EP27 フィリアリアの頼み事②
「あ、クウさんですね。おはようございます」
「ん? ああ、おはよう」
翌日、いつものようにギルドへと向かったクウは入り口で受付嬢に呼び止められた。最近よく話したマリーではなく、何度か会話した程度の仲だったが、顔見知りではあるので特に気にせずクウも応じる。
「で、何か用なのか?」
「はい、今朝からクウさんを待っておられる方がいます」
「誰だよ……俺の知り合いなんてほとんどいないはずだけど?」
「えぇ……その……ここでは少し言えないのでギルドの応接室に来てくださいませんか?」
少し考えるそぶりを見せたが「まぁいいだろう」と考えてクウも了承する。ギルド嬢もホッと胸を撫で下ろして応接室へと案内し始めた。
コンコン
「クウ・アカツキさんをお連れしました」
「入れ」
応接室を語るだけあってそれなりに装飾が施された重厚な扉の向こうからは、ここのギルドマスターであるブランの声が聞こえてきた。模擬戦騒ぎから2週間と経っていないのでクウもその声を覚えている。
「失礼します」とだけ言ってドアノブに手をかける受付嬢。開かれた扉の向こう側には黒い革製と思われる豪華なソファが4つ。中央にはこれまた装飾がなされた木製の机があり、ソファはその机を囲むように配置されている。部屋全体は天井に1つだけあるシャンデリア風の照明魔道具によって眩しくないように適度な明るさで包まれており、クリーム色の壁をより上品に仕上げている印象をあたえていた。
机の上には香り漂うティーセットが置かれており、1つは空のままで2つのカップには既に紅茶が注がれていた。紅茶の注がれたカップのうちの一つはギルドマスターのブランのものであり、その対面にはもう一つのカップを手に取って優雅に紅茶を飲むフィリアリアがいた。
「って、なんでお前がいるんだよ!」
視線の先には昨日クウが迷宮内で助けたフィリアリア、そして彼女が座るソファの背後には騎士風の装備をしたステラとメイドのアンジェリカ、レティスが立っていた。
「貴様! お嬢様に向かってなんという口の利き方を―――」
「もう一回死んでみるか?」
「―――っ! くっ!」
心の傷は癒したが、クウの見せた幻覚の記憶は残っている。首を落とされて殺される恐怖の瞬間をもう一度体感したいかと言えばステラは黙るしかなかった。
「クウさん、私は口調など気にしません。今は伯爵令嬢ではなく一介の冒険者です。礼儀を気にして意思疎通に害があっては困りますから、話しやすいように話しかけてくださって結構です。ステラも私がこう言っているのですから気にしないでください」
「……はい、お嬢様」
クウの中での貴族は平民は下等だとか愚民がどうだとか言って威張り散らすイメージが強いのだが、フィリアリアの態度を見てその評価を少し改めた。もちろん伯爵令嬢として活動するときにはある程度の見栄も必要なのだろうが、今日の服装は白ローブに1mほどの杖という冒険者としての姿だ。メリハリをつけているということなのだろう。
「それで……今日は何の用だ? パーティ勧誘の話ならば昨日断ったはずだ」
「まぁ、落ち着け。取りあえず座ってくれ。話はそれからだ」
言われるがままに黒革張りの高級そうなソファに腰を下ろす。ソファはふんわりとクウの身体を受け止めつつも適度に押し返して絶妙な座り心地をしている。クウはブランの隣へと座り、フィリアリアとは対面する形になった。
クウを連れてきたギルド嬢はクウの分の紅茶を注いで部屋を退出する。さっそく一口紅茶を含むと、豊かな香りと共に心地よい渋みが広がった。高級なお茶だろうと予想して、待遇の良さに内心で驚きつつも表面には出さずにそのまま紅茶を置く。
「さてと、クウも一息ついただろうから本題に入らせていただく」
クウが紅茶を置くのを見計らってブランが話を切り出した。その視線はクウには向けられていないのでフィリアリアから何かを話すということだろう。それを察したフィリアリアは頷いてクウに視線を向けて口を開いた。
「クウさん、まずは改めて昨日のお礼を申し上げます。危ないところを助けていただき、ありがとうございました。その上レティスの治療をしていただき、転移クリスタルまで送ってくださったことにも感謝しております」
「ああ、それはいい。対価も貰ったしお礼も昨日聞いたから気にすることはない」
「はい、ありがとうございます。それで本題ですが……その、どうしても私たちのパーティに入っていただくことは出来ないのでしょうか?」
「何度も言うが無理だな。パーティを組むとなるとステータスを明かす必要がでてくる。俺は事情があって自分のステータスを公開することは出来ないからな。もしかしてそのあたりの事情はブランなら少し聞いてるんじゃないか?」
クウが目を向けると、ブランも大きく頷く。
ルメリオス国王はクウが冒険者になることは分かっていたので、各ギルドマスターにクウの人相や背格好及び、召喚された事情などを機密をぼかして知らせていた。なぜクウが一人旅をしているかは知らされていないが、勇者と共に召喚された異世界人であることは5日ほど前からブランも知っているのだった。
クウとしては称号の《虚神の使徒》や加護の《虚神の加護》を隠したいという思いなのだが、ブランは異世界人であることを隠したいのだろうと勝手に勘違いして頷いたのだった。
もちろん《偽装Lv7》で隠すこともできるが、《虚の瞳》を始めとしてありえないほど高い精神値なども隠す必要が出てくるため、結局手加減して迷宮に挑むことになる。それならいっその事ソロでいた方が気が楽なのだ。
「そうですか。昨日言っておられた何かしらの事情が関係しているのでしょうね」
