EP282 思わぬ再会
「うーん。面倒なことになったなぁ」
「どうしたんだいクウ?」
「ああ、このニュースだよ」
クウは早朝からホテルの部屋に備え付けてあるテレビを着け、情報を確認していた。丁度着替えていたレーヴォルフが画面を覗くと、そこには国境戦線についての報道がされている。軍事的な内容ではあるが、国民の安全に直結する情報であるため、一般公開されているのだろう。魔王軍基地の詳しい状況までは報道されていないが、ある程度の戦闘区域は地図で示されていた。
報道によると、一部の都市では避難も始まっているようである。
「戦線が押されているんだって?」
「そうらしい。何故か魔王が【クリフィト】を離れず、リグレットだけで対処しているからだそうだ。いつもは二人で出撃し、四天王クラスを相手に一瞬で戦闘を終えるみたいだな」
「なんで今回に限って?」
「さぁ? 内部に工作員が潜入しているから監視のために残っているとか、闘技大会が原因だとか、予測では色々と言われているな」
実際は超越者クウの監視をするために魔王アリアが残っている。当然ながらクウを始め、誰もそのことを知らないはずなのだが、ニュースで放映されている予測は一部的を射ていた。
しかし、今のニュースでクウが厄介だと感じたのはそこではない。
「それよりも、やはり闘技大会には魔王軍の隊長たちが出場しないらしいな。ユナも出てこないみたいだ」
「だろうね。そうなると、闘技大会に出場した意味が半減するのかな?」
「正直、俺が闘技大会に出る意味は半減だ。優勝して魔王に謁見するのも目的だけど、ユナのことを調べられないなら別にどうでも良いことだな。ミレイナの修行としては間違いなくいい場所だろうけど」
「まあね。闘技大会本選も三日後だし、ミレイナは張り切っているよ」
「仮想空間で訓練を続けているからな。それは俺も知っている」
「そうだ。このあと僕にも訓練を付けてくれるかい?」
「ああ、いいぞ……いや、少し待て。誰かが来たみたいだ。ルームサービスか? 頼んだ覚えはないけど」
クウが気配を感じて部屋の扉の方へと目を向けると、ノックの音が鳴り響く。リアやミレイナの気配ではなく、見知らぬ雰囲気がしたのでホテルの従業員ではないかと考えたのだ。
そしてクウの予想は正しかったと知ることになる。
「ルームサービスです。タオルをお持ちしました」
それを聞いたクウとレーヴォルフは顔を見合わせるが、お互いに頼んだ記憶の無いものだった。恐らく間違いなのだろうという答えに行きつく。
「間違いだよな?」
「少なくとも僕は頼んだ覚えがないよ」
「仕方ない。扉を開けて教えた方が良さそうだな」
クウは少しだけ服を直し、整えてから扉の方へと向かって行く。相手は従業員であるため、多少は待たせても問題ないだろうが、気持ちとしては人を待たせるのは良くない。返事をしつつ、クウは扉を開いた。
「はいはい。今開きますよっと」
ガチャリと鍵を解除して、クウは扉を開く。すると、そこにはタオルをお盆に乗せた魔人族の男性従業員が立っていたのだった。
しかし、クウはこの男性従業員に少し違和感を覚える。確かにホテルの制服を着ているし、ステータスの称号欄を覗いても特に怪しい部分はない。だが、どこか不思議な違和感を感じたのだ。
「ルームサービスです。タオルをお持ちしました」
「いや、俺たちはルームサービスを頼んでいない。間違いじゃないか?」
「え? 本当ですか? 申し訳ございません」
クウが戸惑いの表情を見せながらそう言うと、従業員の男は慌てて頭を下げた。このホテルはそれなりにランクの高いホテルであるため、このような間違いは滅多に起こるはずがない。ただ、絶対に間違わないということはあり得ないので、今回のミスについてはおかしなところは無いだろう。
しかし、クウはそれでも拭いきれない微かな違和感を感じていた。
(情報次元を見てみるか……)
これはある種の勘だったが、クウの魂は目の前の従業員を調べろと訴えていた。いや、正確には自分自身の持つ権能【魔幻朧月夜】が何かを感じていたのだ。現実と幻想の狭間を操り、真実と虚偽、そして意思力を司る己の権能が訴えていることを無視したりはしない。
クウは密かに「魔眼」を発現し、「理」によって情報次元へとアクセスした。膨大な文字列がクウの視界に重なって現れ、目の前の男の全てを曝け出す。
(そういうことか)
そしてクウは一秒にも満たない間で違和感の正体を突き止めた。
