EP310 クウVS魔王アリア④
マグマが沸き、瞬時に凍り、衝撃で爆散する。
アリアの【神聖第五元素】とクウの【魔幻朧月夜】によって次々と世界が改変させられ、また二人がぶつかり合う時に生じる衝撃波で破壊の嵐が吹き荒れていた。
アリアの世界侵食によって特異粒子が無限に湧き出る空間となっている以上、クウはどうしても一歩遅れてしまう。《神象眼》や《幻葬眼》を使って打ち消しつつ、神刀・虚月による接近戦をメインとしてアリアと戦っていた。
「転移、流星群」
言葉一つで空間転移を実行し、さらに天空より無数の星を降らせる。
願うままに現象を引き起こすアリアの権能が最強と呼ばれる所以だ。
しかしクウは因果系最強とも言える権能【魔幻朧月夜】を持っている。幻術を基点として因果操作を実行し、全ての結果を支配する。
「《神象眼》」
重力に従って落ちて来た流星群は、反転して全てアリアへと向かう。重力、運動量保存、応力変形など、全ての前提過程を無視して、流星群がアリアへと向かう結果だけが残る。
アリアはそれを高圧の竜巻で粉砕した。
そして次の瞬間には転移でクウの真後ろへと移動し、漆黒の三又槍で突きを放つ。だがそれは最強幻術《夢幻》によって見せられたコンマ数秒前のクウだ。既にクウは一歩分だけ隣に移動しており、カウンターとしてアリアに居合いを放った。
突きを放った直後の硬直で居合を避けることは出来ない。
だが、現象操作によって転移を実行し、無理やり回避することに成功した。
アリアに武術の才能はあまりないのだが、短距離転移を組み合わせれば変幻自在の攻防となる。瞬時に相手の死角を奪い、攻撃を受けそうになれば転移で避けることも出来る。これはかなり強い。
一方でクウは別の意味で変幻自在だ。「意思干渉」によって意思次元に直接投影した幻術は、どんな感知でも破ることが出来ない。魂の根底である意思次元が騙されているからだ。現実からかけ離れた幻術であるほど強度は下がるが、コンマ数秒ほどずらす程度なら絶対に破られることはない。少なくとも同格には。
つまり、お互いに攻めあぐねていたのである。
(厄介な転移だな。発動速度も速すぎる)
(こちらは世界侵食を使っているのだが……これは厄介だ。まさか幻術一つで私が翻弄されるとはな)
一見すると互角だが、実を言えばクウの方が押されている。
世界侵食によって、ノータイムで無限に術を発動できるアリアと異なり、クウはアリアの行動を予測しつつ、幻術による認識阻害で綱渡りのように繊細な戦いをしているのだ。取りあえずぶっ放せば良いアリアと異なり、クウの精神疲労はかなり溜まっている。
それだけ意志顕現と世界侵食には差があるのだ。今はクウの才能と権能の相性で補っているに過ぎない。
「縛れ!」
クウが《神象眼》でアリアが鎖に囚われる光景を作り出す。いつの間にかアリアが大量の鎖で縛られているのだが、これを認識してしまった時点で幻術は現実となる。破る破らないの問題ではない。自身が縛られている光景を一瞬でも目で認識すれば、「意思干渉」によって現実となってしまうのだ。
アリアは縛られた直後に電気分解で鎖を破壊し、クウの居合を避ける。反撃として三又槍を突き出すが、それは既に認識がずらされた後だった。槍はクウの幻影を貫き、既に半歩避けていたクウが神刀・虚月で突きを放つ。アリアはこれを転移で躱した。
クウは《真理の瞳》で転移先を特定し、白銀の気による飛ぶ斬撃を放つ。当然ながら、アリアは黒い気で弾き返していた。
「暴風」
「《幻葬眼》」
巻き起こる暴風を《幻葬眼》で消しつつ、クウは再び距離を詰める。
基本的に遠距離攻撃が特異なアリアは再び転移で逃げるかと思われたが、意外にも三又槍を構えたまま待ち構えていた。
「来い。面白いものを見せてやろう」
そんなアリアに対して、クウは無言のまま背後に回り込む。ただし、《夢幻》によってアリアは正面から斬りかかってくるクウが見えていた。
これまでは常に後手に回っていたクウだが、攻撃に回ると非常に厄介になる。全く予想も出来ない方向から攻撃が放たれるからだ。しかも感知は役に立たないので、回避できるとすれば勘頼みになる。
正面から迫る幻術のクウは、攻撃に入るまであと三歩だ。
だが、本物のクウは既に居合を放っており、刃はアリアを斬るまであと数センチ。
(斬った―――ッ!)
