EP277 闘技大会予選⑤
第四ブロックはソラを含めて残り七人。
ソラを除いた六人は、格闘で戦うランド・チェイス、大剣の男、槍使いの男、ショートソードと拳銃を持った女、長剣を一本だけ持っている軍服の男、そして最後に薙刀に近い長物を持った軍服の女である。しかし、この六人の狙いはソラ一人に集中しており、暗黙の了解で協力体制が敷かれていた。
それも、ソラが魔素と気を圧縮して放つ《崩閃》の威力を見たからこそであり、最も危険だと判断された結果である。
「このっ!」
そんな声と共に乾いた音が響き、銃弾が放たれる。ショートソードと拳銃を持った女の攻撃だ。拳銃には弾数に限りがあるものの、攻撃速度と攻撃力は群を抜いた武器である。バトルロイヤルでは一度に多くの選手と一斉に戦うため、使用しすぎると弾切れしてしまうのだが、対象を一人に絞るのならば有効過ぎる武器だ。
しかし、ソラは情報次元を見ることで銃の射線を知ることが出来る。
隙をついて背後から撃った銃撃だったとしても、難なく回避できた。
「あの銃……火薬じゃなくて魔法的な爆発で飛ばしているのか」
情報次元を見た際に銃の発射システムが一瞬だけ見えたため、ソラは小さく感想を漏らす。銃は火薬の爆発によって金属塊を高速で飛ばす兵器だが、この世界エヴァンでは魔法陣による魔法発動で爆発を引き起こしているようだった。
武器としては似ているが、その機構は微妙に異なっているらしい。
だが、ソラも悠長にそんなことを考えている暇はない。今は身体能力をかなり制限しているため、相手の動きや攻撃の射線を予測をしなければならないからである。
現に、今もソラの背後では大剣の男がその武器を振り下ろそうとしていた。
「ふん!」
「っと……」
ソラは右手の剣で大剣を受け止めつつ受け流し、その際に生まれた反作用を利用して跳び下がる。身体能力を制限している状態では、あの大剣の振り下ろしをまともに受け止めることは出来ないと判断したからである。長剣自体は魔力を纏っているので刃こぼれひとつしないだろうが、その長剣を操る体にはダメージが行渡るのだ。
また、今は剣技の練習も兼ねての出場であるため、身体能力による力押しではなく、技術的な剣捌きで対処することを目標にしている。目を閉じて視界を封じているのもその一環なのだ。
「はあああああっ!」
ソラが着地したところを狙って、ランドが強烈なパンチを叩き込む。オレンジ色の気を纏っており、そのまま受ければ大ダメージ間違いなしだろう。パンチを繰り出した右手の手甲に気が集中しているので、恐らくは上位スキル《気闘体術》による攻撃だ。
ランドが自分でそれなりに有名人だと名乗っていただけあって、かなりの使い手であることには違いないようである。
タイミングも完璧であり回避が難しいと判断したソラは魔素の障壁を張って防いだ。障壁には銀色の気を織り込んでいるため、その強度は鋼鉄よりも遥かに堅い。ランドの気を纏ったパンチも防ぎ切った。
「何!?」
驚くランドの隙をついて、ソラは障壁を解除しつつ両手の剣で反撃しようとする。だが、ソラが攻撃に転じる瞬間を狙っていたかのように、両脇から槍使いの男と薙刀を使う軍服の女が飛び出してきた。用意周到なことに、背後からは拳銃に狙われているのも感じる。
やはり視界を封じているため、こういった奇襲には一瞬だけ後れを取ってしまうのだ。情報次元を見る視界は便利だが、慣れない風景であるため、どうしても次の行動が一拍遅れてしまうのである。
視界を封じるというハンデは意外と枷として重かったようだ。
完全に四方から囲まれたソラは、ランドへの攻撃を中断して空中へと跳ぶ。普通ならそのまま落下するだけなのだが、ソラは魔素の障壁を応用して足場を形成し、それを蹴って少し離れた場所に着地した。
更にそのまま指先を先程いた場所に向けつつ魔素を圧縮する。
「残念だったな。《崩閃》」
超圧縮した魔素に銀色の気が混ぜ込まれ、破壊の銀閃となって放たれる。ランド、槍使いの男、そして薙刀を使う軍服の女は余波を受けつつも回避に成功したが、拳銃で隙を狙っていた女はまともに《崩閃》を受けることになった。
