EP296 闘技大会本選初日
闘技大会会場の外で昼食を終えたクウたち四人は、観戦用の部屋へと入っていた。前面に取り付けられている強化樹脂を通して闘技場の様子を見ることが出来る高級な部屋であり、家族で入っても余裕があるほど広い。飲み物などのサービスも充実している贅沢なチケットだった。
ただ、クウたちも望んでこのチケットを取得した訳ではない。闘技大会は基本的に人気があるので、一か月前には一般観戦チケットも完売している。高額なルーム観戦チケットなら残っていたので、高いお金を払ってそちらを買うことになったのだった。
なお、海賊討伐、魔剣ヴァジュラ奪還、魔物アーク素材売却で大金を稼いでいるので、お金に関しては全く問題ない。
「そろそろ始まりそうだな」
「初戦はミレイナの対戦相手を決める試合だね」
「まぁ、それより先に開会式があるけどな」
クウはジュースに口を付けながら呟く。それに反応したのはレーヴォルフで、年甲斐もなく目を輝かせていた。
だが、まずは開会式が先に行われる。
それなりの規模のセレモニーだという噂だった。
「あ、音楽隊が出てきましたね」
リアの言った通り、闘技場の中央まで音楽隊が行進しながら曲を奏で、テンポよく会場を盛り上げていくのが見えた。統一された紺と赤の衣装が映えており、周囲は魔法による鮮やかな演出もされている。
魔法とは攻撃に使うのが一般的だが、こうした芸術的転用も【レム・クリフィト】では盛んだった。マジック・エフェクト・デザイナーと呼ばれる職人が演出を手掛けているのである。
炎属性、雷属性、光属性を利用した花火のようなアートに加え、水属性によるプリズムを利用した虹の演出など、まるで三次元でプロジェクションマッピングをしているようである。その光景に合わせて音楽も曲調を変え、見る者を楽しませていた。
そして最後には会場の空に大きな魔法花火を打ち上げ、空気中に氷の微粒子を散布することで光の乱反射による幻想的な締め括りを見せつける。
国が企画している大会だけあって、開会式から興奮を呼び寄せる時間となった。
会場内は一気に沸き上がり、熱気が上昇する。
そしてそれが最高潮となった時、闘技場内部が漆黒に包まれた。
それによって観客たちは静まり返り、閑散とした空気が流れる。だが、次の瞬間、闘技場の中央部上空だけが光に照らされ、そこ一人の女性が出現したのだった。
波打つ黄金の髪が漆黒のドレスによって強調され、陶磁のように白い肌がより美しく映える。少しだけ長い耳と黒い眼球から判断できるのは魔人という種族。だが、纏っている空気はその辺の魔人とは比べ物にならないほどだった。
そんな美しい女性が真っ暗になった闘技場で一人空中に立っているなど、異常な景色に見えるだろう。だが、観客たちは誰一人として騒ぐことなく、黄金を思わせる女性に目を奪われていた。
何故なら、その女性こそが【レム・クリフィト】の魔王を務めるアリア・セイレムだったからである。
『私は魔王アリア。今の演出には驚いてくれたかな?』
まるで頭の中に響くような声がする。
会場内にいる人々は、この術によってすぐ側で話されているような臨場感を覚えた。隣に座る人すらも認識できない闇が不思議な浮遊感を感じさせ、テレビのような画面越しでは絶対に味わえない充足に満たされていく。
闇も、響く声も全てはアリアの能力によって発動されている効果であり、昼を夜に変えるほどの出力や、会場内の観客全員に念話を届かせる精密さにはクウすら驚かされるばかりだった。
(やはり超越者。あれが魔王アリアか……)
折角の演出なのだ。クウも《真理の瞳》で能力を解析したりはしない。戦闘時はともかく、演出に関してはトリックを知ってしまうと、面白さも半減してしまうからだ。
ここは一人の観客として、演出を見ることにする。
