EP30 伯爵家と護衛依頼②
「で、なんでまたお前は1時間も前に来た俺よりも早くここにいるんだ! 昨日は9時にギルドで集合だと言っただろう。昨日のことがあったから俺も早めに来たんだぞ!?」
クウの腕時計は確かに8時を指している。冒険者ギルドも8時の段階ではまだ人が少なく、周囲の露店や店なども開店している様子はない。基本的にこの世界の住民は日本と同じような時間割の生活をしていることが多い。田舎の農村は別として、基本的に仕事が始まるのは9時頃からだ。恐らく今は開店準備でもしているのだろう。ちなみに冒険者ギルドは24時間制になっている。
「よろしいではありませんか。集合を9時としただけで、それよりも早く来てはいけないとは聞いておりませんもの」
「貴様っ、またお嬢様をお待たせするとはいい度胸だ!」
「理不尽だなおい!」
ニコニコと微笑むフィリアリアとは対照的に、瞳を滾らせてクウを睨みつけるステラ。切れ目の整った顔立ちをしているステラだが、睨みつける表情は般若そのものだ。美人は怒っても美しいと言うのは嘘だな、とかなりどうでもいいことを考えるクウであった。
ちなみにメイドのアンジェリカとレティスの2人は背後ですまし顔で控えていた。毎回のことで手慣れているのだろう。その慎ましさから一流のメイドであると理解できる佇まいである。
「まぁいい。取りあえず今日の目標は29階層の突破だ。流れは昨日と同じでいいな? 俺が前衛で魔物を仕留め、罠を察知する。ステラはフィリアリアを守ってろ。メイドは背後の警戒な」
「はい」
「当然だ」
「「かしこまりました」」
「じゃあ少し……というか予定よりかなり早いが行くぞ」
5人は迷宮へと向かった。
~26階層~
早めの時間帯に転移クリスタルを使用したためか、いつものような長蛇の列に巻き込まれることなく26階層へと跳ぶことが出来た。転移先の小部屋に誰もいないのはいつものことである。
「ブモォォォォォォオッ!」
「キシャァァァア!」
「ギィ」
「グギャグギャ!」
「こいつは面倒だな。特に数が」
「おい貴様一人で大丈夫なのか?」
「問題ないだろう。たぶん」
「昨日のような禁術は絶対に使うなよ! いいか? 絶対だ!」
「わかったよ」
この階層ではオーク、リザードマン、ゴブリンがパーティのようなものを組んで襲ってくるようだ。前衛と後衛のような隊列を取り入れているのを見るに、連携をしてくる可能性もある。
クウは前方の魔物パーティを見据えて腰を低く落とし、右手を木刀ムラサメの柄にかける。
「ふっ!」
一呼吸で接近して居合と共に長剣を装備した前衛のオークの身体を右わき腹から左肩にかけて切り裂き、真っ二つにする。居合の瞬間はスキル効果で速度が10.5倍になるので、この場にいる誰もがクウのしたことを認識することはできなかった。
「隙だらけだぞ?」
前進する勢いを殺さずに後衛のゴブリンメイジ2匹の間に入り込み、右足を軸に身体を回転させながらムラサメを振るい、樹刀の鞘に納める。つまりは回転切りだ。2匹のゴブリンメイジは声を出す暇も与えられずに首を落とされる。
「キシャ? シャァア!?」
隣にいたハズのオークが崩れ落ち、後衛のゴブリンが殺されてようやくクウに気づいたリザードマンだが、振り返った瞬間に見えた黒い何かが最後の景色となった。
