EP301 闘技大会本選三日目②
ソラ対ミレイナの準決勝戦。
風属性魔法《気刃断空》を連発するミレイナは、意外にもソラを押していた。未だに決定打には届かないが、それでも一方的に攻撃を仕掛ける戦いになっていたのである。ソラとミレイナの実力を知っているわけではない観客は沸き立つだけだったが、特別観戦室で試合を眺めていた魔王アリアと錬金術師リグレットは疑問の表情を浮かべていた。
「ソラは確か超越者だったなリグレット?」
「確実じゃないけど……そのはずさ。彼がクウという人物と同一であることは港町【ネイロン】で判明しているし、彼がオリヴィアのデス・ユニバースを撃退したのも事実のようだからね」
「だが押されているぞ?」
「手加減でもしているんじゃないかな? これといった能力は使っていないようだしね」
ソラは剣技と魔力、気力制御だけで戦っている。試合で見せているほどの魔力、気力制御能力を発揮するならば、間違いなく超越者クラスだろうと予想できるほどだ。
ただ、それでもミレイナの猛攻に押されているため、少しだけ疑問に思ってしまったのである。例え能力を使わずとも、霊力を身体能力に回せば一瞬で勝てるはずだからだ。
「何か能力を隠しているのか……? そう言えばリグレットの神具で奴の能力は覗けないのか? 確かそういう道具も持っていただろう」
「ああ、既に使ってみたよ。でも、残念ながら彼の情報防御で防がれてしまったのさ。《偽装 Lv10》でも突破できる性能だったのだけどね」
「……そんな情報防御が出来る時点で超越者確定だな」
「いやいや。《森羅万象》という情報系最高位スキルでも防げる程度の道具だからね。絶対にそうだとはいえないよ。まぁ、僕も間違いなくソラは超越者だと思っているけどね。そもそも《森羅万象》なんて普通じゃ辿り着けないスキルだし」
「しかし能力不明か。厄介だな」
「超越者でも完璧に情報防御できる人は少ないからね。【アドラー】四天王で言えばオリヴィアとラプラスが辛うじて防御壁を持っているぐらいさ。僕は情報次元をを操る能力だから、防御も完璧だけどね」
「ならその能力でソラとやらの能力は見れないのか?」
「僕の能力は情報次元を見る訳じゃないよ。ただ、情報次元に概念を割り込ませるだけさ。だから他者の情報次元を見ることは出来ないんだよ」
情報次元を見るためには「魔眼」「神眼」「竜眼」といった特殊な能力が必要になる。リグレットは残念ながらその手の能力を持っていなかったので、ソラの能力を見ることが出来なかった。
尤も、ソラは意思次元による防御を常時発動させている。
ソラの情報次元を直接見ると、先ずは意志力による拒絶の力で弾かれ、更に奥へと潜り込もうとすれば幻術トラップが発動するように術式が組まれていた。自動迎撃発動の簡易トラップとは言え、ソラが扱う幻術が普通なはずないので、情報次元を見ることが出来なかったリグレットは、ある意味で助かったと言えるだろう。
「まぁいいさ。こうして闘技大会で大人しくしているところを見る限り、【アドラー】の手先には見えないな。それに国境付近でオリヴィアとザドヘルが奴と戦っている可能性が高い。少なくとも私たちの敵ではないはず」
「そうだね。注意はするけど、もう警戒は必要ないかもしれない」
「大会が終われば私の城に招待するのもアリだな」
「ふむ。ならスケジュールを考えておこう」
そこで二人は会話を終え、闘技場内で戦う二人へと視線を戻す。
少し会話している間に、戦況は変わりつつあった。
◆ ◆ ◆
(攻め切れない……!)
