EP289 横槍
クウはすでに「魔眼」を解除してオリヴィアを蹂躙していた。元から戦闘能力が高くないオリヴィアを相手にするならば、基本的な武術だけで事足りる。殺しの朱月流抜刀術を習得しているクウは、そこで身に着けた術を使って圧倒的な強さを見せていた。
幻術も併用することで姿が霞むような縮地を見せ、気付いた時には斬られている。
いつ刀を抜いたのかすら知覚できない。
超越化したことで武術系スキルのアシストが消えてしまった今でも、クウの戦闘技能は変わらなかった。元々スキルは武器を扱う技術をアシストするだけであって、戦闘技術までは補正してくれない。そして戦闘技術は元からクウが持っていた、もしくはこの世界に来て鍛えたものであるため、スキルを失ったところで問題はないのだ。
クウは素の観察眼でオリヴィアの意識を読み取り、必ず隙を突いて動く。如何に戦闘中でも、人の集中力というのは意外と続かないものだ。達人はその意識の隙を読み取り、また読み取らせないことで戦いを有利に進めるのだが、当然ながらクウはその域に達している。最低限の戦闘技術しか持たないオリヴィアなど赤子の手をひねるようなものだった。
「くっ! なんて動きよ!」
そして百度目となる右腕の切断を受けたオリヴィアは悪態をつきながら再生を試みる。血が噴き出ているが、根本的に超越者の体は霊力で構成されているのだ。意思一つで再生できる。
逆に意思が折れた時点で身体が保てなくなり、霊力を消失して魂の死を迎える。
何度も切り裂かれて再生を繰り返せば気力を消費してくのは当然であり、オリヴィアはもしかしなくても拙いと理解していた。すでに痛覚は遮断しているが、再生するにもそれなりの精神力が必要となる。精神が弱るに従って魂から引き出せる霊力も少なくなっていき、加速度的に死へと向かって行くことだろう。
「今度は脚だ」
「きゃあっ!?」
更に両足を斬られたオリヴィアは崩れ落ちて地面に転がる。見ればクウは刀を鞘に納めたまま余裕の表情でオリヴィアの再生を待っており、それがオリヴィアには屈辱で堪らなかった。
しかし、何も出来ないということもまた事実。
こんなことならば武術を一つでも極めておくべきだったと後悔する。
もはや彼女には権能【英霊師団降臨】を使用するほど意思力に余地がなく、また仮にあったとしてもクウには効かないだろう。既に能力を解析、理解されているのだ。
能力の仕組みや効果を理解された上に、クウはその対抗可能能力を有していた。
つまり権能【英霊師団降臨】は完封されており、使ったところで意味などないのである。
「ほらよ。もう一回右腕だ」
再生した瞬間を狙ってクウは執拗にオリヴィアの四肢を斬り落としていく。超越者にとって臓器などは急所にならず、腕を斬り落とされても、心臓を貫かれても同質のダメージとなる。どちらかと言えば、目に見えてわかりやすい腕の方が精神的ダメージは大きいだろう。
それゆえ、クウはひたすら腕や足を切断し続けていた。
傍からすれば美女の手足を斬り落とす鬼畜にしか見えないが、これはあくまでも超越者を倒すために必要な手順だ。決して狂人の所業ではない。
だが、流石にクウもここまで甚振り続けるのは良心が痛む。
そろそろ《素戔嗚之太刀》で勝負を決めようと考えていた。
(開眼、【魔幻朧月夜】)
クウは左手で鞘に納められた神刀・虚月を持ち、右手は柄にかける。そして黄金の六芒星が輝く「魔眼」でオリヴィアを視認した。
そして「意思干渉」を発動させて魂の根源へと潜り込み、切り裂く対象を確認する。この《素戔嗚之太刀》は意思次元を直接切り裂くことが出来る技であり、情報次元や物理次元に対しては直接的影響を与えない。
意思次元が切り裂かれた結果として、情報次元や物理次元に余波が生じることはあるのだが、この攻撃自体は純粋に意思次元だけを対象としたものだ。故に技の難易度も格段に上がっている。
あるものを無いように見せたり、無いものをあるように見せる「意思干渉」は簡単だ。謂わば錯覚を極めた先にある現象であるため、やっていることは幻術と大差ない。ただ、世界やその他の意志ある生命が、「意思干渉」によってその錯覚を現実だと認めさせられた結果として、錯覚が錯覚で無くなるだけである。
だが、意思次元へとの直接攻撃となると少し変わってくる。
相手の意思を破壊する。
それは相手の存在意義すらも真っ向から否定することに他ならない。クウ自らの意思力を刃として、相手の意思を引き裂く。ゆえに、クウに切り裂く対象を殺すという意思が無ければ《素戔嗚之太刀》は発動できないという制限があったりする。
(オリヴィアを……殺す!)
