EP298 闘技大会本選二日目②
メリッサが周囲に浮かべていたプラズマ弾は《竜の壊放》によって消し飛ばされる。自分の周囲に幾つも浮かべることで攻撃と防御を一手に成立させるメリッサの得意技だったのだが、破壊の波動を放つミレイナに対しては相性が最悪だった。
そもそも、【固有能力】は【通常能力】とは一線を画すスキルである。こうなるのは当然だった。
穿った言い方をすれば一種のズルである。
ただ、そうは言っても才能とて能力の一部分だ。【固有能力】は神に才能を認められたものが加護を受けることで開花するもの。本当に不正をしているわけではない。
「反則でしょ……」
メリッサからすれば、そんな言葉が漏れても仕方がない試合だったが。
魔力が切れた彼女は二つまで所持できる武器を取り出して直接攻撃を仕掛けたものの、近接戦闘がメインのミレイナに敵うはずがなく敗退。
ミレイナが《竜の壊放》を使用してから二十分近く戦い続けていたので、奮闘した方だろう。勝利を飾ったミレイナだけでなく、精神ダメージ負荷で気絶し、治療室へと自動転送されたメリッサにも惜しみない拍手が送られたのだった。
『勝者、選手番号五六三番ミレイナ・ハーヴェ選手です』
試合終了を告げ知られるブザーが会場に響き渡り、ミレイナは退場していく。第二試合を控えているクウ改めソラは、入場通路でミレイナが通るのを待っていた。入場と退場は同じ通路を使用されるのだ。
選手は二方向から対面して入場するようになっているのだが、偶然にもミレイナの退場口とソラの入場口が同じだったのである。
勿論、ソラはフードを被っており、顔を隠している。しかし、ミレイナにはそれがクウだとすぐに分かった。
「勝ったぞ」
「ああ、見てた。まぁ、アレを使ったら当然だな」
「クウこそ負けるんじゃないぞ」
「当たり前だ。あと、ソラと呼べ」
「あ……」
偽名は選手として登録する上で反則ではないので、ルール自体に問題はない。だが、今どうなっているか分からないユナ・アカツキの様子を見るためにも、クウとして会わない方が良いと判断しただけのことだ。
しかし、案内人の闘技大会スタッフが聞いている状況で安易に本名を明かすあたり、ミレイナはマヌケだった。
スタッフも苦笑だけして特にツッコまないあたり、そういうことも心得ているということだろう。
「まぁ……いいか。じゃあな。先に観戦室に行っておいてくれ」
「う、うむ。すまん」
少し気まずくなった空気を振り切って、ミレイナはリアとレーヴォルフがいる観戦室に向かって行く。それと同時に、闘技大会スタッフはソラに入場を促した。
「ソラ選手。そろそろ入場です。アナウンスが聞こえたらお願いしますね」
「分かった」
闘技場は頑丈であるため、試合後も特に整備は必要ない。魔法迷宮の屋上を改造した建造物ということもあるので、当然と言えば当然だが。
そして試合と試合の間に開けられている時間は十五分ほど。ソラの入場はすぐだった。
『お待たせしました。第二試合、選手番号五六四番ソラ選手と選手番号三二〇番バリウッド・ライラ選手の試合になります。選手は入場してください』
『わあああああああああああああっ!』
大迫力だった第一試合の余韻に浸っていた観客たちは、再び沸き上がって選手の入場を待ち望む。呼ばれたソラはフードを深く被り直し、腰に差した長剣を確かめた後、入場口に向かって足を進める。
少し薄暗い入場用通路から出たソラは既に目を閉じており、眩しさに目を眩ませることもない。しかし、対面から出て来た対戦相手バリウッド・ライラは違うようだった。
「ちっ……」
歓声に紛れて舌打ちをする。
かなり眩しかったらしく、左手で軽く目を覆っていた。
