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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
虚空の迷宮編
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EP31 伯爵家と護衛依頼③

 フィリアリアの護衛依頼を受けてから3日目、つまり依頼完了予定日の最後の日にクウは朝早くから冒険者ギルドへと赴いていた。しかも30階層のボスへと挑むにあたって情報を集めるために、7時半というほとんど誰もいないような時間帯に。



「さすがにこの時間はまだ来ていなかったか。今日は勝った!」



 誰と勝負しているのかというと、もちろん依頼主のフィリアリアだ。昨日と一昨日は集合時間よりもかなり早くギルドに来たにも関わらず、フィリアリアたち4人のほうがさらに早かったのだ。なんだかんだで負けず嫌いのクウは「今日こそは!」という謎の意思の元早起きを頑張ったのであった。


 ギルド前でガッツポーズをとり、意気揚々として中へと入って行く。いま受付に居るのは夜勤の受付嬢で、いつもお世話になっているマリーはいない。クウとしても知らない顔ばかりなので適当に目に留まった受付嬢の所へと足を進めた。



「おはようございます」


「ああ、おはよう」



 夜勤明けにも関わらず、その疲れを感じさせない笑顔でクウを出迎える受付嬢。完全にプロである。クウも挨拶を返してギルドカードを見せた。



「情報が欲しい。虚空迷宮の30階層だ」


「はい、30階層ということはボスですね?

 出現するボスはオークキングですね。この魔物は配下のオークを強化する能力を持っているので厄介なのですが、このボスフロアではオークキングが単体で出現するので脅威度はそこまで高くありません。レベルもおよそ45だとされており、Aランク冒険者のクウ様でしたら問題なく討伐できると思われます」


「Lv45? 20階層のボスより弱いな」


「そういえばクウ様は20階層でユニークボスと遭遇したそうですね。ユニークボスは通常よりも遥かに強力なモンスターですのでそう感じても仕方ないかもしれません。それに虚空迷宮はレベルを上げて精神値が一定基準に至らなければ特殊効果に囚われることになりますからね。必然的にボスを弱く感じてしまうのです」


「そういうことか。情報ありがとう」


「いえ、またお越しください」



 ギルドから出ていくと案の定フィリアリアたちが外で待っていた。フィリアリアはいつも通りニコニコとした顔を崩さないが、ステラは眠たそうにしている。メイド2人は毎度の如くすまし顔で控えてるだけだ。



「おはよう。お前ら早すぎだろ」


「「「「っ!」」」」



 背後から声を掛けられて一瞬ビクッとなる4人だが、その振り返って声の主がクウだと分かると思い思いの言葉を吐き出した。



「おはようございます。クウさん」

「貴様! お嬢様に対して奇襲とは……殺るか?」

「「おはようございます」」


「ご挨拶だなステラ!?」



 ボスの情報を集めるために早朝からギルドに来ていたことを説明するだけで何故か30分以上も時間がかかるクウであった。




「……という訳で30階層のボスを殺るぞ」


「まさか本当に3日で30階層まで来れるとは思いもしませんでした」


「幻覚さえ無効化できればただ真っすぐに進むだけだからな。俺からすれば虚空迷宮ほど簡単な迷宮ダンジョンはないと思えるほどだ」


「おい貴様。それ……ズルくないか?」


「自覚はしている」



 クウ自身もチートを自覚し始めてからは自重を意識している。他から見れば全く自重になっていないことも多いのだが、《虚の瞳》を全力使用しないだけでもかなり抑えているのだ。クウの高すぎる精神値のせいで幻術に抗える者はほとんどいないのが現状である。



「とにかくボスの情報を共有しておく。倒すのは俺だが、情報を知っているのと知らないのとでは対応が違ってくるからな。まずボスの名前だが――――」


「クウさん、少しよろしいですか?」


「……なんだ?」



 突然クウの言葉を遮ってフィリアリアが手を上げた。

 フィリアリアはステラとメイド2人に目配せして、頷き、口を開く。



「30階層のボスはわたくしたちに倒させてくれませんか?」


「何?」


わたくしはクウさんに30階層までの護衛をお願いしました。ですが実際は魔物から罠までを全てクウさんが処理しているため、わたくしたちは寄生しているだけの状態になっています」



