EP281 擦れ違う思惑
闘技大会予選から一週間が経ち、無事に予選を通過したクウとミレイナは特に慌てることもなく日常を謳歌していた。クウの仮想空間を利用した訓練は毎日行っているが、基本的には観光の日々である。魔法と科学が融合したハイブリッド都市は見るべきものが多く、四人でゆっくりと見て回っていたのである。
しかし、その一方でテレビを見れば良くないニュースが毎日のように放送されていた。
「国境付近でまた小競り合いがあったようですね。今週だけで死者が十四人ですか」
「相手は四天王クラスらしいね。どれだけ強いんだろう?」
「私も戦ってみたいぞ!」
「止めとけ。たぶん四天王は俺の同類だぞ」
今日も観光を終えてホテルに戻ってきた四人は、夕食後に男部屋に集まってテレビを眺めつつ歓談していた。このクウとレーヴォルフの部屋は何者かによって監視されていたのだが、闘技大会予選後に部屋へと戻ると、その監視が綺麗に無くなっていたのである。
監視していたリグレットが国境付近の戦いに招集されたことが理由なのだが、流石のクウでもそのことは分からなかった。単に、自分たちが【レム・クリフィト】に対して無害だと判断されたからではないかと考えたのである。
実際は要警戒人物として注意されたままなのだが……
「しかし闘技大会のタイミングで戦争か……」
「やはり【アドラー】も狙っているということですか兄様?」
「詳しい政治的な駆け引きまでは予測できないけど、少なくとも圧力にはなると思う」
まだ入国して間もないクウでは【レム・クリフィト】と【アドラー】が敵国同士であることくらいしか知らない。どういった歴史的背景があり、どういった国家間情勢にあるのかまでは調べていないからだ。ニュース番組を見ればある程度の予測は可能だが、あくまでも予測でしかない。
クウにしては珍しい中途半端な回答だったのも、これが原因である。
「基本的には停戦状態だけど、ふとした切っ掛けで戦争が始まるらしい。ニュースでも言われてたけど、闘技大会本選では魔王軍の隊長たちも不参加になるかもしれないな」
「二週間前ですからね」
「なんだと! 魔王軍の隊長たちとは戦えないのか!?」
「僕も隊長たちの実力が見れないのは残念だよ」
「まぁ、中止にならないだけマシだろう。本来なら闘技大会なんかやっている暇はないだろうから」
一応、政府からは闘技大会本選を開催すると通達されている。どうにかして出場するハズだった隊長たちの穴を埋めるか、トーナメントを弄るなどして調整するつもりなのだろう。
ただ、行政がしっかりしているので国民を不安がらせるようなことはしない。また政府を動かしている議員たちも魔王を頂点として一致団結しているため、無駄な足の引っ張り合いが無いのだ。そのため問題が発生しても対処が迅速で、更に国民を第一としている。
国としては理想的な状態だった。
「今回はクウ兄様も動かないのですか? 例えば【アドラー】に乗り込んで魔王を倒すとか」
「おいリア。お前は俺を何だと思っているんだ。言っておくけど、そこまで俺は自信過剰じゃないぞ。超越者を複数人も同時に戦える自信はない。能力の相性によっては出来るだろうけど、俺の目的はあくまでもユナだぞ?」
「ですが、今回の戦争で魔王軍の隊長が駆り出されると、ユナさんも出撃することになるのでは?」
「……それもそうか」
闘技大会のエキシビションマッチでユナの様子を確認し、優勝特権である魔王との謁見で魔王アリアに会い見えようというのがクウの計画だった。今の状況では、ユナとのエキシビションマッチも難しいだろうと思われる。
最終目的である魔王との謁見は可能だろうが、計画の修正は避けられない。
(まったく……どうにもこの国は動きにくいな)
クウは超越天使として神に次ぐ実力を持った世界の調停者の一人ではあるが、当然ながら余計なことをして世界を乱すことは避けなければならない。その点、この【レム・クリフィト】は国家として完成しているため、下手な動きをすれば国が乱れることになる。
