EP302 闘技大会本選三日目③
「先の能力……権能か!」
「そのようだね。情報次元が強い力で塗り潰されるのを感じた。超越者の意思力だね」
観戦室でソラとミレイナの試合を見ていた魔王アリアと錬金術師リグレットが言葉を交わす。最後にソラが《颶風滅竜皇息吹》の残滓とも言える暴風を消した時、リグレットは情報次元が強い力で塗り潰されるのを感じた。情報次元を扱う能力者として、それぐらいは感知できる。
そしてこの現象が表すことは一つの事実だった。
「ソラ……いや、クウとやらは超越者で確定。今までは予測の域を出なかったが、これで判明したな」
「まぁ、今までの予測もほぼ確信に近い部分があったけどね。でも能力が実際に見れたのは良かったよ」
「どんな能力か分かるか?」
「一瞬で暴風という現象を潰したことから、現象系か因果系のどちらかだと思うよ。もしくは両方を兼ね備えているのかもしれないね。あの一回を見ただけでは詳細まで分からないかな」
「ふむ……」
アリアは少し考える。
皮膚をズタズタに引き裂く程の暴風が余波として残っていたのは分かった。それを一瞬で消したとすると、リグレットの言った通り現象系か因果系の可能性が高い。そして、仮に現象系だった場合、権能は少なくとも風に作用できる特性を有しているということになる。
(報告にあった満月と銀色のどちらにも当てはまらないな)
彼女が気にしているのは、闘技大会本選前に観測された国境付近での戦いだ。瘴気、炎熱、満月の夜、銀の閃光が主に観測された現象で、クウは満月か銀のどちらがを司っていると考えている。実際は両方ともクウの能力なのだが、アリアはそこまで考えが回らなかった。クウが使っている《崩閃》から、銀色の方だと予想はしているが、その程度である。
満月と銀から連想して、風という現象を操れるようには思えない。
そう考えると、現象系よりも因果系という印象を受ける。因果を操ることで現象を上書きしたのだとすると辻褄があうのである。
だが、これ以上は分からない。
「……ダメだ。クウとやらはエキシビションマッチで能力を確かめることにしよう」
「おや? クウ……おっとソラ選手が優勝するのは確定かい?」
「超越者がこんな大会で負ける訳ないだろう。たとえユナが相手だとしてもな。というか、何故こんな大会に参加している? いくらハンデを付けても負けないだろうに」
「そうだね……何か目的でもあるのか、案外何も考えていないのか」
これが普通の相手なら、リグレットが魔道具を駆使して調査していたことだろう。だが、クウは超越者であり、堅い情報防御も有している。素性調査も簡単ではなく、慎重に事を運ばなくてはならない。
唯一の幸いは敵意を感じないことだろう。
クウの行動に悪意はなく、【レム・クリフィト】に対する敵対行動も見えない。逆に味方にも見えないので不安なのだが、今はそれだけが救いだった。
「まぁいい。奴については様子を見よう。それより、ミレイナという奴も中々だったな。竜人が竜化を使ったとはいえ、あれほどの攻撃が使えるとは……」
「魔力、気、風属性の組み合わせだったね。よほど師匠が優秀なのか、彼女の才能が素晴らしいのか、はたまた両方なのか」
「両方だろう。それにクウとミレイナは仲間だったな? 超越者が戦闘術を教えたのだとすれば、あの強さも納得がいく」
「ただ、普通のスキルとは思えない能力も使っていたけどね?」
「……あったか?」
「ほら、衝撃波みたいな能力だよ」
「あれは風属性の魔法だろう?」
「いや、違うみたいだね。何か特別なスキルが関わっているみたいだ。僕が感じた限り、普通の風属性とは違っていたよ」
リグレットが違和感を感じたのは《竜の壊放》のことだった。
破壊の波動を繰り出す能力であり、風属性で使える衝撃波とは違う。観察眼の鋭いリグレットの目は誤魔化されなかった。
アリアは気付いてなかったので、リグレットに尋ねる。
「どこに違和感があったんだ?」
「いや、明確に感じたわけじゃないよ。でも、それを知ろうとしてステータスを覗く神具を使ったら弾かれてしまったのさ。いやはや、クウの情報防御は仲間にまで行渡っていたようだね」
「つまり、結局分からないと?」
