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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
294/566

EP293 意思顕現と世界侵食


「さてと……」



 クウはそんなことを呟きながら周囲を見渡す。この辺りは元々小さな森林になっていたのだが、オリヴィアの《冥府顕在ヘルヘイム》やアスキオンの《灼熱顕在ムスペルヘイム》によって完全な荒れ地と化していた。

 半径数キロに渡ってくり抜かれたかのように変質した大地はかなり異様である。

 証拠隠滅のため、クウは《神象眼》を使用したのだった。



「えぇと……確かこんな感じだったか?」



 木々や草原をイメージしながら世界に幻想を投影していき、「意思干渉」によって『世界の意思プログラム』に誤認させていく。そこに森や草原があるのだと錯覚した世界は、その幻想を現実として確定してしまった。

 結果としてほぼ元の状態に戻ったのである。



「よし、これでいいだろ。はぁ……疲れた」



 いくら「魔眼」を用いても、これだけの広範囲を修復するのは骨が折れる。それに今日は超越者三体と出会い、更に二体と交戦したのだ。疲れていないハズが無かった。特に炎帝鳥アスキオンとの戦いでは負担の大きな《月界眼》を使用した。

 この《月界眼》は領域内の運命の流れを確定させる強力な能力だが、その分だけ負担が大きい。連続使用はまず不可能であり、最低でも十秒はインターバルが必要だった。

 十秒と聞けば意外と短いものだと感じるかもしれないが、音速以上の戦闘が基本である超越者にとってはかなり長いのである。

 例えば超越者が音速、つまり秒速三百四十メートルで移動するとしよう。一般的なマラソン選手が走る速さを秒速七メートルとして、超越者はおよそ五十倍の速さで動けるということだ。つまり、超越者にとって十秒で出来ることは、一般人からすれば五百秒で出来ることに相当するということである。

 実際は音速の数倍で戦闘をするため、五百秒以上のことが出来ることだろう。

 十秒という隙は意外と大きいのだ。

 ただ、《月界眼》で創り出された運命に抗うのはかなり難しいことなのだが……



「んー、まだ昼前か。意外と早く終わったし、帰って報告だな」



 クウは空を見上げながらそう呟いた。

 レーヴォルフには夕方までに帰ると言ってあるので、早い分には問題ない。クウはそのまま翼を広げ、幻術で姿を隠しながら首都【クリフィト】まで飛んでいったのだった。









 ◆ ◆ ◆







 魔族領域西部にある大国【アドラー】。この国の街並みは産業革命時代のロンドンを思わせるレンガ造りであり、住民たちはどこか虚ろな表情をしているのが特徴的だ。しかし、それは人形のようだというわけではない。普通に生活しているし、会話も成り立っている。ただ、どこか機械じみたというか、プログラムのような雰囲気もあるのだ。

 そしてそんな国の中央に位置する巨大な黒い城。雲一つない青空の中、上空から二つの人影が城の中へと入っていった。

 一つはブロンド髪の女性で、もう一つは女性のように黒髪を伸ばした男だった。



「大丈夫かオリヴィア?」


「申し訳ございません魔王様」


「いや、よい。どうやらアスキオンも消されたようだからな。あの黒い天使の実力が高いのだろう。たった一人で超越者を消滅させるなど、我にも不可能だ」


「まさか……」


「いや、魂の格は同等だろうよ。確かに我らは不完全・・・な種族だが、使用されている魂は普通のものゆえにな。それにあの黒い天使の魂も神格を有しているとは思えない。霊力だけで超越者を消滅させるほどの差はないハズ。つまり、奴の権能には超越者を殺せるだけの何かがあるということだろう」



 魔王城のテラスに降り立ったオメガ――ただし分体――とオリヴィアはそんな風に会話する。クウに心を折られそうになっていたオリヴィアは未だに震えが収まっていないが、客観的に解析することのできたオメガは幾らか真実を掴んでいた。



「おそらく奴の能力は因果系と現象系の組み合わせ、そして対象型だ。現象系の幻術でイメージを作り、因果系能力で現実にしているのだろう。ならば幻術のイメージが出来なくなるほどの出力で領域展開させればよいはずだ。法則系領域型能力ならザドヘルの【氷炎地獄インフェルノ】がある。ただ、同系統の能力を持つアスキオンが消された以上、油断はできないがな」



 オメガは契約しているアスキオンと視界をリンクさせることで、クウとの戦いを観察していた。だからこそ理解不能な《神象眼》や《幻葬眼》を多少は理解できたというわけである。また《月界眼》も確認はしたのだが、この技だけはオメガも非常に警戒していた。



