EP29 伯爵家と護衛依頼①
気まぐれでフィリアリア・ラトゥ・ラグエーテル伯爵令嬢の依頼を受けることにしたクウは待ち合わせ場所の冒険者ギルドに来るなり呆れかえっていた。
「おい……フィリアリア。待ち合わせは9時だと言っただろ。何故お前は30分前に来た俺より先にここで待っているんだ?」
「よいではありませんか」
「貴様、依頼を受けた身でありながらお嬢様を待たせるとはいい度胸だ」
「30分も前に来るのが悪いだろ。俺も一応待たせるのは拙いと思って早めに来たんだぞ?」
朝から機嫌が良さそうなフィリアリアとは対照的に女騎士のステラは不満そうにクウへと当たっている。背後に控えるメイドのアンジェリカとレティスは侍女らしく無表情だ。
深くため息をついたクウは兎に角今日の予定や戦闘時などの迷宮内での打ち合わせをするために話を切り出すことにする。
「取りあえず今日は22階層~25階層まで行くぞ。迷宮に入ったら俺が幻覚を無効化するから、その後に転移クリスタルの小部屋を出て22階層に降りる。知っての通り、幻覚効果の切れた虚空迷宮は真っすぐ進むだけで次の階層にたどり着く。戦闘や罠発見は基本的に俺が全て対処するが撃ち漏らしがあったら何とかしてくれ。それと今回は素材の回収は無視だ。質問はあるか?」
「何故素材回収をしないのですか?」
「面倒だから。以上」
「そ、そうですか」
「まぁ、フィリアリアを30階層にさえ連れていけば報酬が貰えるから余計なことをする必要はないしな」
報酬は大金貨5枚分だ。
1日遅れるごとに大銀貨1枚ずつ減っていくので安全に期限以内で依頼を終了させてしまう方が結果的には得になるだろうというクウの考えがそこにはあった。魔物をクウだけで処理するのはレベルアップを図るためである。
「他には質問ある?」
「いえ、結構です」
「私も構わない」
「私たちもありません」
「はい」
上から順にフィリアリア、ステラ、アンジェリカ、レティスである。
そして話し合いの結果、クウを前衛、フィリアリアとステラを中衛、メイド2人を後衛とすることに決めた。魔物のほとんどはクウが殲滅し、背後からの奇襲等はメイドたちが警戒することになる。フィリアリアは今回は守られる立場なので戦闘には参加しない。
「じゃ、行くぞ。今日は22階層からだ」
「「「「はい(わかった)」」」」
~22階層~
いつも通りの混雑した転移クリスタルの順番待ちを潜り抜け、22階層に転移する5人。20階層を越えた冒険者の数は少ないので、転移後の小部屋にいるのもクウ、フィリアリア、ステラ、アンジェリカ、レティスだけだった。
「先に迷宮効果を打ち消しておく。こっちを見てくれ」
クウの言葉に従って4人はクウの顔を見る。
(幻覚の上塗りをしろ! 《虚の瞳》!)