殆どの防御を貫通する破壊の嵐が吹き荒れ、ショートソードと拳銃の女は退場となる。
これで第四ブロックはソラを除けば残り五人だ。
ソラは更にここから畳み掛ける。
「今度はこちらから行くぞ」
ソラはその言葉通り、足に力を入れ、更に足元に小さな魔素の圧縮爆発を起こして加速する。体は魔素の防御で守っているので、これほどの急加速でも問題ない。更に凄まじい速度も情報次元を見ることで対応できた。
そして瞬間移動したかのように移動したソラを捕らえることが出来なかった槍使いの男は簡単に背後を奪われ、ソラの二刀流に連続して切り裂かれることになった。幾ら物理ダメージが精神ダメージへと変換されるとしても、刃物で何度も切り裂かれては致命傷になる。
精神が限界を迎え、槍使いの男は気絶して治療室へと強制転移されたのだった。
「まだだ」
ソラは更にもう一度だけ魔素爆発による高速移動を行い、一瞬で大剣の男の目の前に出現した。重量武器を扱う彼に反応できるはずもなく、魔力と気を纏った強烈な一撃を喰らって気絶する。
直線移動しか出来ないのは欠点だが、足元で魔素を爆発させる移動法はかなり有効だった。魔素を自在に扱えるソラだからこその技術だが、《魔力支配》のスキルでも十分に再現できるだろう。
ただ、直線的故に何度も使える訳ではない。
少なくともこの試合では二度も見られているのだ。馬鹿正直に使うだけでは、残っているランド、長剣を持った軍服の男、薙刀を使う軍服の女には通用しないと考えた方が良いだろう。下手をすれば、カウンターを取られることになるからだ。
ソラがどうやって攻めようかと思案していると、ここでランドが声を張り上げる。
「おい! そこの二人。軍服を着ているお前らだ。ここは協力してソラを倒すぞ!」
「ソラというのはフードを深く被った二刀流の彼のことかしら?」
「そうだ! このままじゃ勝てねぇぞ」
「良いでしょう。そっちのあなたは?」
「俺も構わん」
これまでは暗黙の了解で協力し合っていた彼らだが、ここで正式に協力体制を築いたようだった。このバトルロイヤルでは、ただ一人だけが勝者となれる。しかし、ここでソラを倒さなければ、一対一ではソラに勝てないと判断したため、一度協力することにしたのだ。
試合の中での協力や裏切りもバトルロイヤルの醍醐味であるため、審判も止めることはない。
ソラ一人に対して三人で対抗するという図式も、観客からすれば興奮する展開にしかならなかった。
「俺はランド。格闘使いだ」
「あなたがランドね? 確か去年の格闘技大会覇者だったかしら? 私はレイチェルよ。見ての通り、薙刀を使っているわ。一応、魔王軍第三部隊所属よ」
「俺はライクスだ。魔王軍第一部隊の所属している」
「あら、あのエリート部隊だったのね? それならあなたの持っている長剣は魔剣なのかしら? 確か第一部隊は部隊員にそれぞれ魔剣が供与されるはずよ」
「良く知っているな。これは氷の魔剣だ。攻撃よりも防御や足止めに向いている」
「なら決まりだな。ライクスはソラの足止め。レイチェルはその補佐を。俺は隙を突いてソラに最大攻撃を叩き込む」
「いいわ」
「分かった」
三人は短く作戦会議を終えてフォーメーションを組む。一番前に氷の魔剣を構えたライクスが立ち、一歩下がってレイチェルが薙刀を構える。そして一番後ろにはランドが眼光を強めて手甲に気を纏わせていた。
ソラは情報次元から三人の位置を把握し、能力を測定して戦い方を考える。
(一番手前の男が持っているのは魔剣か。氷系の魔術が付与されているみたいだから、まともに喰らうと動きを止められるな。後ろの女は薙刀に近い武器を持っているけど、スキルとしては《槍術》で操っているのか。視界を封じているから、距離感覚には注意しないといけないな。あとは、ランドが一番後ろで待機しているし、あいつがトドメの一撃担当かな? つまり、俺はランドに注意しておけばよいってことか)
彼らが話し合っていた作戦時間を考えれば、トドメをランドが担当すると見せかけて、他の二人が担っているというパターンはないだろう。それに、ただでさえ即席の連携なのだ。あまり複雑なことをしたくはないはずである。
