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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
300/566

EP299 闘技大会本選二日目③


「ふぅ……ただいま」



 そう言いながらクウが帰ってきたのは二日目の第三試合が終わった後だった。第二試合をソラとして出場し、易々と制したまでは良かった。しかし、テレビや雑誌、新聞のインタビューが波の如く次々と押し寄せ、すぐにはリアたちの待つ観戦室に帰ることが出来なかったのである。

 さりげなくフードを外して顔を見ようと企む取材陣を躱し、インタビューに淡々と答えつつ戻ってきたときには試合が終わってしまっていたのだった。



「お疲れ様ですクウ兄様。もう第三試合は終わりましたよ」


「ああ、知ってる」


「クウも試合直後に囲まれたのか? 私もそのせいでクウの試合を見れなかったのだ……」


「……お前もか」



 若干不機嫌そうな顔をしているミレイナを見てクウは色々と察する。トーナメント第二回戦を勝利したミレイナもクウと同様にインタビュー陣の囲みを受けたのである。そのせいでソラ対バリウッド・ライラの試合を見逃したのだ。ミレイナはそのせいで不貞腐れていたのである。

 一方で、クウは第三試合を見逃したことに不満はなかった。

 本命はこれから行われるユナ・アカツキの試合であり、それが見れるなら問題ないのである。それに、見逃した第三試合の勝者は、明日のトーナメント第三回戦でユナとぶつかることになる。魔王軍第一部隊の隊長を任されているユナが負けることはまず無いだろう。恐らく今日の第三試合勝者はそこで敗退だ。

 つまり、見逃したところで被害もない。



「よっと……」



 クウは観戦室の椅子に座り、フードを外して大きく息を吐く。この観戦室は完全なプライベートルームとなっているため、顔を晒したところで問題ない。ずっと視界確保も難しいほど顔を隠した状態では、流石のクウでも息苦しい。ここへ来てようやくリラックスできたというわけである。

 隣の席に座るレーヴォルフはそんなクウを見て話しかけて来た。



「お疲れのようだねクウ」


「まあ……な」


「それにしても君の試合は凄かったよ。クウが仕掛けてからは瞬殺だったね。本当に目を閉じているのかと疑ったよ」


「ああ、大体はコツも掴めてきたからな。解析精度も上がってきたし、能力としては完成に近づいている」


「あれで未完成なのかい?」


「未完成……という言い方は少し違うな。俺が能力を使いこなせていないだけだ。正直、今の能力は強度も幅も以前とは桁違いだ。操るだけでも一苦労だし、応用性は無限にすら思える」


「へぇ? 大変そうだね」



 権能【魔幻朧月夜アルテミス】は意思次元を操作することで世界を運命から操る因果系能力だ。幻術による現象操作を基点にして意志力を誘導し、仮初の現象を認めさせることで事象を確定している。これがメインの能力には違いないのだが、サブとして月属性や情報次元を見る眼もある。能力を十全に扱うのならば、これらの能力も操れなくてはならない。

 他にも各種武術は自身で鍛えなくてはならないので、クウはまだまだ発展途上だと言えた。

 細かい技術という点では、この闘技大会もレベルが高い。

 本選出場者はスキルの扱いが上手く、限られた能力をフルに使って工夫した戦いを演出している。クウもそこは見習うべきだと考えていたほどであった。



(それにこの国は武具も一流。リアの杖も代わりが見つかりそうだ。まぁ、最近のリアは杖無しでも魔力制御が上手くなっているけど)



 有耶無耶になりかけているが、リアは本来の武器が壊れたままだ。人魔境界山脈でキングダム・スケルトン・ロードに破壊され、【砂漠の帝国】でも修理できず、代わりも見つからぬまま今に至っている。闘技大会が終わったら、探してみるのも良いだろう。

 クウがそんなことを考えていると、アナウンスが本日最後の試合、第四試合の選手入場を知らせた。



『お待たせしました。第四試合、選手番号八三番リースレイク・ソニア選手と魔王軍隊長格ユナ・アカツキ選手の試合になります。選手は入場してください』


『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』




 今までとは比べ物にならない歓声が湧き上がる。

 観客は総立ちで選手を……正確にはユナが出てくるのを待っていた。魔王軍で最強と名高い第一部隊を仕切るユナ・アカツキの人気ぶりがよく分かる。

 そして選手の入場口から現れたユナ本人を見て、観衆は空気が震えるほどの声を上げていた。



『わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』



 艶のある黒髪をポニーテールでまとめたサッパリとしている髪型であり、顔つきからは大和撫子を思わせる美貌が窺える。パッチリとした瞳、薄桃色の唇、スッと通った鼻筋、表情を際立たせる眉……褒める所を挙げればキリがない。

