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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
301/566

EP300 闘技大会本選三日目①


 闘技大会三日目となり、いよいよ【レム・クリフィト】は大会の話題で活気に満ちていた。元からこの大会を楽しみにしている人々は多く、経済効果も凄まじい。国が主導で開催しているだけあって規模も非常に大きく、何より普段はお目にかかれない魔王軍隊長格の戦いが見られる。

 そして本選三日目になって残っているのは四人だけ。

 この闘技大会の性質上、この四人こそが【レム・クリフィト】で最も強い四人――勿論、魔王アリアと錬金術師リグレットは除く――だということを示しているのだ。どこもかしこも、この四人の話題で持ちきりである。

 深紅の竜人ミレイナ・ハーヴェ。圧倒的な膂力と、謎の破壊攻撃、そして竜化時に放たれる超新星の爆発を思わせる《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》。とにかく派手なため、国民からの人気が高い。見た目も良いので、密かにファンを量産していた。

 銀光剣士ソラ。無駄のない動きと華麗な剣技は実に玄人好みでありながら、《崩閃シヴァ》という必殺技も使える。常にフードを被って顔を隠していることから、謎の剣士として年頃の男子のハートを奪っていた。底が見えず、何か切り札を隠しているように見えるところも人気の一つである。

 幻想麗姫マーシャル・ローラン。美人ヴァンパイアで、銃撃と幻術を得意としている。無いものをあるように見せかけ、あるものを無いように見せる繊細な技量が注目を集め、惑わされた相手は急所を一撃で撃ち抜かれる。彼女の美貌でハートを射抜かれた者は多いが、物理的に射抜かれてしまった者も数多い。

 無双隊長ユナ・アカツキ。あらゆる武装を使いこなし、凄まじい戦闘術で常に圧倒する。強力な魔法すらも使いこなし、文字通り無双を体現する魔王軍第一部隊の隊長だ。今年は【アドラー】が国境侵略をしてきたせいで他の隊長格が大会に参加できず、代わりとして出場している。ただ、毎年エキシビションマッチでしか見ることのできないユナの戦いを待ち望む人は多かった。



「今日はミレイナとの試合か……」



 待合室で選手紹介のテレビ番組を見ながら呟いたのはソラとしての姿になったクウだ。ソラもミレイナも昨日の戦いを勝ち抜けたので、今日の試合でぶつかり合うことになる。

 正直、ソラに負ける要素はない。

 目を閉じ、権能の力を封じてもソラの方が強いのだ。それは単純に技量の差である。一応、霊力を抑えてミレイナと同程度の身体能力にまで抑えるつもりだ。しかし、戦闘技術においてはソラが優れており、ミレイナはまだまだ敵わない。最悪、権能を使えば確実に勝てる。

 これは精神世界での仮想訓練で分かっていることだ。



「……ミレイナは諦めないだろうな」



 絶対に勝てない。

 ミレイナ自身もこのことを理解しているが、それは彼女にとって諦める要素にならない。誇り高い竜人族の一員であるミレイナは、絶対に勝てない相手でも勝ちを拾いに行くだろう。諦めず、力の限り戦い尽くすのは眼に見えている。

 きっと、今できる最高の力で戦いを挑んでくることだろう。



「はぁ……しんどい戦いになりそうだな」



 ミレイナが《竜の壊放》を全力で使ってきた場合、ソラには防御手段がない。権能を使えば余裕で防げるのだが、剣技、魔力制御、気力制御の三つで戦う場合は話が別だ。《竜の壊放》による破壊の波動は、無数の波を含んでいるため、大抵のものは破壊される。物質、魔素、オーラすらも破壊の対象であるため、手加減したソラでは防御できないのだ。

 勿論、全く手段が無いわけではない。

 《竜の壊放》は情報次元に干渉する概念攻撃ではなく、あくまでも物理法則に沿ったスキルだ。魔力やオーラを超高密度化することで耐性を得られるだろう。超越者としての常識外れな制御能力があれば不可能ではないはずだ。

