EP288 クウVS.オリヴィア④
一方、《冥府顕在》発動後は高みの見物に甘んじていたオリヴィアに、確かな焦りが見え始めていた。領域ごと不死者に有利な環境へと転じさせ、圧倒的な物量で押しつぶせば勝利を得られたはずだった。本当の奥の手でもあるフォールン・デッド・カオスすらも見せたのだから、相応の結果を得られなければ納得いかないというものである。
しかし、実際に追い詰められているのはオリヴィアの方だった。
初めこそ黒い天使ことクウを追い込んでいるかのように見えたが、ふとした瞬間に逆転。謎の能力によって何もかもが引っ繰り返されたのである。
「どうなっているのよ……有り得ないわ!」
デス・ユニバースたちフォールン・デッド・カオスも所詮はステータスの範囲内の存在だ。しかし、能力を限界まで底上げしているため、数をぶつければ超越者相手にも十分戦える戦力だったはずである。
オリヴィアがそう叫ぶのも当然だった。
「拙いわ! こんなのどうしろっていうのよ。不死者に特効の能力だとでも言うのかしら?」
クウは能力が解析されることを非常に警戒していたが、実際は余りにも意味不明過ぎて解析など不可能だった。世界を書き換え、運命を塗り替える能力などと誰が予想できるだろう。
予想できたとしても、そんなはずないと否定してしまうほど強力な能力であるため、クウの警戒はそれほど意味がないものだった。
現に、オリヴィアは頭脳仕事が得意であるにもかかわらず、クウの能力を全く理解できなかったのだ。高位能力者同士の戦いは相手の能力を理解したときに勝負が決まるため、オリヴィアにとって今の状況は圧倒的な不利というわけである。
(油断して転移魔道具を持ってこなかったのが仇になったわね。恐らく黒い天使は私を逃してくれない。希望はダリオンが援軍を呼んでくれる可能性があることかしら)
実際、オリヴィア自身の戦闘能力は低めだ。それこそステータスの範囲内にいる相手なら余裕で勝てるのだが、戦闘が得意なタイプの超越者が相手だと絶対に負ける。
それに作戦参謀という仕事がオリヴィアのメインであるため、武器の扱いなどは心得程度しかないのだ。こんなことならまともな戦闘手段を確保しておくべきだったと後悔する。
だが、オリヴィアはすぐに首を振って考え直した。
(いえ、私の武器はやはり物量と死の力よ。幸いにも《冥府顕在》のお陰で領域内部のことは知覚できるもの。不死者たちを上手く使ってどうにかしてみせるわ!)
感知すれば、クウが一直線にオリヴィアのもとへと向かっているのが分かる。このままでは一分もしない内に接触することになるだろう。
オリヴィアは地面に手を当て、膨大な霊力を込めて「死の祝福」を送った。
大地が死に満ち、瘴気が溢れる。
まだ午前の時間帯であるにもかかわらず、空が暗く淀み始めた。
「まずは瘴気を溜め続ける。《永劫輪廻不死降臨》」
クウにダメージを与えるには瘴気が一番だと判断し、大量の不死者を召喚する術式を使用する。効果としては無限に不死者を生み出し続けるというものだが、その規模が異常だ。《冥府顕在》発動中の空間でしか使えない代わりに、埋め尽くすほどの死者を呼び出し続けるのである。
具体的な数を言えば、億や兆の単位となる。
更に一度呼び出した不死者は空間中に記録され、その不死者が消失した瞬間に再度召喚が即時実行されるという追加効果もある。潰しても潰しても再生し、完全に消滅させても情報記録から再構成して何度でも再召喚される。
そして不死者によって瘴気が溜まり続け、いずれは超越者の意思力にも侵食するのだ。
その程度で超越者は倒せないだろうが、確実に有利な状況となる。逆にオリヴィアは「死の祝福」のお陰でパワーアップするからだ。
「全く……前線で命を張るのは本当に嫌ね」
オリヴィアの呟きは誰にも聞こえることなく淀んだ空に消えていったのだった。
◆ ◆ ◆
デス・ユニバースやフォールン・デッド・カオスを消滅させたクウは一直線にオリヴィアの所を目指していた。それなりの速度で空を飛んでいるため、一分程で捉えることが出来るだろう。
音速で飛べば十秒ほどで追いつけるのだが、別に急ぎではないので速度はそれなりだった。空気抵抗のこともあるので、よほど急いでいない限りは負担のかかる音速飛行もしないのである。超越者でも、この世界にいる以上は物理法則と向き合わねばならないのだ。