ミレイナはひたすら攻撃を続けていたが、どうしてもソラに一発を当てられずにいた。圧倒的なまでの魔力制御と気力制御のお陰で、ソラは傷一つ負うことが無い。そして、足元で魔素と気を小さく爆発させる移動術のせいで攻撃を当てることすら難しい。
身体能力自体はミレイナと同等程度に抑えてあるようだが、この魔力と気力による強化で一歩上を行っているように見えた。
(《気刃断空》もクウが理論を開発した魔法だからな。見切られても仕方ないか)
既にミレイナの魔力は半分と少し程度にまで減っており、これ以上《気刃断空》を使っても消耗するだけに思えた。
《竜の壊放》ならばコストもなく連発できるのだが、ソラは高密度の魔素と気で激減させることが出来る。不用意に撃っても意味が無いのは同じだ。
そしてこのまま戦い続けて先に体力が尽きるのは間違いなくミレイナである。
ならば、残る力は全て一点に注ぐべきだろう。
「竜化……」
ミレイナは竜人族の切り札たる戦闘術を選択する。
その身に宿る竜の化身を顕現させ、圧倒的な力を引き出す種族特性。強靭な精神が無くては本能に飲み込まれるという危険性を孕んでいるが、戦闘力の上昇は果てしない。
竜化と共にミレイナを纏っていた深紅の気が膨れ上がり、身体を竜鱗が覆う。背中からは竜翼が伸びて力強く羽ばたき、ミレイナは空中へと移動したのだった。
それを見たソラは剣を構えたまま立ち止まってミレイナを観察する。
「このタイミングで竜化。決めてくるつもりだな」
「これが正真正銘の切り札だ! 防げるものなら防いでみるのだ!」
ミレイナは全身の魔力と気を集めて口元で一点に圧縮する。《爆竜息吹》の発動モーションと同じであるため、ソラは迎撃するべく、魔素と気を指先に集め始めた。差された指の先にあるのは当然ミレイナであり、ソラは《崩閃》で対抗しようとしたのである。
結局のところ、《爆竜息吹》は圧縮した魔素と気による大爆発だ。防ぐためには魔力防壁だけでなく、気に対する防御も必要になる。
対立する深紅と白銀の光が会場を震わせた。
(クウには私の技が見切られている……ならば見せたことのない技を作るまで)
本来、戦闘中に都合よく新技が浮かぶなど有り得ないことだ。
ソラは頻繁にやっているが、それは才能に裏付けられた結果に過ぎない。普通の者は土壇場で新技を開発し、完全な状態で発動させることなど不可能なのである。例え一流のアスリートだとしても、一流たる技は血の滲むような練習によって成功する。初めてやって成功させるのは一部の天才だけだろう。
だが、ミレイナも破壊神デウセクセスからの加護を受ける程の才能を持つ竜人である。
彼女は新たなる技を土壇場で完成させるだけのポテンシャルを有していた。
(ブレスに風属性を込める……風の力は圧力がポイントだとクウが言っていたな)
魔力制御、気力制御、風属性操作という三つのスキルによる技能を同時発動させ、圧縮されるエネルギーを変質させていく。
ミレイナは魔力と気を込めると同時に大量の空気を圧縮させ、息吹の中に閉じ込めようとしていたのだった。風属性操作によって周囲の空気は際限なく集められ、魔力と気で形成された殻の中に詰め込まれていく。それによって内部気圧は爆発的に高まり、限界点を越えて空気が液体化し始めていた。
ミレイナが空気を吸い寄せる力で周囲は渦まき、彼女を台風の目とした暴風域と化す。ソラはそんなミレイナに指先を向け、同じく莫大な魔素と気を圧縮していたのだった。
目を閉じているソラはミレイナが発動しようとしている技を見ることが出来ない。
だが、情報次元の視点で、それが非常に危険だと察知していた。
(ミレイナの奴……なんつー技を使おうとしてやがる……)
魔素と気で形成された息吹の殻の内部に液化した空気が入っている。恐らく数千気圧にまでなっていると思われるため、破裂すれば一帯が吹き飛ぶ威力になるだろう。