 ただ、裏を返せば、それだけの緻密な制御が無くては防げないということでもあるため、辛い戦いになるだろうと考えたのである。



「ま、ミレイナの全力を測る機会だと思えばいいか。いずれは破壊迷宮の試練に再挑戦してもらう予定だしな。目安は知っておきたい」



 ソラはそう自己完結させて視線をテレビに戻す。画面には昨日の試合がダイジェストで流されており、コメンテーターが今日の試合予想を行っているところだった。

 文化レベルは日本と差異が無く、待合室に置かれているお菓子もかなりのもの。

 闘技大会スタッフに呼び出されるまで、ソラはひたすら寛ぐのだった。









 ◆ ◆ ◆








 対面する黒と紅。

 闘技場のでソラとミレイナは向かい合い、試合が始まるのを待っていた。模擬戦で向かい合うことは頻繁だったし、精神世界で訓練を始めてからは全力戦闘による殺し合いもしたことがある。今更二人が緊張することはない。

 そして、それを見る観客たちも試合前から既に興奮状態だった。

 何故なら、ソラもミレイナも、これまでの試合で派手な立ち回りをしていたからである。特にミレイナは対軍規模の《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》を見せつけ、多くの者を魅了している。試合が楽しみでない者などいないだろう。



『トーナメント第三回戦、第一試合を開始します』



 激しくブザーが鳴り、試合開始を告げ知らせる。だが、観客たちは、ブザーは騒音にすらならないほど眼下の戦いに目を奪われていた。

 試合開始と同時に二人の姿が消え去り、闘技場の中央でぶつかり合う。そして次の瞬間には再び消え、別の場所でぶつかる。ある程度の動体視力がある者は何が起こっているのか理解できているだろうが、一般人からすれば瞬間移動しているかのように思えた。



(やはり体術では無理があるな)



 ソラは試しに体術で応戦してみたが、やはり一日の長があるミレイナの方が上手い。普段は剣を使って戦う以上、ソラはいつもと異なるリーチで戦わなければならないのだ。踏み込みも微妙に異なるため、思うように戦えない。

 今は《真理の瞳》による先読みと、特殊なステップによる先回りで対抗している状況だった。

 ミレイナの拳をソラが躱し、反撃の蹴りをミレイナが受け流す。そこでミレイナが《竜の壊放》を使い、ソラは大きく避け、それを追いかける形でミレイナが迫る。基本はこの繰り返しである。

 次々と場所を変えてぶつかり合っていたのは、ソラが《竜の壊放》を回避するためだった。



「面倒だな! これでどうだ!」



 一進一退の攻防に焦れたミレイナは全方位に全力で《竜の壊放》を使用する。闘技場の範囲なら余裕で届かせることが出来るため、ソラもこれは回避できない。仕方なく腰に差した鋼の長剣を抜き、膨大な魔素とオーラを圧縮させてから振り下ろした。

 破壊の波動と白銀の斬撃がぶつかりあい、会場は大きく揺れる。

 観客席を守る結界が無ければ、幾人かの観客は気絶していたかもしれない。

 そう思わせるだけの衝撃が走った。



「危ねぇな」


「ちっ。やはり効かないようだな」



 全方位へと放出だけあって、その威力は幾らか下がっている。ソラが咄嗟に放った高密度の斬撃で十分に防ぐことが出来た。ただ、これは超越者だからこそ出来た魔力、気力制御であって、一般人には出来ない所業である。

 ミレイナとしても、全方位型の《竜の壊放》とは言え、簡単に防がれたのは面白くない。これまでの試合で隠していた能力を惜しみなく使うことにしたのだった。



「『降れ! 天の咆哮!

 《暴嵐圧災テンペスト》』」



 詠唱省略によって放たれた《風魔法》が闘技場を襲う。凄まじい気圧と空気が帯電する程の暴風で破壊し尽くす魔法であり、ミレイナがコツコツと練習して習得したものだった。精神世界での訓練は現実にも反映されるため、ミレイナはここで魔法の練習をしていたのである。

 ただ、練習場所はソラの創った精神世界だ。

 当然ながら知られている。

 ソラは冷静に魔法への対処をした。



「その程度で調子に乗るなよ?」



 魔素とオーラを纏わせた剣が振るわれる。

 その結果、《暴嵐圧災テンペスト》の破壊嵐は一撃で切り裂かれたのだった。風すらも切り裂く魔闘剣技が観客を沸き立たせる。

 所詮はミレイナが詠唱省略で放った魔法であり、ソラに斬れないはずがないのだ。ミレイナは驚きつつ、それと同時に当然という思いもあった。だからこそ、冷静に次の魔法へと移行できたのである。



「『見えぬ剣、集う刃

 積層する大気は導く

 天秤は傾き、偏位は崩れ

 一人がために裁きは降る

 手の中にあるのは偽りの柄

 刃は我が敵の上にあり!

