EP285 クウVS.オリヴィア①
クウは翼を広げたまま上空からオリヴィアを見下ろす。そしてオリヴィアは地上から見上げる形でクウと視線を合わせ、お互いに相手の出方を窺っていた。まずは先程のやり取りから目の前の敵が持つ力量を推測し、それを元にして戦闘シミュレーションを行う。二人が次に動くのは、その計算が終わってからだった。
オリヴィアが何も考えずに力を行使する脳筋スタイルならばこのような静寂も生まれることはない。しかし、彼女は【アドラー】で作戦参謀を任されている頭脳派の人物だ。結局のところ、死霊を無制限に召喚する彼女の能力を生かすには戦略的、戦術的知識が必須なのである。頭脳仕事担当として四天王に君臨しているのもある意味当然だった。
ちなみに、ゴーレムを創造して軍を形成する『人形師』ラプラスは研究者気質だ。それ故、似たような能力でありながら、彼はゴーレムの運用もオリヴィア任せにしていることがあるほどである。
それはともかく、計算高い二人はこの距離でも見えない謀略の戦いを張り巡らせていたのである。
(オリヴィアの能力を見た限りは、普通に不死者を創り出すだけだな。作成できるのがデス・ユニバースだけとは限らないし、与えられる【固有能力】も《無限再生》だけとは限らない。まぁ、俺が見せた《神殺銀槍》を警戒して無駄に召喚するってことはないと思うけど、一応は注意しておくか)
(あの天使が使った術が分からなすぎるわ……銀色の炎も雷も槍も幻術には見えない。それに、私を騙し続けるだけの幻術能力があるなら、とっくの昔に直接攻撃を加えられているハズよ。ダリオンだって逃げることは出来なかったわ。つまり、彼の能力は状態を変化させること……かしら? 光を状態変化させれば幻術に近いことも出来るでしょうし、可能性としては高いわね)
オリヴィアの第一目的として、ダリオンの逃走は完了している。この場ではダリオンだけが即死の可能性を持っていたので、すぐに逃がさなければならなかったのだ。まだ超越化していないとは言え、彼も【魂源能力】を有する仲間だ。神の呪いによって堕天使化という現象に見舞われているが、潜入捜査を主な任務としているダリオンには殆ど意味がないものである。
潜入中は《千変万化》でスキルごとステータスをコピーしているため、呪いによるデメリットを打ち消すことが出来る。今回のように、本来の姿に戻って戦闘するということは滅多にない事態だった。
こうしてダリオンを逃がせた以上、オリヴィアは第二目的であるクウの能力の解析をしなければならないと考えた。残念ながら直接解析できるわけではないので、クウに上手く能力を使わせ、それを元にして効果を推測するという作業になる。
逆にクウはオリヴィアが自分の能力を見極めようとしている事には気付いていたので、あくまでも銀魔術しか使うつもりが無かった。
つまり、この戦いはクウが能力を隠したまま戦いを終わらせるか、オリヴィアが上手く攻撃を誘導して適度に追い詰め、クウの能力を解析できるかというものである。
「《神殺銀槍》!」
「《死界門》!」
クウが銀霊珠から白銀の槍を創り出すと同時に、オリヴィアは能力で新しいデス・ユニバースを呼び出していく。初めに呼び出した妖鬼のデス・ユニバースは殆ど塵にされてしまったため、再生が終わるにはもう少しかかるだろう。今回呼び出したのはそれまでの繋ぎである。
オリヴィアが座標指定した場所に赤黒い渦が生じ、その中から幾つもの巨体が姿を見せる。がっしりとした筋肉質の人型で身長は二メートル以上。そして頭部は牛のようであり、クウはすぐにミノタウロスという化け物を思い浮かべた。
異世界の情報次元から構築した牛人のデス・ユニバース。
それぞれが漆黒の全身鎧を纏っており、両手には武器や盾を装備している。まさに軍団とも呼ぶに相応しい規模の数だった。
「多い……三百六十八体か」
地上を埋め尽くす牛人の軍団は恐ろしいほどだ。しかし、空を飛んでいるクウからすればまるで脅威にならない。寧ろ《神殺銀槍》を使えば上空から一方的に殲滅することが出来るだろう。
明らかな召喚の選択ミスであるとクウは思った。
しかし、実はオリヴィアの召喚はこれで終わりではなかった。赤黒い渦はまだ蠢いており、牛人に続いて別のデス・ユニバースを召喚する。
次に出て来たのは華奢な肉体を持つ鳥のような種族だった。体は完全に人型なのだが、頭部は完全に鳥そのものであり、更に腕の部分が翼となっている。種族としては鳥人というものだ。この世界にもハーピーという似たような魔物が存在しているのだが、鳥人は魔物ではない。
鳥人は渦から現れると同時に上空へと飛翔し、クウの周囲を飛び回ることで牽制を仕掛ける。
クウは《神殺銀槍》を構えたまま、動きを止めて様子を窺うことにした。
「コイツも多い……いや、まだ出現し続けているな。既に千体以上か」
赤黒い渦から召喚される速度はかなり早い。渦自体も大きく、また鳥人は召喚と同時に上空に飛び上がっているため、次々と召喚されているのだ。しかも統制を取りながらクウの周囲を旋回しているだけであり、攻撃は全く仕掛けてこない。
