EP309 クウVS魔王アリア③
「侵食完了っと」
クウは【魔幻朧月夜】を侵食させて満月の夜を作り出した。この世界ではクウの意思が直接的に反映され、運命の流れすらも自在に操れるのだ。
右目を閉じ、魔眼の力を月へと投影する。
「俺を害するもの、阻むものは全て灰となれ」
天上の月は赤く染まり、六芒星の紋章が浮かび上がる。世界侵食の空間そのものに「魔眼」の力が及び、あらゆる矛盾すらも突き破る運命の流れが出来上がった。
「くっ……」
激しい頭痛を覚えてクウは額を抑える。
だが、運命の流れは既に出来上がっているのだ。加速は止まったが、流れは止まらない。
クウを遮るものは全て、灰となって散る。
「行くぞ」
三対六枚の翼を羽ばたかせ、クウはアリアの下へと飛翔した。
恐らくアリアもクウが向かって来ている事には気付いているのだろう。アリアには特異粒子による物理感知もあるので、どんな隠密で移動しても気付かれる。
クウの幻術は五感を刺激するものではなく、意思次元を直接弄るものだ。つまり本気で幻術を使えばアリアの物理感知も意味をなさないのだが、《月界眼》を使用した以上は必要ない。今のクウの前では、どんな障害すらも灰となって消え去るからだ。
クウの周囲で爆発が起きる。
爆風と熱は灰となって消える。
クウの周囲がプラズマ化する。
高温プラズマは灰となって消える。
地上で樹海が成長し、クウを捕えようとする。
木々は灰となって消える。
巨大な瀑布が天空より落ちてくる。
クウに触れる前に灰となって消える。
物理障壁がクウを阻む。
灰となって消える。
本来ならば灰になるはずのない物質、現象すらも、《月界眼》の能力によって灰に変えられる。運命を操る因果系能力の真なる力だ。例え、過程と結果の間にどんな矛盾を孕んでいても、全てにおいて結果が優先される。どんな理不尽な結果だとしても、クウの意思がそれを現実に変えてしまうのだ。
権能【魔幻朧月夜】は幻術の力ではなく、意思次元への干渉と矛盾の破壊によって運命を操作する能力なのである。
「よぉ。俺も本気を出させて貰ったからな」
「ククク。まさかお前も世界侵食まで到達していたとはな」
「世界侵食?」
「お前が今使っている能力の一般名称だ。意志を侵食させた空間を展開するのは超越者でも権能を理解した一握りだけが到達できる第二段階だ。よもや超越者になりたてのお前が習得していたとは思わなかったぞ」
再び相対して会話をするクウとアリア。
まさかここまで権能を使いこなしているとは思っていなかったアリアは、とても面白そうにしていた。
「ま、精々翻弄されろ」
「やってみよ」
クウは神刀・虚月で居合を放つ。
防御不能だと理解しているアリアは、空間転移によってそれを回避した。
「鎖」
「む……」
クウは《神象眼》でアリアを縛り付ける。そこをクウが再び切りつけるが、やはりアリアは転移で避けてしまった。ノータイムで転移が発動できるというのはかなり強い。
ただ、クウによって縛るという現象が確定されている。残念ながら鎖から逃げ出すことは出来ず、転移後も縛られたままだった。
「厄介な鎖だな。ただの幻術能力ではないのか……?」
「教えるかよ」
「ふ……それもそうだな」
アリアは自分を縛っている鎖を燃やし尽くす。縛るという結果で確定した鎖を、燃やすという現象を使って破壊したのだ。
そしてついでとばかりにクウを燃やそうとするが、灰に変わる運命によって炎は消え去る。
「奇怪な」
「この世界ではどんな理不尽も通る。炎だって灰に変わる」
「因果系か。厄介だな」
現象系最強とも言えるアリアの【神聖第五元素】だが、クウは現象系に対して有利に戦える因果系最強の【魔幻朧月夜】だ。どんな現象を引き起こしても、それを無視して因果系による結果が優先される。