クウはそう確信した。
だが、予想外にも神刀・虚月はそこで止まる。
運動の法則を完全に無視して、空中で刀は止められてしまった。刀だけでなくクウの体も。
(何……?)
そして気付く。
世界そのものが停止していることに。
クウの意識は動いているが、情報次元が完全に停止してしまっている。
この現象は―――
「時間停止だ。面白いだろう? 超越者でも固有情報次元ごと停止させれば、時間停止が通じる。意思次元は停止させられないから、意識だけは残っているハズだ」
そんな馬鹿な、とクウは思うが、事実としてクウの固有情報次元は停止させられている。アリアの言う通り意思次元は止めることが出来ないのだろう。意識だけは通常通りだった。
そしてアリアは三歩前に進んで、手に持った槍で正面にいる幻術のクウを突き刺す。
「ほう。幻術だったか。私は正面から受けると言ったのに用意周到なことだ」
そう言った途端に時間停止が解ける。
止まっていたクウの居合はそれと同時に振り切られ、空気を切り裂いた。アリアが三歩だけ前に進んでいたので、外れてしまったのである。
「ふふふ。後ろに回っていたのか。危なかったな」
「時間停止とか反則だろう……」
「これが私の権能【神聖第五元素】だ。現象系最強だと思っている」
この時間停止にもリスクは存在する。
世界侵食で発生させている特異粒子を全て消費してしまうのだ。侵食世界がすぐに補填してくれるが、ゼロからの回復には少しだけ時間がかかる。つまり、時間停止解除すぐはチャンスなのだ。
ただ、時間停止を使えば確実に相手を仕留めることが出来る。
先程は幻術で回避したが、本来なら避けることなど出来なかった。
本当に恐ろしい能力である。
とはいえ、時間停止も無敵ではない。因果操作によって簡単に破られるからだ。
例えば、時間停止前に因果操作で攻撃を防ぎきる未来を確定できたとしよう。そして時間停止中に攻撃を喰らっても、既に未来で攻撃を防ぎ切ったという事象が確定しているので、時間停止中の攻撃は無効となる。
これが前提や過程を無視して結果だけを引き出す因果系の強みだ。
ただし、常識外れなことをしているので、常識を創り出す法則系には弱いのだが。
(まぁ、俺の「意思干渉」は「魔眼」を通じて発動できる。時間停止中でも、意識さえ残っていれば《神象眼》を発動するのは難しくない。ともかく、アリアから目を離さないようにするしかないな)
クウはファルバッサからのレクチャーで、因果系、現象系、法則系の相関関係を学んでいる。アリアとの戦いは相性的に有利なので、時間停止があっても怖がる必要はない。
寧ろ、時間を飛び越えて結果だけを引き出す因果系の方がよほど怖い。
「時間停止……ね。相手が俺じゃなかったら終わってたな。でも俺の能力も反則級でね。実はこんなことも出来る」
クウは《神象眼》を発動させ、チラリとアリアの左腕を見た。予兆もなく空間がずれて腕が切断される幻覚を見せ、それを『世界の意思』とアリア自身に認識させる。
ポトリと音がして、アリアの左腕が斬り落とされた。
「む……時間逆行」
「無駄だ」
アリアは時間回帰で腕を戻そうとしたが、この現象は因果操作によって確定された結果だ。つまり、時間を戻したとしても腕は直らない。
「やはり因果系は厄介だな」
仕方なく霊力を集中させて腕を再生する。
能力を使わない、霊力による再生はかなり精神疲労を与える。こういう時、因果系は能力による回復を防げるので強い。
だが、アリアも今の攻撃でクウの能力を推察することが出来た。
「幻術、因果系……つまり見せた幻術が現実になるという能力か。確かに反則だ。それに、嵌め技に近い権能だな」
