EP291 灼熱地獄 後編
クウはアスキオンの放つ紅蓮の炎を躱しながら思考を続ける。全方位から押し寄せる爆炎の波を《幻葬眼》で消し、唸る熱風の奔流は《神象眼》で切り裂いた。多少の炎ならば魔素結界と気による防御で無理矢理防ぐ。神剣イノセンティアによる二刀流も上手く利用していた。
《真理の瞳》による先読みがなければ、とっくに焼き尽くされていたことだろう。
それで死ぬことはなくとも、酷く意思力を消耗していたはずだ。
また、アスキオンが怒りのままに能力を行使したことで、攻撃が単調になっていたという理由もある。これだけの灼熱地獄を顕現させたのだから、もう少し考えれば空中を飛び回るクウを圧倒することも出来たことだろう。しかし、幻影や「意思干渉」を上手く回避に使うクウに対して苛立ちを募らせ、アスキオンの攻撃は捻りもない空間制圧へと移行しつつあった。
(まぁ、今は良いけど、空間全てを埋め尽くすほど炎が出てきたら終わりだな)
今は地上に噴き出るマグマとアスキオンの付近で揺らめく炎が熱の発生原因であり、空中の高いところまで行けばそれほど炎の被害は受けない。特性「異常活性」により徐々に《灼熱顕在》の空間侵食は進んでいるが、もう少しだけ時間の猶予はあった。
ただ、四方八方を炎に囲まれるのは時間の問題である。
(取りあえずこれでどうだ?)
アスキオンが最強幻術《夢幻》で創り出された幻影のクウを燃やしている隙に、本物のクウは背後に回って神剣イノセンティアを構えた。以前に終末の天使レプリカから奪い取った神輝聖金という特殊素材の神剣であり、無効化という概念能力を持っている。
奪い取ったのは二本であるため、二刀流として扱うには丁度良かった。
そして、この神剣イノセンティアは無効化の特性を有しているが、自分が剣に属性を付与する分には無効化されないという都合の良い効果もある。流石は神剣というだけはあるのだ。
クウは両手の神剣イノセンティアに「月(「矛盾」)」の消滅効果を付与して斬撃として放つ。暗い紅色の斬撃が三日月状になって飛び、炎帝鳥アスキオンの両翼へと向かった。
しかし、その結果はクウの予想外なものとなる。
(斬撃が燃えた!?)
消滅効果で全てを切り裂く斬撃だったはずだが、二つの朱い三日月はアスキオンへと触れる前に燃え尽きて消えてしまったのだ。
これは情報次元すらも燃やし尽くすアスキオンの炎の効果である。《灼熱顕在》によって周囲はこの炎に包まれており、アスキオンを守る最強の盾となっていた。この炎は同時に矛にも代わるため、今の空間では攻防一体を実現していると言える。
だが、流石にクウも消滅エネルギーまで燃やし尽くされるとは予想していなかった。
また、怒りに支配されているアスキオンも自動防御が発動すれば背後から攻撃されたことにも気づく。すぐに首を向けてクウの姿を確認し、口から炎を吐き出した。
クウは難なく回避する。
”大人しく燃え尽きよ!”
「嫌に決まってんだろ!」
下手な概念攻撃では防がれてしまう。
そう理解したクウは再び防御へと戻った。神剣イノセンティアによる無効化能力のお陰で、「魔眼」を連発させずとも防御に徹することくらいは出来る。
(今は耐えるしかないか。自分の能力を理解するために)
相手の能力を理解することで勝利に近づくのと同様に、自分の能力を理解することでも勝利へと近づいていく。超越者の権能は己の魂の顕現であるため、基本的な効果はすぐに理解できる。しかし、それを使いこなすためには更なる理解が必要になるのだ。
それがなくては完全に能力を行使することなど出来ない。
誰しも自分の精神を完全に理解していないように、能力も初めは不明な部分が多いのだ。
”キィィィイイッ!”
