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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
295/566

EP294 闘技大会本選前


 無事に【クリフィト】まで帰還したクウは、姿を幻術で隠したままホテルの部屋へと移動した。扉の前に立つと、中には三人分の見知った気配を感じる。どうやらリアとミレイナも男部屋に集合しているらしい。

 念のためクウが発動しておいた幻術により、中には偽物のクウもいる。見た目と気配は完全にコピーされているため、一般人が見れば本物と差を感じられない。『世界の意思プログラム』が存在を認めているため、情報次元から解析しても偽物だとバレることはまずないだろう。



(部屋の中は監視されていないみたいだな……なら、普通に入って行っても大丈夫か)



 クウが心配していたのは部屋を監視されていた場合である。中のクウは幻術による絶対にバレない偽物だが、監視している中で本物と偽物が同時に揃えば流石に気づかれる。

 仮に監視されていた場合、適当な理由で幻術のクウを監視外の場所に移動させ、そこで入れ替わる必要があったことだろう。

 しかし、実際は情報次元を見ても監視の跡は見えない。

 この情報次元を直接見る《真理の瞳》を欺けるとは思えないので、クウは堂々と中へ入ることにしたのだった。



「帰ったぞ」



 部屋のロックを解除して中に入ると、ソファに座って談笑している三人が眼に映る。クウは幻術として出しておいた偽物を消し、音もなく近づいていった。ただ、帰りの挨拶はしたし、特に気配を隠しているわけでもない。リア、ミレイナ、レーヴォルフはクウに気づいてそれぞれ声をかける。



「お帰りなさいませ兄様」


「レ―ヴから聞いたぞ! 私が戦った奴を追いかけたとな!」


「お帰りクウ。それとミレイナ。ちゃんと挨拶しなさい」



 あの激しい戦闘の後ということもあり、クウは改めて日常に戻ってきたと実感する。戦っていた時間は三十分もない程度だが、その濃さは一言で語り尽くせないほどだ。

 こうして思い返してみれば、クウも意志力を消耗していると実感できる。



(正直、今日は能力を使いたくないな)



 『死霊使い』オリヴィアと炎帝鳥アスキオンの二連戦であり、特にアスキオンとの戦いでは負担の大きな《月界眼》を使用している。疲れていないハズが無かった。



「リアも何で俺が出かけていたかはレーヴォルフから聞いているよな?」


「はい。わたくしもレーヴォルフさんから聞きました」


「オーケー。じゃあ、何があったか簡単に話す」


「大丈夫ですか兄様? とてもお疲れのように見えますが……」


「ちょっと能力を使いすぎて……まぁ、休めばすぐに回復する。ともかく話すぞ」



 クウはリアに心配をかけたことを申し訳なく思いつつ、空いているソファに座って背中を預ける。そして一息ついた後、大体の流れを話すのだった。

 ダリオンを追って四天王オリヴィアに出会ったこと。そして戦ったこと。更にオリヴィアの能力については詳しく話し、追い詰めたところで魔王オメガに出くわしたと語った。

 そこで三人には大きく驚かれたが、クウが戦闘にはならなかったと言うと、リアは安堵し、ミレイナとレーヴォルフは少し残念そうな顔になっていた。リアはともかく、やはりミレイナやレーヴォルフは魔王の実力について気になるのだろう。

 その後は魔王オメガが炎帝鳥アスキオンを召喚したことで戦いの相手が移り、アスキオンを倒して帰ってきたのだと言って話を終えたのだった。



「そういうわけだ。俺が疲れているのはな」


「そうでしたか……ゆっくり休んでくださいね。もうすぐ闘技大会本選もありますから」


「わかっている。まぁ、回復自体はすぐに終わる。俺はそれほどダメージを受けたわけじゃないからな。精神的な疲れが消えれば完全回復だ」


「超越者ってのは便利だね。大抵の傷は再生できるんだろう? 僕としては羨ましい限りだよ」


「そうだな。確かに身体がバラバラになっても再生可能だから、ほぼ不死と言っても過言じゃない。意思の力を根底として霊力というエネルギーを被っているわけだから、意思が健在なら何度でも再生できる。まぁ、流石にバラバラの状態から再生するには相当な意志力を消費するし、痛いからダメージは少ないに限るけど」


「痛覚はあるんだね」


「一応ね。遮断も出来るから、耐え切れなかったら痛覚は消している」



 痛み、熱さ、冷たさなどの感覚は『世界の情報レコード』が与える効果であるため、意思の力で遮断すれば消すことが出来る。他者からの概念攻撃なども、意思力で感覚を情報遮断すれば同様に痛みを失くせるが、攻撃に相手の意思が載っていると、遮断しにくい。