 寄生とは、まだ弱い冒険者が強い冒険者と共に依頼を受けたり迷宮に潜ったりして、ランクアップやレベリングをすることである。力量の低いものが高ランク冒険者になったり、技量に合わないレベルだけの者になりかねないので、冒険者ギルドは基本的に禁止している。



わたくしの父は30階層までたどり着けとしか仰っておられません。ですが、寄生してまでたどり着くのは少し違うと思うのです。ですからせめて最後だけはわたくしたちだけでやらせてはくれませんか?」



 両手を胸の前で組んでお願いするフィリアリア。その上目遣いな頼み方に思わずクウも視線を逸らしてしまい、何となく負けた気分になるのだった。

 背後のステラやメイドを見ても、その目は真剣そのものであり、よく話し合った結果なのだろうとわかる。情報に聞いたオークキングもそこまで強くはないみたいなのでクウが折れることにした。



「わかったよ。危なそうなら介入する。それが条件だ」


「はい! ありがとうございます!」



 ボス討伐前に静かな闘志を高めるフィリアリアを横目に、クウは迷宮ダンジョンへと歩みを進めた。





~30階層~


「取りあえず幻覚を解除するからこっち向け」



 クウの《虚の瞳》で幻覚効果を上塗りして無効化するのも3日目だ。いや、初めてフィリアリアたちと出会った時を含めれば4日目になる。ただ強力な幻術を見せる以外の応用技を今までにもいくつか考えたことがあるクウだが、虚空迷宮の特殊効果を打ち消せるほどだとは思ってもいなかった。



「さてと、この扉の奥にオークキングがいる。フィリアリアの頼みで俺は手を出さないから4人で頑張れ。レベルの上では圧倒してるから問題なく倒せるだろ」


「はい、クウさんありがとうございます。ではステラ、アン、レティス、行きますよ」


「「「はっ!」」」



 長剣と盾を使うステラとメイスを振り回すアンジェリカを前衛、魔法使いのフィリアリアを後衛とし、2本のナイフを使う斥候職のレティスはフィリアリアの護衛兼遊撃要員という隊列でボスフロアへと踏み込む。クウはフィリアリアのさらに後ろから、戦闘全域を眺めてピンチなら介入する姿勢だ。



「グオオォォォォオオオ!」



 フロアに入るなり雄たけびが響きわたる。

 中央にポツンと存在する3mはあるだろうと思われる影。

 その姿は醜悪な豚そのものであり、普通のオークと違って口元には2本の牙が光を反射させている。全身を覆う鎧は鈍い色を発しており、両手に持つポールアックスからは底知れぬ威圧を感じる。



(まさかあのポールアックス……)



 クウは昨日見た呪い武器の破滅の鉈と同じような感覚を覚えたことに違和感を感じ、《看破Lv7》を発動させて確認する。




―――――――――――――――――――

クラッシュ・アックス  


製作者 虚空迷宮


MPを消費して打ち付けた先から衝撃波を放

つポールアックス。衝撃波の威力は込めた

MPと力の値に依存する。

―――――――――――――――――――




「気を付けろ! そいつの武器は魔法武器マジックウェポンだ!」


「なんだと!?」


「その武器の能力は打ち付けた先から衝撃波をだすことだ。ステラもあいつの攻撃は盾で受け止めるなよ」


「くっ! 厄介な!」



 クウの言葉を聞いて正面から戦うのは下策だと考えたステラは隣のアンジェリカに指示を出す。



「アンはオークキングの側面から攻撃を仕掛けてくれ。私が正面から気を引いておく」

「はい!」



 言い終わると同時にステラは走り出し、オークキングに向けて鋭い突きを放つ。鈍重なオークキングは避けることが出来ずに攻撃を受けるが、丈夫な金属鎧で防がれた。



「ちっ! 堅い!」



 本来は叩き切る武器である長剣でオークキングの鎧を貫くことは難しい。クウの魔剣ベリアルのような破格の切れ味を誇る魔剣ならば出来たかもしれないが、ステラの持つ長剣は一般的な騎士剣なのだ。



「こちらですよ。はあぁっ!」



 ガイィィン


 耳を塞ぎたくなるような金属音が響きわたる。ステラを囮にして回り込んだアンジェリカがオークキングの腰元に向かってメイスを振り下ろしたのだ。腰とは上半身を支える重要な部位だ。さらに腰を守る鎧は胸元と比べれば薄いので、衝撃を叩き込むメイスの一撃はオークキングに少なくないダメージを与えた。



