EP307 クウVS魔王アリア①
「さてと、移動しようか」
一通り話が終わったところでアリアが立ち上がる。エキシビションマッチは録画をスロー再生で映すので、先に手合わせを終わらせなくてはならない。今は丁度、三位決定戦が行われている最中なので、今のうちに戦い始めなくてはならないのだ。
ミレイナの試合を見れないのはクウにとっても残念だったが、どうせミレイナが勝つと思っているので、クウも立ち上がり、同意の意思を見せた。
「では転移で移動する。少し酔うかもしれないが許してくれ」
「ああ、分かった。どこに転移するんだ?」
「魔法迷宮の九十階層だ。あそこなら思う存分、力を振るえるからな」
「昨日の夜に僕が録画設備を仕掛けておいたのさ。亜空間から風景を録画する特殊なカメラだから、全力で力を行使してくれて構わないよ。位置を動かせないのが欠点だけどね」
「なるほど」
超越者が本気で戦える場所はかなり限られてくる。少なくとも、十キロ四方は無人の場所でなければ人命に被害が及ぶことだろう。砂漠での戦いはファルバッサが《楽園の結界》による完全防御を行っていたので、命を失う者はいなかった。
だが、本来は万単位の人が死ぬような戦いだったのだ。
ある意味、運が良かったのである。
そして、そんな戦いを普通の場所で行う訳にはいかない。死闘ならともかく、これはあくまでも試合なのだから。
それ故、次元断層によって隔絶された迷宮の九十階層が選ばれたのである。
「ユナはここで待っていろ。リグレットは録画内容を随時編集しておけ」
「はーい」
「分かっているよ」
アリアは最後にそう言って、転移を実行した。自分とクウの位置情報と、転移先の位置情報を参照して能力を発動する。本来は超高難易度の転移魔法すら、アリアにとっては片手間に発動できる術だった。
次元断層によって隔絶されている空間を飛び越え、魔法迷宮九十階層へと辿り着く。
一瞬だけ浮遊感があり、すぐに景色が変わった。
黄昏に染まった荒野が広がっており、所々に水晶の花が咲いている。花の形をした水晶など、どう考えても自然のものではない。作られた景色だとすぐに分かった。
魔法迷宮九十階層は永遠に沈まぬ太陽が存在する異空間。
そして迷宮の管理者、天妖猫メロの住処だった。
”ようやく来たなアリア。待ちくたびれたぞ”
「メロか。審判は頼むぞ」
”任せよ。儂にとっても良い暇つぶしになるからの”
そう言って小さく笑い声をあげるメロ。見た目は普通より一回り大きい黒猫で、尻尾が二又になっているのが特徴だ。小さな姿だが、これでも立派な超越者なのである。この猫が一匹で暴れるだけでも、国が滅びるには充分な戦力となりえるのだ。
クウは軽く周囲を見渡し、アリアの方を向いてから口を開く。
「ここでやるのか?」
「そうだ。ここならば好きに権能を振るえる。私も全力を出せる」
「勝敗はどうする?」
「ああ、それについてだが、お前には適当な段階で負けて欲しい」
「負けろって……ああ、そういうことね」
負けて欲しいと頼むアリアに眉を顰めそうになったクウだが、すぐに事情を理解した。
この国においてアリアは魔王であり、象徴だ。強さのすべてであり、負けることは許されない。それも見知らぬ人族の男に負けたとなれば、色々と問題が起こるだろう。
そもそも超越者同士の戦いでは、勝敗を付けようとすれば間違いなく殺し合いになる。意思力の限り戦い続けることが出来るのだから、当然だ。試合として成り立たせるには、どこかで切り上げなくてはならないだろう。
つまり、超越者同士の派手な戦いを見せ、最後は魔王アリアの勝利で飾れば、政治的な意味でも大会は大成功ということになる。更に、こうして強さの序列を定めておけば、自然とクウを【レム・クリフィト】に取り込めるだろうという算段もあった。
魔族には強い者に従う風潮が強いので、これからのことを考えれば八百長であってもクウが負けておくのがベストなのである。
「取りあえず了解した。全力で相手した後、適当に負けることにする」
「済まないな。まぁ、素でやっても私は勝つぞ?」
「ほう……なら試してみるか?」
「ふん。若輩が驕るなよ」
「いいだろう。その喧嘩、安く買い叩いてやる」
クウには超越者二体を殺した経験と自信があり、アリアには長い年月をかけて権能を理解した自負がある。二人の間には自然と闘気が満ちはじめ、空気がピリピリと緊張した。
