EP286 クウVS.オリヴィア②
オリヴィアの召喚したデス・ユニバースを全滅させたクウは、左手に装備した虚空リングから神魔剣ベリアルを取り出す。神刀・虚月でも良かったのだが、神魔剣ベリアルは死の瘴気による範囲攻撃が出来るので、ここではこちらの方が適していると考えたのである。
超越化した今ならば神魔剣ベリアルからの逆侵食を防ぐことは容易い。装備者にすら死の瘴気でダメージを与える欠点も、今のクウにとっては問題にならないのだ。
「さてと……ようやく接近戦だ」
クウは背中の翼へと意識を向け、一気に加速してオリヴィアへと迫った。一瞬にして音速に到達し、周囲に衝撃波を放ちながら神魔剣ベリアルを振り下ろす。その際に死の瘴気を纏わせ、振り下ろすと同時にそれを解放した。
オリヴィアは余裕で剣を回避していたが、瘴気による範囲攻撃までは避けきれない。死という概念を以て対象を滅ぼす瘴気がオリヴィアを飲み込んだ。反撃に転じようとしてギリギリの回避を試みたのが仇となったのである。
「ぐっ……これは!」
「逃すか!」
オリヴィアはすぐに瘴気から飛び出してダメージを最小限に抑えようとしたが、クウには逃すつもりが無いため、「魔眼」で捉えて追跡する。魔剣ベリアルによる死の瘴気は、意思力が強い者ならば耐えられる程度のものだ。所詮は疑似的な神剣であるため仕方ない部分もあるのだが、オリヴィアはそれほどダメージを負っていないように思える。
「《銀焔》」
「くっ」
クウは続いて銀霊珠から作成した白銀の炎を放ち、オリヴィアを攻撃した。咄嗟にオリヴィアも魔素結界でガードしたが、それで動きを止めてしまう。クウが狙っていたのは、この僅かに動きを止める瞬間だった。
超越者相手では音速攻撃でも回避されるため、こういった小細工は必須だ。ただ、これは普通の戦いにおいては常識的な行動である。一般人と超越者ほど格の差があれば別だが、通常の戦いでは本命となる攻撃を当てるために、様々な細工を行う必要があるのだ。
一瞬の隙を見せたオリヴィアに向けて、クウは剣を振り下ろす。死の瘴気を纏った一撃はオリヴィアの張っていた魔素結界を切り裂き、オリヴィア本人にもダメージを与える。クウは斬り返しで更に攻撃を加えようとしたが、流石に避けられ、大きく飛び退かれてしまった。
「浅かったか」
「完全に避けたと思ったのだけど……その剣、瘴気で少しだけ斬撃範囲を拡張しているのね」
「やっぱりすぐに分かるか」
「当然よ」
そんな会話をしている間にオリヴィアに付けられた傷が塞がっていく。傷口に死の瘴気が纏わりついて回復を邪魔していたはずだが、オリヴィアはその瘴気を吸い取るようにして回復してしまった。
「お前……そうか、死者を操る能力者にとっては、死の瘴気も呪いにはならないと」
「ええ。おいしく頂かせて貰ったわ。私の特性「死の祝福」は私自身にも効果があるの。死という概念は私にとって恐れにはならない。死を従えるのが私だもの」
「ならこの武器は選択ミスだったな」
クウは神魔剣ベリアルを収納し、左手に神刀・虚月を取り出す。神剣イノセンティアを二本取り出して二刀流で戦うことも考えたのだが、ここは使い慣れた刀で戦うことにしたのだ。
「あら、それも神装かしら?」
「よく分かるな」
「そんなものは能力が無くとも見れば分かるわよ。込められている力がまるで違うもの。一体どんな能力なのか聞いてもいいかしら?」
「それならお前の体に直接教えてやるよ」
クウはそう言うと同時に踏み込んでオリヴィアへと接近した。予備動作をまるで感じさせない踏み込みだった故にオリヴィアは反応できず、クウの接近を許してしまう。それでもオリヴィアは攻撃を回避しようとしてクウの右手に目を向けたが、クウは右手に武器を持っていなかった。
(どういうこと? まだ武器を抜いていない!?)
