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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
293/566

EP292 月の瞳


 クウの新たなる「魔眼」が発動した瞬間、世界は闇に覆われる。星も見えない漆黒の夜であり、天上にはただ一つ、満月の月だけが輝いていた。

 余計なものはいらない。月こそが夜の王であると誇示しているかのような光景。まだ昇ったばかりだった太陽は退場を余儀なくされ、天の支配者は月へと替わっていた。

 地上では炎帝鳥アスキオンが作り出した灼熱の世界によるマグマが煮えたぎっており、天上の漆黒、大地の紅蓮と世界を二分しているように見えた。



「そもそも、特性「夜王」を使いこなすために夜を待つ必要なんてなかったんだ」



 黄金の六芒星が輝く両眼でアスキオンを見つめつつ、クウは語りだす。怒りに燃えていたアスキオンも、突然変化した夜の世界に戸惑いを隠せず、攻撃を止めてクウの話に聞き入っていた。



「お前の能力が領域中にまで拡張したことで、俺は気付いた。超越者の権能は世界の法則や因果関係すらも書き換える魂の力だけど、効果の範囲や威力は明確に決まっていない。スキルのように世界が定めた規定ルールは存在しないから、実質上は意思力の限りどこまでも射程が伸びるし、威力も上がる。まぁ、霊力による限界はあるけどな」



 しかし、それは理論上の話であり、やはり意思力に限界は存在する。権能の理解度や扱いやすさとの兼ね合いも含めて考えれば、自ずと射程距離は決まってくるからだ。

 クウも「魔眼」で見える範囲を能力の対象として指定できるが、演算力だけを用いればもっと射程を伸ばすことも出来る。例えば、《真理の瞳》は情報次元を追いかけることで無限射程の解析を可能とする。しかし、余程のことが無い限りは必要ないし、求められる演算能力が高すぎて滅多に実行できない。ダリオンを追跡したときのようにマーキングをしておけば演算難度も下がるのだが、何もないところから遠距離解析をするのは事実上不可能と言っても過言ではないのだ。

 これがファルバッサの【理想郷アルカディア】のように領域型の能力ならば、見えない範囲でも問題なく発動できる。ただし、この広げられる領域も意思力に依存しているため、無限射程とはならない。

 ならば、権能の効果を広げるためにはどうすれば良いのか。



「結局のところ、俺たちが戦うということは意思をぶつけ合うということ。ならば、周囲に意思力を侵食させ、有利なフィールドを作ればいい。魂から意思の力を発するだけじゃなく、領域ごと自身の空間にしてしまえば、世界が俺に味方する」



 アスキオンの場合、それは灼熱の世界だった。

 熱を操る能力であるため、地獄のような熱さの世界こそがアスキオンのフィールドなのである。謂わば、地の利という考え方だ。

 意思力を侵食させて広げた世界は、言ってしまえば自分の体内のようなモノ。クウがどれだけ必死に能力を行使しても、アスキオンの意思が侵食した世界では抵抗するだけで精一杯となる。

 クウはそれを理解したのだ。



「俺の世界は夜だ。月だけが輝く異質な夜が俺の世界。特性「月」は世界を侵食するために必要な特性だったということだ」



 クウがそう言うと、右目から六芒星がスッと消えた。

 それと同時に天上で輝いていた満月が深紅に染まり、更に月の表面に黄金の六芒星が浮かび上がる。まるでクウの「魔眼」が天上にある赤い月へと移ったかのようだった。

 そして六芒星を失った右目を閉じつつ、クウは呟く。



「これが俺の侵食世界であり、四つ目の魔眼……」


”クッ、させるものか! 《灼熱顕在ムスペルヘイム》よ!”


