EP311 ユナとリア
魔王アリアの転移で元の部屋に戻ってきた二人は、リグレットとユナにそれぞれ出迎えられた。特にユナはクウが戻ってきた瞬間に押し倒す勢いで飛びつき、体を摺り寄せて甘い声を出している。
「くーちゃんお帰り」
「……ああ、ただいま」
二度と離さないのではないかというぐらい力強く抱き着かれているため、流石のクウも身動きが取れない。勿論、無理やり剥がそうと思えば可能だが、今のユナを見てそれを実行しようとは思わなかった。
一方、アリアとリグレットは常識的な範囲で体を寄せ合っている。
「どうだったんだいアリア?」
「ふふ。負けてしまったよ。全力ではなかったが、勝負は負けだ」
「君が負け? 映像では君が勝っていたみたいだけど。それに理不尽の権化みたいな能力の君が負けるなんてね」
「ふん、あれは幻術だ。あやつも大概、反則みたいな能力だったよ」
試合の上ではアリアの勝ちだ。クウが幻術を広範囲に展開し、降参と口にした映像が撮られている。だが、実際はクウが時間停止すらも破り、アリアに勝利した。お互いに決死の全力戦闘ではなかったが、今回はクウの勝ちである。
リグレットは魔法道具による映像でしか戦いを見ていないので、クウの展開していた幻術には気付いていなかった。それで、アリアの話を聞いて驚いていたのである。
「丁度今は三位決定戦も終わって、エキシビションマッチを映すスクリーンを設置しているところだよ。映像は編集済みだから、あとは待つだけさ。その間に詳しい話でも聞かせて貰おうかな?」
「わかった」
「じゃあ、くーちゃんは私と一緒ね。くーちゃんと一緒に居た人たちを紹介して欲しいなぁ……後はこっちの世界に来てからあったことも教えて欲しい」
「いいぞ。俺もユナの話を聞きたいからな」
どちらにせよ、今日で闘技大会は終了だ。アリアは閉会式にも出席する必要があるので、エキシビションマッチの放映が終われば忙しくなる。逆にクウは暇だ。表彰は後日なので、闘技大会優勝者であるクウは今すぐ帰っても問題ないほどである。
ゆえにここで別れることになった。
クウとユナは部屋を出て観戦室へと向かう。クウがリア、ミレイナ、レーヴォルフと共にチケットを取っていた観戦室なので、一人増えたところで問題ない。
通路で多くの視線を受けながらも、ユナはクウにべったりとくっ付きつつ歩いていく。魔王軍第一部隊の隊長として有名であるため、この光景を見た多くの人がギョッとした表情を浮かべていた。
それを全く気にしていないあたり、ユナはクウ一筋ということなのだろう。
逆にクウは気まずくて仕方なかったのだが。
そしてどうにか視線に耐えて、二人はようやく観戦室へと辿り着く。クウが扉を開けると、中にはリア、ミレイナ、レーヴォルフの三人が揃っていたのだった。
「戻ったぞ」
「お帰りです兄……さ、ま?」
「誰なのだクウ?」
「お帰りクウ。なんだかとても愉快なことになっているね」
驚き固まっているリア、キョトンとするミレイナ、苦笑するレーヴォルフ。
反応はそれぞれである。
「取りあえず紹介しよう。俺の旅の目的で幼馴染で姉貴で――」
「――婚約者のユナちゃんだよぉ」
ユナはクウの言葉に口を挟んで『婚約者』の部分を強調する。そしてこれ以上に無いほど据わった目でリアとミレイナをじっと見つめていた。
「ふふふ……」
『ひっ……』
怪しい笑みを浮かべたユナを見て、リアとミレイナは同時に悲鳴を上げる。
相当恐かったらしく、ミレイナすらレーヴォルフの後ろに隠れてしまった。
そしてユナは鼻をスンスンと動かして口を開く。
「んー。くーちゃんについていた匂いは……そっちの白い女かな? ねぇ、くーちゃんどういうことかな?」