居合術など知らないオリヴィアは、この至近距離でクウがまだ武器を抜いていないことに驚きを見せる。そしてクウは目の前に来た瞬間に右手を神刀・虚月の柄にかけ、そのままオリヴィアの右脇腹を狙った。クウの霊力を通された刃は抵抗なくオリヴィアの右脇腹を通過し、そのまま鞘へと納められる。
その瞬間、神刀・虚月による絶対切断能力が発動して、オリヴィアは深紅を散らした。
「あ……」
「遅い」
クウは斬られて態勢を崩したオリヴィアに向けて容赦なく《崩閃》を放つ。白銀の奔流がオリヴィアの体を飲み込み、かなり遠くで爆発した。更に追加とばかりに銀霊珠を作成し、両手の間で引き延ばして槍の形にした。
「《神殺銀槍》!」
音速の十倍で放たれた槍は、クウが《真理の瞳》で捉えたオリヴィアの所へ正確に着弾し、巨大な柱状になってエネルギーを解放した。音と衝撃波が遅れてクウの下に届き、破壊の規模をひしひしを知らせる。
一連の攻撃にはまるで容赦がなかった。
しかし、それも当然である。
何故なら、超越者がこの程度の攻撃でまともなダメージを受けるはずがないのだ。いや、正確には一瞬で回復できる程度の傷しか負わない。手を抜けば自分がやられると分かっているので、容赦などしないのである。
そして、吹き飛ばされる形で距離をとることに成功したオリヴィアは、ここで切り札とも呼べる術式を使用することにした。
「私の『死』を受け入れなさい! 《冥府顕在》!」
それは願いではなく命令だった。
空間全てにオリヴィアの凛とした声が響き、一瞬にして世界が塗り変えられる。オリヴィアが指定した半径十数キロ空間そのもの、いや、世界そのものに「死の祝福」が与えられ、死者のための空間へと変化する。
世界は黒く淀み、大地からは瘴気が溢れ、塵になっていたオリヴィアのデス・ユニバースも一瞬にして完全再生を果たしたのである。
周囲には赤黒い渦が無数に出現し、大地から、空からと大量の死者が溢れだす。この世を地獄へと変えるオリヴィアの切り札《冥府顕在》が発動したのだ。
「ちっ! こんな術式を隠していたのか!」
クウの周囲にも大量のデス・ユニバースが姿を見せ、一斉に襲いかかってくる。咄嗟に《銀焔》で焼き尽くしたが、銀魔術ではデス・ユニバースを完全に倒すことが出来ないことも分かっている。
デス・ユニバースを滅ぼすには概念攻撃、もしくは意思次元攻撃が必要なのだ。クウの場合、月属性術式や意思攻撃になる。もちろん使用すれば簡単にデス・ユニバースを消滅させることが可能となるが、その場合はオリヴィアに能力を見せることになってしまうのだ。出来るだけ能力を隠したまま戦うと決めているため、クウは決定打を打つことが出来ない。
「《銀焔》!」
無限に湧き出続けるデス・ユニバースを焼却しつつ、クウは対応策を練る。一番の候補としては《神殺銀槍》に意思次元攻撃を付与して放つことだ。これによってデス・ユニバースの意思を完全に破壊すれば、仮の魂は形を保てずに崩壊する。別に《神殺銀槍》に拘らずとも《銀焔》や《銀雷鳴》に意思次元攻撃を付与しても良いので、銀魔術だけでオリヴィアと戦う名目は保たれる。
クウの能力の本質がバレる可能性も多少はあるのだが、まず思いつかないだろう。
問題があるとすれば、意思次元攻撃を付与するのに演算時間がかかるということだ。通常の銀魔術のように連発は出来ないのである。「魔眼」による攻撃と違って範囲指定をするためだ。無暗に意思次元を攻撃すれば、自分が巻き込まれたり『世界の意思』へ悪影響を齎すことも考えられる。
クウは《銀焔》でデス・ユニバースを焼き尽くしつつ、考えをまとめた。
(演算開始。対象はデス・ユニバースだから怨念系の意思をメインに攻撃設定。主な手法は浄化として月属性の能力を借り受ける。「意思干渉」により銀霊珠へ付与開始)
演算中に通常の銀魔術を使用する程の余裕は無いので、クウは刀術と格闘術をメインに立ち回る。刀でデス・ユニバースの首を斬り飛ばし、鞘で攻撃を受け流し、天使翼を操ってデス・ユニバースを吹き飛ばす。舞うが如きクウの戦いは幻想的であり、天使翼から振りまかれている白銀の粒子も相まって地獄には似合わない雰囲気を見せている。