唯一、因果系で処理不可能なレベルで連続的に現象を引き起こせば現象系でも因果系に勝てる。アリアの能力はそれを可能としていた。
しかし、クウは世界そのものを塗り変え、運命の流れを作り出す力だ。一度流れ出した運命は、新たな意志が加えられない限り止まることがない。ある種、《月界眼》は現象系を完全封殺できる能力だと言えるだろう。
「だが攻略法がないわけではない。経験の差を見せてくれよう」
アリアはこれでも五百年も生きているのだ。戦いにおける経験ではクウを圧倒している。少し不利なぐらいでは動じない。
「お前の因果操作は私の現象を灰に変えること。つまり、それを逆に利用すれば良い。砕けろ!」
クウの周辺にあった特異粒子が、アリアの意思に反応して空間を砕く。時空間系の攻撃であり、クウの周囲では空間ごと破壊されてしまう。そしてクウの《月界眼》によって砕けようとしている空間が灰に変わった。
しかし、これは空間が壊れるのと大差ない。
アリアの現象操作によって砕けるか、クウの因果操作によって灰に変わるかの違いだ。
つまり、クウはダメージを受けた。
「ぐっ……」
「切り裂け」
同様にアリアは空間を切り裂く現象を引き起こす。
切り裂かれようとしている空間が灰に変わり、結局、切り裂かれるのと同様の結果が起こった。
クウは内臓を破壊され、さらに体を切り裂かれた。久々の大ダメージによろめき、血を吐き出しつつクウは下がる。
(まさかそんな攻略法があるとは)
現象が灰に変わる運命では完璧ではない。
そう考えたクウは再び「魔眼」を発動させた。右目を閉じ、月に投影して運命の流れを塗り替える。
「《月界眼》! 俺を畏怖しろ!」
深紅の月に黄金の紋章が浮かび上がり、新たな運命が流れ出す。発動時間は僅か数秒だったが、夜の世界に新たな流れが生まれた。
それはクウを畏れ、避けるという運命だ。あらゆる現象が、まるで意思を持つかのようにクウを畏怖する。それによって自発的にクウを避けるのだ。
「穿て」
アリアが空間を穿ち、クウに穴を開けようとするが、もう遅い。
すでに運命は塗り替わり、穿たれた空間はクウを避けた。存在を畏れたのである。
「何……っ?」
「貰った!」
クウはその間に霊力で回復し、抜刀しつつアリアに迫る。自分の攻撃が意思を持ってクウを避けたことで驚いたアリアは、そのままクウの攻撃を受けてしまった。
しかし、予想外な結果となる。
確実にアリアを切り裂くように振り抜かれた神刀・虚月は、見事なまでに外れてしまったのである。捻じ曲がるようにしてアリアが避けたからだ。これにはクウだけでなく、アリア自身も驚いた。何故なら、アリアは何もしていなかったからだ。
クウはこれに対して一つの答えを出す。
(まさか神刀・虚月も俺の一部と判断された? つまり俺を避けるようにして結果が変わったのか)
攻撃回避においては完璧とも言える畏怖の運命干渉だったが、クウが攻撃するときにも作用されるらしい。つまりクウの攻撃も畏怖の「意思干渉」によって、アリアは強制的に回避させられる結果となる。
クウはそう予想した。
それを確信に変えるために、クウは更に攻撃を続ける。
「これならどうだ? 《魔神の矢》」
クウは神刀・虚月を鞘に納めてから右手を天に掲げ、消滅エネルギーを作り出す。それは高速で分裂し、空間中に散らばって一つ一つが矢の形を形成した。
当たれば情報次元を消し飛ばす消滅の矢が千本。
それをアリアに向かって放った。
「次元断壁」
アリアは空間を遮断する現象を引き起こすが、《魔神の矢》はその情報を消し飛ばす。よって初めの数百本が次元断壁を消し去り、アリアへと殺到した。
彼女は咄嗟に回避を試みるが、一斉に降り注ぐ矢を避けることは出来ない。まさか空間を遮断した壁が破られるとは思わなかったらしく、驚愕の表情をしていた。