「《月界眼》」



 その瞬間、世界が凍りついた。

 灼熱とはまるで対極にある絶対零度の地獄。アスキオンの「異常活性」によって活発になっていた分子運動が全て停止させられ、無数の氷の柱が出来上がった。

 物理法則を完全に無視したマイナス加速度無限大による瞬間停止。

 因果系の操作によって結果だけが世界に優先され、分子運動は完全に止まったという状況だけが定義されていた。

 特性「焔」「炎熱体」によって肉体が完全な炎で構成されているアスキオンも、絶対の停止世界においては意味をなさなかった。



「ぐ……」



 そしてクウは演算負荷によって激しい頭痛を覚え、右目を押さえる。すると月に映っていた六芒星が消えて色も赤から普通の色へと戻っていた。《月界眼》が解除されたのである。押さえていた手を退けると、六芒星の紋章が右目に戻っていた。

 《月界眼》の能力は意思侵食世界であり、この世界の意思ベクトルはクウの思う方向へと誘導される。六芒星が浮かんだ月が照らす領域全ての意思ベクトルがマクロ的に処理されるからだ。

 例えば風の流れ。ある方向へと風が流れている時、人の感覚では空気分子が一方向に流れているかのようにしか思えない。だが、電子顕微鏡クラスの小さな世界で見ると、実は空気分子は一方向どころか、三次元的に無作為な動きをしているのだ。ただ、平均的にはとある一方向への動きが強いため、全体的に見れば、風が一方向へと吹いているように感じられるのである。

 統計的な処理によって、無数の小さな単位ではなく、大きなシステム全体の力学を考察する統計力学もこのようなイメージで考えている。

 そして、この《月界眼》は領域に散在する意思ベクトルの方向性を統計処理することで、全体的に一方向へと向ける能力だ。今回の場合は分子運動の停止に当たる。

 アスキオンが侵食によって生み出した《灼熱顕在ムスペルヘイム》は「意思干渉」の力によって平均的な方向性を決められてしまい、問答無用で活性から停止へと転じた。アスキオン自身が発する意思も、システム全体から見れば微々たるものであると認識され、平均的な方向性を与えられた意思ベクトルの奔流に飲み込まれてしまったのだ。

 ミクロ的に見ればアスキオンの能力も効果を発揮していたのかもしれないが、ここはクウが侵食によって生み出したマクロ的空間《月界眼》の世界だ。小さな意思ベクトルの方向・・ではなく、空間全体が持つ運命の方向性・・・が優先されてしまう。

 結果として、世界は絶対零度へと移行したのだった。




(ただ、リスクもデカいな。演算規模が違いすぎる)



 巨視マクロ的に世界の流れを変えるゆえに、微視ミクロ的な意思への干渉よりも莫大な演算を必要としている。

 《神象眼》では対象を「魔眼」で認識し、意思ベクトルを書き換えて望みの方向へとしてしまえばそれで終わりだった。

 しかし《月界眼》は無数の意思ベクトルを統計処理による確率変動で方向性を与え、望みの方向へと導く形で演算しなければならない。全ての意思ベクトルを改変する必要はないのだが、それでも扱う意思ベクトルの数は莫大な量となる。

 侵食世界によって生み出した満月の夜はクウの認識領域と同期するために、意思ベクトルを観測すること自体は難しくない。ただ、意思ベクトル方向性の平均値計算や確率分布を演算して処理するためには、超越化したクウでも限界に近い能力を発揮する必要があった。

 故に、数秒で《月界眼》が解除されてしまったのである。



「一発で凄い頭痛に襲われる上に数秒しか維持できないけど、効果は文句なしだな」



 クウの視線の先にいるのは空中で凍ったまま停止しているアスキオンの姿だ。この夜の世界では分子運動が完全停止する方向に意思力が傾いているため、情報次元でもそのように動いていく。結果としてアスキオンの意思は領域全体の意思の流れに飲み込まれ、能力を発動させることすら出来なかった。

 天上の満月が見える範囲は全て《月界眼》の及ぶ領域であり、分子運動停止によって作り出された絶対零度の世界は氷凍地獄ニブルヘイムを思わせた。

 煮えたぎるマグマの海と化していた大地は冷え固まって黒くなっており、空気が液体化して水たまりを作っている。空気中の水や二酸化炭素は固体となって無数の氷柱を形成し、天を突くかのような光景を見せていた。

 アスキオンもこの氷柱の一部に閉じ込められているのである。

 この領域でまともに活動できるのは、能力発動者であるクウだけだった。

 しかし、アスキオンを閉じ込めていた巨大氷柱にも罅が走り始める。



”舐めるなよ小僧!”