アスキオンがバサリと翼を広げると、過剰なまでに活性したエネルギーが灼熱の奔流となってクウへと襲いかかる。全てを焼き尽くす概念燃焼の炎が空気すらも焼き焦がし、複雑な気流を生み出した。揺らめく蜃気楼によって光による視界は役に立たず、クウは自然と気配や霊力を感じ取って行動し続ける。
幻影を使って常に安全地帯を確保し、近づく炎は神剣イノセンティアで切り裂く。どうしても回避できない状況でのみ「魔眼」を使用していた。
(特性「月」……これがイマイチ理解できていないままなんだよなぁ)
クウは挽回の一手を打つために能力への理解を進める。特性「月」は内部に「矛盾」「夜王」「力場」という三つの効果を含んでいるのだが、何故わざわざ複合特性として存在しているのかという意味を考えたことはない。
「月」の一つへ纏めなくとも、三つのままで特性として所持していて良かったはずだ。
元となる《月魔法》があったからだと言えばそれまでだが、今のクウはそこで思考を止めなかった。
(そもそも俺が使用する「月」の効果は殆ど場合「矛盾」と「力場」だよな。特に「矛盾」は《神象眼》とかを使う際に情報次元の反発力を抑えるのによく使う。「力場」も月属性の術式を扱う際には結構多用しているよな。こうしてバラバラに使うことはあっても、「月」としての特性で使うことはない)
前々からクウも分かっているのだが、この特性「月」というのはどうにも理解しにくいのだ。能力として扱うにも、どのように組み込めばよいのか悩んでしまう。結局、三つに分けて「矛盾」「夜王」「力場」として扱った方が利用しやすいのである。
しかし、逆にクウは「月」という特性を理解することで次のステップへと進めることが出来るのではないかと考えていた。
(今の俺に足りないのは空間制圧力。こいつの炎みたいに空間を侵食されると対応しにくい。オリヴィアも空間侵食を使っていたけど、あれは偶然にも俺の能力と相性が良かったから対処できただけ。一瞬で視界の範囲を幻想に変える《幻葬眼》は、結局のところ効果は一瞬。継続的に発動し続ける能力に対しては有効となり得ない場合がある。今回のように……)
今も目の前に迫ってきた爆炎を《幻葬眼》で夢幻へと還したが、すぐに周囲の熱量が上昇して元の灼熱へと戻る。アスキオンの特性「異常活性」は、その名の通り、制御不可能なほどに熱量を上昇し続けることが出来る効果だ。「火の恩恵」のお陰で炎が回復薬にしかならないアスキオンにとっては都合の良い能力だが、他者からすれば迷惑極まりない。
(《素戔嗚之太刀》なら届くと思うけど、まだ見せる訳にはいかないな。あれも意思力の刃だから、場合によっては意思力の炎に防がれるかもしれない。《虚無創世》でも焼け石に水だと思うし……いや、一応は試してみるか)
クウは霊力を集中させて原子以下の一点へと集約し、凄まじい重力で押し固める。そして臨界点を遥かに超えた地点でエネルギーは解放され、一種の異世界を作り出した。僅かな一点より作り出された暗黒の世界は、重力によって収縮し、そのまま次元の果てへと消え去る。
巻き込まれた存在はどことも分からない異次元に放り出されることになるため、確実な死を迎えることになるという術式である。
ただ、クウとしては超越者に対して効果があると思っていなかった。
効果範囲を月(「矛盾」「夜王」)で定義することにより、《虚無創世》は回避不可の効果を得ている。小宇宙の内部は異世界であるため、逃げ出すには異世界を超える能力が必要になる訳だ。
しかし、超越者ならば問題ない。
収縮する世界を破壊する程の意思力と霊力を発するだけで《虚無創世》を突破できるからだ。所詮は能力を組み合わせて作った小さく脆い世界であるため、簡単に破れるのである。
「効かないだろうな……《虚無創世》!」
空間を削り取るようにして出現した漆黒の球体。それは内部に小宇宙を含んでおり、捕らわれたら脱出することなど出来ない。
ただ、それは一般的な場合である。
急速に膨張した《虚無創世》は直径百メートルを超え、アスキオンを完全に包み込んでしまう。同時に周囲の炎すらも飲み込み、その場所だけ削り取られたようになっていた。