「大丈夫さ。幸いにも、ミレイナ選手にかけられた情報防御はそれほど強くない。情報防御を打ち破る道具を併用して、時間を掛ければ解析できるよ。試合に負けたミレイナ選手は医務室で寝かされているからね。そこに仕掛けてあるのさ。もうすぐ結果が来るはずだよ」
「……相変わらず、悪いことをさせると右に出る者はいないな」
「そんなことはないさ」
リグレットは肩をすくめて困ったような表情を浮かべる。
しかし、アリアは知っているのだ。彼の腹の中は真っ黒であることを。
とぼけるリグレットをアリアがジト目で見つめていると、突如としてリグレットの手の中にタブレット状のデバイスが現れた。
アリアはそれに気付いて口を開く。
「それは?」
「ああ、結果が届いたみたいでね。かなり興味深い内容だよ」
リグレットはデバイスを操作して情報を整理し、ステータス画面に近い状態へと纏める。そして整理を完了すると、デバイスごとアリアへと渡したのだった。
アリアはそれを受け取り、画面を見つめた後、すぐに驚きの声を上げる。
「これは! まさか!」
「ああ、そのまさかだね」
アリアが注目しているのはミレイナのステータス画面のとある箇所。
【固有能力】の欄と【称号】の欄だった。
ミレイナが神に選ばれた才能の持ち主だと気付いたのである。このことが示すのは、ミレイナが天使へと至る可能性を秘めているということだ。
このことから、色々と推察できることが増えてくる。
「天使の卵か……」
「思わぬ収穫だね。まさか竜人に加護保持者がいたとは。確かに、最近は僕も調査に回れなかったからね。それもこれも【アドラー】が頻繁に仕掛けてくるせいだよ」
「何なら私だけでも大丈夫だと言っただろう?」
「そういうわけにはいかないさ。君の能力は万能で強力だ。だけど全能じゃない。折角、奴らに対抗できる国を作ったんだ。無茶はしたくないよ」
「そう……だな」
リグレットが請け負っている本来の役目は天使の可能性を持つ加護保持者を探すことだった。国防はアリアの役目であり、リグレットは様々な場所に赴いて加護保持者を探すのが仕事である。その過程で、遥か昔には人族領にも赴いたことがあり、路銀稼ぎとして魔道具を作って売っていた。彼が人族領で伝説の錬金術師と言われているのは、こういう理由があったのである。
ただ、最近は【アドラー】との戦いが激しく、リグレットも余裕が無かった。
その中で偶然にも加護保持者が見つかったのだ。
二人は期待を込めて考察を続ける。
「ミレイナとやらが加護保持者だとすると……クウという奴も実は天使? しかも超越天使の可能性が高い」
「うん。そうなんだよね。僕たちはずっと彼を警戒していたけど、もしかしたら味方かもしれないね。途轍もなく強力な味方だよ」
「状況証拠から見て間違いないか……」
「クウが超越天使だとすると、闘技大会に出場している理由も少し分かる気がするよ」
「どういうことだ?」
「彼も僕たちに会いたいのさ。彼が超越者なら、僕と君が超越天使であることは分かっているハズ。だから闘技大会で優勝し、魔王に謁見する権利を勝ち取りたかったのではないかな? 無理に議会堂や軍の基地に押し入って僕たちに会うよりは穏便で効率的だからね」
「……辻褄は合うな」
ピタリと正解を言い当てたリグレットにアリアも同意する。
二人に正解を確かめるすべはないのだが、これでほぼあっているだろうという確信はあった。
「久しぶりに神界を開くべきだな。もしや謎の超越者が見つかった時点で開いておけば、私もこれだけ悩まずに済んだということか?」
「まぁまぁ。仕方ないさ。あの時は【アドラー】への対処でそれどころじゃなかったし」
「……ともかくユナも一緒に神界へと行こう。試合は―――」
アリアがチラリと闘技場に目を向けると、丁度ユナが対戦相手であるマーシャル・ローランを倒したところだった。幻術を得意とするヴァンパイアの選手だったが、ユナの圧倒的な戦闘力の前には無力である。
試合終了のブザーが鳴り、ユナは退場していた。
「うむ。試合も終わったようだ。すぐにユナを呼ぶ」
人を遣って伝言を伝え、ここまで呼ぶのには結構な時間がかかる。だが、今は時間が惜しいので、アリアは能力を使用した。
念話によってユナとパスを繋ぎ、メッセージを伝える。
(ユナ。少し良いか?)
(あれ? アリアちゃん、どうしたの?)
(少しやるべきことが出来た。召喚でお前を呼び寄せるが構わないな?)