「圧倒的ですね」
「レベルだけではない、技術力がまるで違います。悔しいですが」
「ステラもかなり強いと思いますが……?」
「いえ……アレはもう王都の騎士団長クラスです。しかも剣技だけで。魔法を使うのでしたら彼の騎士団長ですら勝てないかもしれません」
「とすれば冒険者のなかでもSランク以上の実力を秘めているのですね」
「認めたくはありませんが……」
返り血を一滴も浴びることなく魔物たちの死体の中に佇むクウを見て評価を高めるフィリアリア。ステラもクウのことを認めたくはないが、戦闘能力は十分に評価していた。
(ここら辺のレベルの魔物だと《虚の瞳》を使うまでもない……か)
クウはと言えば、魔物たちの手応えのなさに落胆していた。初めこそLv11で虚空迷宮に挑んだため、出てくる魔物にも多少の歯ごたえを感じたものだが、既にLv50を超えた今となってはこの辺りの魔物では相手にならない。
20階層で出現したインフェルノ・ボアはユニークボスだからこそ高レベルであったので、本来この辺りの魔物はLv30~40になる。ステータス上も圧倒的に格上なのだ。
この後も、幻術無効の5人が真っすぐ進むだけの虚空迷宮で迷う要素などなく、出てくる魔物はクウが瞬殺して26階層をあっという間に通り抜けた。
~27階層~
ここではオーク上位種の、魔法を得意とするオークメイジやリーダー格のオークジェネラルが出現するようになった。基本的にはクウが遠距離から魔法で消し飛ばしたり、居合いで仕留めたりするので問題なかったのだが、ここで1体の異常なオークに遭遇した。
「おい、あのオークの持ってる鉈から黒いオーラが出てないか?」
「でていますね」
「確かにそうだな」
「私にもそう見えます」
「というか呪いの武器ではないですか?」
呪い武器。
クウの持つ魔剣ベリアルのようなマイナス効果を装備者に与える装備品だ。その代償として普通の武器ではありえないような高性能な能力を持っていることが多い。
(確かめてみるか。《看破》!)
クウがオークの持つ呪いの鉈に焦点を合わせると詳細が表示された。
―――――――――――――――――――
破滅の鉈 (呪・狂、防御低下)
製作者 虚空迷宮
防御能力が90%低下。
精神値が3700未満の者が装備すると狂化。
装備者の力と俊敏を倍にする代償と
して防御能力が極端に低下する。
―――――――――――――――――――
「なんだと!? なんで迷宮アイテムをオークが持ってんだよ」
迷宮は死者の装備を吸収して迷宮道具として生成する。それをまさかモンスターが所持しているとは思わなかったクウは驚いて一瞬隙を作る。
「グルアアァァアアアアア!!!」
「ちっ」
俊敏値が2倍となっているだけあって、通常のオークとは比べ物にならない速度で切りかかってきた。まだ構えていなかったクウは慌てて鞘で受け流しながら軌道を逸らせる。
「くっ……重いな!」
「ゴアアァァアア!!」
破滅の鉈の効果でオークの力は倍になっているが、さらに狂化の状態異常のせいで意識が混濁して暴れまわる代わりに力がさらに倍になっている。それによってこのオークのステータスは力が普段の4倍もある状態になっているのだ。まともに受けては勝てない。
ドガッ!!
