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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
305/566

EP304 闘技大会本選四日目②


 高速で打ち合わされる剣と剣。

 火花を散らし、僅か一分足らずで百を超える音が響いていた。だが、これはクウとユナにとって小手調べの挨拶に過ぎない。何故なら、二人はまだ観客の目で追える速度でしか動いていないからだ。

 高位能力者である二人が本気で動けば、もはや見ることすら敵わない。一部の実力者ならばどうにか追いきれるだろうが、殆どは辛うじて残像が見える程度だろう。

 つまり、試合が見えている内は序盤の戦いなのである。



「くーちゃんやるねぇ」


「たかが小手調べで何を言ってんだか」


「それもそっか。じゃあ、ギアを上げるよ」



 二人の速度は一段階上がる。

 消えたかと思えば別の場所で剣を交え、背後を奪い合い、隙を見つけ、激しい攻防を繰り返す。驚くべき点は、二人ともまだ魔力もオーラも使っていないことだろう。

 ユナは武術系スキルの頂点である《無双》を有し、あらゆる武器の扱いに長けている。今使っているのはスキル《天賜武アンノウン》で創造した鋼の剣だが、彼女が剣を振る度に岩が裂けるような斬撃が放たれていた。

 そしてクウは武器に関する補正を持たないため、実力だけで剣を操っている。その代わり《真理の瞳》で情報次元を知覚し、先読みによってユナと対等に打ち合っていたのだった。



「準備運動はこのぐらいでいいか?」


「そーだね。そろそろオーラでも使う?」


「じゃあ、ここからはオーラも魔力もアリで」


「おっけー」



 別段約束した訳ではないが、準備運動の間は純粋な剣技だけで勝負することになっていたらしい。だが、ここで二人の準備運動は終わり、戦いへと移行する。

 そしてそのために一度打ち合いを止めて、二人は距離をとった。

 お互いに剣を構えて睨み合い、ほぼ同時にオーラを纏う。更に体内で魔力を循環させ、肉体強化も発動させた。魔力を高速で循環させる基本技は結構重要で、高速戦闘においてはかなり重宝する。循環させている魔力を一か所に集めて障壁を出したり、身体に纏って鎧のようにしたり出来るのだ。

 やはり、魔力を停止状態から動かすとするとタイムラグがあるので、常に魔力を動かし続け、必要に応じて必要な個所に魔力を集めつつ戦うのである。



「黄金のオーラか……中々に綺麗だ」


「くーちゃんは銀色なんだね。格好いいよ!」



 取りあえずお互いのオーラについて軽く感想を言い合い、その間にオーラを剣に纏わせる。その気になれば一瞬で出来る纏いも、今は時間を掛けつつ、そして会話を楽しみつつやっていた。

 これが殺し合いではなく試合だからというのもあるが、久しぶりに再開した二人が会話を楽しみたかったという理由も大きい。空気が徐々に緊迫してゆき、自然と観客も無言になる。

 一瞬にも思えた数秒の後、二人は動いた。



「――はぁっ!」


「――やぁっ!」



 白銀と黄金の嵐が吹き荒れる。

 斬撃が飛び、それを打ち消し、余波でオーラがうねっているのだ。二人のレベルにもなれば斬撃が飛ぶのは当たり前であり、オーラと魔力を同時に纏った防御無視攻撃も当然のように使える。オーラと魔力の制御を同時に扱える者にとって、攻撃とは常に一撃必殺なのだ。

 防ぐためにはオーラと魔力を一か所に集中させなくてはならないし、攻撃側も防御させないようにとオーラと魔力を収束して攻撃する。

 どちらが先に攻撃を当てることが出来るか。そしてどちらの制御能力が上か。

 一瞬の駆け引きも含めて、総合的な戦闘能力が求められる。

 尤も、同格の者同士での話だが。



「制御能力と先読みはくーちゃんの方が上ねぇ!」


「流石に剣技はユナに負けるけどなぁッ!」



 こうして会話しながら戦えているということは、二人にまだ余裕があるということ。先程の戦いが準備運動ならば、これはまさに挨拶とも言える戦い。実力を小出しにしつつ、気分を高揚させていた。