「失礼しました。お騒がせしましたことを重ねてお詫び申し上げます」
だが、クウがそんなことをしていたなどと知る由もない従業員は、深く一礼して下がろうとする。フロントへ戻るべく身を翻した彼に、クウは静かに声をかけた。
「それで、これはどういう茶番なんだダリオン・メルク?」
「っ!?」
軽く圧力を掛けての言葉を聞いて、従業員の男はクウの方を振り向いて大きく跳び下がった。恐らく超越者の圧力を感じて本能的にとった行動なのだろうが、それがクウの言葉の正しさを証明しているようにすら思える。
しまった、という顔をした従業員は潔くクウの言葉を認めた。
「何故分かった?」
「俺を甘く見るなよ。もはやお前程度の偽装は通じない」
「やはり超越化を……いや、それでも……」
ダリオンは悔しそうに顔を歪め、額から一筋の汗を流す。彼が持つ【魂源能力】の《千変万化》は情報次元に重ねるようにして偽装後の情報で覆うことで、完全な変化を実現している。つまり、普通の情報系スキルでは最上位のエクストラスキル《森羅万象》でも見抜くことが出来ないのだ。
しかし、情報次元を直接観測できるようになった今のクウには通じない偽装である。
更に権能【魔幻朧月夜】は現実と幻想を操る力。それはつまり、真実と虚偽を操る力でもあるため、こういった偽装に対して違和感を感じさせるのである。基本的にクウに対して嘘は通用しないばかりか、スキルを使用した偽装すらも暴かれてしまうのだ。
「どうしたんだいクウ?」
「ん? レーヴォルフか」
クウが背後から気配と声を感じて振り返ると、そこにはレーヴォルフがいた。
ここで、部屋の中からレーヴォルフも出て来たのである。微かに聞こえた『ダリオン』という言葉に反応したからだった。【砂漠の帝国】で戦った堕天使としてレーヴォルフの中でも印象付けられており、そのダリオンを忘れるなどあり得るはずも無い。
「ちっ!」
ダリオンはクウが振り返って隙を晒した瞬間に逃げ出す。ここで攻撃ではなく逃げを選択する当たり、超越者がどういう者かを理解しているのだろう。
今回はクウの調査をするために再び【レム・クリフィト】へと潜入していたダリオンだが、こうして簡単に見破れるとは思いもしなかったのだ。そもそも、ダリオンの《千変万化》による偽装は情報次元を直接解析しない限りは見破ることが出来ないほど高度なものだ。
それはたとえ超越者であっても同様であり、まさかクウがこの偽装を見破る特殊能力者だとはダリオンも予想できなかったのである。そもそも、ダリオンの持っていた情報からの予測では、クウの能力は幻術系だ。こんなことを予想できるわけがない。
廊下を走って逃げるダリオンを見て、レーヴォルフはクウに声をかける。
「追いかけないのかい?」
「いや、距離をとってから追いかける。泳がせて本拠地でも探すかな。俺一人の方が身軽だし、レーヴォルフはリアとミレイナに知らせておいてくれ。たぶん、夕方までには帰る」
「分かったよ。出来ればあの時の借りを返したかったんだけどね」
「機会があればな。それと今日はホテルで大人しくしておいたほうがいい。戦争のせいで少しピリピリしているみたいだからな」
「伝えておくよ」
「頼む」
クウはそれだけ言ってダリオンを追い始めた。こういう時にレーヴォルフは合理的な考えを支持してくれるので、余計な揉め事をしなくて済む。クウとしてもありがたかった。
そしてダリオンが見えなくなったところでクウは追跡を開始し、距離を保ちつつ追いかける。目で見えなくとも、無意識の感知ですら数百メートルを知覚できるし、意識的に感知すれば数キロ先まで分かる。また、情報次元を解析すれば十キロまで問題なく感知できるのだ。慌てる必要はない。
(気配遮断、認識阻害幻術、ダミー投影)
尾行の基本として気配隠し、更に能力で認識阻害を発動させる。また、【レム・クリフィト】側に余計なことを勘繰られないよう、自身のダミーを幻術で出現させた。「意思干渉」を利用した高度なダミーであり、殆ど本物であると言っても良い。それなりの演算力を占有されるが、性能は相応だった。
超越者相手でも直接相対して解析されない限りは騙し切れる性能なので相当なものである。
(ダリオンは市民に紛れたか……)
クウが情報次元を観察していると、ダリオンの情報に上塗りされていた情報が更新されるのを見た。別の対象に変化してクウの追跡を撒こうとしているのだろう。クウもダリオンの変化はよく観察しなければ看破できないので、こうして市街に紛れてしまえば探しようがない。