 そしてその声と共に氷柱は爆発し、アスキオンの周囲を炎が包んだ。世界全体の流れは停止へと傾いていたが、既にクウは《月界眼》を閉じているため、意思を発し続ければアスキオンも流れに逆らうことが出来る。

 これは川の流れの中で子供が遊びまわる時、その子供の周囲だけ微妙に流れが変わったり、水が渦を作ったりする現象に似ている。

 非常に弱々しい炎だったが、確かに特性「異常活性」が働き始めていた。それによって特性「焔」「炎熱体」も取り戻し、アスキオンの周囲だけは僅かに温度が上昇したのである。

 ただ、完全停止という世界の意思に僅かに逆らった結果であり、本来の出力からすれば砂粒のような炎しか出せない。アスキオンにとって最悪の状況だった。



”ぬうぅぅ……《灼熱顕在ムスペルヘイム》!”


「悪いがこれでトドメだ。《月界眼》」



 アスキオンは「火の恩恵」によって再び灼熱の領域を広げようとしたが、クウも同時に領域侵食型の能力を発動する。世界の一部が地獄の業火に包まれ、天上では月が紅く染まった。

 完全停止が運命となっている世界で「火の恩恵」を広げるのはアスキオンでも難しく、それよりも先にクウの《月界眼》が発動することになる。深紅の月に六芒星の紋章が浮かび、同時にクウは右目を閉じた。

 月が照らす範囲とクウの右目がリンクすることで、領域全てが能力の対象となる。



つるぎの墓標に埋もれろ」



 クウが選択したのは、アスキオンが無数のつるぎによって串刺しとなる運命。何もなかった空間に数えきれないほどの剣が出現し、刃を下に向けてアスキオンへと降り注いだ。幻影でしかない剣も、世界が認めてしまえば本物となる。

 見た目は普通の鋼鉄剣だが、それが雨のように降り注いでアスキオンを貫いた。大きく翼を広げていたアスキオンは丁度良い的にしかならず、降り注ぐ剣の勢いで地面まで落とされ、全身を縫い止められる。



”くぅぅ……このような剣など溶かしてくれる!”



 それでも意思を保ち、情報焼却の概念炎を放つアスキオン。激しい熱のせいで周囲の温度は千五百度を越え、すぐに鋼鉄の融点へと達してしまった。地面も融解してマグマと化し、その炎と熱によって特性「火の恩恵」が発動する。体を貫かれたアスキオンはその炎と熱によって高速回復しようとしていた。

 しかし、アスキオンの予想は裏切られ、無数の剣は溶けることが無かった。

 地面はマグマへと変わっているので、能力自体は正常に発動している。回復効果のお陰で余計な精神力を消費することなく再生もできていた。

 だが、アスキオンを縫い止めている剣だけは溶けて消える様子が無かったのである。これにはアスキオンも驚きを隠せなかった。

 そんな様子に気付いたクウは少しだけ種明かしをする。



「悪いけど、この空間ではお前が剣の雨に縫い止められる運命が確定している。そういう風に空間全体の意思次元を操作したからな。確定している運命に抗いたければ、それ以上の意思力で上回るしかない。まぁ、させないけどな」



 クウの侵食空間によって領域全体にそういった運命の流れが出来上がっていた。この空間ではアスキオンが無数の剣に埋もれるという運命で確定しており、生成された剣も溶けることが無い。例えこの剣が木製だったとしても、アスキオンを貫き、地面に縫い止めていたことだろう。

 このように物理法則や過程、前提条件をすべて無視して結果だけを優先させるのが因果系能力の強みである。普通ならば有り得ないことも、運命の確定によって有り得る状態に出来る。

