EP306 重い想い
『勝者、選手番号五六四番ソラ選手です』
降参も負けと認められるので、アナウンスにてクウの勝利を宣言する。最後まで戦わなかったことに不満があるかと思いきや、意外にも観客は大歓声を上げていた。
白銀と黄金の気が飛び交い、爆炎が会場を揺らす。そして二人は亜音速域の高速戦闘を繰り広げていたとあって、決勝戦の内容としては満足できるものだったのだ。
闘技大会の優勝者はクウで決まり観客席からは拍手喝采が贈られる。
そしてそれは、クウとユナが退場し、アナウンスで静かにするよう呼びかけるまで続くのだった。
一方でクウはユナと共に退場口を潜り抜け、通路を歩いていた。
「そういえばユナも天使化していたよな? 武装迷宮を攻略していたのか?」
「んー、そうだよ。あの迷宮は私の持っていた【固有能力】にピッタリだったからね。一人でコッソリ攻略してたんだよ。そう言うくーちゃんはいつの間にこの世界に来ていたの?」
「俺は大体……一年前か? 虚空神ゼノネイアの加護を貰って、虚空迷宮を攻略した」
「うわー。虚神ゼノンって人族領だと悪神扱いだし、大変だったでしょ?」
「まぁな。半年ちょっとで【ルメリオス王国】からも追われることになった。一応、人族領では指名手配犯になっているな」
「私も真実を知っちゃったから、あの戦いでも最後に裏切っちゃったからねぇ。私も似たようなものかも」
「あの戦い?」
「そうそう。私を含めた召喚勇者を引き連れて人魔境界山脈にある砦を攻め入ったときの戦いだよ」
ユナはクウの腕に身体を寄せつつ、これまでの経緯を話す。妙に距離が近い二人を見て、擦れ違う大会スタッフは驚いたような表情を浮かべるが、二人は気にすることなく話を続けていた。
「まぁ、その辺りの話は後で詳しく聞かせてあげるよ。まずは、くーちゃんに会わせたい人がいるからね」
「魔王アリアか?」
「そうそう。アリアちゃんとリグレット。噂ぐらいは知っているよね?」
「そりゃな。俺と同じ超越者だから、この国に入った時点で注意していた」
「というか、くーちゃんってもう超越化もしているんだね……私の方が先に召喚されたのに」
「あー、色々あってな……」
ユナに言われてクウも気づいたが、この世界に来て僅か一年で超越化というのは驚異的だ。多頭龍オロチとの戦いがあったとは言え、クウ自身でも驚くほどのスピードである。
先程の決勝戦で見たユナのステータスでも、彼女はまだLv189だった。魔王軍第一部隊の隊長という立場にいながら、まだこのレベルである。一般的な観点からすれば、十分すぎるほど強い。だが、超越者が複数存在している【アドラー】と戦うには心許ない。
【アドラー】には超越者が四人いる。魔王オメガ、『氷炎』ザドヘル、『人形師』ラプラス、『死霊使い』オリヴィアの四人だ。加えて、魔王オメガは能力で超越者を召喚できるのである。【レム・クリフィト】には二人しか超越者がいないので、かなり不利だ。
アリアとリグレットの神獣を含めても超越者が四人しかいないのである。普通なら無理にでもユナを超越化させ、戦力増強を図らなければならない。
ただ、魔王アリアが万能で強すぎた故に、防衛するだけならユナの超越化は絶対ではなかったのだ。それ故に安全ラインを量りながらユナはレベルを上げていたので、今もLv189止まりなのである。
逆にクウは、一度死を経験する程の戦いを乗り越えている。
一言では言い表せないほどのことがあって、今のクウがあるのだ。
「まぁ、どうせ魔王アリアとリグレットにも話すだろうから……その時に言うよ」
「ふーん」
ユナは少し詰まらなさそうな表情を浮かべる。
そしてクウの体に強く寄りかかり、ボソリと呟いた。
「色々あったんだぁ……つまりくーちゃんの体から知らない女の匂いがするのも色々の一つなんだね? ふふふふふふふふ……」
それを聞いてクウは凍り付く。
何の話かと惚けられるほどクウは勇者ではない。ユナの言っていることは、クウにとって心当たりがあり過ぎる事案だったからだ。
よくよく考えなくとも、リアのことだとすぐに分かる。
段々とクウの腕に抱き着く力が強まってゆき、周囲の温度が幾らか上がる。どうやら無意識で《陽魔法》が発動しかけているらしい。まずは何か言わなくてはと考えて、クウは恐る恐る口を開いた。
「……お、落ち着け。ちゃんと話すから」
「ふふふふ。絶対だよ?」
「お、おう……」
今日で死ぬかもしれない。
超越化したクウでも死を覚悟する程、ユナの気迫は恐ろしかった。
◆ ◆ ◆
特別観戦室で、魔王アリアと錬金術師リグレットは人を待っていた。
