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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
279/566

EP278 国境戦線

予告通り、今回から再び土日投稿です


 闘技大会予選で首都【クリフィト】が熱狂していた頃、遥か西にある【アドラー】との国境付近に存在する魔王軍第十七基地でも、予選大会の中継が放送されていた。敵国との前線基地であるため、基地の警備に就いている全員が放送を見ているわけではない。だが、交代で休憩を取りつつ、兵士たちは画面にかじりついていたのだった。



「ほー。今の第四ブロックの勝者は中々に派手だったな」


「光系の魔法かな? それにしては威力が高かったけど」


「いや、魔力制御の応用技だろ。《魔力支配》スキルを持っているんじゃないか?」


「でも、それだけでは説明出来ない威力だったと思うよ」



 そして休憩室で闘技大会予選の映像のリプレイと解説を見ながら会話をしているのは、この魔王軍第十七基地で現在実質トップの地位を占めている二人の人物。

 左手で青い髪を後ろに流しつつ煙草を吹かしているのが、【アドラー】との国境警備を主な任務とする魔王軍第三部隊の隊長ユージーン・ベルク。そして眼鏡を掛けて知的な雰囲気を醸し出している茶髪の青年が、魔物への対策を主な任務とする魔王軍第四部隊の隊長ジャック・グレンランである。

 魔王軍において隊長とは部隊の最高戦力であり、一つの基地に留まっていることは少ない。少なくとも一か月に一度は基地を移動しているため、二人が第十七基地で一緒になっているのは偶然のことだった。



「そう言えば第三ブロックで勝った竜人の女の子も似たような技を使っていたよな?」


「ああ、確かミレイナさんだったかな。竜化も使いこなしていたみたいだから、彼女の年齢を考えると恐ろしい才能だね」


「それは言えている。ドラゴンの息吹ブレスに近い技でフィールドを全体攻撃とか、理不尽の塊みたいなもんだ」


「本選は僕たちも出場するから気を付けないとね」


「やられる前にこっちがやるしかないだろうな」


「第四ブロックの勝者……えぇとソラだっけ? 彼の使う銀色の閃光にも気を付けないとね。一撃で選手を退場に追い込んでいたし」


「今年はえらくレベルの高い本選になりそうじゃねぇか」



 ユージーンはそう言ってブハッと煙草の煙を吐いた。毎年の闘技大会では、本職である国境警備の任務を放り出して本選で戦うことになっている。本選はまだ三週間後だが、それまでに国境の安全を絶対に確保しなくてはならない。本選のレベルが高そうだからと言って、修行に明け暮れる訳にもいかないのだ。

 尤も、普段の仕事が戦うことであるため、あまり修行など意味はないのだが……



「お、そろそろ第五ブロックが始まるな」


「残念だけどユージーン。僕はそろそろ仕事に戻らないといけないみたいだ」


「そうか。なら、お前が使ったカップは俺が片付けておいてやるよ」


「ではお願いするよ」



 そう言ってジャックは立ち上がり、ユージーンは煙草の火を消して灰皿に押し込む。かく言うユージーンも十五分ほどすれば休憩が終わりなのだ。まだ休憩が終わらない他の隊員たちは暫く闘技大会予選の中継を見ているのだろうが、兵士という自覚がある以上、無様に遅刻するようなことは無いだろう。

 特に第三部隊と第四部隊の隊長が揃っている今の第十七基地では遅刻など有り得ない。もしも遅刻が発覚すれば、隊長たちによる地獄のような特訓が待っていることだろう。余程のマゾヒストでもなければ遠慮してしまう体験が出来るはずだ。

 しかし、兵士たちの安息は時間が経つまでもなく終了してしまう。

 それを告げ知らせたのは休憩室に鳴り響いた緊急放送だった。



『緊急報告、緊急報告。西方五キロ地点に突如として魔物反応が出現。召喚によるものと思われる。第四部隊の各隊員は所定の配置に就くように。この召喚は【アドラー】による攻撃と予想されるため、第三部隊の各隊員は小隊ごとに上官と共に第一演習場へと集合すること。なお、装備は万全に整えよ。また、第三部隊ユージーン・ベルク隊長と第四部隊ジャック・グレンラン隊長は急ぎ指令室へ来なさい』