そして対する右手には巨大な剣。いや、剣というよりも、剣の形をした鈍器と言った方が正しい。長さは二メートルを超え、幅も三十センチ、厚さ五センチほどもある刃のない刀身であり、かなり頑丈な鋼鉄系素材で作られていると分かる。重さで言えば二百五十キロもあるのだが、バリウッドはそれを右手だけで支えつつ担いでいた。
バリウッドは緑髪を短く刈りあげた巨漢の魔人であり、要所を守るプロテクター以外に防具を纏いっていないため、筋肉が浮き出るようにして見えていた。対するソラは全身を隠した小柄の少年という風貌であるため、二人の対峙はまさに対極的という言葉が相応しい。
だが、二人は何事もなく既定のライン上まで歩き、向かい合って試合開始を待った。
ソラはガラの悪そうなバリウッドに何か言われるのではないかと考えたが、彼は意外にも強い視線を投げつけるだけに留める。見た目はアレだが、中身はちゃんと選手としての自覚があるということだろう。
『両者、定位置についてください』
既に二人とも規定位置で止まっているため、このアナウンスは一応程度のものだろう。そこから動くな、という意味も込められていたのだが。
そして二人が初期位置にいるのを確認し試合は開始される。
『トーナメント第二回戦、第二試合を開始します』
先手必勝一撃必殺。
そんな言葉を体現したかのような攻撃がソラのいた位置を破壊した。まだ試合開始のブザーも鳴りやまない内に轟音が鳴り、闘技場が僅かに揺れる。バリウッドが大剣にも似た鈍器を叩き付けたのだ。
見た目に反する恐ろしい速さだが、ソラに避けられないはずがない。
既に後ろに飛び下がっており、右手には鞘から抜いた長剣があった。
「いきなりだな」
「ふん」
バリウッドは無駄な口を叩かず、ただ単純に大剣を振るう。元から高いステータスを《身体強化》で補正した上、スキル《剛力》も発動させているのだ。《剛力》は魔力を消費することで攻撃に破砕効果を加えることが出来るスキルであり、ソラが攻撃を回避したのはこれが理由である。
空気すら吹き飛ばす大剣の攻撃がソラに襲い掛かり、フードを被り目を閉じて視界を封じているソラは逃げることしかしない。
戦いは一方的な展開に見えた。
「はぁっ!」
気合の掛け声と共に大剣の形をした鈍器が振り下ろされ、闘技場内で再び轟音が鳴り響く。破砕効果で闘技場の地面が破壊されないのは、一重に魔法迷宮が頑丈だからだろう。しかし、生身でこの攻撃を受ければ一撃で致命傷なのは確実だ。
バリウッド・ライラは本選第一回戦もこの大剣の一撃で試合を決めているため、この第二回戦でも同様の結果になるのではないかという思いが観客の間にはあった。銀色の破壊光線を放つソラも予選では印象的だったが、戦況を見れば押される一方。
闘いを理解していない一般人からすればそう思っても仕方ないのかもしれない。
しかし、実際に戦っている二人の内、焦っているのはバリウッドの方だった。
(攻撃が当たらんな)
頑張れば当たる、運が良ければ当たる、などと言うレベルではない。全く攻撃が当たる状況をイメージできないのである。戦士としての目線で見れば、ソラは余裕を持って回避している。見た目の割に高速戦闘を得意とするバリウッドからすれば、これは驚愕すべきことだった。
スキル《身体強化》と《剛力》で重い大剣を操り、スキル《神速》によって意表を突きつつ一瞬で勝負を決めるのがバリウッドのやり方だ。昨日の第一回戦で多少の戦術はバレているだろうが、見た目でパワータイプと侮り、開始早々の一撃で勝負がつくことも珍しくなかった。
その速度に自信のあるバリウッドの攻撃が、こうも容易く避けられているのは彼にとって驚くことだったのである。それと同時に、焦りを強く感じていた。
(このままでは先に体力が尽きるか)