 例えば、アスキオンが使っていた炎は強い意思の籠った攻撃だったので、クウは熱さを完全に遮断することが出来なかった。他にも、クウの《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》のように意思次元を直接攻撃する場合、その痛みは想像を絶するものとなる。意思次元攻撃とは、魂の力の根底である意思を削り取るような攻撃とも言いかえることが出来るため、その痛みは超越者にとって最上のものだ。

 このように、超越者でも遮断できない場合は少なくないため、油断してはいけない。痛覚無効が絶対に通用するのは一般人相手のときぐらいだろう。



「ま、基本的に超越者を殺すのはかなり難しい。俺の場合は超越者に特効となる能力を持っているから一人でも超越者を殺せるけど、通常は一対二、安全策を取って一対三以上で戦いの望むことでようやく殺せるといった感じだから。俺がアスキオンを殺せたのは能力のお陰だな。間違っても、今のお前たちで超越者に勝てると思うなよ?」


わたくしはクウ兄様しか超越者を見たことがないのですが……。オロチと言いましたか? あのヒュドラならば映像で見たことがある程度ですし、今一つ実感が沸きません」


「私もリアと同意見だな。でも、オロチとは少しだけ戦ったし、勝てないというのは分かるぞ」


「確かにアレは次元が違う戦いだった。何せ、【帝都】が消滅してしまったからね」



 【砂漠の帝国】での戦いでは、リアは竜人の里【ドレッヒェ】で留守番をしていた。そのため、オロチが本気で戦っていたところを見たわけではなく、実感が沸かないのも仕方ないことかもしれない。

 逆にあの戦いを目の当たりにしていたミレイナとレーヴォルフはクウの話に同意していた。オロチも、結局はクウとファルバッサとネメアの三人がかりで倒したのだ。クウの話とも一致するのである。

 撃退ならば一対一でも可能だが、殺すとなると途端に難易度が上がってしまう。魂の力が完全開放されている超越者とはそういった存在なのだ。



「ともかく、超越者は絶対に俺が対処するから、出会ったとしても戦うなよ? まぁ、逃がしてくれるかは分からんが」



 クウは少しだけ冗談を込めつつ最後に締めくくる。

 本当にそんなことが起これば冗談で済まないのだが、クウはそういった外敵から三人をしっかりと守るつもりだった。権能【魔幻朧月夜アルテミス】があれば、幻影の力で三人を逃がす隙を作ることも出来る可能性は高いが、絶対ではない。。《月界眼》という新しい力を得たのは良いことだが、ここで思考を止めては別の危機で焦ることになるかもしれない。

 毎度の如く新技を開発できるとは限らないのだから。

 仲間となった三人を、特にリアを守るため、クウは【魔幻朧月夜アルテミス】の理解をさらに深めることにしたのだった。








 ◆ ◆ ◆






 クウがアスキオンを倒した翌日。

 明後日には闘技大会本選が迫っているという日に、錬金術師リグレット・セイレムは妻である魔王アリアに呼び出されていた。場所は軍の基地にあるアリアの部屋であり、今日の呼び出し内容は国防に関することだろうと予想できる。

 最近は【アドラー】からのちょっかいでバタバタしていたため、リグレットの表情はすぐれなかった。



(全く……迷惑なものだよ)



 【アドラー】の超越者が一人でやって来るならばまだしも、各地で散発的に『死霊使い』オリヴィアのデス・ユニバースたちが攻め寄せてくるのだ。このデス・ユニバースを倒せるのは魔王軍の隊長ぐらいであり、各地で対処するには肉体的疲れと無縁なリグレットが動くしかない。

 移動は魔王アリアの転送で済んでいるのだが、各地を行ったり来たりというのは精神的疲れを蓄積させていた。



(昨晩は久しぶりに眠れたというのに……まぁ、アリアも僕を召喚術で呼び出したわけじゃないから、今日のところは急ぎじゃないんだろうね。それだけは救いかな?)