《看破Lv7》で4人のステータスをチェックし、幻覚にかかっていることを確認する。ステータスのレベル欄の隣には「幻覚」と表示されていたので問題ないだろう。今はクウの幻覚で正常な景色を見せている状態なので虚空迷宮の特殊効果は効かない。
「よし、出来た。隊列は覚えてるな? 早速行くぞ」
クウは黒コートを翻して22階層へと下っていく。4人も顔を見合わせて頷き、クウに続いた。
「気を付けろ。5mほど先に麻痺付与魔法陣トラップがある。魔法陣は通路の右寄りに設置されているから左によっていれば回避できるはずだ」
「相変わらず罠の判別がお早いのですね。私も罠があるのは分かりますが種類は近寄って調べてみないと分からないんですよ」
クウの罠判別能力に驚くレティス。いつもは彼女がトラップの発見と解除を担当しているのだが、今日は解除だけを行っている。避けられる罠は今のように避けているが、どうしても避けられないものもたまにあるのでそれだけを解除している。
「クウ様は普段、避けられないように設置されたトラップはどうなさっているのですか?」
「全部避けてるよ」
「え?」
「トラップの発動トリガーを見極めて、それに触れないようにすればいいだけだ。例えば地面全体にトリガーが設置されているならば、飛び越えるとか壁を蹴って回避するとかしてるな」
「無茶苦茶な対処法ですね。普通のパーティでは考えられません」
「俺はソロだからな」
「そうでしたね」
一口に罠と言っても様々なタイプの発動条件がある。スイッチを踏むと反応するタイプと、範囲に入ると反応するタイプの2つに大きく分けられるが、範囲タイプになると地面だけでなく空中にまで範囲が及んでいることもある。中には部屋全体がトラップの発動範囲になっていることもあるので注意が必要なのだ。モンスターハウスがいい例である。
「魔物もクウさんが瞬殺していますね」
「私ですら剣を抜いた瞬間が見えないとはな……」
「ピカッと光った瞬間にオークが穴だらけになりましたね。クウ様の魔法は不思議です」
「トラップを見つける速度も異常ですね」
フィリアリア、ステラ、アンジェリカ、レティスは共にクウの迷宮攻略を見てため息が出るばかりだ。剣技から魔法から罠の対処までが一流の域を超えて達人級に達している。改めて自分たちとの差を実感した4人はクウが導くままに22階層を難なく突破した。
~23階層~
「キシャァァァァ!!」
クウの先にある十字路から1体のリザードマンが飛び出してきた。当然5人を目視し、右手に持った大剣を振りかざして迫ってくる。いつも通り、クウが飛び出して抜刀の『閃』で首を切り落とすと思われた。
「疾っ!!」
「シャァッ!?」
ところがクウはリザードマンが大剣を持つ右手を肩口から切り落とし、鞘の打撃攻撃である『撃』をリザードマンの鼻先に当て、怯んだところを回し蹴りで前方に吹き飛ばした。クウの回し蹴りは丁度リザードマンの鳩尾付近に直撃し、身体をくの字にして十字路の先まで転がる。
いつもならこのような回りくどいことをせずに一撃で魔物を仕留めるクウに対して後ろに控える4人は疑問を覚えたが、その疑問は次の瞬間には答えが示された。
「シャッ!? シャアァァァ-------」
「えっ?」
「消えただとっ!?」
右肩からドクドクと血を流すリザードマンは突然地面に現れた青白い魔法陣に飲まれて忽然と姿を消してしまった。僅かに光の残滓が残っているだけで、魔物の姿など影も形もない。茫然としているフィリアリアたち4人にクウは得意そうな顔で説明を始めた。
「アレが転移トラップだ。今頃あのリザードマンはこの階層のどこかに飛ばされているだろうな」
「わざわざそれを見せてくださったのですか?」
「いや、あの転移トラップは回避できない位置にあったから丁度でてきたリザードマンに引っかかってもらった。あれであそこの転移トラップは消えたから安全だぞ?」
「トラップをわざと発動させて解除する方法ですね。普通は小石などを投げ込みますが……」
魔法陣系のトラップは罠解除の知識よりも魔法陣魔法の知識がなければ解除が難しい。そこで取られるのが魔物の死体や小石を投げ込んでわざと発動させる方法だ。故にレティスは、リザードマンを仕留める前に魔法陣へと誘導したことに疑問を浮かべる。
「ああ、それな。転移トラップだけは生き物にしか反応しないみたいなんだよな。だから魔物の死体とか石を投げ込んだだけでは解除できないんだ。いつもは魔物がいなかったら飛び越えているんだが、今日は護衛の仕事があるからな。丁度リザードマンが来て良かったよ」
なんともない風に説明するクウだが、レティスはすっかり呆れかえっていた。パッと見ただけで転移トラップ魔法陣が隠れていることを見抜き、その対処法も完璧。1か月で50階層を突破できると言っていた昨日のクウの言葉にも信憑性が出てきたと感じているほどに。
この後に出てきたオーク5体のパーティやゴブリン数体も難なく瞬殺し、23階層を突破した。
~24階層~
24階層に入ってからはリザードマンやオークなどのDランク以上の魔物がでなくなり、その代わりに大量のゴブリンが次々と現れだした。
「ステラ……」
「はい、お嬢様、さすがにクウ殿だけでは対処できないのではないでしょうか? 念のためお嬢様も魔法の準備をお願いしま……」
「『闇の瘴気
吹き抜ける病魔
弱者は尽く感染する
その身よ、朽ち果てろ
《不死感染病風》』!