平和な国である日本で育ってきた以上、本気の殺意というのは実感のないものだった。しかし、この世界に召喚されて、主に魔物から何度も殺意を向けられ、また逆に殺意を向けている生活を続けている。
まだ一年にも満たないが、本質を理解することに長けたクウの順応性は、殺意を向けるということを受け入れていた。
クウにとってはユナを見つけることが最優先であり、その障害となる存在は消す。
また大切な家族となったリアを害する者は消す。
甘さを捨て、やるべき時には命すら奪う覚悟を決めていた。
だからこそ《素戔嗚之太刀》はここで発動条件を満たす。
「《素戔嗚之太刀》」
クウの「意思干渉」によって背後に巨大な白銀の太刀が出現した。オリヴィアの意思はその太刀の存在を認めさせられ、それによって幻想だった太刀は現実となる。
この巨大な太刀はクウの持つ神刀・虚月と連動しており、今は鞘に納められたまま宙に浮いていた。
オリヴィアはそれを見て目を大きく開き、声を絞り出す。
「な……何なのよそれは……」
「答える義務はない」
冥土の土産に教えるのが優しさなのだろうが、クウにはそのつもりがない。わざわざ能力を説明するなど愚の極みだからだ。特に能力を解析され、対策されるのは超越者にとって最悪の事態である。例え相手が死ぬ直前だったとしても、クウに余計なことをするつもりはなかった。
「終わりだ――」
『閃』、と小さく呟いてクウは居合切りを放つ。
オリヴィアの意識が一瞬だけクウの右手から外れた隙を狙い、刀は振るわれる。それは消耗した今のオリヴィアからすれば目で捉えられぬ神速の一撃であり、回避など不可能だった。
本来、居合切りとは意識誘導や足運びなどのテクニックを多用することで、目で捉えられない一撃を再現している。また納刀状態からの一撃であるため、相手は刀に対して意識を割きにくい。刃の全容が見えないという理由もあり、間合いも掴みづらい。
結果として、致命的な一撃を貰うことになるという仕組みである。
今回の場合、オリヴィアが気付いた時には白銀に煌めく巨大な刃が目の前にあった。
まだ生きるという強い意思があれば、霊力を活性化させて回避するだけの速度で動けたかもしれない。しかし、クウに何度も四肢を切断され、圧倒的な力の差を見せつけられたことでオリヴィアの意思は生きることを半ば諦めていた。
そんな脆弱な意思ならば、《素戔嗚之太刀》は一撃で砕く。
神刀・虚月と連動して動く白銀の刃は、大地を引き裂きながら、下から上へと振り切られた。
クウの意思力によって『世界の意思』すらも引き裂かれ、刃の通った軌跡上に深い傷跡を残す。土煙が舞い、刀が振られた勢いで風が吹き荒れた。
だが、それだけだった。
「……逃したか」
クウは意思次元を切った手応えが無かったことに気付き、そう呟く。
そして刀を収め、目を細めつつ西の方を睨みつける。すると、少し離れた場所に、地面に座り込んで荒い呼吸をしているオリヴィアと、その側に立つ男が見えた。
「ああ……はぁ…………うあぁ……っ!」
「助けに来た。ダリオンから事情は聴いている。大丈夫か?」
「え、ええ……」
「無理はするな」
男は優しい言葉をかけてオリヴィアを落ち着かせる。
魂の消滅の危機に瀕していた彼女は酷く動揺しており、かなり無理をしているように見えた。
クウは新たに現れた男を見て、眉を顰める。
(いつ現れた? 《素戔嗚之太刀》に集中していたとしても、俺の感知をすり抜けてオリヴィアを助けるなんてあり得るのか?)