 魔王軍の制服を着こなしたユナは優美なる一面と共に、刃のような姿を思わせる。ただ、試合が始まるにもかかわらず武器を持っている様子がないのは不思議だったが。

 ただ、観戦室からユナの姿を確認したクウは、遠くからでも本人だと理解できた。



(……やっと見つけたぞ)



 行方不明になって約二年。

 地球に居た一年は記憶のつじつま合わせで強制的に忘れさせられていたが、この世界に召喚されて思い出し、ずっと探してきた幼馴染だ。かつて心を閉ざしていたクウを掬い上げた誰よりも信頼できる相手。そしてクウが世界の誰よりも愛する存在である。

 クウは今すぐにでも観戦室から飛び出したいという衝動を抑え込み、見るだけに留める。

 まずは様子見だ。

 ユナが以前と同じとは限らないし、逆に以前の性格を考えると、久しぶりに会ったクウを見て何をしでかすが分かったものではない。

 だからクウは我慢することにしたのだった。

 そんな様子のクウを見たリアは、心配そうに声をかける。



「兄様……」


「大丈夫だリア」


「あの方がクウ兄様の探し続けていた……」


「ああ」



 日本の戸籍上はクウの姉だ。

 血の繋がりは皆無だが、姉であり、幼馴染であり、本人たちは意識していなかったが恋人のような関係でもあったとも言える。

 リアはそんな二人の関係を少し羨ましく思っていた。

 同じく血縁としての繋がりはない二人だが、クウがリアに向けている想いは―――



「―――いえ、わたくしは何を……」



 クウとの関係はあくまでも兄妹きょうだいだ。

 リアは心の奥底から湧き上がる感情を押さえつけてそう考える。クウが想う相手は世界を越えて届いたモノである。そこに自分の入る余地などない。リアはモヤモヤとした感情を断ち切り、試合に集中することにした。

 そしてリアがそんな思考に陥っている間、ミレイナとレーヴォルフは二人で話し合っていた。



「ユナとかいう奴は人気だな。相手が可愛そうに思えて来たぞ」


「確かにね。僕も同情するよ。対戦相手のリースレイク・ソニア選手は……確か第一回戦で二丁の銃を使っていたね。魔導銃とかいう魔力を弾丸にする武器だったかな?」


「あ、私も思い出したぞ」


「普通じゃ目で追えない速度で魔力弾を発射する武器が二つだからね。結構反則みたいな武器だよ。僕たちならギリギリ目で追えるし、射線を見て躱せるけど」


「私なら《気纏オーラ》で耐えれそうだな」


「ふむ。その手もあるね。僕たち竜人なら、竜化で防御力を底上げして《気纏オーラ》を使えば、突破力で無理やり近づけそうだ」



 銃弾を回避するなどと言う無茶苦茶な会話が聞こえているが、実際、この二人のレベルになると銃弾すらも回避可能になる。更にクウのレベルになれば銃弾を撃つよりも剣で斬る方が速くなるのだ。自身が音速を越えて動けるので、下手な拳銃よりも速いし強いのである。

 そして、この銃弾すらも回避できる強者のレベルだが、ユナは当然のようにその域へと到達していた。



『トーナメント第二回戦、第四試合を開始します』



 ブザーと同時に強まった歓声が合図となってユナとリースレイクは動く。リースレイクは魔王軍に所属する軍人であり、普段から魔導銃を武器としている。そのためクイックドロウも得意技であり、即座に腰から抜かれた二丁の銃が魔弾を発射した。

 試合開始から一秒と経たずにユナの目の前まで迫った八つの魔弾。

 両手には何も持ってなかった彼女の右手には一本の刀、左手には鞘が握られ、一瞬で魔弾を断ち切る。その動きは間違いなく朱月流抜刀術だった。僅かに変形している部分もあるが、原型は朱月流だとクウには理解できた。



「甘いわね」


「やはりこの程度では無理ですか。流石は化け物と名高いユナ隊長だ」


「ふーん。化け物だなんて失礼ね」


「それはそうでした。ユナ隊長はお綺麗ですからね」


「褒めても手心は加えないわよ?」


「当然ですよ」



 挨拶とも呼べる初撃の応酬を終え、二人は少しだけ言葉を交わす。リースレイクは余裕そうな表情で会話に応じていたが、内心では非常に焦っていた。



(拙い……ユナ隊長に武器を抜かせてしまった……)



 ユナ隊長に武器を使わせたら負ける。

 魔王軍内で誰もが口を揃えて言う言葉だ。

 だからこそリースレイクはユナが武器を抜く前にクイックドロウで勝負を決めるつもりだったのである。先程の八発はかなりの魔力を込めた高威力弾であり、ただ武器を振るっただけでは防げないハズだった。しかし、ユナは一瞬で刀に魔力とオーラを纏わせ、いとも容易く魔弾を断ち切ったのだ。