そして二人は同時に飛び下がって距離をとり、戦いの始まりを待つ。
始まりの合図は、審判のメロに託された。
”ククク……面白い。では勝負を始めよ”
その言葉と同時に地面が弾けた。
クウとアリアはほぼ同時に気を纏い、霊力を肉体強化に回して高速戦闘を始める。白銀の気を纏いながら神刀・虚月を抜くクウに対し、アリアは漆黒の気を纏いながら三又の槍で応戦する。
居合の一撃をアリアが槍で受け流し、暴風の如き棒術をクウが鞘で弾く。
白銀の斬撃と漆黒の嵐が飛び交い、黄昏の空間は一瞬で塗り潰された。
「ふふふ。やるではないか。五百年以上も研鑽している私の槍術についてこれるとはな!」
「はっ! 五百年も研鑽しておいてその程度か?」
「言うじゃないか。私に近接戦闘の才能が無いのは認めるが、そこまで言うなら能力を見せてくれよう」
クルリと三又の槍を回転させ、黒い気の暴風を巻き起こしながらアリアは距離をとる。そして霊力を大量に集め、権能へと注ぎ込んだ。
「広がれ【神聖第五元素】!」
その瞬間、アリアを中心にして何かが広範囲に撒き散らされる。それは目で見えるものではなく、霊力知覚で感じ取れる靄のような何かだった。クウのいる場所まで何かは広がり、その範囲がアリアの支配領域と化す。
そして最強の魔王は一言呟いた。
「爆発」
ズガン、とクウの周囲で大爆発が起こる。
予兆もなく発生した爆発には、流石のクウでも対応できない。通常は能力を発動する前に、情報次元に何かしらの兆候が現れるのだ。だが、アリアの攻撃にはそれがなかった。
クウは気による防御を強めて爆発範囲から脱出し、アリアを視界に収めようとする。
だが、再び前触れもなくクウは爆発に巻き込まれた。
「ぐっ……」
三発目、四発目と爆破攻撃は続き、気が徐々に削られる。このままでは直接的なダメージが入るのも時間の問題だろう。
もう少し様子を見る予定だったが、クウは早々に能力使用を決意する。
「開眼、【魔幻朧月夜】」
六芒星がクウの瞳に浮かび上がり、クウの能力が発動される。視界に映る光景を幻術として捉え、それを解除することで現実を無かったことに出来る能力、《幻葬眼》が使われた。
無限にも思えた爆発は瞬時に消え去り、靄のように広がっていたアリアの霊力も、クウに視界に映る範囲分は消え去る。
余りにも理不尽な現象を目の当たりにしたアリアは、思わず動きを止めてしまった。
「なんだ……それは……!」
「教えるかよ」
クウはそのまま《神象眼》を使い、アリアの体に鎖が巻き付いている幻術を見せる。そしてそれをアリアが認識した時点で、幻術は現実となった。「意思干渉」によって意思次元が操作され、情報次元すら捻じ曲げられているのである。
縛るという意思の鎖は、超越者でも問題なく拘束できる。
これによってアリアは動きを止められた。
「なっ!? この!」
それでもアリアはすぐに対応して見せる。【神聖第五元素】を広げ、クウのいる場所に無数の落雷を発生させた。
だが、遠目から見ても手応えを感じられない。
その違和感に気付いた時には既に遅かった。
「何処を見ている?」
「ぐふっ!」
背後から囁く声がして、アリアは振り向く前に強い衝撃を受ける。いつの間にか鎖は消え去り、アリアは吹き飛ばされて、かなり遠くの地面に激突した。気のお陰でダメージは少ないが、精神的な衝撃は少なくない。
自分もそれなりに理不尽な能力者だと理解していたが、クウはそれ以上だと考え始めていた。
土煙が立ち昇る中、アリアは立ちあがって次の行動に移ろうとする。
だが、それより先に背後からクウの声が聞こえた。
「【神聖第五元素】。特殊な粒子を散布し、現象を操る能力か。その粒子が現象の元になっているから、散布してしまえば発動にタイムラグが無い。そして引き起こせる現象は無数だ。爆炎、落雷、氷結、そして空間操作まで自由自在。あっているか?」
いつの間に背後に移動したのか。そんなことはどうでも良くなった。
クウの言葉を聞いて、アリアは冷や汗を流す。
超越者にとって能力を理解されることは負けにも等しい。完全ではなくとも、大まかに能力を知られるだけで致命的なのだ。
そしてアリアの能力にはある弱点が存在する。