(まさか第二段階世界侵食イクセーザまで至っていたとはな……あれは超越者でも百年単位で能力に対する理解を深める必要があるハズ。黒い天使は何者だ? ラプラスなど研究に没頭しているせいで未だに第一段階意思顕現イクシステンスまでしか使いこなせぬというのに)



 現在、【アドラー】の戦力で超越者第二段階へと達しているのは魔王オメガ、『氷炎』ザドヘル、『死霊使い』オリヴィアだけである。オメガが「誓約」によって呼び出せる超越者の中にも第二段階へ至っている個体はいるのだが……

 ともかく、同じ格の超越者でも意思顕現イクシステンス世界侵食イクセーザでは能力の質に大きな隔たりがあるのだ。能力をより使いこなしている世界侵食イクセーザへ至ったの者の方が強いのは道理である。

 意思顕現イクシステンスは自らの意思力によって権能を発動させることであり、通常の能力発動に相当している。だが、世界侵食イクセーザは意思を周囲に侵食させることで自分の領域を作り出すことが出来るのだ。謂わば地の利を生み出す効果であり、世界侵食イクセーザの領域中では意思顕現イクシステンスの能力は発動すら出来ないこともある。

 例えばアスキオンが使用していた《灼熱顕在ムスペルヘイム》は世界侵食イクセーザによる能力であり、粒子が加速へと向かう法則によって支配されていた。燃やし尽くす意思が世界を侵食していたせいで、クウの《神象眼》や《幻葬眼》では焼け石に水だったのである。

 ただ、例外もある。

 オリヴィアが使用していた《冥府顕在ヘルヘイム》も世界侵食イクセーザ能力だが、能力の相性によってクウは《冥府顕在ヘルヘイム》を破ることが出来た。

 権能は大きく分けて、因果系、現象系、法則系と種別でき、さらに対象型と領域型に区別できる。

 因果系能力は過去の過程や未来の結果予測を無視して現在を弄る能力であり、現在の状況に関わらず好きな結果を導き出せるため、現象系能力に強い。

 現象系能力は特定の現象を引き起こす能力で、法則などを無視した能力実行が可能になる。オリヴィアの【英霊師団降臨エインヘリアル】やネメアの【殺生石】、オロチの【深奥魔導禁書グリモワール】もこの系統だ。ファルバッサが【理想郷アルカディア】で法則を作り出している中でも無理矢理【深奥魔導禁書グリモワール】を発動できたのは、この根本的相性による部分もある。ただし、あらゆる法則を操る【理想郷アルカディア】は魔術に対する対策も可能であったため、能力的な相性は【理想郷アルカディア】が勝っていた。

 最後に法則系能力は、情報次元にアクセスすることで特定法則を強制させるというものである。ファルバッサの【理想郷アルカディア】がこの系統に当たる。因果関係を無視して新しい法則を作り出すことが多いため、因果系能力に強い。

 権能はじゃんけんのようにそれぞれ強弱が付いているのだが、実際はそれほど単純でもない。例えばクウの【魔幻朧月夜アルテミス】は因果系現象系複合能力である。補助的に現象系も含まれているため、法則系の能力に対しても普通に戦えたりするのだ。他にもリグレット・セイレムの【理創具象ヘルメス】も現象系法則系複合能力だ。基本は現象系だが、補助的に法則系が含まれている。

 このように能力にも相性があるので一概に第二段階世界侵食イクセーザが絶対とは言い切れないところもあると言えばある。また、この相性も【理想郷アルカディア】と【深奥魔導禁書グリモワール】の件があるように、絶対ではない。根本的な相性で勝っていたとしても、能力的な相性では負けていることもある。



(いずれにせよザドヘルは世界侵食イクセーザを使える法則系能力者。黒い天使に対しても有利に戦えるはずだ。我の【怨讐焉魔王アラストル】もどちらかと言えば現象系……ここは適材適所だ)



 オメガはそう考えた後、一旦思考を止めた。

 抱えていたオリヴィアをテラスの椅子に座らせ、オメガも丸テーブルを挟んでその対面に座る。そして向かい合った後、再びオメガから口を開いた。



「さて……早速で悪いが、オリヴィアの眼から見て黒い天使はどうだった? 我もアスキオンを通して確認したが、実際に戦ったのは貴様だ。感想でも良いから聞きたいのだが」


「……え、ええ。分かりました魔王様」


「大丈夫か?」



 どことなく顔色の悪いオリヴィアを気遣うオメガ。しかし、オリヴィアは首を縦に振って大丈夫だというサインを示した。オメガは目を細めてオリヴィアを観察するが、どうみても大丈夫そうではない。