 これでも早打ちに自信のあるリースレイクは少しばかり気落ちしてしまう。

 だが、リースレイクには落ち込む時間すらなかった。



「次、私が攻めるよ?」


「え? ちょっ―――」



 リースレイクは慌てて魔弾をばら撒くが、残像を残して高速移動するユナを捕らえることは出来ない。殆どは躱され、確実に当たるはずの弾丸も刀で切り裂かれる。ある時は鞘で弾かれ、まるで舞っているかのような武術を見せつけていた。

 これだけ余裕があるのだから、勝負を決めようと思えば一瞬で決められるだろう。

 それでも残像を残すような高速移動で回避を続けるのは、一種のパフォーマンスである。【レム・クリフィト】で全国放送されているため、こういった余興じみた行為も必要なのだ。

 クウも魅せ技として《崩閃シヴァ》を多用しているが、こういった分かりやすい戦闘能力も興奮ものだろう。身体能力と反射神経で銃弾を弾き返すなど、常人には出来ないことなのだから。



「まず一つ」



 適度に回避したところで、ユナは宣言通り攻撃を開始する。《魔障壁》を足場に空中を駆け、抜刀術で刀に纏わせた魔力とオーラを斬撃として飛ばした。三日月状になって飛翔する斬撃は正確にリースレイクを捕えていたが、彼も軍に所属する人物だ。これぐらいは回避できる。

 回避しつつ銃弾を飛ばすという器用な真似をやってのけた。



「反撃もしてくるんだ。じゃあ二つ目はもっと速く」



 次の居合は初めの二倍速だった。

 飛翔する斬撃も同様に二倍速であり、急激に速度が変わったことで驚いたリースレイクは避けきれない。軍服の端が僅かに切れ、肌まで薄く斬撃の跡が走る。それはすぐに精神ダメージへと変換され、リースレイクは極小の怠さを覚えた。



(この程度の傷で……)



 軍に所属している以上、ユナの強さは理解しているし、勝てないことも分かりきっている。僅かな勝率すらないほどに実力差があるのだ。今はユナが手加減しているから戦闘についていけているが、彼女が本気で殺しに移行すれば、リースレイクは数秒と持たない。

 だが、それは諦める理由にはならないのだ。

 【アドラー】と戦うにあたって、四天王や魔王オメガは絶対に勝てない絶望的な相手だと教えられる。これは軍の教導書にも記されていることで、会えば死を覚悟しなくてはならないと口酸っぱく教えられるのだ。出会ってしまえば確実に逃げなければならないと書いてあるほどである。

 しかし、諦めて良いとは一言も書かれていない。

 絶対にあきらめず、逃げ切って生き延びることが推奨されているのである。戦って負けると分かっている相手に立ち向かえという無茶振りはないが、せめてもの逃亡で諦めることは許されない。

 これが【レム・クリフィト】の魔王軍における絶対のルールである。

 そして今は死ぬことのない闘技大会中だ。

 決死の覚悟で挑み、最後まで戦い抜く矜持を見せなくては魔王軍に籍を置く者の名折れ。リースレイクはそう思っていた。

 ……が、現実はそう甘くない。



「いくよ? 私の斬撃はだんだん速くなるから気を付けてね?」



 縦横無尽に闘技場内を移動して斬撃を放つユナ。魔弾など置き去りにして移動するユナに対しては偏差射撃すらも意味を成さず、リースレイクは攻撃に晒されることになる。

 三、四、五、六……と斬撃の数が増えるに従って速度は増し、二十を超えた頃には亜音速の域に辿り着いていた。勘と予測で回避していたリースレイクも流石に限界となり、二十三発目の斬撃を浴びて大ダメージを負う。そして態勢を崩されたことで更に数発の斬撃が直撃する。

 限界値を越え、リースレイクは強制転移で闘技場から消え去った。



『勝者、部隊長ユナ・アカツキ選手です』



 歓声で終了のブザーは掻き消され、ユナは観客に応えるように手を振る。そして、ユナの凄まじい戦闘能力を終始観察していたクウは退場していくユナを見つめつつ呟いた。



「あれ、全力じゃないな……」




 その呟きは観戦室に居た他の三人にも聞こえていなかった。






EPはまだ299ですが、プロローグを含めると三百話になりました。

忙しいと言いつつもここまでよく書けたものです。

それもこれも、読んでくださる読者様のお陰ですね。感想などもちょくちょく頂き、原動力や反省点などになっています。

あと200話ぐらいで本編完結させるつもりなので、これからも気長に見守ってやってください。



……200話で終わるかなぁ。終わると良いなぁ。



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