「この能力は万能で強力だが、座標設定をしっかりしないと意味がない。それに、現象発動に使用した粒子は消えてしまうから、補充もしないといけない。散布した粒子は意志力で現象発動しているから、あまりに広範囲だと威力も下がる。特に、全体攻撃では超越者に強いダメージを与えられるほどにはならない。そんなところだろう?」
クウの言ったことは、ほぼ正解である。
アリアはともかく距離を取ろうと、空間転移で上空に逃げた。魔素の障壁を足場にして空中に立ち、未だに舞っている砂煙の中へと視線を向ける。
確かに、クウの気配は砂煙の中だ。
しかし、本当にその中にいるのかは甚だ疑問だった。アリアも、先程からの一連で、クウの能力をある程度は予想していたからである。
(幻術系の能力か……厄介な相手だ)
【神聖第五元素】の真価は、タイムラグのない攻撃速度と起こせる現象の万能性である。粒子さえ散布してしまえば、その範囲で好きなように現象を引き起こせる。呼吸によって体内に摂取させてしまえば、相手の身体を爆散させることも出来るのだ。
だが、一つ問題がある。
それは座標を明確に設定しなければ、現象を引き起こせないことである。
万能であるがゆえに、自由度が高く、アリアの演算力に依存する部分が大きい。
無数に散布した粒子の内、目的の位置にある粒子を指定し、特定の現象を起こせという意思を送らなければならないのだ。クウのように幻術で座標を誤魔化されると、どうにもならないのである。
だからと言って、全粒子を指定しても効果は薄い。
その分だけ意思力が分散され、現象による効果も大きく落ちてしまうのだ。
(だが、考え事をしている余裕は無いな)
既に土煙は晴れ、眼下には自分を見上げるクウの姿がある。黄金に輝く六芒星が一層煌めき、それに対抗するべくアリアは【神聖第五元素】を広げる。
だが、クウは全く余裕を崩さなかった。
アリアの能力は既に《真理の瞳》で解析済みなのである。
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アリア・セイレム 547歳
種族 超越天魔
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
権能 【神聖第五元素】
「神聖粒子」「発散収束」「事象発現」
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(幻術で俺の居場所をずらす。正面戦闘は俺の能力に合わないからな)
視界の範囲を即座に幻術で捕える能力というのは、思った以上に反則だ。しかも、通常なら気で対策できる幻術も、クウには「意思干渉」による突破が可能なのだ。防御手段はほぼ無いと言っても良い。
クウが苦手とするのは広範囲に発散する系統の能力であり、炎帝鳥アスキオンとの戦いでは、熱を広範囲に発せられたことで苦戦した。逆に、座標を特定して能力発動するタイプ相手には、絶対的なアドバンテージがある。
「少しだけ教えてやる。俺の能力は嵌め技に近い。こんな風にな」
「あぐっ!?」
アリアは背中と腹部に強い痛みを感じて呻き声を上げる。痛覚は殆ど消しているハズだが、何故か強い痛みだったことに驚いた。そして腹部に目を向け、再び驚愕する。
「なんだと……」
アリアの目には、背中から貫かれ、腹部から飛び出した刀身が見えた。何の変哲もない剣は血に濡れ、より痛みを強く感じさせる。
じわじわと伝わる痛みに耐え、アリアは【神聖第五元素】で剣を風化させた。ボロボロになった剣は風に乗って崩れていき、綺麗に消え去る。そのあと霊力を腹部に集中させ、傷を修復した。
このことにアリアは少し戸惑う。
(この傷は明らかに現実……幻術じゃない? どうなっている?)
まさか幻術を現実に変えることが出来るなど、予想も出来るはずがない。
まるで見当がつかず、アリアは一旦思考を放棄する。
(このままでは泥沼だ。仕方ない。世界侵食を使わざるを得ないか)
最強の魔王は全力で相手することを決意する。
なりたての超越者だと甘く見ていたが、クウは余りに強く、謎だった。
それに、全力で戦えることなど滅多にないのだ。ある意味、これはチャンスである。
アリアは意志力を強め、世界への侵食を開始した。
チート対チート、開幕
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