 打ち消すには、単純に意志力で上回るしかないということだ。

 ただ、クウが創りだした侵食空間を覆せるほどの意思力を出すのは難しいだろう。この《月界眼》で囚われてしまえば、全ての過程が無視されてクウの有利なように働いてしまう。そんな絶望的状況で、侵食空間を跳ね除ける程の意思力を見せるのがどれだけ困難かは自明のことである。



「……痛っ! ここまでかな?」



 クウは右目を開き、意思ベクトル操作を解除した。天上の月は元の色に戻り、六芒星の紋章も消え失せる。それと同時にクウの右目へと六芒星が戻っていた。

 しかし、「魔眼」は解除されたが、能力が解除されたわけではない。

 この月が照らす侵食空間中では、クウが操作した通りに運命の流れが確定している。つまり、途中で意思次元の操作を止めたとしても、その流れが止まることはないのだ。謂わば、継続型広範囲《神象眼》とも言うべき能力である。

 何が起こっているかというと、未だに虚空から剣が生成され続け、刃を下に向けてアスキオンへと降り注いでいたのだ。「魔眼」が解除されたことで、この運命の加速は止まっている。しかし、あくまでも止まっているのは加速であり、流れ自体は消えていないのだ。

 アスキオンが抵抗して意思力を発すれば、運命の流れは弱まるだろう。だが、その場合は再びクウが《月界眼》を発動させればよいだけである。



(連続発動や継続発動は無理だけど、十秒ほど間を開ければ大丈夫そうだな)



 練習も兼ねてクウは《月界眼》を何度も発動させ、アスキオンの微かな抵抗を飲み込んでいく。幾ら炎を発しても剣は止むことが無く、アスキオンは次第に抵抗を弱めていった。

 数万とも思える剣に貫かれ、幾ら炎を発しても効果が無いのだ。要するに、アスキオンも心が折れ始めていたのである。

 降り注いだ剣が十万を越えた頃には殆ど抵抗が無くなり、百万に届くか届かないかといったところでアスキオンの放つ炎が完全に消失した。マグマと化していた大地は急速に冷え固まり、残っていたのは天を突くかのような威容を見せる無数の剣による墓標。




(感知からすると、まだアスキオンも生きているか。まぁ、ここまで来れば《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》で一撃だな。あの剣に埋もれていたら避けられる心配もないだろ)



 クウはそう考えつつ両手の神剣イノセンティアを神刀・虚月と入れ替え、居合の構えをする。背後には白銀色の巨大な太刀が出現し、神刀・虚月と連動していた。

 そして一息ほどの集中の後、全ての意思力が載せられた神殺しの一撃が放たれ、剣の墓標ごとアスキオンを両断したのだった。

 意思次元を直接攻撃することで魂が砕かれ、超越者アスキオンは完全なる消失を迎える。それと同時にクウの侵食世界も消え去り、天上に輝いていた月も太陽と入れ替わる。

 そこにあったのは、多少荒れた大地と、どこまでも綺麗な青空だけだった。









クウの四つ目の魔眼は運命そのものを作る能力でした。

《真理の瞳》→情報次元を見る

《神象眼》 →現象を塗り変え、幻想を現実にする

《幻葬眼》 →視界に映っている現象を幻想にしてしまう

《月界眼》 →特定の運命の流れを作る


纏めるとこんな感じでしょうか?

これで前から考えていた魔眼シリーズは残り一つになるんですよね。他にも思い付きで増やすかもしれないですけど、わざわざ効果と仕組みを考えるのは結構辛いです。ですから、最終的には合計五つの魔眼になるのではないですかね?


そして今回の戦いはクウが《月界眼》を会得するためのものでした。この領域を侵食する超越者の手法には正式な名前を決めているのですが、それはまたいつかにしましょう。


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[良い点] 休みで時間あるし面白いので絶賛読み返し中。 現在、2周目。 [気になる点] 《月界眼》が数秒しか発動出来ないとありましたが、意思ベクトルをマクロ的に統計処理する事が原因なら、「完全演算」の…
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