 心を折られかけたということは一般人における致命傷を意味しているため、少しの時間で回復できるわけではないからだ。ただ、オメガもオリヴィアからの情報は早く聞いておきたい。そのために、彼女には多少の無理をしてもらうつもりだった。



「済まないが休むのは後で頼む」


「分かっています。それで私が戦った時の簡単な流れですが、あの黒い天使は私の死霊を一撃で塵にしていました。銀色の槍、炎、雷を使い、私のデス・ユニバースたちを滅ぼしていたのです。どうやら銀色の攻撃は意思力と魔素の塊らしく、何かの能力で性質変化させているようです。また「魔眼」と思わしき能力で私の世界侵食イクセーザも破られました」


「ふむ……オーラと魔素の塊を性質変化させるとすれば現象系か? 因果系とは思えないな」


「ええ。私も現象系かと思います。ただ、私の能力を簡単に破ってきたことから、因果系も混じっているのは間違いないかと思われます」


「それは我も思っている。他に気付いたことはあるか?」



 オメガの問いかけにオリヴィアは少しだけ考え込み、しばらくして口を開いた。



「彼が使っていた武術……【レム・クリフィト】のユナ・アカツキに似ています。使用している武器もそっくりでした。私もユナ・アカツキは遠目で確認したことしかありませんが、間違いないかと思います」


「ほう……確か奴も天使だったな。それにあの時殺し損ねた異世界人だったか……ならば黒い天使も異世界人である可能性を考えた方が良さそうだな。少し前に二つ目と三つ目の召喚陣を起動させたと聞いている。人族領の情報はアヤツ・・・に聞くのが一番だ。そちらは我が調べておこう」


「しかしあの方・・・は予定している人族との戦争を準備しているのでは……?」


「どうせアヤツ・・・は眷属を使うだろう。特に人族領はアヤツ・・・の眷属で溢れているからな。多少の仕事を依頼しても問題なかろうよ」


「それは……確かにそうでしょうね……」



 アヤツ、あの方、と二人が口に出したのは人族領で活動している味方だ。主に情報収集を担当しているので、人族領の情報はその味方に聞けば大体は分かるようになっている。ただ、任意で報告してくれないため、必要になればこちらから聞く必要があるのだ。

 【アドラー】は実戦用の戦力よりも情報収集に重きを置いている。それは来るべき時にことを有利な方向へ進めるためのものであり、【レム・クリフィト】への定期的な侵略も、適当に揺らすことで情報を引き出しやすくするためのものでしかなかった。



「しかし、召喚陣から光神シン様以外の加護持ちが現れるとはな……まぁ、我もあの方の召喚陣に他の神が干渉できると思わなかったのだが。ただ、あの方は本当の意味で神ではない。我ら魔族を創造したのも一種の偶然だと聞いたことがある。とすれば、力の差で他の神から干渉されても仕方ないか」


「ええ、ユナ・アカツキの前例もありますし、黒い天使が異世界人だと確定すれば、召喚陣にこの世界の神が干渉できるのは間違いないかと」


「いや、言い切るのは良くない。実際は他の神にとっても驚くべきことだったのかもしれんぞ? 確か加護はシステムとして組み込めると聞いたことがあるからな。特定条件、または素質を満たしてこの世界に誕生した者へ自動的に加護が与えられるようになっていたとして、召喚も誕生と同義だとみなされれば加護は自動で付与される」


「なるほど。そうかもしれませんね」


「まぁ、今の我が考えたところで仕方のないことよ。ともかく、今回の侵略は止めだ。黒い天使の情報が集まるまでは大人しくしていることにしよう。ラプラスもじきに最高傑作が完成すると言っていたことだからな。奴の完成品ゴーレムを次回に投入するのも良かろう。その時は我も本体で出て良いかもしれん」



 オメガは右手を顎に当てつつニヤリと笑う。

 計算高い魔王は新たなるイレギュラーの登場に波乱の未来を予想するのだった。








権能の相性に関するお話です。気になる方がいらっしゃるようでしたので、想定より早めに出しました。ついでなのでクウの使った侵食世界《月界眼》のような能力の説明もしてみました。

権能に関する設定は大体これで全部でしょうかね。


そして光神シン黒幕説が完全に出てきましたね。感想でも意見が出ていましたが、まさに正解です。

魔王オメガに味方している『アヤツ』の正体も気になるかもしれませんが、それもこの章で説明されるでしょう。割と最後の方ですけど。


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