 こういった緊急放送は珍しくないが、基地から五キロ地点という場所への魔物召喚は珍しい。基地とは戦力の集中地点である上、物資も豊富に揃っている。そんな場所の近くに召喚するよりも、警備が甘い場所に戦力を送った方が戦略として正しいからだ。

 しかし、逆の考え方も出来る。

 第十七基地を陥落させるために敢えて近くへと召喚したという可能性だ。この場合は非常に厄介なことになるだろう。何故なら、基地を陥落させるだけの戦力を当ててくることが考えられるからだ。

 ユージーンとジャックは一瞬だけ顔を見合わせて頷き、急いで指令室を目指した。

 他の休憩中だった兵士も慌てて立ち上がり、飲み物を入れていたカップもそのままで休憩室を飛び出していく。



「まったくこんなことに厄介だな」


「だけど、僕たちが基地に滞在している時で良かったよ。召喚された魔物が大戦力だったとしても、僕たちなら楽に殲滅できるからね」


「隊長格が二人ってのは贅沢なもんだ」


「今日の仕事は少しだけ楽になりそうだね」



 駆け足で指令室を目指しつつも、ユージーンとジャックの表情はそれほど緊張していない。基本的にこのような緊急事態には隊長格一人で対処することが多く、基地内に隊長がいない場合は最寄りの基地から隊長が転移装置を使って駆け付けることになっている。

 今回は初めから基地内に二人も隊長がいるので、戦力としては十二分だった。

 二人は勝手知りたる基地内部を走り、指令室の扉をノック無しで開けて入室する。緊急事態なので、ノック程度をしなくとも誰も気にしないのだ。



「第三部隊隊長ユージーン・ベルク、到着しました」


「第四部隊隊長ジャック・グレンラン、到着しました」


「よく来た二人とも。状況の説明をするからすぐにこちらに来なさい」


『はっ!』



 二人は声を重ねて返事をしてから、指令室の主である司令官のデスクへと寄る。既に情報統括官や作戦参謀などの重役が出揃っており、あとは二人の隊長を待つだけだったらしい。

 第十七基地で司令官を任されているオルト・ポルネラは軽く説明を始めた。



「現在、この第十七基地の西方五キロ地点で魔物の大軍が発生している。これは感知システムで発見したものであるため、魔物の種類までは判明していない。現在は機械を飛ばして調査中だ」


「つまり俺たちの出番はまだ先だと?」


「そうなる」



 ユージーンの問いかけにオルトは頷きつつ答えた。

 このオルトを含めた指令室の重役たちは魔王軍の中でもデスクワークを始めとした頭脳仕事を担当する者たちであり、戦闘力はそれほど高くない。魔王軍の各部隊とは別枠で採用された人員たちで、魔王軍を的確に動かすことが彼らの仕事になる。他にも集まっている情報を纏めて作戦を立てたりするもの彼らの仕事だった。

 ただ、やはり戦力としては魔王軍の隊長たちが圧倒的であるため、この場ではユージーンとジャックが実質的にトップであることに違いはない。隊長格が無理な作戦と判断すれば、作戦を却下することもできるのだ。勿論、正当な理由が必要になるが。

 そしてしばらく待つと、無人調査機による映像が繋がった。



「繋がりました。探査用ドローンによる映像です」



 情報統括官がそう言いながら映像を操作する。ドローンは三機飛ばされているため、合計して三つの角度から現場を見ることが出来た。結果として召喚された魔物の正体が判明する。



「これは……蛇ですか?」


「いや、上半身は人型だ。混合獣キメラのようなものか?」


「情報統括官、この魔物に記録は?」


「ありませんよ。私も初めて見ました。隊長方は?」


「俺も知らねぇな」


「僕も分からないね」



 画面に映っているのは下半身が鱗に覆われた蛇でありつつ、上半身が人型という歪な生命体。上半身は鎧や武器で武装されていることから、かなりの知能を持っていることが予想できる。更に蛇のように地を這って進むことから速度も相当なものであり、すぐに基地から目視出来るようになるだろうと思われた。



「どうしますポルネラ司令官?」


「……《鑑定》出来る距離になるまで待つ他なかろう。幸いにもこちらに向かっているようだから、基地で迎撃する。兵士たちには銃を装備させて外壁上にて待機を命じろ。敵の数は?」


