EP315 忘却された歴史③
エヴァンへと降り立ったシンは、一か月経ってようやく戦えるようになっていた。超巨大UFOに追い回されつつも必死に能力を解析し、やっとのことで意思顕現を会得したのである。
無数に出現した無尽ドローンを相手に、シンは接近戦を挑む。
「鎮まれ、【伊弉諾】」
シンが音速でドローンの一機へと迫り、軽く触れるようにして通り過ぎる。するとドローンは一瞬だけピタリと停止したあと、他のドローンをビームで攻撃し始めた。シンは移動を繰り返しながら次々とドローンに触れていき、自分の制御下へと置く。
ドローン同士の乱戦が始まり、シンは悠々と巨大UFOに向かい始めた。
「機械が相手なら俺の敵じゃないぜ!」
シンの能力は無機物に対して無類の強さを発揮する。本質的には無機物だけでなく生物に対しても有効なのだが、現段階では無機物に対する能力適用が限界だった。
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シン・カグラ 0歳
種族 超越天人
「意思生命体」「天使」
権能 【伊弉諾】
「因子操作」「理干渉」「錬成」
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「因子操作」と「理干渉」によって情報次元を切り貼りすることが出来る。ドローンは命令を書き換えられ、シンの支配下に収まったのだ。「錬成」は原子状態を操作できるので、物質の形状も材質も操ることが出来る。
シンの能力は、情報次元の因子をパズルピースのようにバラバラにして、新しく組み直し、全く別の性質へと変化させる能力と言える。
故に、無機物に対しては無敵とも言える効果なのだ。
「このUFOも制御を貰うぜ」
シンは空を覆うような超巨大UFOへと迫り、手で触れた。
次の瞬間にはシンの能力によって浸食され、UFOは制御を奪われる。魔術的、科学的情報防御を施されている巨人種たちの戦艦も、超越者の能力にかかればあっけないものだ。また、こうして制御を奪われるというのは下手に破壊されるより厄介である。
異空間転移装置が暴走し、多重空間連結から疑似ブラックホールを生成して巨大UFOは自壊したのだった。勿論、中に乗っていた巨人たちは即死である。
自分たちの魔術、そして科学力によって死を迎えたのだった。
「うおぉ……すげぇ科学力。あんなのSFの世界でしか有り得ねぇよ。やっぱりここってファンタジーじゃなかったんだ……」
因子を操作したので、シンには超巨大UFOに搭載されている全ての機能を網羅している。コピー済みなので、「錬成」を組み合わせれば再現することも可能だろう。尤も、今のシンでは演算力が足りずに途中で失敗する可能性も高いが。
だが、一部を再現する程度なら容易い。
「空気を変換、原子状態を変異、再構成、因子貼り付け……グラビトロン・ブラスター」
シンは「錬成」によって空気を変質させ、巨大な砲身を作り上げる。それに「因子操作」で各種因子をペーストし、重力子を操る粒子砲を生成したのだった。
重力子を加速させることで巨大な重力場を発生させ、直線状の空間を超重力で破壊するという巨人種の開発した兵器だ。
「エネルギーは俺の霊力を流用するように改造済み! 吹き飛べ!」
グラビトロン・ブラスターはシンの霊力を喰らって発動する。
限定的に重力場が限界突破を引き起こし、射線上に会った二機目の超巨大UFOのエンジン部を貫いた。既に構造を把握しているので、それぐらいは容易いのである。
そしてこの超巨大UFOは反重力装置をエンジンとして使用している。それを超重力による攻撃を与えたのだから大変だ。磁気カードに磁石を当てるようなものである。エンジンはただ故障するだけでなく暴走を始め、ランダムに重力場が変化することで周囲に歪が生じ、超巨大UFOは空中分解してしまった。
中に乗っていた巨人たちが血を流しながら落下する。
やはり頑丈らしく、あの暴走した重力場の中でも生き残っていたらしい。巨人たちは風の魔術で落下速度を中和し、ゆっくりと地面に降り立つ。そしてシンの姿を認め、凄まじい咆哮を上げた。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
彼らの神が邪神落ちしたことで、巨人種は狂ってしまった。
瞳は狂気に染まり、目的を見失ったかのように無差別で暴れまわる。ただでさえ、巨人種は肉体能力に優れているのだ。それが彼らの文明力の下に完全武装しているため、たった一撃でも山を吹き飛ばすほどの威力となっている。
今、地上で暴れているのは撃沈した巨大UFOに乗っていた数百の巨人たち。
それを止めるにはシンが頑張るしかない。
「空気を変異、錬成開始、因子貼り付け……メビウスノヴァ」
シンの掌の上に現れたのは黒い球体。
核融合を連続的に引き起こすことで、周囲を焼き尽くす一種の地雷だ。本来はトラップとして仕掛けておく武装なのだが、シンはそれを改良して時限式に変えた。
「行け!」
武装メビウスノヴァを全力で投げて、暴れまわる巨人たちの中心部にまで届かせる。設定した発動時限は五秒だ。次の瞬間には核融合エネルギーが暴発し、周囲を白い炎で焼き尽くした。メビウスノヴァは魔術結界による範囲指定があるので、範囲外にいれば熱の影響を受けることがない。その代わり、範囲内では相乗的に膨れ上がった熱を浴びることになるのだ。当然、生物が生きていられる温度ではない。
