻撃できる環境ゆえに、光神シンの本領が発揮されているのである。
「その綻びから邪神カグラや光神シンがこの世界にやって来るってことはないのか?」
「その心配はないぞクウ。妾たちのような超越者は、その強大さゆえに多少の綻び程度では世界を通り抜けることが出来ぬ。綻びを広げられれば別じゃが、それには膨大なエネルギーが必要になるからの。その心配はあまり必要ない。今のところは……じゃが」
邪神カグラの目的は封印された銘を取り戻すことだ。シン・カグラからカグラの名を貰ったことで権能は一部取り戻したが、完全な復活ではない。未だに邪神のままなのだ。
故にこの世界へと降臨してゼノネイアたちを脅し、銘を取り戻したいのである。
そのために世界の綻びを作ったのだ。
現在は問題にならない程度の綻びだが、広げられると拙いことになる。とはいえ、これを広げるにはかなりのエネルギーが必要になるのだ。そう簡単に広がったりはしない。この世界と裏世界の両方から神級のエネルギーを同時に与えれば何とか、といった程度だ。
邪神カグラと光神シンが掌握している裏世界はともかく、こちら側から綻びにエネルギーをぶつける存在などいない。だが、それを計算していないはずがない。
「精霊王フローリア。奴はこちらの世界からエネルギーをぶつけるための準備をしておる。それは人族全てを利用したものじゃ」
「膨大なエネルギー……霊力や魔力じゃなく、意思力か。つまり信仰心か?」
「いや違う。意志力という点はあっているが、信仰心ではないの」
ハッキリ違うと言い切ったゼノネイアに対して、クウは首をかしげる。
信仰心というのは曖昧でありながらも侮れないものだ。自由になればバラバラの思想を持つ人類を、一つの方向に纏め上げることが出来る。
つまり、民族全体が一つの揺るがない意思を持つことが出来るということだ。強い意志力を求めるならば、信仰心というのは利用できる類だろう。
しかし、ゼノネイアは違うという。
「精霊王フローリアが求めるのはそんな綺麗な力ではないのじゃ。奴は邪神を顕現させようとしているということを忘れておらぬか? フローリアが求めているのはもっと汚い……悪意じゃ」
「悪意?」
「うむ。基本的に邪神が持つ意思は自然と瘴気に染まっておる。奴が裏世界からエネルギーをぶつけると、その性質は悪に傾くのじゃ。そしてこの世界からもエネルギーをぶつけるとき、その性質が聖に傾いておると、エネルギーを相殺してしまう。故に綻びは広がらぬ。つまり、こちらの世界からも悪意に傾いた意志力をぶつける必要があるのじゃ。故に信仰心では不可能となる」
「なら裏世界からぶつけるエネルギーを光神シンが担当すればいいんじゃないのか?」
「奴は神格を得たとはいえ、元はただの人間だからの。権能を含めれば最下級の神に匹敵するだけで、エネルギー量は神に及ばぬ。神と熾天使の中間程度じゃな。その点、カグラは邪神となったことで弱体化したが、元は中級の神じゃ。エネルギーは充分にある」
なるほど、と呟いてクウは納得する。
そして同時に悪意のあても予想がついた。
「戦争か。召喚者を利用して魔族と戦争起こし、悪意を集めるつもりだな」
「その通りじゃクウ。異世界人召喚によって空間に穴をあけ、それと同時に悪意を集めるための手駒にする。効率の良いやり方、というやつじゃな」
召喚者は勇者と呼ばれている。一度、裏世界を経由した際に光神シンが加護を施し、その者を勇者として人族に戦争の準備を与えるのだ。適合せずに加護を授けることが出来なかった場合、そのまま送られることになる。
それでも、一般人とは一線を画する才能を秘めていることに違いはない。
召喚の際に才能ある者を選んでいるのだから当然だ。
精霊王フローリアは人族に光神シンへの信仰心を植え付け、魔人オメガやアルファを敵対者として認識させることで人族対魔族の構図を作り上げた。そして異世界から勇者を呼び出し、戦争を引き起こす。これによって悪意を集め、意思力を束ねてエネルギーをぶつける。
あとは時空の穴を通って邪神カグラと光神シンがこの世界にも顕現できるという仕組みだ。
精霊王フローリアの誤算は、召喚者から天使が生まれてしまったことだろう。流石にクウとユナのような者たちが来るとは予想外だったのだ。才能ある者を召喚陣で選んだことが仇となったのである。
「つまり、俺たちがするべきなのはこの世界に侵入している精霊王フローリア、オメガ、アルファを潰すことが第一目標ってことか?」
「そうじゃ。尤も、魔王妃アルファはアリアが既に討伐済みじゃがの」
驚いてクウ、リア、ミレイナ、そしてレーヴォルフがアリアへと目を向けると、彼女は頷いてから口を開いた。