「この特殊空間……滅茶苦茶な広さだな。ファルバッサの【理想郷】ともいい勝負になりそうだ」
領域系の能力と言えば、クウが思いつくのはファルバッサの【理想郷】だ。指定領域内の法則を自在に操り、支配者となる能力であるため、限定的ではあるがオリヴィアの《冥府顕在》も似ている。
「領域系の能力は俺と相性が悪いし、対策を考えた方が良さそうだな」
クウの能力は「魔眼」で捉えた対象に対して発動するものがメインだ。広大な空間を丸ごと能力の影響下にされた場合、クウの眼に映らない場所は能力の対象外となる。
一応、特性「月(「夜王」)」を使えば夜の間だけ領域支配の効果もある。
ただ、いつでも夜に戦えるわけではないので……というより夜に戦う方が少ないと思われるので、何かしらの対策が必要だと考えたのだ。
「まぁ、それは後でいいか。取りあえずオリヴィアとやらは始末させて貰おう」
能力を見せた以上、生きて返すつもりはない。
高位能力者にとって能力を解析されるという行為は死活問題なのだ。一般人相手なら見せたところで問題ないだろうが、相手が超越者なら話は別である。それにオリヴィアは結局のところ敵だ。クウはオリヴィアを始末することを躊躇うつもりはない。
一応は殺意を向けられた相手なのだ。
それを許容する程クウは甘くないのである。
だが、ここで再び周囲の様子が大きく変化し始めた。
「情報次元が活発に演算している。また召喚か? それも大規模の」
クウは一度停止して周囲を見渡し、《真理の瞳》で情報次元を確認する。すると、次々と不死者が構築され、物理次元に出現しようとしているのが見て取れた。実際にクウの眼下では赤黒い霧が渦を成し、大量のデス・ユニバースが湧き出ようとしている。いや、地上だけでなく空中からも無数のデス・ユニバースが姿を見せ始めていた。
その規模は【砂漠の帝国】で目にした《神罰:終末の第六》を彷彿とさせるほどだ。二億の天使軍を召喚するのがあの術式だったが、今回召喚されたデス・ユニバースはその数に匹敵するか、超えていると思われる。
空中にもデス・ユニバースが出現したことで道を阻まれ、クウは仕方なく先にデス・ユニバースを排除することにしたのだった。
「《神象眼》発動」
それによってデス・ユニバースは世界から燃え尽きる運命に定められた。
広範囲に広がった白銀の炎が全てを燃やし尽くし、炎に触れた不死者は消え去る。所詮は仮初の魂と意思力しか持たないデス・ユニバースは『世界の意思』に抵抗することなど出来ない。
デス・ユニバースは正式な魂を持たないため、突き詰めてしまえば一種の現象だ。
オリヴィアによって引き起こされている現象なのである。
よってクウの「意思干渉」で現象は塗り変えられ、燃え尽きるという現象が優先された。情報次元に保存されているハズの情報すらも抹消され、《永劫輪廻不死降臨》は本来の効果を発揮できない。
億単位のデス・ユニバースが一斉にクウへと襲いかかるが、燃やし尽くされ、バラバラに切り裂かれ、攻撃が届くことはない。まさに一方的な蹂躙だった。
「ふむ……なるほど。少しオリヴィアの能力が分かってきたな」
デス・ユニバースが生物ではなく現象だと分かれば後は簡単である。
現象を無かったことにしてしまえば良いのだ。
見た目から生物だと思い込んでいたので《神象眼》による攻撃をメインとしていたが、現象だと分かってしまえば《幻葬眼》で全て夢幻へと変えてしまった方が楽だ。
(デス・ユニバースも含めて、魔物のように仮の魂や意思力を持つ存在は生物ではないってことだ。見た目は生物のようだけど、魂を持たない以上は本当の意味で生命だとは言えない。謂わば、生命の形をした自然現象だ)
地中海で巨大亀型魔物アークと戦ったときに解析していたが、魔物は魂を持たない存在だ。疑似的な魂と意思次元を有する存在であり、生命ではない。
流石のクウでも「意思干渉」で魂を無かったことにはできない。根底にある意思次元を損傷させることで破壊することは可能だが、幻へと変えることは出来ないのだ。
しかし、対象が魂ではなく情報次元レベルで引き起こされている現象ならば話は変わってくる。
結局のところ、意思力とは『想う力』だ。
理解さえしてしまえば、そのように能力を発動できる。
「消え去れ。《幻葬眼》」
