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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
315/566

EP314 忘却された歴史②


 神楽かぐら しんは平凡を体現したような日本の学生だった。

 父はサラリーマン、母はパート、大学生の姉と小学生の弟がいる五人家族。本人は平均よりやや上の偏差値だった高校に進学し、平均的な成績で二年生へと進級したばかりだった。

 短い春休みを終えて始業式の帰り道、友人たちと共に昼ご飯を食べてカラオケにでも行こうなどと話していたところで事故に遭い、しんだけが帰らぬ人となった。



(退屈な人生だった)



 最後に大型トラックが歩道へと突っ込んでくるときに思い浮かんだ言葉である。

 しんも青春を謳歌する高校生だったのだ。小説や漫画の世界のように、ハリのある日々を送って見たかったと後悔した。余りにも平凡すぎて、自分が特別であるなどと錯覚する中学生特有の病気も発症しなかったほどには自制もあった。

 だが、せめて好きな女の子にアタックする気概ぐらいは出すべきだったと考える。

 男同士で遊ぶのも楽しいが、思春期の最中にあるしんとしては、彼女の一人ぐらいは欲しかった。せめて『彼女いない歴=年齢』の構図さえ壊してしまえば、平凡から抜け出せるのではないかと考えていたのである。

 平凡は悪くない。

 だが、平凡はつまらない。

 世界に名を遺した偉人のように、自分も何かを為したいと考えてしまうのは凡人の性だ。そうでなくとも他人より良くありたいと思うことだって平凡な人間らしい。

 しかし、人生の何から何までが平凡だったしんは死んで初めて平凡ならざる幸運を勝ち取った。



「…………へ?」



 次に目が覚めたしんは、自分を囲む六人の人物を見た。

 腰まである金髪が特徴的な美女、青髪の偉丈夫、怠そうにした緑髪の女性、着物を着た銀髪の幼女、黒髪の少年、フードで顔を隠した怪しい男。

 死んだと思えばそんな人物に囲まれていたのである。間抜けな声を上げてしまったとしても仕方ない。



「おいおい。平凡そうな面構えじゃねぇか。大丈夫なのか?」


「知らん。俺は全能神から譲り受けた魂を運んできただけだ。そこまでは保証できんよ。記憶がなければどうとでも染められるが、教育に時間がかかるからな。現段階での面構えなど気にするだけ無駄だ」



 さりげなく罵倒する青髪の偉丈夫アステラルと怪しいフードの男デウセクセス。

 流石にしんも眉を顰めた。

 そんな二人を咎めるように金髪の美女アデラートが口を開く。



「そんなことを言ってはいけませんよ。これから彼には頼みごとをするのですから」


「ん? そうだったな。悪かったって少年」


「そうだな。我々は君に期待している。そう思ってくれ」


「は、はぁ……?」



 話が読めず、新は困惑顔で返事をする。

 まず、自分はトラックにはね飛ばされて死んだはずなのだ。死んだ瞬間は覚えていないが、そこまでの経緯は記憶にある。あのままでは間違いなく死んでいただろう。即死したおかげで、綺麗に記憶がないだけだと思われる。

 勿論、痛いのは嫌なので、記憶がなくとも困らない。寧ろ嬉しい限りだ。

 それよりも、今は自分がこうして生きている事に疑問を感じなければならない。

 まさかよくある小説でありがちな転生ではあるま―――



「貴方には転生して頂くことになりました」


「テンプレ過ぎる!?」



 運命神アデラートの言葉に叫び声を上げる新。

 オタクと呼ばれる程ではないが、彼もそれなりにサブカルチャーへの理解がある。その手の小説や漫画も嗜む程度には知っていた。憧れはするが、それを望むほど現実離れしていないつもりだった。

 まさか、それが自分の身に降りかかるなど想像もしていなかったので、平凡を自称するしんもギャグ漫画のようなツッコミを入れてしまった。

 さらに、自分が転生する理由を聞かされて、しんは一層ゲンナリしていた。



「邪神を倒すために転生するとかテンプレにも程がある……今時じゃぁ小説でも売れない内容じゃん」



 邪神落ちした文明神アカシックを討伐する。

 創作物ではよくある話だが、現実になると面倒だ。

 虚空神ゼノネイアによって神銘と権能が封印されたとは言え、元は神なのだ。素の能力でも超越天使に並ぶだけはある。権能を使えないので一段劣るとも考えられるが、少なくとも一般人には手が出せない領域の存在だ。

 その上、邪神は弱体化したことを利用して世界エヴァンの中へと逃げ込んだのだ。これが神域での話なら本物の神が問答無用で強硬手段に映れるのだが、神々が顕現出来ない世界エヴァンの中となると話が変わってくる。

