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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
虚空の迷宮編
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EP28 フィリアリアの頼み事③


 冒険者とは思えないほどの綺麗な栗色の髪と白い肌を有するフィリアリア。10人が見れば10人が振り返るだろうと思えるほどの美貌を持ち、回復系の効果を無条件に引き上げる《治癒の光》という固有能力まで秘めている。

 貴族社会に疎いクウでさえも政略結婚のカードとしての莫大な価値を理解できた。だが、一つ疑問を感じたクウはフィリアリアに問いかける。



「なぁ、その前に一つ疑問なんだが、何故そこまで政略結婚を嫌う? お前ほどの条件ならば、相手先だってそれなりの優良物件だと思うけど?」


わたくしも政略結婚自体に嫌悪を感じているわけではありません。貴族の娘として仕方ない部分もありますし。しかし、私が嫁いだ後に残される母上のことが心配なのです」


「お前が名家にでも嫁げば母親の寵愛も上がるんじゃないのか?」


「いえ、そんなことはないでしょう。義母はそれを危惧しているようですが、実際はわたくしが嫁いでいくことで余計に見向きもされなくなるでしょう。今でこそ私の機嫌取りのために愛している風を装っていますが、わたくしがいなくなればそれもどうなるか……。何故なら母上には私以外に子がいませんから」


「だがそれは冒険者になっても同じだろ?」


「ええ、ですからこれは父上の思い通りになりたくない、というわたくしの我儘です」


「そういうことね……」



 ただの道楽かと思えばかなり重たい事情があったことに考え込むクウ。対するフィリアリアは祈るような気持ちでクウを見つめていた。



「さっき……1か月以内に30階層突破と言ったな?」



 突然のクウの質問にフィリアリアは深く頷く。



「1か月も俺の自由を縛るなどバカにしている」



 期待の眼差しを向けていたフィリアリアはクウの受け答えにガックリと視線を落とした。冒険者の受ける依頼は大抵が2週間以内であることが多い。そう考えれば、指名依頼という形であっても冒険者を1か月縛り付けるという依頼は悪条件に他ならない。同じ冒険者としてそれを理解しているだけに、フィリアリアも内心ではクウの答えに納得していた。



「クウ! 1か月ぐらいなら受けてもいいだろう!」


「俺は今から1か月あれば迷宮の50階層も突破できる自信がある。それを30階層までしか行けないんだ。20階層分の差は大きいと思うが?」


「うっ……だがっ!」



 クウの反応にしびれを切らしたブランもフィリアリアの援護射撃を行うが、正面から論破されて言葉を飲み込む。自由を掲げる冒険者という職業には緊急時を除いて強制はできないので、ブランにもどうしようもない。



「いえ、ブランさん……。無茶なお願いをしたこちらに非があります。もうこれ以上クウさんに言っても意味はないでしょう。協力してくださったのに申し訳ありません」



 フィリアリアは決意に満ちた表情で立ち上がる。



「これはわたくしの我儘です。貴族としての使命を放り出して、ただ父上に嫌がらせをしたいがために他人に迷惑をかけるのは間違っています。クウさん、いろいろと失礼なお願いをして申し訳ありませんでした」


「お嬢様……」



 深く腰を折るフィリアリアをステラが抱き起す。てこでも態度を変えないクウに対してステラは怒りと情けなさでいっぱいだった。こんなに真摯に訴える主人に対しても、すました顔で紅茶を啜るクウにステラは我慢の限界を抑えきれず怒鳴り散らした。



「貴様は! 人の心と言うものがないのか! お嬢様がこれほどまでに心を痛めて頼んでいるのに! 貴様は! 貴様は!」


「ステラ! クウさんに当たるのは止めなさい!」



 言い争う二人を見て、クウは深くため息をついて立ち上がる。

 それを見たフィリアリアとステラはピタリと口を閉じてクウに顔を向けた。







「お前らさっきから何か勘違いしてないか?」


「「えっ?」」



 クウの口から出た言葉に思わず顔を合わせる2人。背後のメイドたちも顔を見合わせて不思議そうな表情をしている。それを見たクウは面白そうに口元を吊り上げて言葉を続けた。



「俺は一言も依頼を受けないとは言っていないぞ? 俺が言ったのは1か月も俺を縛るなどバカにしているってことだけだしな。何故俺は依頼を受けるも受けないも言ってないのに責め立てられるんだ?」


「で、ですがクウさんは1か月も依頼を受けることを容認できないのでしょう? それは依頼を受けないと言っているのと同じではないのですか?」



 フィリアリアの質問にコクコクと頷くステラとメイドとブラン。

 クウは大きなため息を吐いてフィリアリアを見つめた。



「……3日だ」


「え?」


「3日でお前を30階層に連れて行ってやる」


「え? えぇ?」



 フィリアリアだけでなく隣にいるステラも訳が分からないといった表情でクウを見つめ返す。クウは最高に悪い笑顔を二人に向けながら言った。



「俺はたかが30階層攻略に1か月もかかるというのは俺の実力をバカにしていると言っただけだ。要は1か月以内に30階層に行けばいいんだろ? だったら早い分には問題ないと思うが? 3日で30階層だったら俺の許容範囲だしついでに連れて行ってやってもいいぞ?」