魔王軍第一部隊の隊長を務めるユナ・アカツキと、新たな超越者クウ・アカツキを。昨日に神界を開き、神々に事情を聴くまではユナとクウの関係すら知らなかった。姉弟であり、親友であり、婚約者(仮)という一言では形容しがたい関係である。流石の魔王も驚いた。
そして、決勝戦が終わった今、遂にクウと対面できるのだ。
長年探し続けた三人目の超越天使である。今の【レム・クリフィト】の戦力を鑑みれば、是非とも味方に引き入れたい。ユナがこの国にいる以上、クウも楽に引き込めるとは考えている。ただ、絶対ではないので、早めに話を付けておきたかったのだ。
「来たようだね」
気配を感じ取り、リグレットがそう呟く。
研究者気質の彼だが、超越者である以上は気配ぐらい感じ取れる。クウもユナも気配を隠していなかったので、簡単に気づくことが出来た。
そしてリグレットの言葉が聞こえてから数秒後、観戦室の扉がノックされる。
アリアは無言で能力を使い、遠隔で扉を開けた。
「おぉ……自動ドア? いや能力か」
「アリアちゃん、ただいまぁ」
アリアとリグレットが見たのは非常に距離が近い二人の人物。近いというより、ゼロ距離で密着するクウとユナだった。予め二人の関係を聞いておかなければ絶句していただろう。普段のユナからは到底考えられない光景である。
それでも何となく予想は出来ていたので、アリアは何とか言葉を紡ぎ出した。
「お前がクウ・アカツキか?」
「そうだよぉ。私のくーちゃん」
「……ああ、そうだな」
何故かユナが応え、クウが同意するという奇妙な返答を受ける。
だが、数百年と生きているアリアは、これだけで二人の関係性を察することが出来た。
(なるほど、ユナはクウ・アカツキのことが好き過ぎるということか。まぁ、この辺りは触れぬほうが良さそうだな)
聞けば二人が会うのは二年ぶりだという。
ならば、このぐらい密着していても不思議ではない。アリアはそう考えて納得することにした。
それよりも、今大事なのはクウ・アカツキの事情である。召喚者であり、天使であり、超越化も終えている貴重な存在だ。聞きたいことは沢山ある。
三位決定戦が終われば自分とクウのエキシビションマッチもあるので、時間的な猶予はそれなりしかない。今のうちに聞きたいことは聞いておいた方が良いだろう。
そう考えて、アリアは口を開いた。
「良く来た。まずは適当に腰を下ろしてくれ。必要なら飲み物を取り寄せるが?」
「いや、俺は良い」
「私も別に要らないかな? くーちゃん成分を補給するのに忙しいから」
「あ、ああ。そうか」
まるで別人のユナに若干引きながら、アリアはどうにか平静を保つ。リグレットは面白いものを見たときの表情で浮かべているが、目の前でイチャイチャされて気にしないほどアリアは図太くない。
密着させたまま二人掛けソファに腰を下ろすクウとユナを眺めつつ、大きな溜息を吐いた。
リグレットはそれを見て、小声でアリアに話しかける。
「どうしたんだい? 幸せが逃げるよ?」
「目の前であんなのを見せられたら溜息の一つも吐きたくなる」
「そうかい? 感動の再会だよ? 素晴らしいことじゃないか」
「……あんなユナは初めて見たが?」
「僕たちの知らない一面を見ることが出来たんだ。得したと思えばいいんじゃないかい?」
小さく笑うリグレットを見てアリアはもう一度溜息を吐く。
今回の話し合いは別の意味で苦労しそうだと感じた瞬間だった。
ともかくこのままでは先に進めないので、アリアから話を切り出した。
「それでクウ・アカツキ。お前は虚空神ゼノネイアの超越天使で間違いないな?」
「ん? ああ、そうだな。それで間違――」
「――くーちゃんが私以外の女と話してる……」
だがここで口を挟むのはユナ。
どうやらクウがアリアと会話しているのが気に入らないらしい。クウとしても独占されるのは悪い気がしない。ただ、度が過ぎるユナを見てこめかみを抑えていた。
(明らかに悪化しているな。二年前は俺が女子と話していても文句は言われなかったはずだけど……)
二年も会わない内に、クウに対する執着が強くなっていたようだ。
ともかく、このままでは話にならないので、クウはユナを宥めることにする。
「落ち着けユナ。俺が世界で一番愛しているのはユナに決まっているだろう? 別の女と会話したぐらいでそれは揺るがない。それとも俺の言葉では信用できないか?」
「え……ううん。信用できるよ? でもちょっと心配かなぁって……」
「仕方ないな」
クウは唐突にユナを抱き寄せ、そのまま唇を重ねた。
想いが伝わるように、「意思干渉」で意思力を込めつつ口付けする。能力の無駄遣いにも見えるが、そのお陰でクウの想いは直接ユナへと伝わったのだった。