 この気分というものは案外重要で、戦争においても士気が重要視されるように、個人の戦いでも興奮状態の方が強くなれるのだ。

 特に、超越者であるクウは気分が高揚する程、戦闘力が激増する。

 つまり、戦いはまだまだこれから激しくなるのだ。



「そろそろ魔法も解禁する?」


「あ、俺は使わないから」


「えー? なんでよー」


「俺の魔法は即死系ばっかりなんだよ。しかもこの闘技場の効果も無効化できるやつ」


「何それ恐い」



 クウは超越者であるため、攻撃は全て概念攻撃だ。さらに上の意志攻撃も使えるのだが、この場では関係ないので考えなくても良いだろう。

 概念効果を持つクウの月属性で攻撃した場合、情報次元を直接書き換えることになるので、闘技場のダメージ変換システムが機能しない可能性が高い。ユナに本物のダメージを与えてしまうのだ。

 ギリギリで幻術なら安全圏というところだろう。切り札である幻術をこんなところで見せるつもりなど毛頭ないのだが。

 というより、そもそもこの闘技大会でクウが全力を出すのは不可能だ。試合をするための狭いフィールドで能力を使ってしまえば、いとも簡単に観客の中から犠牲者を出してしまうことだろう。そういう意味も含めて、今回は能力制限をしているのだ。



「ユナは魔法使ってもいいぞ。フェアじゃないと思うなら出力を上げるけど?」


「んー。じゃあ、そうしよっか」


「おっけー。じゃあ、少し解放」



 クウは制限していた霊力を肉体に回し、身体能力を強化する。更にオーラも増幅させて濃縮し、次の段階へと至った。今のクウなら、何の変哲もない鉄の剣でビルを一刀両断できるほどである。これでも全力ではないのだから笑えない。

 そして一方のユナは、剣を右手に構えつつ左手に魔力を集めて魔法を発動させた。



「まずは小手調べだよ。《掴緋星つかみあかほし》」



 【魂源能力】の一つ《陽魔法》で発動させた深紅の球体。膨大な熱によって空間が揺らぎ、表面はマグマのような流動体が蠢いている。見た目はまさに小さな太陽。野球ボールほどの大きさしかないが、明らかに見た目以上の破壊力を有しているとわかる。それがユナの掌の上で浮かんでいたのだった。

 クウは眼を閉じていながらも情報次元は見ているので、何が起こっているのか察する。



「ちょっ……それ核融―――」


「はい、どーん」



 ユナは《掴緋星つかみあかほし》を容赦なくクウに投げつける。特性「恒星」によって作り出した魔法の疑似太陽であり、内部では当然のように核融合反応が活発に起こっているのだ。そんなものが炸裂すればどうなるのかは考えるまでもなく分かる。

 世界のルールから半分逸脱している【魂源能力】でも、リグレットの作った結界なら防ぐことは出来るだろう。なので観客までは被害も及ばない。しかし、試合のフィールドは核融合エネルギーによる膨大な破壊で蹂躙されること間違いない。

 どう見ても小手調べで使う魔法ではなかった。



「拙い……」



 クウは出来るだけオーラと魔力を防御へと回し、衝撃に備えた。オーラによって膨大な熱を撥ね退け、爆風は魔力障壁で防ぐのである。

 手のひらサイズの太陽は炸裂し、闘技場は眩しい閃光に包まれた。凄まじい圧力によって留められていた核融合エネルギーと高温プラズマが解放され、《掴緋星つかみあかほし》は所定の威力を発揮する。特性「恒星」による肉体補助魔法で高温に耐えらえる体となっているユナ以外は、塵一つ残さず蒸発することになるだろう。

 勿論、クウは耐えきったが。



「お、恐ろしい小手調べだった」


「あー、やっぱりくーちゃんなら大丈夫だったね」


「俺の体はな」



 クウはオーラと魔力を強く纏うことで、《掴緋星つかみあかほし》を完全に防いだ。だが、その代わりに纏いが不十分だった鋼の剣は無残に蒸発している。右手で握っている柄の部分までは防御が及んでいたが、流石に刀身までは保護できなかった。