クウは全力で意思の力を込め、六芒星の宿る「魔眼」を発動させた。「意思干渉」や「理」や「月」の特性によって意思次元が書き換えられ、反発する情報次元も抑え込まれる。結果として現象はクウの望むままに書き換わり、全ては幻想に葬られた。
オリヴィアの意思力がクウを上まわっていれば抵抗出来ただろう。
だが、残念ながら意志の力はクウの方が上だった。
オリヴィアが圧倒的な霊力を保有していれば、力技で防げたかもしれない。
しかし、クウとオリヴィアの魂は同格であり、更に意思力はクウの方が優っているため、引き出せる霊力量でもクウの方が多いくらいである。
《冥府顕在》も《永劫輪廻不死降臨》も容易く破られ、世界は元の状態に戻る。
東の方から朝日が差し込み、優しく世界を照らし出していた。あの淀んでいた空気は痕跡すら感じられないほど澄み渡っており、あの地獄は幻だったのではないかと思わされる。
いや、事実、他ならぬクウの手によって幻に変えられたのだ。
「さてと。オリヴィアはこっちだな」
情報次元を見てオリヴィアの居場所は把握しているので、迷うことはない。今度は音速で飛翔し、衝撃波を撒き散らしながらオリヴィアの目の前に着地した。激しい音と共に土煙が舞うが、クウは《神象眼》で全て吹き飛ばした。
こうしてようやく至近距離で対峙したクウとオリヴィア。
しかし両者の浮かべる表情は全くの逆である。
自信に満ちた瞳をしたクウは余裕の態度でオリヴィアを見つめ、対するオリヴィアは驚愕と恐れをハッキリと表しながらキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
完膚なきまでに術を破られたオリヴィアにはもはや戦う手段がない。
「お前が四天王オリヴィアか?」
「……そうよ」
「少し聞きたいこともあるけど――」
「話す気はないわ」
オリヴィアはクウの言葉を遮って《死界門》を発動させ、デス・ユニバースを呼び出そうとする。しかし、即座にクウの《幻葬眼》で術は破壊され、召喚は失敗に終わった。
「無駄だ。既にお前の能力は把握している」
「くっ!」
完全に対策されてしまったオリヴィアはまともに能力を発動することすらできない。超越者同士の戦いには、先に相手の能力を理解した方が勝ちという部分もあるため、能力は出来るだけ隠すのが普通だ。少なくとも、能力の本質を悟らせないのは絶対条件である。
オリヴィアはその絶対条件を破られてしまった。
「だから終わりだ」
「っ!?」
クウは幻術でオリヴィアの知覚へと干渉して居場所を誤認させ、本人は彼女のすぐ後ろに移動して耳元でそう囁いた。オリヴィアはビクリと肩を揺らし、目の前にいたはずのクウが背後にいることを悟る。それと同時に、幻術で見せられていたクウの姿が揺らいで消えた。
オリヴィアは咄嗟に飛び退き、クウと距離をとる。
しかし、すぐに右腕に違和感を感じて目を向けると、肩から先が消失して血が噴き出ていた。一瞬頭が真っ白になり、遅れて感じた痛みに表情を歪ませる。
「ああ……くうぅ……」
「次は左腕だ」
「……あっ…………」
オリヴィアが再び背後からクウの声を聴いた時には、すでに左腕が斬り落とされた後だった。クウは最強幻術《夢幻》によってオリヴィアの意思力へと干渉し、認識能力を乗っ取っていたのである。
そして相手を認識できないというのはそのまま恐怖になる。
恐れは人を鈍らせ、幻術は更にかかりやすくなる。
いずれは完全に追い詰められることになるだろう。
そこまでオリヴィアの精神を追い詰めれば、後は《素戔嗚之太刀》で魂を完全に破壊することが出来る。意思次元を直接攻撃することで超越者すらも殺す切り札。
切り札ゆえに確実にオリヴィアを仕留めることが出来るまで隠しておいた力である。
対策されては困る技なので、ここぞという時まで取っておいたのだ。
オリヴィアも切り札である《冥府顕在》を早く見せすぎたため、対策されてここまで追い詰められることになった。
「まだまだ行くぞ!」
クウはいつの間にか出していた神刀・虚月の柄に右手を掛け、居合切りの構えを取る。
それと同時に姿が掻き消え、再びオリヴィアの血飛沫が舞うのだった。
クウさん容赦ないです。
でも超越者を倒す方法=心を折る、ですから仕方ないですよね。
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