人族領にある【ルメリオス王国】ならば、多少の好き勝手も闇に埋もれていただろうが、この国の情報速度から考えれば、少しでも派手に動くだけで面倒なことになるのは間違いない。それに、超越者だろうと予測できる魔王アリアに魔王軍第七部隊隊長リグレット・セイレムとは敵対したくない。
魔王アリアやリグレットの元に無断で近づけば騒ぎになることは間違いないので、不用意な接触も出来ない状態だった。
(はぁ、面倒だ)
クウはこの日一番の溜息を吐くのだった。
◆ ◆ ◆
一方で、困っているのは魔王アリアと夫リグレットも同様だった。こちらはクウという問題だけでなく、国境に侵略してきたオリヴィアのデス・ユニバースの件もある。特にリグレットはアリアの転移で各地を飛び回り、精神的に疲れていた。
「大丈夫かリグレット?」
「いやいや。流石の僕も休憩が欲しいね。【理創具象】を使いすぎた」
「お前の能力は高度な演算が必要だ。休めるときに休め」
今、二人がいるのは首都【クリフィト】にある魔王軍本部基地の一室だ。魔王軍総帥であるアリアのための部屋であるが、リグレットも頻繁に出入りするため、実質二人の部屋だった。
リグレットは先程も国境付近にある前線基地でデス・ユニバースの大軍を潰してきたところであり、顔には疲労の色が見えていた。超越者であるリグレットに身体的な疲労は存在しないが、精神的な疲労は感じてしまう。
特に精神面は意志力に直結しているため、余りに疲労を溜めすぎると能力使用にも影響が出る。アリアは妻としても魔王としてもリグレットにこれ以上の負担はかけたくなかった。
「やはり私が前線に出ようか? 全てが概念攻撃の【神聖第五元素】なら指一つで決着がつく。それに転移も自在だ」
「いや、ダメだよ。君は例の要警戒人物に動きが無いかチェックして貰わないと。分かっているだろう? 超越者が都市で暴れた場合、僕よりも君の方が鎮圧に向いている」
「それはリグレットも不可能ではないだろう? 神具を用意しておけば――」
「やはりダメだよ。クウという少年の能力が分からない以上、あらかじめ神具を用意しておく必要がある僕では予想外の事態に対応できないかもしれない。まぁ、普段から隙が無いようにしているけど」
「どうにも歯痒いな。昔のように自由に動けないのは」
「仕方ないさ。お互いに背負っているものがある。この国は滅ぼさせる訳にはいかない。それに【レム・クリフィト】はこの世界エヴァンに定着しつつある魔人族を保護するための国だ。真実を知った君は、そのためにオメガと敵対する覚悟で魔王となったのだろう?」
「……分かっているさ。一度も忘れたことなどない」
「だからここは僕に任せてくれ」
ここでクウが味方であることを掴んでいれば、二人もこれほど心労を溜める必要が無かったのだろう。しかし、【アドラー】との戦いで警戒を強めていたアリアとリグレットは、慎重にクウの正体を解き明かそうとしていた。
逆にクウは自身の秘密を暴かれまいとして穏便に過ごしているため、膠着状態に陥っているのである。
「リグレット。分かってると思うが、オメガが出てきたら私を呼べ。そこだけは譲らないぞ」
「大丈夫だよ。彼の能力を考えれば、僕だけでは手に負えないからね。最悪は神獣召喚も使う」
「今のところはオリヴィアだけだが……ラプラスの奴が出てくる可能性も高い。あいつらの物量で押しつぶすタイプは私たちでは相性が悪いからな。追いかけっこをすることになる」
「メロを呼んだらどうだい? あの子も物量タイプだろう?」
「あの怠け猫が働くかどうか……いや、最悪は働かせるか。そのときはリグレットも頼むぞ」
「分かっているよ。いつものマタタビアロマだね?」
「そうだ。まったく……何が天妖猫だ。ただの怠け者じゃないか……」
「まぁまぁ。自分と契約している神獣を悪く言うものではないよ」
「その点、リグレットと契約している天星狼は真面目だ。少し羨ましいよ」
「そうかい? でも彼は自分の職務に忠実だからね。滅多に創造迷宮から離れようとしないのさ」
天妖猫メロに天星狼テスタ。
この二体が二人と契約している神獣であり、普段はそれぞれ魔法迷宮と創造迷宮を管理している。この二体は性格上、迷宮を離れたがらないのだ。そのため、よほどの緊急時でなければ召喚に応じてくれないのである。