かなりの集中力を必要とする《素戔嗚之太刀》を使用した瞬間だったとはいえ、クウの感知能力をすり抜けてオリヴィアを助けるとなると、やはり超越者しか有り得ない。
そう考えれば男の正体も自ずと予想できた。
(【アドラー】の四天王、もしくは魔王か)
クウは《真理の瞳》で男の情報次元を解析する。
文字列を読み取り、整理することで男の能力が視界の端に表示された。
―――――――――――――――――――
オメガ (分体) 1487歳
種族 超越神種天魔
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
権能 【怨讐焉魔王】
「魔神体」「顕現」「誓約」
―――――――――――――――――――
見えたのは魔王の名前。
【アドラー】の魔王として知られるオメガという名とその能力だった。
(……けど分体か)
名前の横に表示されている『分体』の二文字。つまり、ここで目の前のオメガを倒したとしても、全く意味がない可能性が高いということである。また分体にも権能の表示があることから、本体と変わらぬ性能を持っている可能性が高い。
かなり優秀な能力らしいと分かった。
(あと気になるのは特性「天使」か。一体、誰の天使だ? 邪神カグラか?)
魔王に加護を与えそうな神と言えば邪神だ。【レム・クリフィト】の魔王アリアも魔神ファウストからの加護を受けているが、真名は魔法神アルファウなので邪悪な意味はない。
一方で邪神カグラは魔人族以外の種族に《邪神の呪い》を付与しており、それによって文明レベルが著しく低い。完全秘匿されているので普通は見えないのだが、これが見えるクウは邪神カグラの存在を知っている。
加護が存在する以上、加護の元になる神も存在しなければならないからだ。
(……これ以上は情報次元を辿っても調べられないか。特性「天使」に組み込まれている加護自体に秘匿能力が隠されているっぽいな。加護の先は追えない)
これ以上は無理だと悟ったクウは解析を止めてオメガ分体の様子を窺う。
二メートル近い長身と腰まで伸ばした長い髪が特徴的で、髪は後ろで一本に結んでいる。顔立ちは中性的だが、体格から明らかに男だと分かる見た目だった。
服装は全体的に黒であり、パッと見ただけでは武器を持っているように見えない。身のこなしから武術の心得があると分かるので、何かしらの武器は使えるのだろう。もしくは徒手空拳でも使うのかもしれない。
クウがオメガ分体を見つめていると、向こうもクウへと視線を返してきた。
数秒の後、オメガ分体が先に口を開く。
「貴様が黒い天使か。オリヴィアを追い詰めるとは……我も貴様と戦ってみたいところだが、今はオリヴィアを撤退させることが最優先なのでな」
「逃がすと思っているのか? 随分とおめでたい思考だな」
「分かっているとも。だから貴様にはコイツの相手をしてもらう」
そう言うとオメガ分体は右手を天に向かって突き上げ、能力を発動させた。莫大な霊力と共に天空で巨大な魔法陣が展開され、バチバチと黒い稲妻が閃く。
「世に示せ【怨讐焉魔王】……姿を顕せ《神格降臨》!」
オメガの能力には「顕現」と「誓約」というものがある。
この二つを組み合わせることで、契約した存在をこの世に顕すことが出来るのだが、その召喚は異世界の存在すらも呼び寄せることを可能としていた。
「誓約」は絶対であり、オメガが「顕現」を命じれば、それに応じなければならない。
例えそれが神格に値する存在……謂わば超越者でも同様だった。
”キイィィィィィィイッ!”
甲高い鳴き声と共に巨大魔法陣から出現したのは炎に包まれた巨鳥の姿。燃える翼と紅蓮の瞳を持っており、その灼熱が大地を焼く。元からクウの《銀焔》で焼き尽くされているので燃えるものは残っていないが、もしも草の一本でも生えていれば即座に火が付いていたことだろう。
クウは意思力を強め、霊力を張り巡らせることで灼熱に耐えていた。
「何だアレは……?」
「ハハハハハハ! 教えてやろう! あの炎帝鳥は裏世界から呼び寄せた我の手駒だ。何、驚くことは無かろう。貴様は【砂漠の帝国】で多頭龍オロチとも戦っただろう?」
「っ!? あのオロチもお前の能力で呼んでいたってことか!」
レイヒムは魔王オメガからオロチを貰ったと言っていた。つまり、オロチを元から手懐けていたのはオメガだということになる。目の前にいる灼熱の巨鳥と同様に、オロチも裏世界とやらから召喚された存在なのだろうとクウは予想した。
「行け。炎帝鳥アスキオン」
”ふん。勘違いするなよ。私は契約を履行するまでだ”
「貴様の仕事はそこにいる男の足止めだ。排除しても構わん」
”ちっ! 仕方ない。甦れ【極焔不死鳥】”
その瞬間、辺りは灼熱の世界へと変貌したのだった。
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