あとは内部エネルギーを重力に変換しながら元の一点へと逆行し、全てを次元の彼方へ葬り去るだけである。しかし、クウの予想通り、《虚無創世》は収縮する前に無数の罅で覆われた。
罅の隙間からは深紅の光が漏れ出ており、明らかに抑え込めていない。
「く……やはりか」
クウは一応、といった程度で「月(「力場」)」の力を強めたが、抵抗虚しく《虚無創世》は崩壊したのだった。それと同時に内部で抑え込まれていた炎が破裂し、周囲は一気に深紅へと色を変える。
その余波を受けたクウは身体を焼かれつつ吹き飛ばされていた。
「痛っ……」
火傷はすぐに回復するが、それでも痛い。
内部で圧縮されていた炎の爆発力はクウの防御すらも貫通し、ここでクウは初めての大きなダメージを受けることになったのである。
「だったらこれはどうだ! 《特異消失点》!」
莫大な重力が一点に集まり、その中心に消滅エネルギーが発生する。本物のブラックホールは惑星運動に影響を与える可能性があるため、少し工夫をした疑似的ブラックホールだ。
だが、引き寄せる力は充分である。
炎やマグマが集まっていき、中心部の消滅エネルギーに触れた途端、情報次元ごと消え去る。アスキオンを構成している「焔」も吸い寄せられ、幾らかは消滅していた。
アスキオンは絶叫を上げて霊力と意思力を強める。
”舐めるなぁぁぁぁっ!”
「異常活性」の炎が空間全てを焼き尽くした。
空間を構築している情報次元すらも破壊された結果、一時的に物理法則が消し飛ぶ。一秒にも満たない間で法則は修復されたが、《特異消失点》も同時に焼き尽くされていた。
出力では、やはりアスキオンの炎が勝っているようである。
霊力はクウと変わらないが、「異常活性」や「火の恩恵」といった底上げの特性があるだけでなく、今は空間そのものがアスキオンに侵食されている状態にある。この空間ではアスキオンに有利な方向へと進んで行くのだ。
「ちっ……怒らせる程度にしかならないのかよ」
不利な状況となっている原因は分かっている。
能力的に相性が悪いのもあるが、何よりも空間そのものがアスキオンに味方しているのだ。今は冷却ではなく、分子運動の完全停止という効果で《神象眼》を発動させ、抵抗に成功している。ただ、瞬間的には絶対零度を実現することが出来ても、すぐに分子運動が活性化させられるのである。
何者にも抵抗を許さない。
絶対の炎で焼き尽くす《灼熱顕在》。
クウは迫る爆炎を神剣イノセンティアで受け流し、回避を続けてアスキオンに近づこうとする。だがアスキオンの周囲は太陽のような灼熱が存在しているため、意思力や魔素結界があっても触れることが出来ないのだ。
結局のところ直接攻撃も通じないのである。
切断の《神象眼》も試しているが、回復によって瞬間的に再生される。
まさに打つ手なしだった。
”キィィィイイ!”
アスキオンは更に空間侵食を進めて一段と活性化を強めた。
既に大地は半径数キロに渡ってマグマの海と化しており、空中も激しい熱気で焼かれている。特にアスキオンの周囲は透明な灼熱が舞い踊っていた。もはや人の視覚領域を超えるほどの光エネルギーを発しているため、クウも情報次元の視覚が無ければ気付かなかっただろう。
いや、近づけば問答無用で焼かれるので、それで気付いたかもしれないが……
(権能の空間侵食……それが鍵か)
目には目を、歯には歯を。
アスキオンが自分に有利な領域を作ったのならば、侵食を押し返せばよい。
そこまで考えたクウは、最後のパズルのピースが嵌ったかのように突破口を閃いた。
「ようやく理解した。「月」の力を見せてやる」
”キイィィィィィィッ!”
「覚悟しろよ? これが四つ目の「魔眼」だ……」
クウの瞳に黄金の六芒星が宿り、雰囲気が重くなる。
《真理の瞳》《神象眼》《幻葬眼》に続く四つ目の「魔眼」を発動させたのだった。
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