EP279 光魔銃と導魔槍
魔王軍第十七基地の西外壁上にて、導魔槍オーディンを掲げたジャックはその力を解放した。魔槍の影響を受けた空気が圧縮されて槍の形となり、百本近く形成されて上空に留まる。下半身が蛇でありながら、人型の上半身を持つ謎の魔物は既に一キロ先まで迫っており、導魔槍オーディンによる爆撃の効果範囲を考えれば、そろそろ解放しなくてはならなかった。
「では行くよ」
ジャックは導魔槍オーディンの穂先を魔物の群れへと向け、大気を圧縮した槍を降り注がせる。不可視の爆撃が大地を抉り、遥か先では凄まじい土煙が立ち昇った。少し遅れて轟音が鳴り響き、爆風によって兵士たちの服や髪が靡く。
圧縮された空気の解放であるため、熱を伴わない大爆発。純粋な爆風であらゆる物質を破壊してしまうのが大気連爆飛槍の真価だった。
ただ、ジャックはこの攻撃で大量の魔力を消費してしまったため、荒い息を吐いて膝をつく。魔力を完全に消費しきってしまうと気絶してしまうのだが、大量の魔力を一度に消費しても力が抜けたような感覚を覚えるのである。
ジャックの総魔力量ならばもう一度同じ攻撃を放つことが可能だが、今回は同じ隊長格であるユージーンもいるのだ。また土煙が収まっていない以上、慌ててもう一度使用しても仕方がない。
まずは様子を見るために、一度攻撃を停止する必要があった。
「どうだジャック?」
「この距離では僕の感知範囲外だからね。司令室からの報告を待とう」
今の大爆発でノイズが走っているだろうが、すぐに観測システムが復活するハズだ。そうなれば、土煙で見えずとも魔物たちがどうなったかを知ることが出来る。
尤も、ユージーンとジャックは今の爆発で生き残りがいるとは思っていない。この緊張もすぐに歓声へと変わるはずだと思っていた。
しかし、司令室からの通信は焦りを含んでいた。
『馬鹿な!? 奴らはまるで数を減らしていない! 速度を落とさずにこちらに迫っているぞ!』
その通信が終わった途端、謎の魔物軍団の先頭集団が土煙を突き抜けてきた。下半身の蛇のおかげで、今の爆風により荒れた地面をものともせずに駆け抜ける。まだ一キロ近く先のことではあるが、このペースならば数分で第十七基地の外壁に辿り着くことだろう。
通信を受けた兵士は全員が驚愕の表情を浮かべていた。それは隊長であるユージーンとジャックも同様である。
「おいおい。アレを喰らってもピンピンしてやがるぞ」
「何か秘密があるのか? 例えば魔物たちが上半身に纏っている防具とか」
「もしくは《魔法反射》みたいなスキルがあるのかもしれねぇ。俺が試す」
ユージーンはそう言って光魔銃ラグナロクを構え、トリガーを引く。この光魔銃ラグナロクは空気中の魔素を取り込むことで省エネ化した効率優先の兵器であり、【アドラー】との国境防衛を任されている第三部隊には最適の兵器だった。国境での小競り合いは地味に長続きすることが多く、継続戦闘の意味では省エネルギー武器が求められるのである。
そして、隊長格が有する兵器というだけあって、省エネだけが光魔銃ラグナロクの取り柄ではない。この武器の最も誇るべき部分は、魔力をチャージすることで底なしに攻撃力が上昇することだ。流石に超越者クラスのエネルギーは受け止めきれないが、ステータスに縛られている一般人ならば、数十人分の魔力を込めても問題ないように出来ている。そのために拳銃という武器でありながら大型化してしまったのだが、その代わり威力だけは申し分ない。
「一撃収束。全エネルギーを解放」
ユージーンは光魔銃ラグナロクにチャージされているエネルギーを一点に凝縮して解放した。連射モードも搭載されているが、単純な威力は一撃収束が最も高い。着弾点で全てのエネルギーが光として解放されるため、それに触れた者は例外なく消し炭になるのだ。
防御として効果の高い《魔障壁》というスキルもあるが、このスキルは光を透過するので、光魔銃ラグナロクの攻撃を防ぐことは出来ない。