 《気刃断空エレイル・スパーダ》』」



 ミレイナは詠唱完了と同時に右手を振り下ろす。そしてソラはすぐに横へと転がって回避した。一瞬前までソラが居た場所は爆ぜて暴風が吹き荒れ、魔法の威力を見せつける。

 大気を極薄に圧縮し、気圧で対象を引き裂く高位の風属性魔法だ。

 剣で斬るという行為は、物理現象として突き詰めると、圧力によって分子結合を引きちぎっていることに他ならない。つまり、極薄の領域に圧力が集中すれば、それは刃物のように対象を切り裂くのである。

 謂わばこの魔法は見えない剣。

 ソラが避けれたのは《真理の瞳》のお陰もあるが、何より、この魔法はソラ監修で創り上げたものだからである。だからこそ、この魔法の真の恐ろしさをソラは知っていた。



(さて……何発来るかな?)



 ソラは《真理の瞳》で大気が極薄領域に圧縮されるのを観測し、即座に回避する。見ていた観衆は、ミレイナが詠唱も術銘呼称も無しに不可視の剣を発動したことで驚いた。物理特化に見えたミレイナが、無詠唱という高度な魔法技術を使ったことは、見る者を驚かせるのに十分だったのである。

 だが、実は少しタネがある。

 この《気刃断空エレイル・スパーダ》は、実のところ大気の剣で対象を引き裂く魔法ではない。正確には、剣の柄を作り出す魔法なのだ。

 魔法としての本質はミレイナの右手にある。《気刃断空エレイル・スパーダ》発動と同時に、ミレイナの右手には大気を圧縮させ、莫大な大気圧を導く剣の柄が発生する。ミレイナは意志を持って右手を振り下ろすだけで、任意の場所に大気の刃を落とすことが出来るのだ。《気刃断空エレイル・スパーダ》に込めた魔力の限り連続発動できるので、魔力さえ込めておけば、二発目以降は詠唱もなく大気の刃を使えるのである。



(三発目も来るか!)



 休む間もなく回避先で振り下ろされる大気の刃をひたすら避ける。刃の正体が圧縮された風である以上、大地に打ち付けられて圧縮が解放されると、周囲に暴風が吹き荒れる。この暴風によってバランスを崩したところを二発目以降が切り裂くという二段構えの魔法なのだが、ソラはそのことを知っているため、大きく回避することで発生する暴風から離れていた。

 風を上手く利用して移動することで、通常よりも移動量が増えるのである。

 魔法開発者の一人なのだから、当然ながら対処法も知っていた。



(この魔法の欠点は……近づくこと)



 魔法は遠距離用の攻撃であることが多いので、大抵は近づけば対処できる。だが、この《気刃断空エレイル・スパーダ》に関してはそれが顕著だった。大気を極薄に圧縮して相手の頭上に落とすという術の性質上、相手と自分との距離が短いほど、後に発生する暴風の被害を受けることになるからだ。

 ソラは足元で魔素とオーラを小さく爆発させ、その推進力でミレイナの背後に回った。知覚に優れた竜人族のミレイナは当然ながら気づき、《気刃断空エレイル・スパーダ》を振り下ろすことを止めて《竜の壊放》で迎撃する。

 攻撃は最大の防御を体現したこのスキルは、全方位に隙が無い。ソラは再び足元で小さな爆発を起こし、緊急回避をすることになる。

 《竜の壊放》を防御に使い、《気刃断空エレイル・スパーダ》で遠距離攻撃をする。これが今のミレイナに出来る最も安全な戦い方だった。

 このような戦い方はミレイナの望むところではないが、ソラが相手では選り好みしている余裕などない。最善の手でソラを追い詰めることにしたのだった。

 負けが確定しているミレイナにとって、勝利とはソラに本気を出させること。

 権能を使った時点で、能力を制限すると決めているソラは負けである。勿論、試合には勝つだろうが、勝負としては負けだろう。



「この勝負は勝たせてもらうぞ!」



 ミレイナは再び距離を離したソラに《気刃断空エレイル・スパーダ》を撃ち込んだのだった。







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