『…………』



「ん? どうかしたのか? 3日で遅いなら2日でも……」


「いや! そこじゃねぇから! 依頼受けるなら受けると早めに言えよ! しかも分かりにくい言い方しやがって……。その辺は模擬戦の時と同じだな!」


「褒めてくれて嬉しいよ」


「どこがだ!」



 一方のフィリアリアは突然のクウの言葉に理解が追い付かず、完全に混乱していた。



「え? クウさんが依頼を受けてくださる? 3日? え?なんで? まさかわたくしのあの決意も全て勘違いで……」


「お嬢様! しっかりなさってください。確かに我々は勘違いしましたが、あいつは確実に悪意を持って勘違いさせる発言をしていました。騙されないでください!」


「はっ、そうなのですか? クウさんも人が悪いですね」


「アレは人が悪いというか、完全に悪い人だと思いますよ……」




 ギルドの応接室はしばらく騒ぎ声に包まれた。










「結局どうなんだ? クウは依頼を受けるということでいいのか?」


「ああ、いいよ」



 なんとか落ち着きを取り戻した5人は依頼を受けると言うクウと、詳細を詰めるためにもう一度詳しい話をしだした。



「確認するぞ? クウはフィリアリア様を3日で30階層まで連れていく。クウは迷宮効果を無効化する秘術を持っていると。まぁ、このあたりは別に疑っちゃいないがとんでもないスキルだな。

 報酬はどうする? 一応だが指名依頼という扱いになるからきちんとした報酬を決めてからでないと依頼自体を受領できないんだが?」


「報酬ね……。フィリアリアはなんでも用意すると言ったが、正直のところ俺も欲しいものなんてないからなぁ。どんな報酬が妥当になるんだ?」


「無難に言うと金だな。この依頼なら大金貨5枚は堅い」


「さすがにぼったくりだろ」


「いやいや、お前は実感していないから理解できないかもしれんが、本来なら虚空迷宮の厄介な効果を無効化した上でおよそ10階層分を3日で踏破するなんて不可能だからな? 難易度としてはSランクだ」


「そういうものか」


「そういうものだ。それでどうする?」


「金でいいよ。あって困るものじゃない」


「わかった」



 ブランは依頼書に今回の依頼とランク、報酬などを書き込んでいき、書類として処理していく。最終的にできた依頼書をフィリアリアとクウに見せてお互いにサインし、受領が完了した。



「では確認だ。

 依頼主フィリアリア様を22階層から30階層まで護衛し、3日で踏破する。3日で安全に踏破できた場合は報酬として大金貨5枚を渡すものとする。期限が過ぎても依頼失敗にはならないが、報酬が1日ごとに大銀貨1枚ずつ減っていく。迷宮ダンジョンという特殊な場所を考慮して、フィリアリア様が多少の怪我を負ったとしても報酬の減額はないものとする」



 ブランがフィリアリアとクウに交互に視線を送ると二人とも深く頷いた。



「ではクウ。依頼開始は明日からだ。今日の所は迷宮攻略を休んで、明日からの3日間に備えることをお勧めする」


「そうする」


「フィリアリア様も今日はお帰りになられた方がよろしいかと思います」


「そうですね。ではクウさん。明日はいつ集合にしますか?」


「そうだな……。9時にギルドに集合で」


「わかりました。ではわたくしたちはこれで失礼するとしましょう」



 先ほどとは打って変わって良い表情になったフィリアリアはステラ、アンジェリカ、レティスを伴って応接室を後にした。心なしか声が弾んでいたのは気のせいではないだろう。








「ふぅ~。一時はどうなるかと思ったぞ」


「そいつは傑作だ。もっと引っ掻き回せばよかったか?」


「やはりわざとだったんだな」



 ブランの言葉に悪戯っ子のような顔をするクウ。肩をすくめて「どうだか?」と言ってはいるがブランもある程度は確信していた。



「なんであんな面倒なことをしたんだ?」


「まぁ……な。簡単な理由としては、俺はこの街に来てからラグエーテル家についての悪口を聞いたことがないから、少し疑ってかかっただけだよ」


「まぁ、現当主のテドラ様は確かに【ヘルシア】の街のことをよく考えてくださっているな。だが逆に街のためには自分や自分の家族を犠牲にすることを厭わない方だ。貴族ならば庶民のために出来ることを尽くす、という良い意味での典型貴族なんだが、それが行き過ぎているんだ」


「フィリアリアは要するに家族愛に飢えているといったところか。そう思えば受けて正解だったかもな」


「どういう意味だ?」


「つまりは気を引きたいんだろ? 母親がどうだとか言ってはいたが結局は14歳の少女のちょっとした反抗期みたいなものだ。普通の女の子らしくていいじゃないか。それなら周りの大人も手伝ってあげないとな」


「お前は……本当に16歳か?」


「今年で17だな」



 クウもスッと立ち上がり、フカフカのソファを名残惜しそうにしながらも応接間を後にする。残されたブランはクウに散々振り回されたことでドッとため息を吐いたのだった。




3/7 以下のセリフを追加

「俺はたかが30階層攻略に1か月もかかるというのは俺の実力をバカにしていると言っただけだ。」


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― 新着の感想 ―
意地悪な所は子供っぽいよね
[気になる点] ステラがクズすぎてきつい。依頼を受ける理由も主人公の心情が書かれてないから全くわからない
[良い点] 王道ストーリーで、読みやすい。 主人公が見栄っ張りで優秀にもかかわらず、ついつい自分のことを喋り過ぎてしまうところなどがとても子供らしくてリアル。 主人公の人としての成長がとても楽しみです…
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