「ちなみに言うと、俺の幻術はかなり特殊だ。どこからが現実でどこからが幻術なのか見破るのは難しい。精々、頑張ってくれ」
トス……と音がしてアリアは違和感を覚える。
視線を降ろすと、背後から一本の刀が自分の胸を貫いていた。
「こんな感じで幻術が使えるからなぁ。ほんと反則だろ?」
クウの言葉が背後から聞こえる。言葉を発している間に幻術を発動し、本人はアリアの背後まで移動していたのだ。
これにはアリアも驚愕した。
本当にいつから幻術にかかっていたのか分からなかった。特異粒子による物理感知も役に立たず、情報次元の揺らぎもない。
特殊な幻術と豪語するだけはあると思えた。
「ごふ……時間停止」
一歩前に進んで胸に刺さった刀を抜き、振り向いて三又槍を振るう。
だが、急にアリアは動けなくなった。槍を構えたまま何かに縛られているかのような感覚を覚えるが、ロープも鎖も見えない。
そうしている内に時間停止が解除され、情報次元が動き出した。
途端に意思次元で確定されていた事象が情報次元にフィードバックされ、アリアは無数の鎖に縛られる。クウが《神象眼》でこの未来を確定させていたので、時間停止中も動けなくなったのである。もしも意思次元すら停止させる能力だったなら、不可能だったことだろう。
「終わりか?」
クウは神刀・虚月を突きつけながらそう言った。
時間停止が解除されてすぐであるため、アリアの特異粒子は消費されてしまっている。世界侵食を展開していても、回復までは時間がかかるだろう。
それにもかかわらず、今のアリアは鎖で縛られているのだ。
具体的に言えば、かなりピンチである。
そんなアリアに、クウは小さな声で語り掛けた。
「さて……実はもう試合は終わりだ」
「……何のことだ?」
「実は広範囲幻術で俺の姿とお前の姿を入れ替えている。まぁ、俺が鎖に縛られ、槍を突きつけられている映像になっているわけだ。つまり、お前が『降参』と言えば、試合の上でお前が勝利したように見える」
「……お前、性格が悪いとか言われないか?」
「よく言われる」
「……」
このエキシビジョンマッチは魔王アリアの勝利で終わる方が都合がいい。
だが、クウもただで負けたくはない。
そこで、このような演出をしたのである。
つまり、試合に負けて勝負で勝つのだ。
そもそも、超越者同士で試合をして勝負をつけるのは難しい。死合ならともかく試合では無理がある。適当に落としどころをつけるべきだろう。既に演出としては充分だ。
「分かった。『降参』だ」
「おーけー。これで俺が負けたように見えるはずだ」
”勝負は着いたようだなアリア”
そこに審判役だった天妖猫メロが姿を見せる。
二又に割れた尾をユラユラとさせながらニヤニヤ笑っていた。
”ククク……若輩に負けてしまったようだな”
「煩いぞメロ。次元崩しや星落とし、質量変換、重力崩壊のような危険なものは使っていないだろう」
”その割には時間停止を使っただろう?”
「む……」
ぐぬぬ……と唸っているのが見えるようだ。
普段はキリっとした風貌のアリアだが、こうして見ると、そこはかとないポンコツ臭すら漂ってくる。これでも一国の王なので、しっかりしている面もあるのだが。
「ともかく、これでエキシビジョンマッチは終わりだ。幻術を展開させ続けるのは悪いし、私たちは転移で戻るからな」
アリアはそう言って自分とクウを転移させる。
そして魔法迷宮地下九十階層に残ったメロは一人呟いた。
”アヤツを揶揄うのはいつになっても面白い。ククク……”
アリアも結構なチートです。
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