天竜ファルバッサのように、気軽に召喚されてくれるのは稀なのだ。
「やはりユナを超越化させるのが手っ取り早いか」
「それは確かにそうだよ。ユナちゃんもいい加減レベルが上がりにくいからね。前も話したけど、超越化のための環境整備もするべきだ」
「はぁ……ユナはともかく、残りの天使はいつになったら現れるのだろうな。虚空の天使、破壊の天使、運命の天使……一体どこにいるのやら」
「流石に人族領で天使候補が生まれる分はどうしようもないからね。根気よく近場に生まれるのを待つしかないだろうさ」
しかし、二人はまだ知らない。
既に【レム・クリフィト】には超越化した虚空の天使が入国しているばかりか、破壊の天使と運命の天使の候補者すらも揃っていることを。
それぞれの思惑が交わることなく、事態は進んでいく。
◆ ◆ ◆
場所は移り、【アドラー】にある漆黒の魔王城。その一室では二人の魔人が向かい合っていた。黒い眼球から放たれる視線はぶつかり合い、どことなく緊張した空気が滲み出ている。
この二人の魔人の内、一人は『仮面』の四天王ダリオン・メルク。完全変化の能力で各地に侵入し、情報を集めたり工作することが仕事だ。
そしてもう一人は『死霊使い』の四天王オリヴィア・エイクシル。ブロンドの髪を揺らしつつダリオンからの報告を聞いて苛立ちを強めていた。
今流れている緊張した空気は、主にオリヴィアが発しているものだったのである。
オリヴィアはしばらく沈黙を続けた後、ようやく口を開いた。
「それで……結局、目的の黒い天使は出てきていないというの?」
「そうなる。オリヴィアが召喚したデス・ユニバースたちは尽く錬金術師によって葬られた。奴らに対しても多少の被害は与えたかもしれんが、例の黒い天使を引き出すには及んでいない。あの錬金術師だけで十分だと思われているのだろうさ。まぁ、連日の戦いでそれなりに切羽詰まっているようではあるがね」
「悠長な事ね。今回の件で一万体近くの駒が消されたわ。まぁ、死霊たちは幾らでも呼び出せるから問題がある訳じゃないけど、これだけやって目的の黒い天使が出てこないとすると、もっと強い圧力を掛ける必要があるわね」
今回、オリヴィアがデス・ユニバースを大量投入して国境侵略しているのは、黒い天使として情報共有しているクウの能力を確かめるためだ。大海賊オリオンのデス・ユニバースを葬った時に注目し、新しい敵性戦力として警戒を続けて来た。
また【砂漠の帝国】では超越者オロチを撃破したということもあり、かなり警戒していたのである。
超越者にとっても超越者を撃破するというのは非常に難しいことであり、大抵は倒しきれずに撃退で終わることになるのだ。やはり意思力を叩き折るという行為は難しいのである。
だからこそ、オロチを消滅させたクウの能力を早急に知る必要があった。
「ラプラスにも頼んで戦力を補充して貰おうかしら?」
「止めておけ。奴は新作を作ると言って工房に篭っている。邪魔をすると碌なことが無い」
「それは残念ね……ちなみに何を作っているのか知っているかしら?」
「一度作りかけを見せて貰ったときは、竜のような形をしていた。錬成を使って希少金属を大量に作成し、様々な能力を備えた最強ゴーレムとのことだ。流石に詳細は教えてくれなかったがな」
「残念ね。まぁ、彼が動かないなら仕方ないわ。戦力はやはり私の能力で調達しましょうか」
「情報はこちらで適宜集めておく。明日からもう一度【レム・クリフィト】に潜入する予定だからな」
「頼んだわ」
二人は会話を終えて、ダリオンが部屋を退出する。情報収集役のダリオンは危険を承知で敵地である【レム・クリフィト】へと潜入を続けていた。記憶すらコピーする変化能力によって大量の情報を集め、常に最新の情報をオリヴィアへと送っていたのである。
今回はクウの能力を知ることが目的であり、闘技大会と被っているのは本当に偶然だった。
三つの勢力は擦れ違い、状況は増々ややこしく変化していくことになる。
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