「正確には不明ですが、恐らく五百程度ではないかと」


「ならばベルク隊長とグレンラン隊長の持つ専用兵器で先制を決めろ。第十七基地司令官オルト・ポルネラの名において制限解除を許可する。光魔銃ラグナロクと導魔槍オーディンによって奴らを殲滅せよ。上半身こそ人型をしているが、アレは魔物だ。容赦はいらん」


『はっ!』



 ユージーンとジャックは右手を胸に当てて軍での正式な礼をとる。

 一応は司令官からの命令であるため、こういったことも必要なのだ。実質的な地位は魔王軍隊長格の方が上になるが、作戦上は基地の司令官に命令権がある。隊長は司令官に対等な立場で進言出来るが、最終的な命令は司令官が発行するのだ。

 ややこしいが、実力主義的な風潮と実利主義的な考えが混じりあった結果、このような命令系統に落ち着いたのである。なお、隊長格では第七部隊隊長を務めるリグレット・セイレムだけは特別扱いなので、唯一の例外となっている。

 命令を受けて指令室を飛び出したユージーンとジャックは走りつつ基地の西外壁上を目指す。二人に与えられている隊長専用装備は遠距離攻撃武器であるため、外壁の上から一方的に攻撃可能だからだ。また、制限なしに攻撃すれば、味方や自分自身にまで余波が及ぶ可能性もある。

 二人が使おうとしている武器は、そういった類の兵器なのだ。



「ジャック。俺の光魔銃ラグナロクは溜めに時間がかかる。初手は譲ろう」


「了解。では導魔槍オーディンによる不可視の爆撃を降らせるよ。獲物が残ると良いね」


「一匹も残らなかったら第二波を警戒しておくさ」


「そうかい」



 二人は複雑な基地内部を走って外壁に上り、西側へと移動して迫りくる魔物へと備える。基地と言っても要塞のように堅牢な造りをしているため、基地を囲む外壁の高さは二十メートル近い。更に外壁の上で戦闘行為が可能なほどの幅が確保されており、厚さも充分だった。余程の攻撃でなければ、正面からの破壊は出来ないだろう。

 既に外壁上の西側には銃を装備した兵士たちが待機しており、二人を待ち構えていた。ユージーンとジャックが無事に到着すると、兵士たちを仕切っていた分隊長が二人に話しかける。



「魔王軍第三部隊三〇六分隊分隊長コリント・マーセルです。ベルク隊長とグレンラン隊長をお待ちしておりました。既に司令より命令を受け、銃を装備した兵を配置しております」


「ご苦労。魔王軍第三部隊隊長ユージーン・ベルクだ」


「同じく第四部隊隊長ジャック・グレンラン。僕たちが隊長専用武器で先制攻撃を仕掛けることになっているはずだけど、手筈は整っているかい?」


「問題ありません。基地の外で哨戒していた小隊は既に呼び戻してあります。存分に力を振るってくださって結構です」


「だとさジャック?」


「大丈夫そうだねユージーン」


「よし、ご苦労マーセル分隊長。あとは俺たちに任せろ」


「はっ!」



 分隊長を名乗ったコリント・マーセルはそれだけ言って下がり、ユージーンとジャックは西方に目を向けつつ持ってきた隊長専用装備を手に取る。

 ユージーンが持つ光魔銃ラグナロクは大型の拳銃のような見た目をしており、目つきの鋭いユージーンが構えると獲物を目の前にした狩人のようにも見える。任務中なので禁止されているが、口に煙草をくわえていれば様になっていることだろう。

 そしてジャックが両手で構えるのは美しい装飾の槍だ。穂先は突くことも斬ることもできる形状になっているため、単純に武器としても優秀である。しかし、この導魔槍オーディンの真価は無機物を従えるということにある。無機物を槍の形にして飛ばすという効果に特化させた結果、土だけでなく、金属や空気すらも槍として飛ばすことが出来るように調整されているのだ。堅いものほど、また物質を圧縮するほど大量の魔力を消費するが、特に空気を圧縮した攻撃は威力が高い。攻撃が見えない上に、当たった瞬間に圧力が解放されることで、凄まじい爆発を生み出すからだ。



「さて、やるか」


「丁度、あの魔物の群れが見えてきたようだからね」



 ユージーンは光魔銃にエネルギーをチャージしてゆき、ジャックは左手で眼鏡を掛け直し、導魔槍の効果を発動させて上空に圧縮空気の槍を発生させる。戦線は今、開かれようとしていた。








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