範囲の捕えられた巨人たち数十体は一瞬にして黒焦げとなる。
「まだまだ行くぜ」
シンは更にメビウスノヴァを追加し、次々と巨人を葬っていく。この武装メビウスノヴァも立派な環境破壊だが、因子を操れるシンならば関係ない。後で正常な環境の因子を植え付ければ再生可能だからである。
それゆえ、シンは恐れることなく環境ごと巨人を破壊していた。
空中からの一方的な攻撃により流石の巨人もあっという間に殲滅される。
これで付近の巨人種は一通り狩り終えた。
「はぁ~。ようやくか。段々と殲滅速度も速くなってきているし、この調子でいくか」
現在、巨人種は超巨大UFOを二機一組で運用しつつ各地を制圧している。シンはこの超巨大UFOを潰しながら自分の能力を強化していた。たった一機で都市を制圧できる超巨大UFOだが、実は世界各地に散らばっている子機に過ぎないのだ。まだ見つけてはいないが、どこかに母船とも呼べるものが存在しているらしい。
何度も「理干渉」で超巨大UFOを解析しているので、シンにもその程度の情報は分かっていた。
マザーシップを中心として巨大なネットワークを構築しているらしく、向こう側にもシンのことは知られている。超巨大UFOの武装も徐々に強くなっているので、シンに合わせて強化しているのだろう。
ただ、この強化がシン自身を強化することに繋がっているということは気付いていないようだが。
「それにしても殆ど……というか全く街が見当たらないなぁ。廃墟は幾つか見つかったけど、人なんて一人も住んでいなかったし。はぁ、会話が恋しい」
この世界に来てから、シンはひたすら戦いに明け暮れていた。それは彼がバーサーカーだからではなく、単に敵が多すぎるからである。そして敵の数に反比例するかのようにエヴァンの住民は見当たらない。一か月以上も経って一人も出会わないというのは異常だった。
実は巨人種の侵攻によって人類は殆ど滅びており、僅かな人々だけが身を寄せ合って暮らしている状態にまでなっているのだ。それ故、未だにシンは人を発見することが出来なかったのである。
「ちくしょう……敵でもいいから会話したい。なんで巨人たちは吼えることしか出来ないわけよ? あんな摩訶不思議飛行物体を作ってんだから言語ぐらい使えるでしょうよ……」
そう言って溜息を吐くシン。
だが、この願いは思いもよらぬ形で叶えられることになる。
◆ ◆ ◆
「ふむ。貴様が噂の天使か。貧弱な見た目をしておるわ」
日課のように超巨大UFOを潰していたシンの前に現れたのは一体の巨人だった。白い布で体を包み、大量の腕輪や足輪を装着している。体躯は十メートルを超え、背中には三対六枚の黒い翼が生えていた。
どう見てもシンと同じ天使である。これが邪神側の最高戦力の一つ、堕天使だとすぐに分かった。
そして自分より遥かに格上であることも。
(あ、詰んだ)
シンは死んだ目を浮かべながらそんなことを考える。
目の前の巨人天使と自分の間には圧倒的な気配の差があるのだ。それは覇気、殺気とも言える経験からくるものであり、天使初心者のシンには付け焼刃すらない。
これまでの戦闘も能力差に任せたゴリ押しだったのだ。
同格が相手では無理がある。
「我が神の邪魔をする悪辣の者め。我が成敗してくれようぞ」
「いえ結構です」
「問答無用。いざ覚悟!」
「ぎゃあああああああああああああ!?」
襲い掛かる巨大な相手にシンはひたすら逃げる。この一か月で飛行はマスターしているので、巨人天使を相手にしても逃げることは可能だ。それに元々、巨人種は反応速度が遅めであるため動きも鈍く、上手く立ち回れば隙を突くことも可能である。
ただ、シンにはその余裕がなかった。
「ぬぅ。ちょこまかと!」
「うおおおおおおおおお。グラビトロン・ブラスター!」
「効かぬわ!」
余裕のない中で癖のようにグラビトロン・ブラスターを錬成し、適当に放つ。偶然にも巨人天使へと直撃する射線だったのだが、重力砲は片手一つで弾かれた。
「なんだそりゃ!?」
「我が御手は万物を揺るがす。軟弱な攻撃が通ると思わぬことだ!」
シンは続いて核融合兵器メビウスノヴァを放つが、激しい爆炎と熱も巨人天使は片手で散らしてしまった。一度目ならまだしも、二度目ともなれば偶然ではない。何かの能力ということだろう。
そこまで分かってもシンに出来ることなど無いが。
「消えよ」
巨人天使が掌底を撃ち込む。
シンがそれを回避すると、撃ち込まれた掌底の先にある空間が歪んだ。どうみても喰らえばただでは済まないだろう。
「ふむ。外したか。これでは埒が明かぬな。乱れよ、【混沌】」
その瞬間、巨人天使の背後から紫の気に近い何かが立ち昇り、それが具現化して数えきれないほどの腕となった。
その威容はまさに千手観音。
全ての腕が空間を歪ませる掌底を放つことが出来る。
つまり、数撃ちゃ当たるの論理だ。
これはにはシンも口元を引き攣らせた。
「我が名は天魔巨人メギドエル。混沌を司る天使なり!」
そう言い終わると同時にメギドエルは神速掌底を放ち、僅か数秒で数千発の攻撃をシンに当てる。歪む空間のせいでシンの体はズタズタに引き裂かれ、混沌の力によって再生も阻害されていた。
つまるところ、少し力を見せたメギドエルには全く歯が立たなかった。
ざんねん シンの ぼうけんは おわってしまった
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