また弾丸ではなく光エネルギーの塊を飛ばす攻撃であるため、実質回避不可能だ。何故なら、光の速さでエネルギー体が飛来するからである。
そしてユージーンが放った光の一撃は、捉えることなど不可能な速度で着弾し、迫りくる魔物軍団の中央部で光の柱を作り出した。真っ白の光が天まで突きあがり、大地を焦がしながら広がって蛇のような魔物たちを全て飲み込む。外壁の上でその光景を眺めていた兵士たちの中には、眩しさで目を逸らしている者も多かった。
「これでどうだ?」
下手すれば都市が崩壊する威力である。こちらは光による熱エネルギーで周囲を焼き尽くす攻撃であるため、生物に対して特効だ。特殊なスキルでもなければ確実に即死である。
外壁の上で光の柱を見ていた兵士たちは、固唾を飲んで結果を待ち続けた。
しかし、光が晴れて見えた光景に彼は再び驚かされることになる。
「効いてない? いや、あれは再生?」
『レーダーでも魔物反応は消えていません。注意を―――』
「そんなことは分かってんだよっ!」
ジャックは驚きつつも冷静に判断を下し、ユージーンは通信を遮って声を荒げる。確実に身体を溶かし尽くすほどの熱量で攻撃したはずだったが、下半身だけ蛇という謎の魔物は再生によって肉体を再構築しつつあった。
そしてあれだけの再生力を見せつける魔物と分かれば、鑑定するまでもなく心当たりがある。
「拙いぞジャック。奴らは恐らくデス・ユニバースだ」
「間違いなく『死霊使い』オリヴィアの眷属だね。となれば、僕たちでは時間稼ぎが限界だ」
「あんな種族をどっから引っ張ってきたんだか……」
「そんなことよりもアリア様に報告だよ。もしくはリグレット様でもいい。奴らが出てきた時点で僕たちの管轄外だ」
四天王オリヴィアの使う死霊たちは凄まじい強化が施されており、常識外の再生力を有している。更に異界の魂の情報すらも利用してアンデッドを作り出すことが出来るのだ。少し前にクウが戦った大海賊オリオンはこの世界の出身者だが、【砂漠の帝国】で戦った賢者モルド・アルファイスは異世界の存在だった。
オリヴィアは権能【英霊師団降臨】を用いて異世界の情報にすらアクセスし、死者の情報を引き出して死霊として構築することが出来る。今迫っている下半身が蛇でありながら人型の上半身を持つ彼らは蛇人という異世界の種族であり、この世界にもいる蛇獣人とは別物である。
そしてアンデッドとなった時点で魔物として判定されるため、軍のレーダーでも魔物と判断してしまったのだ。通常の魔物と区別がつかないところもデス・ユニバースの厄介な部分である。
第十七基地では相手がデス・ユニバースだと分かると、すぐに【クリフィト】へと連絡。この国で最強の者たちが来るまで、時間稼ぎを決行することになったのだった。
◆ ◆ ◆
場所は変わって議会堂。【レム・クリフィト】に住む国民から選挙で選出された議員たちが日夜政治を執り行う場所で、魔王アリアは緊急通信連絡を受け取った。国境に【アドラー】の四天王が手を出してくることは珍しくないため、これ自体にアリアが驚くことはない。
だが、現在の【レム・クリフィト】には謎の存在クウがいるのだ。
タイミングが良すぎるのではないかと勘ぐっていたのである。
「ともかく私だけで判断するのは良くない。リグレットも呼ぶか」
アリアは議会堂の執務室から転移で軍の私室へと移動し、魔王軍総帥としての立場に戻る。そして近くのソファへと腰を下ろし、夫であり超越者でもあるリグレットを召喚した。
いきなり召喚で呼び出されたことに驚いたリグレットだったが、目に付いたアリアが深刻そうな顔をしていたことで何も言わずに彼女の正面に腰を下ろす。
「今日は急にどうしたんだい?」
「済まないな。国境付近の第十七基地にデス・ユニバースが出現したらしい。恐らくオリヴィアが出てくるぞ」
「なるほど。僕たちの力が必要なんだね。でも……」
「そうだ。タイミングが良すぎる」