「落ち着けユナ」
「私以外の女の匂いが付いているんだけど説明は?」
「リアは妹分だ。可愛いだろう?」
「そっか。じゃあ問題ないね!」
取りあえずユナとしてはそれで納得らしい。恋人、またその予備軍でなければユナとしては問題ないのだ。
明るい口調でそう言ったユナは、魔王軍最強と呼ばれる身体能力で一瞬にしてリアの背後へと回り込み、両腕を広げて抱き着いた。
「可愛い~っ! くーちゃんの妹ってことは私の妹だよね。こんな可愛い子が欲しかったんだよね!」
「ひゃあっ!? 助けてください兄様!」
「すまん。俺にユナは止められん。強く生きろリア」
「そんな……んあっ!」
「おー。立派な胸じゃない。私より大きいかも。いいなぁ」
愛が深すぎて病んでいるのではないかという疑いのあるユナ。
それはクウだけでなく全ての身内に及ぶ。
クウがリアを妹と断定した時点で、ユナにとってもリアは妹だ。故に深すぎる愛情を向ける対象にされてしまったのである。
そしてユナの愛情は殆どがスキンシップで表現される。
その結果が目の前の光景だった。
「可愛い可愛い可愛い! 今日は一緒にお風呂に入ろうね!」
「だ、ダメです!」
「大丈夫。くーちゃんも一緒に入るから」
「もっとダメですっ!」
「てか俺も一緒に入らねぇよ」
「えー、だめ?」
年齢としてはクウもユナも十七歳だ。
しかし、ユナにとっては年齢など関係なく、好きならばいつも一緒という考え方だ。友人などに対しては一般的な対応を取ることのできるユナだが、一定以上の身内に対しては加減が無くなる。
クウのように慣れていなくては……とくに初心なリアでは耐え切れないだろう。
強烈すぎるユナのスキンシップに、リアも遂に落ちてしまった。
「ふきゅぅ~……」
「おいユナ! リアが気絶してるから!」
「あれ? リアちゃーん?」
そう、意識が。
◆ ◆ ◆
翌日、クウ、リア、ミレイナ、レーヴォルフの四人は王城へと呼ばれていた。城と言っても華美で巨大なものではなく、割と最低限のものである。要人のもてなし、損なわれぬ程度の見栄があれば十分だ。あとは機能重視な造りとなっている。
四人は城の応接室へと通され、そこでしばらく待つことになった。
給仕に出された高価なお菓子とお茶を頂きつつ、四人は話し合う。
「まぁ、とても美味しいお茶です」
「そういえばリアの地元は茶葉の名産地だったっけ?」
「はい。ラグエーテル領では【ヘルシア】の迷宮以外に、お茶が有名です。寒暖差の激しい、あの辺りでしか育たない貴重な茶葉を育てていますから」
「凄いね。砂漠ではこんな嗜好品は滅多に頂けないよ」
「私は食べられれば十分だがな!」
レーヴォルフがリアと共にお茶を評価する一方、ミレイナはお菓子を貪る。同じ竜人なはずだが、かなり対照的だ。
クウも別に拘るタイプではないが、良いものを良いと評価できるだけの感性は持っている。リアも元は貴族なので、お茶の良し悪しは判別できた。
「それにしても不思議なお菓子が沢山ありますね」
「確かに、人族領では見かけないものばかりだな。これはチョコレートに近いし、こっちはマカロンっぽい。大福みたいなお菓子もあるのか……」
「知っているのですか?」
「俺の故郷では珍しくないからな」
大皿の上に並べられている茶菓子は、日本で見たことのあるものばかりだった。ただ、和菓子に近いものと洋菓子に近いものが同じ皿に並べられているので、クウとしては違和感が凄い。
初めて見るリア、ミレイナ、レーヴォルフは別だが、元の世界の知識があるだけに複雑な気分だった。
(まぁ、世界が変わっているわけだし、仕方ないか?)