「その通りだ。魔王妃アルファは百年ほど前に私が倒した。どうにかして孤立状態に持ち込み、私とリグレットでどうにか……な」
「あの時は僕の持つ結界系の道具を使い捨てにする勢いだったね。魔王妃アルファは因果を操る系統だったから、アリアも苦戦していたよ」
「ああ。リグレットのサポートがなければ逃していたな」
倒すべき目標は残り精霊王フローリアと魔王オメガだ。
だが、それは簡単ではない。なぜならこの二体は超越者だからだ。クウが《素戔嗚之太刀》を使った直接的意思次元攻撃を有しているので忘れがちだが、本来は超越者を倒すということは殆ど不可能なのである。
一対二で攻めたててギリギリ。一対三なら安全圏。
それでも倒し切るのは難しい。
特に魔王オメガは契約によって裏世界から超越者を呼び出すことが出来る。数の利を覆されかねない相手なので厄介だ。強いて言うなら精霊王なら倒せる可能性が高いのだが、これまではアリアもリグレットも動けなかった。
精霊王フローリアを倒すために【レム・クリフィト】を離れれば、その隙に魔王オメガが攻めてくるからである。魔王オメガはアリアとリグレットが身動きできないようにするため、定期的に【レム・クリフィト】を攻めていたのである。
「昔は僕も人族領に赴いて色々と調査をしていたんだけどね……最近ではそれも敵わないよ」
「ああ、そう言えばリグレット・セイレムって人族領では超有名な錬金術師だったっけ。錬金術の祖なんて呼ばれているらしいな」
「そうですね。クウ兄様の言われた通り、リグレット・セイレムの名は歴史の教科書にもあるほど有名です」
「はは、なんだか恥ずかしいね」
そう言えば、とクウは神魔剣ベリアルを思い出す。
あれは元々、リグレット・セイレムが吸血鬼の能力を参考にして作り上げたものだった。素材にはリグレットの血液も利用されており、元から神剣クラスのポテンシャルを有していたと言える。それが吸血による進化の果てに神魔剣へと至った。
クウは後でリグレットに見せてみようと決意する。
話しが逸れかけたので、ゼノネイアは咳払いしたのち、話を元に戻した。
「ゴホン。それで妾たちが要求するのは、こちらの戦力増強と共に、邪神共の戦力を削ることじゃ。特に精霊王フローリアは確実に始末して欲しいの」
「……となると、動けるのは俺か」
「うむ。お主の権能【魔幻朧月夜】なら、一人でも超越者を倒すことが可能じゃ。妾の【虚数領域】もそうじゃが、中々に反則臭い権能を引き当てたものじゃな」
何でも封印してしまう【虚数領域】と意思次元を自在に操る【魔幻朧月夜】。確かに、どちらも反則のような能力だ。それこそ、超越者を相手に一対一でも勝利できるほど強力な権能である。
ゼノネイアのクウに対する期待も大きい。
クウとしてはユナと再会した以上、ゼノネイアの言うことを聞く必要性はない。だが、ここで邪神たちの計画を阻止しなければ面倒なことになるのは必至だ。故に大きく頷いて精霊王フローリアを討つことに同意する。
「取りあえず精霊王は俺が倒す。天使になってしまった以上、この世界に留まるほかないからな。迫る脅威は全力で排除するさ」
「うむ。頼むぞ」
「それに久しぶりに人族領に行けるわけだしな。桐島たちの様子も見てみる」
セイジ・キリシマ、リコ・アオヤマ、エリカ・シロサキはクウと共に召喚された者たちだ。別に友達というわけでもないが、面識のある元クラスメイトである。多少は様子も気になるのだ。
精霊王を潰すついでに見てみるのも悪くない。
「この世界の問題を異世界人のクウ、そしてユナにも託すことになるのは心が痛い。じゃが、妾たちは地上に干渉することが出来ぬのじゃ。邪神カグラや光神シンからのシステム攻撃を抑えている内に、どうか精霊王と魔王を討ってほしい。頼む」
ゼノネイアの頼みに、全員が頷く。
クウ・アカツキ、リア・アカツキ、ユナ・アカツキ、ミレイナ・ハーヴェ、アリア・セイレム、リグレット・セイレムの六天使が揃い、その内の三人は超越化を果たしている。神獣を含めれば、戦力として優っている状況だ。
手遅れになる前に事態を収束するべく、天使たちは動き出す。
はい、というわけで『再会編』は完結です。
すごく凝縮する形で設定を投下していったのですが、分かりにくかったらすみません。
取りあえず、これで殆どの設定は解放されました。
光神シン=邪神カグラだと予想していた方がいらっしゃれば、ミスリード成功ですね。ラスボスが判明したところで、次章からはボス討伐に向けたストーリーへと移ります。
まずは精霊王フローリアからですね。
明日からの『精霊王編』をお楽しみに!
評価、感想をお待ちしております。