ミレイナは感覚で発動させていたため、技の仕組みはあまり理解していなかった。
ただ、発動されようとしている技は知らなかったでは済まされない威力のもの。圧縮した液化空気を魔素と気による爆発で刺激し、瞬間的に気化させることで周囲一帯を破壊し尽くす超範囲殲滅魔法にも匹敵する戦略級の技だった。
ただ、目の前のソラに勝つために。
いや、ソラに本気を出させるためにと追求したミレイナの必殺とも呼べる技が発動する。
「《颶風滅竜皇息吹》!」
「《崩閃》」
ミレイナの口元で深紅の気が弾け、魔素の嵐が吹き荒れる。それと同時にエネルギーを得た液化空気が一気に気化し、その膨張による爆風で全てが消し飛んだ。
ソラが対抗して放った白銀の閃光は掻き消され、結界に囲まれた闘技場内部は深紅の気、魔素の魔力光、不可視の暴風に包まれる。
高圧の魔素と気を一方向に放つ《崩閃》は強力だが、瞬間的な破壊力は《颶風滅竜皇息吹》が勝っていた。
権能という反則技を使用しない以上、この世界の物理法則が優先される。
つまり、概念効果も含まれていない《崩閃》は《颶風滅竜皇息吹》に消し飛ばされて当然だった。
(おいこらミレイナ……! こんな技いつの間に……やるじゃないか!)
咄嗟に障壁を展開したソラは悪態をつきつつもミレイナを褒める。
精神世界の訓練では一度も使われたことのない技……それはつまり、今しがた作った技だということになる。それだけの才能を発揮したという点では褒められるべきと考えたのだ。
そして風属性をここまで使いこなす成長ぶりも驚かされる。
空気を圧縮するのは風属性の基本だが、液化するまでの圧力というのは凄まじい。圧縮という意思が込められた気の補助もあったのだろうが、それでも緻密な制御能力が求められるはずだった。
ここにきてミレイナの成長。
鍛えた側のソラとしては嬉しい限りだった。
(なるほど。ならば、今回は俺の負けかもしれないな)
《颶風滅竜皇息吹》による爆風は今も乱気流を発生させており、生身の人間ならズタボロに出来る領域と化している。竜化して深紅の気を纏っているミレイナなら耐えきれるだろうが、普通なら即座に死ぬ威力だ。
超越者であるソラなら耐えきれるが、それでは面白くない。
能力を使ってでも打ち破るべきだろう。
それが全力でぶつかってきたミレイナに対する礼儀だ。
ソラはフードを深く被って顔を隠しつつ、静かに目を開いて「魔眼」を発動させた。
「《幻葬眼》」
闘技大会でソラが初めて開いた両目。
黄金の六芒星が輝く「魔眼」は、あらゆる意思へと干渉し、事実すらも歪めてしまう。言い換えれば思い込みの力で、あるものを無いように見せかけ、それを現実にしてしまう奥義。それによって《颶風滅竜皇息吹》の爆風は消し去られたのだった。
空間に罅が走り、それが割れると同時に暴風は凪へと変わる。
今や、あの破壊の嵐すらも幻。
だが、ソラに能力を使わせたことでミレイナは満足したような表情をしていた。
「勝負は俺の負けかな」
ソラはそう言いつつ、指先をミレイナに向ける。
先程の《颶風滅竜皇息吹》で消耗しきったミレイナは既に戦う力を残しておらず、回避する様子もない。
「ただ、試合は貰っていく。《崩閃》」
白銀の閃光が伸びていき、辛うじて竜化したまま空中に浮かんでいたミレイナを包んだ。
光線は徐々に薄れていき、最後にキラキラと銀色の粒子が散って《崩閃》は消える。闘技場には相変わらず顔が隠れるほど深くフードを被ったソラだけが残っていた。
『勝者、選手番号五六四番ソラ選手です』
勝者宣言のアナウンスと共にブザーが鳴り、試合の終わりを告げ知らせる。
大迫力の試合に観客は立ちあがって拍手を送ったのだった。
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