ソラは両手の剣に魔力を纏わせ、更に銀色の気を混ぜ込むことで魔剣に対抗。意識を張り巡らせて気配を感じ取り、魔力を知覚し、情報次元を眺める。情報次元を見ることで残っている三人のステータスは把握しているため、隠し玉なども通用しないだろう。
更に、ランド、レイチェル、ライクスはソラの放つ一撃必殺の攻撃《崩閃》に注意しなくてはならないのだ。必然的に攻撃への積極性が薄れることになる。普段なら切り札になり得る攻撃を伏せておくソラが《崩閃》を連発したのは、こういった意図があってのものだった。
見せるからこそ効果を発揮する切り札もあるということである。
(ならばここはその警戒心を利用させてもらうか)
ソラはそう考えて大きく後ろへ跳び下がった。そして距離をとりつつ指先を正面に向け、魔素を集めて圧縮していく。もはや目で見るほどまで高圧化された魔素の塊を確認すれば、ソラが何をしようとしているか分からないはずがない。
魔剣を持ったライクスと薙刀使いのレイチェルは慌てて走り出し、ランドは射線から逸れるように回り込みつつソラへと駆け寄り始めた。
しかし、今回に限っては《崩閃》も囮でしかない。本命は脚に溜めた魔力であり、クウは跳び下がって着地した瞬間、指先で圧縮した魔素を霧散させ、更に足元を魔素爆発させて前方に急加速した。
指先に溜めていた魔素も脚に溜めている魔力から意識を逸らさせるためのものでしかない。不意を突かれたライクスとレイチェルは反応することが出来ず、ソラは二人の間を凄まじい速度で通り過ぎながら切り刻んだ。
「うっ……」
「ああ!」
二人は精神に大ダメージを受け、そのまま倒れる。流石に今の一瞬では気絶するほどのダメージにならなかったようだが、暫くは立ち上がれないだろう。
ソラは今度こそ指先に魔素を圧縮させ、気を混ぜ込んだ破壊の銀閃を放った。
これでライクスとレイチェルは退場となる。
回り込みつつソラに攻撃を仕掛けようとしていたランドだけが被害を免れたのだった。
「何!?」
「よそ見している暇はないぞ?」
驚くランドの背後には既にソラが回り込んでいる。今のライクスとレイチェルを退場させた《崩閃》は、この陽動をも含めた攻撃だった。隙を突かれたランドは背後から迫る突きを気付くのに遅れてしまう。
去年の格闘技大会覇者としての矜持があったからか、それとも長年の戦士としての勘のお陰か、背後から心臓へと迫る剣の一撃はギリギリ交わすことが出来た。しかし、左腕を貫かれ、ランドは身体が重くなる感覚を覚えた。
魔力と気を纏った一撃であるため、本来ならば左腕が切断されていただろう。精神ダメージへと変換された結果、かなりの大ダメージだと判断されたようだった。
(く……意識が……)
感覚としては一瞬だけ寝落ちしそうになったイメージだ。しかし、戦場ではその一瞬が命取りとなり得る大きな隙である。
ソラもソラでランドが咄嗟に突きを回避したことには驚いたが、連続攻撃が二刀流の強みだ。既に二つ目の斬撃がランドの首へと迫っており、激しい気がダメージを与えつつ、ランドを吹き飛ばした。
通常ならば胸から上が爆散する程の攻撃であるため、当然ながらランドは気絶。
勝負は決まったのである。
『ただ今の結果を発表します。勝者は選手番号五六四番のソラ選手です』
試合終了のブザーが鳴り響き、闘技場は観客の歓声で沸き上がった。
第四ブロックの勝者はソラに決まったのである。
この後、ソラは簡単なインタビューを受け、闘技場を後にしたのだった。
今回のクウ(ソラ)が使用した技は有名な少年漫画雑誌で連載を終えた死神漫画をリスペクトしてます。
まぁ、言ってしまええば、《崩閃》は虚閃で、魔素爆発による移動は瞬歩ですね。この前単行本を読み直して触発されました。
また、今回で連日投稿は終了になります。学校が始まるのは少し先なのですが、しばらく妹達を遊びに連れていくことになったので。
あんな目で頼まれたら断れるわけない……
そういうわけで土日の週二回投稿へと戻ります。
評価、感想をお待ちしております。