『さて、今年は国境に【アドラー】の奴らが攻めてくるという事態も起こったが、こうして大会を開催できることをうれしく思う。残念ながら国境での緊張が取れず、魔王軍の隊長たちは出場できない。だが、今年は特別に魔王軍第一部隊の隊長として有名なユナ・アカツキに本選トーナメント参加してもらうことになった。例年はエキシビションマッチ一戦しか見れないユナの戦いも、今年は多く目に出来るかもしれないな』
ゴクリと皆が生唾を飲んだ。
忘れかけていたが、国境では戦争状態にあるのもニュースで知っていることである。こうして毎年のように大会が開かれたのは奇跡のようなものだ。
実際、クウがオリヴィアに重大なダメージを与えたことで引かざる得なかったというのが事実であり、偶然による結果であることは間違いない。クウも自覚無しに闘技大会開催のために協力していたということだった。
『まぁ、私が長々と話すことが大会の本質ではないからな。挨拶はこのぐらいにしてメインイベントに入ることにしよう。選手諸君も健闘を祈っているぞ』
簡素で短い挨拶を終えたアリアは転移で消え去り、それと同時に会場は闇から解放される。ホワイトアウトによって視界が真っ白に変わるが、すぐに目は慣れた。いつの間にか闘技場内にいた音楽隊も消えており、選手が入場する時を待ちわびているように見えた。
誰もが緊張した面持ちで闘技場を見守り、初日第一試合の入場が始まる。
『第一試合、選手番号十九番ロウリー・パルサリア選手と選手番号二六二番メリッサ・トルメイン選手の試合になります。選手は入場してください』
会場内で放送の声が響き渡り、闘技場の両極端から一人ずつ選手が入ってくる。
漆黒のローブで姿を隠した怪しい選手がロウリー・パルサリアであり、軍服を纏った女性がメリッサ・トルメインである。ナイフによる近接戦闘を得意とするロウリーに対し、メリッサは魔法を連射することで遠距離から仕留めるスタイル。両極端の二人の勝敗は、間合いの取り方で決まってくるだろう。
クウたちもそんな感想を述べながら試合前の考察をしていたのだった。
「これで勝った方がミレイナと戦う訳だからな。ミレイナもちゃんと見ておけよ?」
「ふん。私は問題ないぞ! 戦略的なことも覚えるのだったな?」
「そうそう。一戦場における戦術的な話だけじゃなく、もっと大きな視野を持つべきだからな。あと、相手の立ち回りとかも観察して自分と比較してみろ。特に魔法を相手にロウリーって奴がどう立ち回るかをな」
「分かった」
正直、ミレイナが《竜の壊放》を使えば魔法など消し飛ぶのだ。しかし、そればかりに頼るのは愚の骨頂であり、何もなしに遠距離攻撃相手に戦える方法を身に着けるのは悪くない話である。
ミレイナは力押しで勝てる地力があるので必要ないようにも思えるが、これからはいつでも格下ばかりが相手になる訳ではない。小さなところから手札を増やすのは最低限必要な事だった。
(リアもいずれは天使化するはずだけど……どうするか。それにリアの加護隠蔽は解除していないし、適当に開放しておくべきだな)
リアは《運神の加護》を保有しているが、神の力で隠蔽されているので見ることが出来ない。高位能力なら見ることが出来る程度の軽い隠蔽とは言え、それによって【固有能力】も本来の力を失っているのだ。そろそろ時期を見て解放しておくべき事案である。
ただ、それは後にするとして、クウも今は闘技大会の試合を楽しむことにしたのだった。
『両者、定位置についてください』
アナウンスの指示従って選手であるロウリーとメリッサは闘技場に引かれた初期位置のライン上に足を乗せる。二人の距離は凡そ十メートルであり、どちらが有利とは一概に判断できない距離だ。
ステータス値がそれなりにあれば、十メートルなどすぐに詰められる距離だし、魔法発動が早ければ距離を詰められる前に撃退できる。ただ、身軽なロウリーは魔法を上手く躱せる技量を持っているだろうし、メリッサの魔法連射能力は回避を許さない程の弾幕を可能とする。
結局、初手でどれだけ間合いを詰められるか、離すことが出来るかで勝負が決まると思われた。