強い意思を流し込まれたユナは、軽い酩酊状態になりつつも頬を緩ませる。薄っすらと紅潮させ、恋する乙女の表情に変わっていた。
「えへへ~」
「よし。じゃあ続きを話すぞ」
「あ、ああ。扱い慣れているのだな」
「当然」
まるで猫のように身体を擦り付けるユナをクウは当たり前のように抱き留めて頭を撫でる。長年、ユナの愛を受け止め続けてきたクウにとって、これは日常なのだ。別段、気を張る必要などない。
だが、一般的に見れば重すぎる愛を平然と受け止めるクウを見て、アリアは戦慄していた。どれほどの度量があれば、ユナを相手に出来るのか、女であるアリアですら驚愕するレベルだったのである。アリアもリグレットを愛しているが、流石にここまで重くはない。
そんなアリアに構うことなく、クウはこれまでの経緯を軽く説明し始めた。
「俺は人族領の【ルメリオス王国】で召喚された後、虚空迷宮を攻略した。その時に虚空神ゼノネイアから魔族領に行って魔王に会えと言われてな。半年ほどかけてここまで来た。で、南部の砂漠地帯に立ち寄った時、オロチという超越者と戦ってな。どうにか勝って、俺も超越化した……いや、超越化できたから勝ったと言った方が正しいかな? その後、地中海を渡っている途中にオリヴィアが蘇らせた死霊と戦ったり、オリヴィア本人と戦ったり、魔王オメガの分体に出会ったり、そいつが召喚してきたアスキオンっていう超越者を殺したり、色々あって今に至るって感じだ」
「ざっくりした説明だが質問したいことがかなり多いな」
「僕もだね。オロチとかいう超越者と戦っている途中に君が超越化した話だとか、それを倒したという話だとか、中々に興味深いよ」
「ああ、オロチに関しては天竜ファルバッサ、天九狐ネメアと協力して倒した。だから俺にも超越化できるまで限界の戦いをする余裕があったんだ。まぁ、オリヴィアは追い詰めたけどオメガ分体に邪魔されて逃げられたかな。その代わり、オメガが召喚してきた炎帝鳥アスキオンってやつは俺一人で倒せたけど」
クウがそう言うと、アリアとリグレットは目を見開いて驚く。
二人は何百年も【アドラー】と戦っているが、倒せた超越者はたったの一体しかない。超越者を倒すのは非常に困難で、一対一の状況下では不可能に近いことなのだ。
だが、クウはそれを出来たと言っているのである。驚くのも無理はない。
「嘘を言っても仕方ないことだから信じるが……」
「それが本当なら僕も自信を無くすね……」
二人は超越化して二か月のクウと違い、何百年も超越者として生きている。そのクウが一人で超越者を倒したとなれば、リグレットの言った通り、自信を失くしてしまいそうな話である。権能も何十、何百年とかけて理解を深めるものであるため、超越者を倒せるほどに権能を使いこなしていることも驚きだった。
クウは物事の本質を理解することに長けているので、能力理解もすぐに出来た。つまりは才能による部分が大きかったということだが、アリアとリグレットに知る術はない。
言葉を失う二人を見て、一応ではあるがクウも捕捉した。
「俺の能力は対超越者とも言えるから、一人でも倒せるってだけだ。自分でも反則みたいだと思っている」
「そうか……この後は私とのエキシビションマッチもある。その時に見せてもらうとしよう」
「ああ、いいけど。でも、俺たちが本気で戦ってもいいのか? あの闘技場の結界では、概念攻撃を防ぐことは出来ないだろ?」
「当たり前だ。あの結界はリグレットが作った魔道具で発動しているが、流石に概念攻撃は防げない。弱い攻撃ならギリギリ相殺できるかもしれないが、少なくとも私の攻撃は防げないな」
「だから僕が戦える場所を用意したよ。観客には映像による中継で伝える予定さ。ちなみに、生中継するつもりはないよ。超越者の音速戦闘なんて一般人には目で追えないからね。君たちの戦いを僕の魔道具で録画した後、スロー再生して流すのさ。闘技場にスクリーンを設置したりで時間が稼げるから、その間に試合は終わらせてね?」
「それなら納得だ」
ちょうど今は準決勝で敗退したミレイナとマーシャル・ローランが三位決定戦をしているところだ。ミレイナが優勢なので、このまま彼女の勝利で終わるだろう。
その後、闘技場に幾つものスクリーンを設置し、クウと魔王アリアの戦いを映すのだ。
「くーちゃん負けないでね!」
「勿論だ」
「頑張ってくれよ僕の奥さん?」
「ああ、勝ってみせるさ」
双方、声援を受けてやる気を奮い立たせる。
究極の魔眼使いと最強の魔王の戦いが始まろうとしていた。
ヤンデレすらも受け止める主人公は最強だと思います。
評価、感想をお待ちしております。