「クウさん!」
「大丈夫だ! 下がってろ!」
クウが逸らしたオークの攻撃は地面に当たり、衝撃と共に土煙を上げる。
エヴァンでも最高クラスの硬度を誇るアダマンタイト製の鞘は無傷だが、その衝撃は受け流したにも関わらずクウの左手を痺れさせた。
痛む左手で鞘を握りしめつつ、右手をムラサメにかける。
力いっぱい振り下ろされた鉈は地面に深く突き刺さっており、今のオークは隙だらけだ。
「終わりだ紙装甲野郎! 『二連閃』!」
クウの右手がぶれる。
攻撃速度10.5倍のクウの斬撃を目視出来たものはこの中にはいなかっただろう。
クウが飛びのいて後ろに下がると同時に、オークの右腕と胴が切り離されて血が飛び散った。地面に深く突き刺さった鉈を切り離されたオークの右腕だけは未だに握りしめて残っている。
「はぁ、はぁ……久しぶりに焦ったな」
「クウさん大丈夫ですか?」
「ああ、多少HPが減ったが問題ない」
普通、このオークのような呪い装備を所持した魔物を単独で瞬殺するようなことは難しい。ギルドに報告して危険種として討伐依頼が出されてからパーティで倒すのが一般的だ。それを何ともないように一撃(フィリアリアたちには一撃にしか見えていない)で倒したことに非常に驚いたのだった。
「ステラはあのオークの攻撃を防げますか?」
「恐らく……受けきることは出来ないでしょう。クウ殿のように受け流すことで何とか捌けるかもしれませんが、私は受け流しが苦手ですので……その……」
「いえ、責めているわけではありません。それにまさか呪いの武器を持ったオークが現れるなんて思いもしませんでしたから」
もしもクウが居ないときにあのオークが現れていたら、自分はフィリアリアを無傷で守りきれただろうかと思案するステラ。速さは何とか追いつけるかもしれないが、あの力には敵わないだろう。押さえきれない以上は後衛のフィリアリアにも危害が及ぶ可能性は十分だ。ステラは初めてクウが居たことに感謝するのだった。
「この呪い武器は破壊しておく」
「「「「えっ?」」」」
一通り落ち着いた頃になってクウが爆弾発言を落とした。
「あの……クウさん。この鉈は呪い武器と言えども魔剣です。そう簡単に破壊できるものではありませんし、普通は持ち帰って解呪すると思いますが?」
「こいつは触れると狂化の状態異常にかかる。それに能力がヤバいから破壊した方が世のためだ」
「え? クウさんはこの魔剣の能力が分かるのですか? ということは《解析》か《鑑定》を?」
「まぁ、その手のスキルは持っている。それよりもこの鉈の能力は、防御力を10分の1にして狂化させる代わりに力と俊敏が2倍になる、というものだ。狂化で力が倍になるから実質4倍だな」
「それは……」
「凄まじいな」
「力が4倍というのはすごいですね」
「あの攻撃力の秘密はそれだったのですね」
4人は絶句しているが、クウは構わず説明を続ける。
「これは持ち帰れないし、このまま放置して迷宮に吸収され、さらなる凶悪な呪い装備になるのも避けたいからここで破壊しておくんだ。分かったかフィリアリア?」
「はい、しかしどのように破壊を?」
「これだ」
そう言ってクウはアイテム袋から魔剣ベリアルを取り出す。
木刀ムラサメは魔力を流すことで鋼鉄すら切り裂くことが出来るが、さすがに魔剣を破壊するには足りない。魔剣を破壊するには魔剣が必要だ。
クウは取り出したベリアルを持って、地面に突き刺さったままの破滅の鉈の前に行き、居合いで鉈の真ん中あたりを切断する。刀でスキル発動するよりも威力は落ちるが、魔剣ベリアルの切れ味と倍加する攻撃力のおかげで破壊には十分だ。
真っ二つに切り裂かれた破滅の鉈は黒いオーラのようなものが消えてなくなり、能力が凍結されて壊れた鉈になっていた。修理すれば元に戻るかもしれないが、クウは持ち帰って屑鉄として処理するつもりだ。
「よし、先に進むぞ」
「待て待て待て待て!」
「……なんだ?」
呪いの武器をあっさり破壊して何事もなかったかのように先に進もうとするクウに制止をかけるステラ。
「貴様は何を簡単に魔剣破壊などしているのだ!? というかその長剣は一体何なのだ!?」
「これか? 教える訳ないだろ」
「貴様は人外能力の塊か? そうなのか!?」
「お前が言うならそうなんじゃないか?」
「うるさい! 少しは否定しろ!」
「理不尽か!?」
この後もしばらくクウとステラは言い合いを続け、30分ほど経ってからようやく先に進んだ。
少しイライラしていたクウは《虚の瞳》を全力で使用して廃人ならぬ廃魔物を大量生産しながら29階層まで一気に駆け抜けて迷宮を脱出した。