しかし、その表情はすぐに唖然としたものに変わる。
何故なら、矢が勝手にアリアを避けたからだ。
これによってクウは確信を得た。
(運命の流れで定義した”俺”の範囲が広い。俺の意思が乗った攻撃も含めて”俺”なんだ。超越者の攻撃には全て意思が乗っているから、俺からの攻撃も相手に当たらなくなる。畏怖の運命はこれが弱点だな)
まだ《月界眼》は使用回数が少ないので、使ってみて初めて分かる性質もある。
理解する才能はあれど、こうした経験だけは積まなければどうしようもない。
その点、アリアは五百年に及ぶ経験から、洞察によってクウと同様の答えに辿り着いていた。
「避ける能力といったところか? だがそれはお互いに適応されるらしいな。つまり、このままでは千日手ということだ。図星だろう?」
「御明察だ。俺も今気付いたことだけどな」
仕方なく、クウはもう一度《月界眼》を発動させて天上の月に「魔眼」の力を投影する。そして全ての運命を打ち消し、元に戻したのだった。それと同時に世界侵食も解除する。満月の夜は消え去り、元の空へと戻ったのだった。
「どうした?」
「まだ長時間は使えなくてな。二回分も無駄撃ちしたから余計に」
「ふっ……容赦はしないぞ」
「望むところだ」
本当はもう少し使えるが、このエキシビジョンマッチはクウの負けで終わることになっている。全国放送される以上、魔王であるアリアが負ける光景を見せる訳にはいかないからだ。
クウもそれで納得しているので、無理に勝ちを狙う必要はない。
(まぁ、簡単に負けるつもりもないけど)
クウは最強幻術《夢幻》でアリアの感覚をずらしながら居合を放つ。特異粒子による物理感知をしているアリアでも、意思次元を直接騙す《夢幻》では対抗できない。それも、抵抗しにくい『感覚をずらす』という幻術なのだ。
これが現実とかけ離れた高度な夢を見せる大規模幻術なら、アリアでも意思力を高めて破ることは出来るだろう。だが、このように技巧を凝らした幻術は、意思力の密度が高く、破りにくい。
「な……に……ごほっ!」
身体を切られ、蹴りによって吹き飛ばされるアリア。クウは追撃するべく幻術を使いながら飛翔する。しかしアリアもただでは終わらない。この程度の痛みで止まっていては、超越者同士の戦いでは話にならないからだ。
「黒き嵐! 降り注ぐ雷! 巻きあがる旋風!」
アリアの意思に特異粒子が反応し、凄まじい暴風が世界を包んだ。空には暗雲が立ち込め、天地を結ぶ大竜巻が大量に出現する。さらに雲間からは無数の落雷が降り注ぎ、飛翔するクウを焼いた。
「ああああああっ! ぐうぅ……っ!」
気でダメージを軽減するが、アリアの意思が乗った攻撃ゆえに貫かれる。それでもクウは霊力を回復ではなく眼に注ぎ込み、全力で「魔眼」を発動させた。
「《神象眼》……切り裂けええええっ!」
視界の範囲を切り裂くイメージを乗せ、幻術と共に神速の抜刀を放つ。世界は切り裂かれることを幻視してしまい、クウの「意思干渉」でそれは現実となった。
暗黒の雲と白雷、大竜巻が支配する空間は引き裂かれ、天地は一太刀にて両断された。
大嵐は消え去り、クウとアリアは再び相見える。
「大瀑布」
「《銀焔》《神象眼》」
アリアは全天から莫大な水を降らせ、大瀑布を作り出す。水圧による処刑がアリアの世界侵食全範囲で引き起こされたのだった。
クウはそれに対し、燃やし尽くす意思を込めた《銀焔》を使い、《神象眼》によってそれを最大まで強化する。白銀の炎が降り注ぐ無限の水を全て蒸発させたのだった。
まさに二人の戦いは災厄と災厄。
願うだけで運命を確定させる天使と、願うだけであらゆる現象を引き起こす天使。
クウとアリアの戦いはまだ終わらない。
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