どうしてもパーティを組む気はないという態度のクウをみたフィリアリアは、少し肩を落として紅茶に手をつける。冒険者をやっていても貴族だけあって、その飲み方はどこまでも優雅だ。フィリアリアはカップをテーブルに戻して静かにもう一度口を開いた。
「ではクウさん。私からの指名依頼という形で、私たちのパーティを護衛してくださいませんでしょうか?」
「……何? どういうことだ?」
「護衛という形ならば私たちにステータスを見せる必要はありません。必要な時に私たちを護りきる能力があれば問われることはありませんから。それに依頼という形ならば、対価として報酬を支払うことになります。報酬は望むままに支払いましょう。なんなら私の身体を好きにしてくださっても構いません」
「お嬢様っ!」
「お嬢様、さすがにそれは……」
「せめてお金にしてください」
身体を明け渡すことすら厭わないというフィリアリアの発言にさすがのステラとメイドたちも反対の声を上げる。伯爵家の長女であるはずのフィリアリアが何を焦っているのかクウにはさっぱり分からず、ただ困惑の表情を浮かべた。
「何故そこまで俺にこだわる? 確かに俺は便利な能力を持っているが、貴族様を護衛するなら普通はお金や珍しい素材、魔道具を報酬にするだけで十分だろう? それをわざわざ身体まで報酬の可能性に入れるなんて正気の沙汰とは思えない。事情説明も無しにそんな怪しい依頼は受けたくないぞ? 下手に貴族の騒ぎに巻き込まれるなんて御免だからな」
「それはっ……」
クウの言葉にフィリアリアは一瞬言葉を詰まらせる。確かに何かしらの事情がある上で指名依頼を出す以上は、きっちりと説明しなければ断られるのも道理だ。何か思い悩むフィリアリアにクウはさらに畳みかける。
「それと言っておくが俺が【ヘルシア】に来た目的は虚空迷宮の攻略だ。俺は事情があって迷宮をさっさと攻略しなければならない。それに俺の攻略速度には誰もついてはこれないんだ。ハッキリ言ってやろう。足手まといはいらない。それにお金なら迷宮攻略で十分稼ぐことができるし武具や防具も間に合っている」
「で、ですがクウさんの能力ならば私たちも迷宮効果から逃れることができるのではありませんか? それでしたら……」
「お前は昨日俺の魔法を見ただろう? 感想はどうだ?」
クウの言葉に息を詰まらせるフィリアリア。クウも普通に魔法を作ったつもりだったが、その行為がこの世界では逸脱していることをフィリアリアたちの驚愕する表情を見て初めて知った。だが、この時ばかりはクウの非常識な魔法が、クウとフィリアリアたちの間にある実力差を非情なまでに物語っているのだった。
「…………」
「迷宮効果の話だけじゃない。根本的な実力差があるんだよ」
自信のあった回復魔法を光魔法の治癒で上回り、闇魔法の今までにない使い方を見せられ、ステラに至っては何をされたのか分からないほどだったのを思い出して無言になる。背後のステラ、アンジェリカ、レティスでさえも昨日見せつけられたクウの能力を思い出して身震いしていた。
沈黙が応接間を支配する中、ポツリとフィリアリアが話し始めた。
「私はラグエーテル家の長女ですが、第二夫人の子なのです」
「…………」
「ラグエーテル家の者として虚空迷宮に入れなくてはならないと言われ、魔法の才能があった私は2年前から迷宮攻略に乗り出しました。その時からステラたちにはお世話になっています。
そして私の回復魔法の能力のおかげで順調に下の階層へと進んでいき、遂には10階層も突破することができました。ですが順調なのはここまででした。
父上は私の持つとある固有能力を知って、政略結婚のカードとして利用しようと考えたのです。そして父上の正妻は、自分の子ではなく第二夫人の子である私に強力なスキルがついていることを疎ましく思い、嫌がらせを始めたのです。有用なスキルを持つ私は、恐らくかなり高位の貴族と縁を結ぶきっかけになるでしょう。そうなれば父上の中で第二夫人の存在が上がり、自分が遠ざけられるとでも考えたのだと思います。
父上に政治のカードとして利用され、義母上に疎まれ続けるぐらいならいっそ身分を捨てて冒険者になってもいいと思うようになりました。事情を知る母上は賛成してくださいましたが、父上が御許しになるハズもありません。ですが私のことを支えてくださる母上と、私を伯爵家から排除したいと考える義母上の説得によって、条件付きで許されたのです」
フィリアリアはここで一旦言葉を区切り、目を閉じる。
一口だけ紅茶を口に運んで再び話を始めた。
「父上から出された条件とは、私が15歳に……つまり成人するまでに虚空迷宮の地下30階層を突破して冒険者としての意気込みと実力を示すことでした。
その条件を出されたのは1年と少し前。当時の到達階層は地下12階層です。正直言って条件を満たすのは絶望的でしたが、父上はそれを承知の上で出したのでしょう。もちろん私も諦めることなく、暇さえあれば迷宮へと挑戦し、徐々に下層へと進んでいったのです。
ですが遂に時がなくなり、私は追い詰められました。およそ1か月後に私は15の誕生日を迎え、約束の期限が来てしまいます。それにも関わらず、未だに20階層を突破したばかり。迷宮効果にかかろうとも何とかして下へと進むために昨日は無理な攻略をしていたのです。そこで危機に陥っていた私たちを助けて下さったのがクウさんでした」
フィリアリアは伏せていた顔を上げて力強い目でクウを見据える。
「クウさん。もう一度お願いします。どうか私を1か月以内に迷宮の30階層に連れて行ってください。利用され、疎まれ続けながらあの家にいるぐらいなら、私は全財産だろうとこの身だろうとも売り払うつもりです!」
頭を下げてクウへと嘆願した。