オリヴィアという頭脳の下、完全に軍隊と化していたのだ。
そしてここまで来て、オリヴィアが牛人を召喚した意図にも気づく。
「なるほど。鳥人で空に壁を作り、地上には牛人で蓋をする。そして残っているのは上空だから……」
そう言いつつクウが上を見上げると、上空には巨大なドラゴンの姿があった。体長は数十メートルでありながら、その数は十体以上。いや、時間と共に数は更に増えていくことだろう。
オリヴィアはクウの攻撃が強力であることを悟っていたため、全方位から攻撃を仕掛けることにした。先程見せた《銀焔》《銀雷鳴》《神殺銀槍》は一方向にのみ放つ攻撃であると気付いたのである。
「あのドラゴン……原始竜だな。確かファルバッサの元の種族がアレだったか。まさかあんなものまで蘇らせていたとは驚きだな」
牛人と鳥人はともかくとして、原始竜はこの世界エヴァンにおいて、嘗て巨人種族に滅ぼされた存在だ。生き残りはファルバッサのみであり、死んだ原始竜が全て敵に回ると考えれば、かなり面倒なことになったと予想できる。
ただでさえ能力が高いドラゴンにオリヴィアの祝福が加わることで、手が付けられないほど強烈になることは間違いないからだ。
「で、こうして御膳立てまでして原始竜を呼び出したんだ。息吹掃射で俺を吹き飛ばすってところだろうな。舐められたものだ」
クウは構えていた《神殺銀槍》に特性「意思干渉」を使用し、着弾した後は球状に爆発するように改変する。前に使った二発のように、巨大な柱状になってエネルギーを解放した場合、直下にいるクウも巻き込まれるからだ。能力で防御できなくもないが、エネルギー効率も悪いので球状に開放するようにしたのである。
こうして改変している間にも原始竜は増え続け、今では五十体を軽く超えているだろうと思える。まだまだ増えているようではあったが、クウが行動を起こしたのを感じ取って原始竜も《竜息吹》の発動用意を始めたのだった。
「目標は……アイツだ。吹き飛べ!」
改良を施した《神殺銀槍》を構え、クウは上空で口元に魔力を溜めている一際大きな黒い原始竜へと狙いを定める。オリヴィアからの祝福によって強制的にスキルレベルを最大にされ、ステータス値を十倍にまで底上げされた原始竜たちの放つ《竜息吹》は災害と呼ぶにも生温い威力となっていた。
現在召喚されている原始竜のデス・ユニバースが一斉に《竜息吹》を発射すれば、クウは魔力の奔流に飲み込まれること間違いない。本気で防御しなくては確実にダメージを受けることになるだろう。
それならば、発射される前に倒してしまえばよいのである。
クウは右手に持っていた《神殺銀槍》を音速の十倍で投擲したのだった。
ヒュンと風を切る音がして黒い原始竜へと《神殺銀槍》が炸裂する。着弾と同時にエネルギーが完全開放され、魔素と破壊の気が暴風のように吹き荒れた。
「ついでだ。《崩閃》」
突如として上空に出現した白銀の太陽へ向けて、クウは更に追い打ちを放つ。右手を翳し、魔素を気を急速に集めて次々と撃ち放ったのだった。破壊の光線が天を突き、空からは微かに悲鳴が聞こえてくる。
原始竜の持つ竜鱗防御すらも貫いて百体近くまで増えていた原始竜を全て塵に変えたのだった。完全再生するまでは相当な時間がかかることだろう。
(この数は確かに面倒だな。まぁ……本気でやれば余裕だけど)
もういっそのこと「月(力場)」で超重力を発生させ、敵を全て地面に叩き落すということも考えた。しかし能力を出来るだけ隠すと決めているため、クウは思いとどまっていたのである。
「《銀焔》!」
クウは銀霊珠に燃やし尽くすという意思を込めて解放する。《銀焔》はクウの願いのままに延焼し、クウの周囲を旋回している鳥人を焼き尽くした。
更に続いて《銀焔》を地面にも放ち、牛人のデス・ユニバースを全滅させる。あれ程まで密集していた死霊たちの軍団もクウの手にかかれば一瞬で塵だ。
「そんなっ!」
この理不尽なまでの攻撃を見たオリヴィアは悲痛な声を上げる。死霊たちを使った作戦は完璧だったが、クウはそれを力技で破ったのだ。そんな声を上げてしまったとしても仕方ないだろう。
(流石に魔素と気を圧縮した攻撃程度でやられるほど私のデス・ユニバースは脆くないわ。あの攻撃には何か秘密があるハズよ。まさか錬金術師と同じように概念を付与できる能力? 性質変化も概念付与によって性質が変化したと考えれば辻褄は合うわね)
見せられた能力が多彩過ぎて予測が出来ない。オリヴィアは苦々しい表情でクウを見上げ続けていた。妖鬼は身体の半分ほどが再生済みだが、追加召喚した牛人、鳥人、原始竜は塵のままだ。今のオリヴィアにはまともな攻撃手段も防御手段もないのである。
(最悪は切り札を使うことになりそうね……)
クウのことを甘く見ていたとオリヴィアは反省しつつ、次の手を考えるのだった。
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