寧ろ、地球と同じタイプのお菓子があるということも驚きだ。地球では多数の民族が各地で独自の発展を遂げ、食文化についても様々な発展を見せている。この世界でも同じようなお菓子が出来上がっているのだから、これはこれで不思議な出来事だ。
ユナという転移者がいることにはいるが、この国にユナが来たのは一年と少し前のことである。そんな短い期間で、これだけ発展したということはないだろう。つまり、【レム・クリフィト】は元から、これだけの文化を作り上げる下地があったということだ。
人族領に比べて、文明が進み過ぎている。
やはり《邪神の呪い》による文明力の低下が大きく関わっているのだろう。
(それも含めて聞いてみるか)
今日でこの世界に来てから感じている多くの疑問は解決される。
異世界人召喚、迷宮、神、加護……全てのことを聞くために神界を開くからだ。こうして王城に呼び出されたのは、それがメインである。建前は闘技大会優勝者への表彰ということになっているが、本当の目的はそちらではない。
だからこそ、大会に参加していなかったリアとレーヴォルフも呼ばれたのである。建前としては、闘技大会優勝者クウ、三位ミレイナの関係者として呼ばれているが、本当の目的は別にあった。
クウ、リア、ミレイナは神の加護を有しているからだ。
【レム・クリフィト】が【アドラー】からの侵略に耐えつつ探していた加護保有者、つまり天使に到達する可能性を持った者。それが一気に三人も集まったので、こうして城に呼ばれたのである。
レーヴォルフが呼ばれたのは、単に仲間外れにしないためだった。
そもそも、クウが多少はレーヴォルフにも事情を話しているので、もはや無関係とは言えないのである。
こうして待つこと三十分。
応接室の扉がノックされ、魔王アリア、錬金術師リグレット、ユナが入室してきた。
「待たせて済まないな」
アリアが一言だけ謝罪して、クウたちが座るソファの正面へと移動し、腰を下ろす。黒いドレスに黄金の髪が良く映えており、自然と目を引く美しさがあった。同時に、魔王としての鋭く力強い威厳も感じられる。それに続いてリグレットはアリアの隣へと座り、ユナは瞬間移動を思わせる速さでクウとリアの間に入った。
「昨日ぶりだね!」
「そうだな」
「そうですね」
昨日は激しすぎるユナのスキンシップのせいでリアが気を失い、仕方がないのであの場で別れた。リアはそれを覚えているので、ユナに対してかなり身構えている。
クウの探し人としてのユナは知っていたが、実物は昨日初めて知った。想像を遥かに飛び越えたユナという人物に、リアは内心で恐怖すら感じていたほどだ。
「リアちゃーん?」
「ひぃっ!?」
「悲鳴なんか上げちゃって可愛いなぁ」
「に、兄様……」
「悪いなリア。俺にユナは止められないんだ」
「そんな! 助けてください」
「いずれ慣れるさ」
どこか遠い目をしてアドバイスを送るクウ。
それはアドバイスというよりも一瞬の達観かもしれないが、ユナを相手にする時はこれぐらいを覚悟しなくてはならない。長年の付き合いで、クウはそれを理解していた。
ユナは交互にクウとリアへとスキンシップをはかる。マーキングでもしているかのように体を寄せて、好き好きオーラを振りまいていた。
この光景には、流石のアリアとリグレットも呆れた口調で話し出す。
「ユナとはそこそこの付き合いだが、そんな姿は初めて見たぞ?」
「僕もだよ。普段のユナちゃんからは想像もできないね」
普段はしっかりしているように見えるユナだが、好きな相手に対しては遠慮なく甘える。こちらの世界に来てからはそんな相手もいなかったので、アリアとリグレットですら、初めて見る姿だった。
このままだと話が進まないので、空気を呼んだクウがユナを抑える。
「取りあえず落ち着けユナ。後で幾らでも相手してやるから……リアも一緒に」
「私もですか!?」
「わかった。じゃあ大人しくする!」
「よーし。いい子だ」
「えへへー」
クウは左腕にしがみ付くユナを撫でつつ、アリアとリグレットに目配せをする。それを察したアリアは、ようやく本題を話すことにした。
「さて、取りあえず優勝おめでとうクウ選手。三位入賞おめでとうミレイナ選手。これからかなり重要な話をするから、まずは防音の結界だけ張らせてもらう」
そう言ってアリアが指を鳴らすと、【神聖第五元素】の能力で結界が張られる。これから話されることは間違っても一般人には聞かせられないことだ。当然の措置である。
「まずは自己紹介だな。私は魔王アリア・セイレム。魔法神アルファウの天使だ」
「僕はリグレット・セイレム。創造神レイクレリアの天使さ。アリアは僕の奥さんでね。可愛いだろう?」
「ちょっとリグレット!」
なんとも締まらない自己紹介から話は始まった。
ユナとリアは取りあえずこんな感じで落ち着けました。
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