しかし、すでに情報次元をマークしているので、そんな小細工は意味をなさなかった。
気配を隠しつつ追跡を続けるクウに、ダリオンは気付くことが無い。このまま行けば、自然に【クリフィト】を脱出してしまうだろう。国境方面は戦争中で公共交通機関の利用も遠慮が呼びかけられているが、移動できないわけではない。
潜入を得意とするダリオンは、慌てることなく公共交通機関を利用して安全に【アドラー】方面へと移動することだろう。堂々としていれば、誰も気に止めないものである。下手にコソコソと移動すれば、優秀な魔王軍に呼び止められてしまうはずだ。如何に完全擬態しているとは言え、余計なトラブルは避けたいはずである。
クウはそのように予測した。
(しかし意外だな。街の中にアジトの一つくらいは持っていると思ったけど)
追跡側のクウはダリオンが真っすぐ街を出ようとしていることに少しだけ疑問を感じる。誰からも知覚されないクウは人混みの中で流れるように移動しながら、ダリオンの様子を観察していた。情報次元による知覚であるため、表情や挙動までは詳しく探れない。しかし、移動速度から見てそれなりに急いでいる事だけは分かった。
早朝の通勤時間であるため、多少急いでいても怪しまれることは無いだろう。
ダリオンは複雑な都市の道を迷わずに歩いて行き、とある駅へと入っていく。この駅はクリフィト駅ではなく、北方にある工業都市へと向かう私鉄の駅だ。工業地区へと出勤する人々で溢れており、駅の改札も混雑している。
てっきり【アドラー】のある西方へと向かう列車に乗るのだと思っていたクウはかなり驚かされた。
(北に行くのか? もしかして待ち伏せを警戒している?)
心理的にはすぐに西へと逃げたいのだろうが、ダリオンは潜入のプロとしてそんな単純なことはしない。潜入が見つかった場合、逃走経路と思われる場所には大抵待ち伏せがいるということを知っているのだ。魔王軍の眼は誤魔化せるだろうが、クウが待ち伏せをしていた場合、確実に見つかるだろうと考えたのである。
ただ、現在進行でマークされているとは予想もしていなかったようだが。
誰からも見みられないクウは堂々と駅構内に侵入し、ダリオンが乗った電車の屋根へと着地した。完全に犯罪であるが、バレなければ問題にならない。余計な能力を使わないと決めていたクウだが、この時ばかりは権能をフル活用して隠れていた。
(まぁ、超越者が相手でもバレないだろうから大丈夫だろ)
この国のトップである魔王、そして魔王の夫は超越者だと分かっている。実際に会ったわけではないので予想の範疇だが、まず間違いないだろうとクウは考えていた。つまり、敵対してしまった場合はかなり面倒なことになるということである。
以前、オロチを消滅させるのにクウ、ファルバッサ、ネメアの三人がかりでやっとだった。超越者を撃退ではなく撃破することがそれだけ大変なことであるというのはクウ自身がよく分かっている。よって無暗に超越者と戦おうとは思わない。
クウの能力が戦闘ではなく特殊系の権能であったことが幸いしたということだろう。
結局……というより当然のことだが、クウが列車の屋根にいることを気づかれないまま、北部都市行は発車する。
満員以上の人たちを乗せた列車の中からダリオンだけを探すの至難だが、情報次元で位置情報をマーキングしているため、見逃すことはない。
そのはずだった。
変化が起きたのは列車が【クリフィト】を抜けて畑などが広がる平地部を走っている時である。魔物という害悪が闊歩している中、良く畑を維持できるものだとクウが感心していると、列車の中で確かに感じていたダリオンの位置情報が消失してしまった。
「……えっ!?」
これに驚いたクウは慌てて情報次元を解析するが、ダリオンを知覚することが出来ない。よくよく見ると情報次元に転移した跡が残っていた。
列車の中で急に消失したらしく、中の人々が騒めいているのが感知できる。ダリオンに転移系の能力が無いのは分かっているため、魔道具を利用したのだろうと理解できた。以前、【砂漠の帝国】で偽レーヴォルフことダリオンはミレイナを転移魔道具で誘拐していたと聞いている。似たようなものをまた持っていたのだとすぐに思い当たったのだ。
というわけで、今回の再会はダリオンでした。サブタイに騙されてユナだと思った人も多いのでは?
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