「グウゥゥゥ」



 よろめくオークキングへチャンスとばかりにフィリアリアが魔法を放つ。



「ステラ、アン、離れてください。

 《爆炎槍フレイムランス×3》」



 オークキングに向かって3本の炎の槍が殺到する。

 ステラとアンジェリカはすぐに飛びのき、距離を取った。それと同時にフィリアリアの魔法が炸裂し、オークキングは炎に包まれる。



「やりました!」


「まだだ! 油断するな!」



 魔法が炸裂して気を抜いたフィリアリアにクウが注意を促したが、少し遅かった。





「ガアァァァァァアアアッ!!」


「きゃぁあ!」

「ぐっ、お嬢様!」

「くあっ」

「あぁっ!」



 オークキングは地面にクラッシュ・アックスを打ち付けて衝撃波を撒き散らす。近くにいたステラとアンジェリカだけでなく、後衛のフィリアリアとレティスにまで被害は及んだ。さらに後ろにいたクウだけはその範囲から逃れることができた。



「ちっ、だから油断するなと……」



 衝撃波で後ろに飛ばされたフィリアリアをクウがキャッチする。共に飛ばされたレティスには悪いと思ったが、あくまでも依頼主はフィリアリアなのだ。



「うっ……クウさん、申し訳……」

「後にしろ! こっちに向かってきているぞ!」



 炎の魔法を脅威と感じたのか、オークキングはその矛先をフィリアリアに変えた。人間なら両手で振り回すポールアックスを片手で軽々と操りながらクウとフィリアリアの元へと迫る。



「グルァアッ!」


「くっ、拙いっ」

「えっ? きゃあ!」



 オークキングがクラッシュ・アックスを横薙ぎに振るうと同時に、クウはフィリアリアを抱えて横に大きく跳ぶ。まだオークキングの持つクラッシュ・アックスの間合いに入っていないのに何故? と疑問に思ったフィリアリアだが、先ほどクウが立っていた場所に大きな傷跡が付けられ、目を見開く。


 クラッシュ・アックスの衝撃波は何もない場所からでも発生させられる。クウがそれに気づいたのは《看破Lv7》で見えていたオークキングのステータス上で突然MPが減ったからだった。



「はあぁっ! よくもお嬢様を!」


「グオォォッ」



 ここで復帰したステラがオークキングに不意打ちを仕掛ける。鎧の隙間を狙った突きが、オークキングの身体に食い込んだ。唸り声を上げて一瞬動きを止めたオークキングに同じく復帰したアンジェリカがメイスで膝裏を殴りつける。



 ズズン



 膝カックンの要領でバランスを崩したオークキングは片膝を着いて崩れ落ちた。



「お嬢様! 今です!」



 ステラの言葉にハッとしたフィリアリアはクウに抱えられたままであることに気付き、慌てて離れ、魔法の詠唱を始める。



「『巻き起こる炎

 全てを焼き尽くす力

 風は助け

 火は集う

 《炎旋風ファイア・ストーム》』」



 ゴゥッ



 オークキングの足元から火柱が立ち上り、その熱は思わず顔を手で覆いたくなるほどだ。魔法の応用などはクウに及ばないが、フィリアリアも天才と呼ばれた魔法使い。その威力は十分だ。

 金属の鎧を纏っていても、炎や熱を防ぐことはできない。熱や冷気に耐性のあるオークであってもフィリアリアの上級魔法を耐えきることは出来なかった。


 炎が消えた後に残ったのは、鎧を纏い、右手にクラッシュ・アックスを持って、立ったまま焼け死んだオークキング。よほどの熱で焼かれたのか、目や口からは煙が出ている。



「お嬢様、お見事です」



 オークキングをなんとか倒し、勝利を修めたことで安堵して座り込んだフィリアリアの元にステラが駆け寄る。メイドのアンジェリカとレティスもすぐに駆け寄ってフィリアリアに怪我がないか確かめている。

 4人はしばらく、オークキングを倒し、さらに目的の30階層を突破できた喜びを噛みしめていた。



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本人達からしたらクウの負担を減らしてるつもりなのかね
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