「あーあ。武器消失か」


「二つまでなら使えるよ! ダイジョブダイジョブ」


「……となると、やっぱりあれかな」



 柄だけとなった鋼の長剣を捨て、クウは虚空リングから神刀・虚月を取り出す。破壊不能という常識はずれな神装であり、魔力を流して対象を切ると、納刀時に絶対切断が走るという規格外な性能を持っている。虚空神ゼノネイアが権能を込めて作ったのだから当然だろう。

 更に、閉じていた目を開き、両目でしっかりとユナを見つめた。ここからは視界の封印も解いて、万全の剣技で戦う。そのつもりなのである。

 そしてクウが装備を変えたのを見て、ユナも長剣を捨てた。



「くーちゃんがそれを使うなら、私も本気でやるよ?」



 《天賜武アンノウン》によってユナは一振りの刀を作成する。魔力を喰らわせ、望みのままに出来上がったのは深紅の鞘に入った刀だった。込められている魔力を見ればすぐに魔剣だと気付く。どんな能力かを調べようと情報次元を探る前に、ユナは刀の説明を始めた。



「これはお気に入りの魔刀・緋那汰ひなたよ。熱系の補助能力が入っているの。私の《陽魔法》とは相性抜群だから気を付けてね」


「ご説明どーも。俺の神刀・虚月は……まぁ壊れない刀だな」


「えー? それだけー?」


「んー。能力もあるにはあるけど、ここじゃ使えないかな。ダメージ変換システムを貫通するような危ない能力だし」


「何それ恐い」



 悠長に武器の能力を説明しているのは、やはり試合だからだろう。これが本物の戦闘なら、わざわざ能力を明かすような愚を犯すことはない。

 偶に冗談を挟みつつ、二人は出来るだけ長く戦いを愉しんでいるようにも見えた。

 そしてお互いに本来の武器、刀を持った以上、ここからは本気である。

 二人の間に流れている空気が変化したのは、観客ですら理解できた。



「……」


「……」



 クウとユナは無言で向かい合い、オーラと魔力を纏って闘気を高める。鞘に納められた神刀・虚月こげつと魔刀・緋那汰ひなたにもそれぞれのオーラと魔力が込められ、静かに揺らめいていた。

 互いに居合の構えで試合は停止する。

 だがそれは外面だけの話だ。

 実際、二人は意識誘導や視線誘導で互いに隙を作り出そうとしていたのである。本当に一握りの達人にしか分からない水面下の戦い。視線と気配から一瞬で三手先を読み取り、仕掛けるべきタイミングを図り続ける。お互いに力量が近いからこそ、初めの一手が決まらない。



(改めて考えると、目が見えるのも良いことばかりじゃないなぁ)



 案外、目を閉じて戦うのは悪くない。

 まず、視界に惑わされることが無くなるという利点がある。人の目は意外といい加減で、見えているものを正確に捉えていないことも多い。錯覚など日常的に良くあることなのだ。だからトリックアートに騙されたりするのである。

 つまり、目を閉じていると知覚情報が少なくなる一方、思い込みや錯覚が激減するのである。更に言えば、クウやユナのようなレベルの戦いにおいては亜音速から音速が基本だ。目で追うよりも気配や空気の流れを頼りに戦うことは珍しくない。目を閉じていてもデメリットは少ないのである。

 もう一つの利点として、目を閉じると集中しやすくなる。思考を惑わす余計な情報をシャットアウトできるので、集中力が増すのだ。これによって気配察知能力も向上するし、戦いの精度も良くなる。

 勿論、目を閉じて戦えるだけの度胸と慣れが必要にはなるが、悪くない戦術だといえた。

 だが、今更目を閉じる訳にはいかない。

 今は瞬き一つすらも読み合っているのだ。目を閉じようとすれば、その瞬間にユナは斬りかかってくることだろう。そして目を閉じるという一手を先に打ってしまったら、どうしても防御が遅れてしまう。



(どうも勝ち筋が見えないな……)



 やはり純粋な武術の腕と才能はユナが上だ。クウの才能はあくまでも本質を理解する力と適応する力であるため、やはりユナには劣ってしまう。



(結局防がれるなら、先手は貰うことにするか)



 クウは一瞬だけ脱力し、白銀のオーラを込めて音速を遥かに超えた居合を放つのだった。








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