瞬発力を優先した結果、バリウッドの持久力はそれほど高くない。瞬間的な出力で勝負を決めて来たということもあり、こうして余裕を持ちながら避け続けるソラのような相手は初めてだったのだ。それにソラは大剣から生じる風圧を喰らっても重心がぶれることなく、安定した体裁きを見せ続けている。
明らかに達人の技だった。
残像すら残す速度で豪快に大剣(鈍器)を振り回すバリウッドは見ごたえのある選手だろう。そしてそれを苦も無く避け続けるソラは玄人好みの華麗な戦いを見せていた。
まだ一度も剣を交えていないにもかかわらず盛り上がる会場。
ただ、ソラ以外知らぬことだが、まだ剣を打ち合わないことには理由があった。
(そろそろ練習も終わりかな? 先読みも慣れて来たし)
ソラは使用霊力を制限し、身体能力を低く設定することで《真理の瞳》による情報次元解析の練習をしていたのだった。敢えて能力を落とすということは、回避のために先読みが求められる。ソラは情報次元を読み取り、その数値偏移などからバリウッドの動きを予測演算していたのだ。
余裕で回避できていたのはこれが理由である。
バリウッドの横なぎをバックステップで躱したソラは、その勢いを反転させるように一気に前へと踏み込んだ。受けに回るのは今の一撃で終わりである。
「ふっ!」
「何だと!?」
短く息を吐きつつ斜めに斬り上げたソラに驚きつつ、バリウッドは小さく回避した。流石に大剣を戻す暇が無かったのである。すぐに反撃しようとしたが、大きく踏み込んで間合いを縮めたため、巨大すぎる剣を扱いきることが出来ない。
あの激しい猛攻のために、恐怖から踏み込むことを躊躇ってしまうが、バリウッドを攻略するために最も有効なのは踏み込むということ。円運動の物理法則から、剣先に近いほど威力が高いというのは証明されている。だからこそ、内側に踏み込めば剣の威力は激減するのだ。
この試合初めての反撃。
それを許した瞬間から形成は逆転した。
「ふーん。やっぱ速い」
「ちぃっ! ちょこまかと!」
「っと……」
バリウッドが回転するように振るった大剣をソラは最小限のジャンプで回避する。体をひねりつつ迫る大剣に合わせてギリギリで避けたのだ。要領としては走高跳と同じで、必要なのは反応速度とタイミング。目を閉じているソラは情報次元を見ることで最適な回避を実現したのである。
回転切りによって振り切られた大剣は慣性力を失うことなくバリウッドの体を引っ張る。つまり、最小限の回避をすることで次へとつなげたソラの攻撃を避けきれないということだ。
「ハイ終わ――」
「――るかよボケがあぁっ!」
そう叫ぶが、現実は甘くない。
ソラはバリウッドを逃さないように剣を足の甲へと突き立て、左手の人差し指を鳩尾の辺りに向ける。そして指先に魔素と気を膨大に集めて圧縮し、放射した。
「残念。《崩閃》」
破壊の銀閃が闘技場で輝き、バリウッドを飲み込んだ。魔素と気によって防御力すら貫通し、まともに喰らったバリウッドの体はズタズタに引き裂かれる。即座に精神ダメージへと変換されなければ死んでいたほどだった。
つまり、死亡と判断され、気絶して治療室へと強制転移させられたのである。
眩い光が消えた後に残っていたのは黒いロングコートを羽織ったソラ。フードで顔は見えないが、《崩閃》の余波で発生した爆風でバタバタと変形している。これだけの風を受けてフードが外れないのは、この服がソラの能力で顕現させられているものだからだろう。
『勝者、選手番号五六四番ソラ選手です』
終了のブザーが会場で木霊し、会場は沸き上がる。
派手な立ち回りと大技でのフィニッシュがあり、観客としても見ごたえのある試合だったのだろう。ソラは歓声に包まれながら退場していったのだった。
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