(わかった。いいよ)
念話を切ったアリアはすぐに召喚でユナを呼び寄せる。アリアとリグレットの二人しかいなかった観戦室に、突如として黒髪の少女が現れた。
転移による移動にも慣れているのか、特に表情の揺らぎはない。
そして開口一番に、ユナはアリアへと問いかけた。
「一体どうしたの?」
「神界を開く。お前にも来て欲しい」
「急だね。まぁいいけど」
アリアが急に頼みごとをしてくることは珍しくない。軍に籍を置いている以上、緊急の任務も無いことはないのだ。いちいち驚いていられない。
ユナは右手を出し、手の甲を上にして魔法陣を見せる。それに続いてアリア、リグレットも同様に右手の甲に刻まれた魔法陣を出し、三人の手が僅かに触れた。
リィィィン……
そんな音がかすかに聞こえ、魔法陣は共鳴を始める。
僅かに空間が揺らぎ、次の瞬間には三人とも真っ白な空間に立っていた。
(二年ぶりか……)
アリアは周囲を見回しながら内心で呟く。前回はユナが【レム・クリフィト】へと来た時に開いた。そこでユナに世界の真実などについても聞かせたのだ。
それ以来は神界を開いていないので、およそ二年ぶりになる。
そうして感慨に耽っていると、突如として景色が変化した。何もない真っ白な空間に色が付き、大量の椅子やソファが置かれている広い部屋になる。
同時に現れた六つの巨大な気配を感じ取り、三人はそちらへと目を向けた。
自分たちとは比べ物にならない圧倒的な存在感を持つ者たち。それはこの世界エヴァンを創造し、管理している六柱の神々だ。
「久しぶりじゃのう、お主ら」
一番初めに口を開いたのは銀髪の幼女にも見える虚空神ゼノネイアだった。菊が染め抜かれた着物を着ているのが特徴である。
「久しぶりと言っても一年か二年ほどでしょう? 私たちからすれば大した時間じゃないわゼノネイア」
次に口を開いたのは運命神アデラート。腰まで伸びた金髪の美女であり、彼女は全体的に白い服で統一している。ソファに座って紅茶を片手に持ち、その香りを楽しんでいた。
「そういうなよアデラート。悠久を生きる俺たちとは時間感覚が違うんだからよ」
「確かにな」
木の椅子にもたれ掛かり、身振り手振りを加えて大袈裟に話しているのが武装神アステラル。綺麗なブルーの髪を短くそろえており、体格もかなり良いように見える。六柱の神の中では最も背が高い。
そしてアステラルに答えたのが破壊神デウセクセスである。彼は大きめの上着を羽織っており、顔もフードで隠されて見えない。見た目が一番怪しいのは彼だった。
「それに最近は僕たちも忙しかったからねぇ。余計、あっと言う間に感じられたよ。これじゃ遊ぶ暇がないって……」
運命神アデラートの隣に座り、足をぶらぶらさせている黒髪の少年が魔法神アルファウだ。見た目はゼノネイアと同じく幼いが、彼も立派な神の一柱である。黒が好きなのか、服装は暗い色がメインだった。
そして最後に、別のソファで寝転んでいた緑髪の女性が魔法神アルファウを窘めるように口を開く。
「全く……遊んでいる暇はないのよアルファウ? 最近は光神シンの奴がシステムにちょっかいをかけてきているからね。あなたも魔法システムに干渉されないようにしなさいよ?」
「煩いな。わかっているよレイクレリア」
魔法神アルファウが眉を顰めて返事をするが、創造神レイクレリアは特に表情を変えない。ダルそうにしてソファに突っ伏していた。どうやらお疲れらしい。
そんなレイクレリアにアリアは言葉を掛けた。
「光神シンからの干渉が増えたのか? お疲れ様」
「そーなのよねぇ。ホントお疲れよ。聞いてくれるアリアちゃん? この一年で三千回越えのシステム干渉なのよ? 馬鹿なの? 暇なのぉ?」
「それを私に言われてもな……」
「まぁ、そうなんだけどねぇ。まぁ、それはいいわよ。今回、あなた達が神界を開いた理由を聞かせて。ゆっくりしていたいけど、私たちも忙しいからねぇ」
六柱の神が揃って溜息を吐き、それを見たアリア、リグレット、ユナは苦笑する。
とはいえ、本当に神々は忙しいのだ。
アリアはそれを理解しているので、すぐに本題へと入る。
「私たちが知りたいのは新しい超越者が生まれたのではないかということだ。【レム・クリフィト】に超越天使と思わしき人物が入って来てるんだが、心当たりはないか?」
「え? 何それ。私聞いていないんだけどアリアちゃん?」
「悪いなユナ。後で説明する」
初めて聞いた事実に驚愕の表情を浮かべるユナ。そう言えばまだ話していなかったと、アリアも今気付いたのだった。だが、その説明は後回しにして、まずは情報を得る。
クウが超越天使ならば間違いなく神が関わっているし、超越者が出現した時点で世界の管理者である神は、その事実を把握することが出来る。
ほぼ間違いないだろうと思っての質問だが、アリアも緊張しつつ答えを待つ。
神々の答えは――――
神様がログインしました。
あれ……光神は……?
魔法の設定について質問があったので、後書きにて答えさせていただきます。
属性は
基本属性:炎、水、風、土、雷、光、闇
特殊属性:時空間、召喚、回復、付与、結界
ユニーク属性:月、陽、鏡など(基本は魂源能力)
があります。
特性と共に記述すると
炎「熱」「光」「浄化」
水「液体」「冷」「鎮静」
風「気体」「圧」「斬」
土「固体」「金属」「硬」
雷「電子」「磁気」「光」
光「光」「浄化」「再生」
闇「闇」「汚染」「滅び」
時空間「時間」「空間」
召喚「創造」「喚」「契約」
回復「癒」「浄化」「活性」
付与「付与」「転写」
結界「空間」「隔離」「拒絶」
情報次元に魔法スキルがプログラムされており、意思次元からの命令によって起動する。意思次元から送られてきたイメージを元にして情報次元が演算することで、魔素を代償に魔法が発動。
このシステムのお陰で簡単に魔法を使うことが出来る。
魔法スキルのレベルは情報次元で機能する演算規模の違い。レベルが高いほど、より大きな演算が情報次元で行われる。
精霊魔法はスキルとして存在しない別枠。
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