音速を遥かに超えて動き回るクウにはデス・ユニバースでも対応できず、白銀の風が通り抜けたと思えばバラバラになっていたという状況が各場所で起こっていた。
そしてそうしている間にクウの演算は完成する。
「《神殺銀槍》!」
クウは神刀・虚月を納刀し、右手に白銀の槍を構える。
意思次元攻撃を付与した、本当の意味で神すら殺す可能性を秘めた攻撃。超越者にも直接的なダメージを与える意思攻撃が込められた白銀の槍が閃いた。
狙ったのは赤黒い渦が密集している地点。つまり、デス・ユニバースが無制限に発生し続けている部分だった。
そこは着弾と同時に破壊の嵐に飲み込まれ、巨大な柱状になってエネルギーが解放される。大地から上空までが強烈な意思攻撃に晒され、巻き込まれたデス・ユニバースは一瞬で消滅。更に、デス・ユニバースを生み出していた赤黒い渦も綺麗に消え去った。いや、寧ろ《冥府顕在》によって塗り替わった世界そのものが浄化され、《神殺銀槍》の効果範囲だけ切り取られたかのように黒い淀みも消え去った。
また浄化された空間にはクウの意思力が残っているため、《冥府顕在》による再侵食もない。
「次だ」
効果は十分だと分かり、クウは再び演算を開始する。先程の一発である程度は慣れたので、次からは更に早く意思次元攻撃を用意できるだろう。クウは《銀焔》に燃やし尽くすという意思に加えて、更に対象の意思そのものを焼却するという効果を与える。
通常の《銀焔》に与えられている燃やし尽くす意思は、銀霊珠に自分は炎であり、対象を燃やし尽くすことが出来るのだと錯覚させることで威力を実現している。自らが炎であると錯覚することで引き起こされている現象であるため、これ自体に意思次元を攻撃する効果はない。
だが、ここに意思次元攻撃を付与すれば、問題なく意思力攻撃に変化する。
概念防御では抵抗できず、自らの意思力で弾かなくては防ぐことは出来ない。当然ながら、仮初の意思力しか持たないデス・ユニバースには抵抗など不可能だ。
「《銀焔》」
クウの手から離れた白銀の揺らめきは、一気に広がって空間を焼き尽くす。《冥府顕在》によって淀んだ空間そのものを焼却し、怨念を全て消し去って浄化したのだった。勿論、巻き込まれたデス・ユニバースも綺麗に消え去る。
「しかしキリが無いな。それにオリヴィアは遠くに離れて高みの見物か。この次々に死霊が召喚される空間は厄介だし、いつまでも続けば超越者でも心が折れるな。空間に満ちている瘴気のせいでデス・ユニバースの回復も早くなっているみたいだから、文字通り物量に押し潰されることになるのか」
超越者が相手ではデス・ユニバースでも歯が立たない。しかし、無限に死霊が召喚される空間で延々と戦わせ続けられたならば、超越者でも嫌になってくるだろう。時間と共にデス・ユニバースは増え続け、道を塞がれて逃げることすら難しくなる。
それに、デス・ユニバースもかなりステータスが高めなのだ。通常、この世界ではあり得ないほどの高ステータス値とスキルを保有している。これ程の数で一斉に攻められ続ければ、疲弊するのは当然だ。それが超越者であったとしても同じである。
「つまり、俺がするべきなのはオリヴィアの所へ行って早急に倒すことだな」
クウはそう呟くと同時に行動を開始しようとしたが、ここで周囲でも異変が起こる。
『ギィィィアギャアアアアァァ%#*@ガアァア!?』
デス・ユニバースたちが一斉に絶叫を上げて不協和音を鳴らし、高密度の瘴気が集まっていく。クウが最初の方に放った意志攻撃の付与されていない銀魔術で塵となっていたデス・ユニバースたちであり、瘴気の収束と共に再生速度を急速に高めた。
数百体のデス・ユニバースたちが融合しながら……
『%$&#@*?$!#―――――ッ!』
もはや何を言っているのか理解できないが、到底意味のある言葉だとは思えない。各場所で数百体のデス・ユニバースたちが融合して一つの肉塊となり、不気味な巨人となって再生していく。まるで塵となったことで再生の際に混じりあってしまったキメラのようだった。
瘴気が収束して高濃度となっている場所でキメラの巨人が次々と出来上がり、中には無数の腕を翼のように生やして空を飛んでいる個体もいる。
地獄は更に混沌へと至り始めたのだった。
評価、感想をお待ちしております。