 神々が世界エヴァンに干渉して、中の住人に細工することも出来ないので、異界から魂を持ってきて、それに有らん限りの加護を捻じ込むのが限界なのだ。



「そういうわけじゃ。お主には妾たちの加護を与えよう」


「チート貰って神様転生ニューゲームって……」



 人間が想像できるテンプレって実際に起こるんだ……

 そう心で呟きながらしんは項垂れる。

 最高位神格を持ち、実際に文明神アカシックを邪神に落としたゼノネイアがメインとなって説明するが、説明が進むに伴ってしんの心は揺らぎ始めていた。

 テンプレだと言ってはいるが、平凡ではない事態だ。

 平凡なまま死んでしまった自分のために用意された非日常。

 初めは現実離れし過ぎて他人事のように感じていたが、徐々に新の真剣さは増していた。

 一通り話を聞き終えたしんは確認のために言葉を紡ぐ。



「要するに、俺を超強化してエヴァンって世界に送る。そこで邪神を討伐したら、一件落着。更にその後はあんたたちの天使として世界の管理に携わるってことだよな?」


「そういうことじゃの。まぁ、死にたくなったら消してやるが」


「恐ぇよ」


「邪神の他に、奴の天使もいるからの。気を付けるのじゃ。まぁ、加護を失って堕天使となっておるから、それほど強くないじゃろうがの」


「その堕天使ってどのぐらい?」


「うむ……せいぜい軽く国が亡びる程度じゃな」


「だから恐ぇよ!?」



 堕天使のほうは加護を失っても権能は失っていない。

 弱体化はしているが、その能力は健在なのだ。国を滅ぼす程度なら訳ない。平凡で一般的な学生だったしんには規模が大きすぎる相手だった。



(けどこれってチャンスだよな)



 一度は失った命だ。

 記憶を保持したまま生き返らせてくれる上に、かなりの強さも保証されている。平凡だったが故に、非日常はしんにとってスパイスとなった。

 条件としては悪くないだろう。

 寧ろ、ここで断れば平凡なまま人生が閉じてしまう。最後に訪れたチャンスを逃すほど、しんは日和っていなかった。



「やる。やってやるさ。面白そうだからな!」



 断る余地などない。

 感じるままに、望みのままにしんは了承した。

 言い方を変えれば、少年の心を取り戻したとも言える。

 高校生と言えど、そういったことに興味がある年頃なのだ。

 そう決断を下したしんにゼノネイアは告げる。



「うむ。では妾たちの加護に加え、潜在力封印を解放、そして六つの迷宮を授ける。心して受け取るのじゃ。頼むぞシン・カグラよ」








 ◆ ◆ ◆






 その日、世界エヴァンに一人の天使が舞い降りた。

 三対六枚の白い翼をもつ熾天使セラフィムであり、暗い雲に覆われた世界ではよく目立つ。強力な兵器によって塵が舞い上がり、太陽の光が差さなくなっているため、昼間であっても夜のように暗かった。



「これ酷いな……邪神ってマジなのかぁ」



 百聞は一見に如かず。

 やはり実際に見た方が分かりやすい。



「一目で世紀末って分かっちゃうレベルだよな。生物の気配がしないし、植物も見当たらない。見渡す限りの荒野ってどういうことだよ……」



 シンは改めて溜息を吐く。もう少し平和な場所からスタートを切るイメージだったのだが、想定以上に世界が終わっていた。そもそも、緊急だからこそ異世界から魂を呼んだのであって、余裕があるならシンは本来ここにいない。

 少しゲーム感覚だったシンは、流石に気を引き締めた。



「さーてと。神様たちからの頼みは三つだったっけ。邪神と堕天使討伐、迷宮を設置して天使になる可能性のある人物を鍛える、世界の再生……キツクね?」



 真名の加護によって意志力封印が解放され、ついでとばかりに潜在力封印も解かれていたので、シンは労することなく超越化へと至っていた。本来ならば有り得ぬ暴挙だが、それだけ神々も追い詰められていたのである。

 本来、超越化にはそれに相応しい精神の持ち主であることが重要だ。

 力を悪用せず、自制心を以て能力を操ることが出来る心。それがなければ超越化させる訳にはいかないのである。悪意のままに、自分勝手に権能を振るえば、世界にすら影響を与えてしまうからだ。迷宮の試練も、その精神性を鍛え、試すために存在する。

 シンはそれを無しに超越者へと至っていた。

 世界を託すには危うい部分もある。

 また、巨人種を倒せるほど非情になれるかどうかも問題だった。

 そのため―――



「うわっ!? 巨大UFOじゃん! え? え? どうすんのマジでっ!?」



 ―――と混乱し、まともに戦う余裕などなかった。

 たとえ超越化していても、こんなザマでは宝の持ち腐れである。

 事実、世界エヴァンへと降り立って一か月はこの状態だった。人らしい人を発見できず、シンは天を覆うような巨大浮遊物体の攻撃に晒される。そんな生活を送っていたのである。

 チートを手に入れて無双など、夢のまた夢だった。

 所詮、シンはただの学生だったのだ。平凡な一般人が巨人や超兵器や堕天使や邪神と戦えるはずもないということである。

 クウたち召喚者のように、順番に慣らしていくのならまだ良い。

 だが、流石にいきなり邪神が相手では荷が重すぎた。



「畜生! なんだよあの兵器こそチートじゃねぇか!?」



 巨人種たちは、加護を失って狂ってしまったとしても異世界を渡るほどの超技術を持つ者たちだ。戦いを知らぬ超越天使程度に後れを取ったりはしない。逃げ回るシンに対して一方的に攻撃を仕掛け続けていた。

 魂の力である権能は理解しているが、シンの権能は戦闘向きとは言えない。どちらかといえばサポート向きな能力だった。また、本人も権能に対して深い理解をしていないため、意思顕現イクシステンスすら儘ならないのだ。まともに使えるのがオーラだけでは、流石に超兵器相手に戦えない。



「うわああああああああああああ! なんかミサイルが飛んできた!? ここファンタジーじゃないのかよ!?」



 シンの叫びはしばらく続くことになった。








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