 今日こうしてリグレットが呼び出された理由だが、少なくとも急ぎでないということしか分からない。緊急の場合、アリアは強制召喚でリグレットを呼び寄せるからだ。魔王アリアの権能【神聖第五元素アイテール】は万能で便利な力であり、力の一端は都市中に張り巡らされている。

 基本的に都市内部ならどこに居ても能力を発動してリグレットを呼び出せるし、マーキングをしておけば範囲外の場所にも転送することが出来る。

 そして今回、この強制召喚が無いということは、急ぎでないということが分かる訳だ。

 リグレットは優雅に廊下を進んで行き、目的のドアの前に立ってノックをする。ドアは自動で開かれ、リグレットは中へと歩みを進めた。



「やぁ、僕の愛する妻よ。今日はどうしたのかな?」


「公私を弁えろリグレット。まぁいい。今日はちょっとした調査をお願いしたい」


「調査? この時期にかい?」


「ああ、幸いにも昨日から【アドラー】の攻撃も無くなっている。それと同時に、昨日の朝の時間帯で不思議なものが観測されたそうだ」


「不思議なもの? 僕の所には報告が無かったようだけど?」


「私が止めていたからな。いつ【アドラー】が攻めてくるか分からない状況で、お前に興味を沸かせる報告などするはずないだろう」


「……僕の性格をよく分かっているね」


「何百年も一緒にいるからな」



 アリアはそう言いつつ報告書の束を手に持ち、リグレットへと投げた。バラバラと舞い散るかと思えたが、報告書の束は流体力学と重力に喧嘩を売っているような動きで滑らかにリグレットの手元まで届く。当然ながら、アリアが能力を使っただけの話だ。

 リグレットもこの程度の光景ならば見慣れているので、特に気にすることもなく報告書へと目を通した。



「ふむ……国境近くか。銀色の炎、天まで届く銀の柱、莫大な瘴気、灼熱、そして朝だったのに突然現れた満月の夜……第三十八基地からの観測のようだね。あそこから国境付近の事態が見えたということは、相当な規模ということになるかな?」


「ああ、間違いなく超越者の戦いだ」


「言っておくけど、僕じゃないよ」


「私でもない。つまり、第三者とも呼ぶべき超越者が戦ったのだろう。恐らくは【アドラー】の超越者オリヴィアとザドヘルとな」


「瘴気はオリヴィアで灼熱はザドヘルかい? 確かに辻褄は合うね。銀色の炎と柱、満月の夜は意味が分からないけど」


「恐らくそれが第三勢力の超越者だ。例のクウとやらではないのか? 銀と満月とのどちらかは知らんが」



「分からない。監視なんてしている余裕が無かったからね。それにクウ以外にももう一人超越者が存在している可能性が出て来たね」


「私の【神聖第五元素アイテール】は都市中に張り巡らせている。超越者のような存在が領域を出入りすれば気付くはずだ……ただ、クウとやらは出入りした様子が無かったのだ。勿論、もう一人いると思われる超越者も感じていない」


「ふむ。まぁ、君の能力を掻い潜ることは出来ないわけじゃないし、明確な証拠にはならないね。やはり僕も何かしらの監視システムは残しておくべきだったかな?」



 アリアとリグレットの予想は大まかに正解しているのだが、細かいところで外れている。まず報告書にある灼熱とは『氷炎』ザドヘルではなく炎帝鳥アスキオンのことだ。そしてもう一つは銀の炎と柱、満月の夜を発動させた能力者がクウ一人であるということである。二人はクウ以外にも別の超越者がいると考えているらしい。



「それで、今回の闘技大会にクウとやらは出場しているのだったな?」


「そうだね。ソラという名で出場している。予選を突破して明後日の本選に出るみたいだ」


「そうか……」



 謎の超越者と思われるクウのことを気にするアリア。自分の国に面識のない超越者がいるのだから不安を覚えるのも当然だろう。更に、国を挙げてのイベントである闘技大会にも参加しているのだ。【アドラー】からの急な侵略もあって不安定な今、アリアは一つの決断を下した。



「リグレット」


「なんだい?」


「今回の闘技大会……最後のエキシビションマッチには私が出る。クウという奴はほぼ間違いなく超越者だからな。決勝に上がってくるはずだ。ならば私が迎え撃ってやるさ。ユナは本選の隊長格枠で出せ。どうせ今回は他の隊長も出張で戻って来られない。首都防衛が主任務のユナだけなら出せる」


「なるほど。僕にセッティングを任せたいということだね?」


「話が早い。そういうことだ。超越者が暴れても大丈夫なように手配してくれ。それと明日には大会のトーナメント表も発表される。他の隊長枠を消してユナを捻じ込み、エキシビションマッチには私の名を入れておいてくれ」


「すぐにやっておくよ。君は?」


「念のため、報告書にあった場所を確かめてくる。調査は私が代わりにやっておこう。時を遡れば戦いを映像で再現できるかもしれないからな。まぁ、『世界の情報レコード』に記録されない超越者に有効かは疑問だが……」


「ならば後でその報告もしてくれないかい?」


「勿論だ」



 話し終わった二人はそれぞれ行動に移る。

 錬金術師リグレットは明後日に迫った闘技大会本選の調整のために。

 魔王アリアはクウとオリヴィア、アスキオンが戦った跡地を調査するために。







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