『トーナメント第一回戦、第一試合を開始します』
ブザーが鳴り響き、試合が始まった。
そしてそれと同時に二人は動き始め、会場の熱気は急上昇する。それぞれの選手を応援する声が飛び交いながらも、観客たちはマナーを守って観戦していた。まだまだ文化レベルが低い人族領では、こうはいかないことだろう。
「速攻で決めさせてもらうわ」
連射魔法を得意とするメリッサは、炎属性と雷属性を同時に操り、激しい弾幕を作り上げていた。《炎魔法》と《雷魔法》のスキル並列使用であり、難易度としてはかなり高い。単一属性を連射して扱うことに比べ、五倍から十倍の難易度であることを考えれば、メリッサの技量がとても高いと分かる。
避けきれない程の弾幕であったが、ロウリーは身体に風を纏って突っ切ってきた。不可燃気体をメインとして纏いつつ、常に流動させることで雷を受け流す高度な風属性魔法である。ロウリーは高出力の魔法を苦手とする代わりに、細やかな操作を得意としていたのだった。
それを見たメリッサはすぐに魔法を切り替える。
彼女が次に繰り出したのは闇属性魔法だった。
「むっ!」
「あら、惜しいわね」
メリッサの影が流動し、捕獲しようとして蠢いた。それを察したロウリーはすぐに空中へと逃れ、風の力を利用して大きく飛び去ったのである。影で相手を縛る闇属性魔法は魔族の中でもポピュラーなため、すぐに対処できたのだった。
しかし、こうして距離をとってしまったのは悪手である。メリッサは闇と雷の連射弾でロウリーを攻撃し始めた。
だが、それはメリッサの視点での話。会場の観客たちは、突然メリッサが何もないところを攻撃しているように見えていた。理由は簡単で、ロウリーが闇属性の幻術を使用していたのである。光属性による魔力値が関係した魔力系幻術とは異なり、闇属性の幻術は精神値が関係している精神系幻術だ。効果は対象とした人物だけであり、傍から見れば的外れなことをしているようにしか見えない。
その結果がこれだった。
「これで終わり」
ロウリーは気配を消してメリッサの背後に回り込む。両手のナイフで首を攻撃すれば、一瞬で相手を戦闘不能に追い込めると確信していたのだった。
闘技場では錬金術師リグレットの開発した魔法道具のお陰で、致死ダメージすら精神ダメージに変換することを可能としている。遠慮なく急所を攻撃できるということだった。
ナイフはメリッサの背後から迫り、動脈を切り裂かんとする。
だが、次の瞬間、ロウリーは謎の衝撃で吹き飛ばされてしまった。
「ごはっ!」
大きく吹き飛んで転がるロウリー。腹部の痛みは精神ダメージに変換されて重たい不快感に襲われる。顔を上げると、ロウリーの視界にはこちらを見つめるメリッサの姿が目に入った。
「幻術に気付いていたのか……?」
「違うわよ。あなたが背後から奇襲を仕掛けるのは知っていたから、自動で迎撃する風魔法を仕込んでいただけの話。私としては保険のつもりだったんだけどね」
「ちっ。嵌められたってことか」
「そういうことよ!」
メリッサはこの日最大出力で魔法を発射し、ロウリーがいる位置を魔法で飲み込む。炎と雷と闇が弾け飛び、大爆発を引き起こしたのだった。防御力を犠牲に機動性を確保しているロウリーは耐え切れず、致死ダメージと判断されて気絶する。
そして闘技場の効果で自動転移が発動し、メリッサだけが残ったのだった。
『勝者、選手番号二六二番メリッサ・トルメイン選手です』
ブザーと共に勝利者宣言、そして沸き上がる歓声。
一つの試合としては短い方だったが、圧倒的な臨場感と激しさが観客たちを興奮させていた。メリッサは手を振りつつ、闘技場をを後にするのだった。
このような調子で、初日の大会は終了し、四人の選手が第二回戦へと勝ち上がることになる。
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