もう一つ!
『浄化の光
迷いし死者を天に還さん
聖なる力をここに
《不死者浄化》』!」
アァァァァァァアアアア……
グルアアァァァァァァァァアアアアア……
クウの手の先から黒い風が起きたかと思うと奥まで埋め尽くしているゴブリンが急に苦しみだして次々とアンデッド化しだした。黒い風は吹き荒れた後には醜い姿をさらに醜くさせたアンデッド・ゴブリンだけが残っている。
そしてすぐさま白き聖なる光が周囲を淡く包み込み、変貌したアンデッド・ゴブリンを浄化して文字通り消滅させていく。
感染パニック系ゾンビ映画をイメージして作った圧倒的格下を問答無用でゾンビに変える闇魔法。「汚染」と「滅び」の特性を瘴気としてばら撒く危険な魔法だ。間違っても人がいる場所では使ってはいけない準禁術クラスの魔法を作ってしまっていた。
浄化の光魔法は一般的にあるものを利用しただけなので問題はない。
「「「「…………」」」」
わざとアンデッド化させて浄化で消し飛ばすという常識外れの戦い方に4人はもはや言葉すら失って茫然とその光景を眺めていた。
「さて、終わったな……お前らなにボーっとしてるんだ? 早く行くぞ」
「いや! 待て貴様! なんだ今の魔法は!」
「何って……アンデッド化させて浄化しただけだぞ? ああ、アンデッド化の闇魔法は種族格もステータスも圧倒的な格下にしか効かないからな? 人に影響がないとは言わないが」
「そういう問題ではない! 何をとち狂って禁術クラスの魔法を使っているのだ!?」
「え? あんなのが禁術なのか? たった今即興で作っただけなんだが?」
「そ、即興で作っただとぉ~!?」
何か不味いことでもしたのか? と首を傾げるクウだが、フィリアリアを始め、ステラやメイドたちからすれば化け物に他ならないほどのことだった。一般的に、新魔法を作るにはそれ相応の知識と努力とセンスが要求されるので、クウのような天才染みた行為はありえないのだ。
余談ではあるが、クウが異界の知識を持ち、天才的で圧倒的センスを持っているだけでなく《虚神の加護》によって光魔法と闇魔法に補正が付いていることも関係している。
「なんという規格外なのでしょうか……」
「あ、ありえん……」
「これは王宮魔導士でも匹敵できるのでしょうか?」
「クウ様は少し常識が抜けておられるのでは……?」
「酷い言いようだなっ!」
この後も難なく24階層も突破したのだった。
~25階層~
「今日はここの階層で最後だ。気を抜くなよ」
25階層は先ほどと変わって初めてオーガが出現した。ゴブリンの進化種と考えられており、2~3体の集団で行動するだけでなく、膂力も大幅に増大したCランクモンスターである。しかしゴブリンに比べて大振りな攻撃が多いのでよく見れば攻撃に当たることはない。
真っすぐに先へと進むクウたちの前方からオーガたちが迫ってきた。身長も190㎝~220㎝はあるので、その迫力も桁違いなものになっている。
「クウさん、前方からオーガが来ていますよ?」
「ほっとけ、自滅するから」
クウの言葉通り、迷宮トラップの落とし穴に墜ちてオーガの姿は消えてしまった。
「さっきからトラップにかかる魔物が多くないですか?」
「そうだな。アホで助かるが」
「迷宮のトラップは魔物にとっても害ですからね」
「だが相変わらず遠目でトラップの存在を見抜く貴様のスキルは一体どうなっているのだ?」
「そいつは秘密だな」
その日は無事に25階層までたどり着き、転移クリスタルでエントランスへと脱出した。