リグレットもアリアが言わんとしていることは理解できていた。何故ならリグレットこそがクウたちを監視している張本人であり、クウとミレイナが闘技大会予選に出場していることも掴んでいた。魔道具による遠距離からの監視だったが、クウの逆探知能力は恐ろしく、リグレットも慌ててダミーを大量投入したほどである。
また、これらのやり取りによってクウが間違いなく超越者であることは既に分かっていた。
「僕たちを【クリフィト】から離す目的かもしれない。迂闊に動くのは拙いね」
「そういうことだ。それで、お前が見た限り奴は敵か?」
「全く分からない。彼らは本当に観光しているだけに見えるからね。でも、仮にオリヴィアを囮にしてクウという超越者が【クリフィト】で暴れる算段だとすれば、クウはまだ余計なことをする必要が無い。寧ろ尻尾を出さないように立ち回るだろうね。もう調べるだけ無駄かもしれない」
「つまり、こちらから仕掛けて尻尾を出させるしかないということか……」
アリアは黄金の髪を右手で掻き上げつつ溜息を吐く。
超越者に対抗できるのは超越者だけと決まっており、もしも【クリフィト】でクウという監視対象が暴れた場合、止めるにはアリアかリグレットが対応しなくてはならない。一応、二人が契約している神獣を召喚することも出来るが、都市防衛の意味ではアリアが残った方がいいだろう。
「デス・ユニバースを倒すには概念攻撃が必要になる。そちらも超越者がやるしかない」
「だったらそちらに神獣を送るかい? 君の転送魔法なら簡単だよね?」
「確かに私のメロは多数の敵を倒すのに向いているし、お前のテスタも足止め系の能力を持っていたな。それでいくか?」
「それは早計だね。向こうに出てくるのがオリヴィアだけだとは限らない。特にオメガが出てきたら相当面倒なことになるよ」
【レム・クリフィト】は基本的に超越者の数で負けている。二人が右手の魔法陣で繋がっている神獣を呼び出せば対等の数になるが、基本的に神獣たちは迷宮の管理と守護がメインの任務なのだ。滅多なことでは連れ出せない。
ファルバッサは御人好しな部分があるのでクウの召喚を断ったりしないが、迷宮の管理というのは意外と大変なのだ。トラップや魔物が各階層に見合ったものであるかを定期的にチェックし、迷宮で死んだ者から吸収した武具防具などを魔法道具にして迷宮各所に振り分ける。またその他エラーなどの処理もあるのだ。故に本来ならば滅多に呼び出すわけにはいかないのである。
迷宮内部というのは一種の異界であるため、世界を神が管理しているように、一定の管理をしなければ恐ろしいエラーが発生することもある。例えば迷宮内の魔物が溢れだすことも考えられるのだ。
特に【クリフィト】には魔法迷宮が存在しているので、魔物が溢れだせば目も当てられない事態になる。
おいそれと神獣を呼び出すわけにもいかない。
「……取りあえずクウという奴の監視は後回しだ。仮に暴れれば私がどうにかする。第十七基地の方はお前が対処してくれ」
「分かった。どうにかしよう」
「済まない。お前が戦闘向きの能力でないのは分かっているが……」
「大丈夫さ。僕には魔法道具がある。それに超越者が相手でも概念攻撃を繰り出せる神具なら対抗できるからね。僕は研究者だが、それと同時に世界最高の錬金術師だ。考えられる手は常に打ってある。問題はないよ」
自信あり気にそう語るリグレットを見て、アリアも決心を固める。いつもなら二人で転移して圧倒的な力で叩き潰すのが常だが、今回は【クリフィト】内部にクウという爆弾があるのだ。
実は味方であることを知らない二人はこうするしかなかったのである。
「では転送するぞ」
アリアはそう言って指を鳴らす。
すると正面のソファに座っていたリグレットは忽然と姿を消してしまった。転移魔法によってリグレットを第十七基地へ直接飛ばしたのである。
「はぁ……厄介だ」
一人になった部屋で、アリアはポツリとそう呟くのだった。
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