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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
275/566

EP274 闘技大会予選②


 予選第一ブロック開始の数分前、闘技場の内部は既に興奮に包まれていた。基本的に魔族は戦闘のような荒事を好む傾向にあるのだが、現代魔人は戦闘力の代わりに文化的な営みを優先することの方が多い。武力面は全て魔王軍が担っているからだ。そのため、一般人が戦いに携わる機会は少ない。

 しかし、戦闘力が殆どないからといって戦闘行為がないことをストレスに感じないということはない。もはやこれは戦闘本能とも言うべき種族的特質であり、抑えることが出来ないものだからだ。

 それゆえ、【レム・クリフィト】では観戦という形で一般人にも戦いに携わる機会を与えている。戦う力はないが、血沸き肉躍るような戦いを目にすることで、戦闘意欲を発散させているのである。

 勿論、それで足りない者のために、実際に戦いへと参加する権利も与えられている。その一つが年に一回ある闘技大会だ。他にも格闘技専門の大会、魔法大会、公開軍事演習など、魔法迷宮の頑丈さを生かして作られた闘技場では多くのイベントが開催されているのだ。

 ほとんど魔人はこれらの大会を楽しみにしており、チケットの関係で闘技場に入れない者のために、テレビ中継すら行われている。まさに国中が熱狂するイベントの一つなのだ。



「凄い人ですね」


「【砂漠の帝国】にはこんなイベントなんてなかったね。楽しそうだから、【砂漠の帝国】でも広めてみたいよ」


「やっぱりレーヴォルフさんも参加したかったのではないですか?」


「うーん。ちょっとね」



 ギリギリでチケットを購入できたリアとレーヴォルフは、観戦席で飲み物を飲みながら試合が始まるのを待っていた。応援するクウとミレイナの試合はまだ先であるが、他の試合も楽しみにしている。闘技場内では物理ダメージを精神ダメージに変換するシステムになっているため、血が飛び散るようなこともなく、それほど戦いが好きではないリアでも競技として楽しむことが出来るからだ。

 ちなみにリアとレーヴォルフがいるのはサービスが充実した上、ベストの位置で観戦できるVIP席。ギリギリでチケットを入手したため、余っているのが高額なVIP席しかなかったのが原因だ。お金は有り余っているので問題なく、さらに快適な観戦が叶ったのである。

 ちなみにVIP席はプライベート優先であり、個人単位や家族単位で一部屋を借りる形になっている。今二人がいる観戦ルームにはリアとレーヴォルフ以外に誰もいない。呼び出しボタンを押せば係の者が登場し、飲み物や食べ物など、ある程度の融通を利かしてくれることになっているため、まさに至れる尽くせりの空間なのだ。



「あ、そろそろ始まるみたいですね」


「そうだね。第一ブロックの入場が始まった」



 正面の巨大なウィンドウの外には、入場口から五十人ほどの選手が出てきているのが見えた。殆どが魔人だが、中には獣人やヴァンパイア、さらに人も混じっている。仮面やマスクをつけて顔が判別できない者もいれば、派手な衣装で注目を集めている選手もいた。

 まさにお祭り状態である。

 基本的には強者が己の戦闘欲を満たすために参加するイベントだが、物理ダメージを負わないシステムを利用して、お遊びの参加をする者も少なくはない。そのため、毎回五百名以上もの一般参加者が集まってくるのだ。

 参加は無料ではないが、そこそこ良心的な値段であるため、遊びで参加するにしても許容できる範囲なのである。学生の小遣いでも参加可能であるため、腕試しとして参加する学生も少なくない程だった。

 そして第一ブロック選手入場はあっという間に終わり、選手たちは均等にバラけて始まりを待つ。開始のアナウンスがされるまでは攻撃も防御も仕込みも禁止だからだ。



『大変長らくお待たせしました。まもなく第一ブロックの試合を開始したします。選手の皆様は、開始の合図があるまで如何なる攻撃行動も禁止いたします。また、防御やトラップの仕込みなども禁止です。不正が見つかった場合は、即座に審判が退場を促しますので注意してください』



 会場内に女性の声で放送が流れ、観客席は一瞬だけ静かになる。ガヤガヤとした雑音は聞こえるが、アナウンスの声は充分に聞き取れる程度だった。

 選手たちは注意事項を聞いて静まり、武器からも手を放してその場に佇む。こんなところで失格になればマヌケ以外何者でもないだろう。

 そしてアナウンスは続く。



『改めてルール説明を行います。第一ブロックは五十三名で一斉に試合を行い、最後の一人になるまで戦っていただきます。なお、全てのダメージは精神ダメージに変換されるため、致死を超えるダメージを受けると気絶します。さらに、気絶して五秒が経過した時点で救護室へと自動転移する仕組みになっています。安心して戦いに臨んでください』



 この仕組みがあるからこそ血生臭いはずの闘技大会が競技として成り立ち、テレビ放送も可能になっているのだ。そしてこれを組み上げた錬金術師リグレット・セイレムは【レム・クリフィト】の象徴にして最強戦力である魔王アリアの夫だ。まさに闘技場は国の象徴でもあるのだ。



『武器の使用は一人に付き二つまでになります。使用不可能な武器は殆どありませんが、三つ以上の武器を使用した時点で失格です。魔法やその他スキルは個人の能力であるため制限はありません。マナーを守って存分に戦ってください。各ブロックで勝利者はたったの一名。最後の一人になるまでが勝負です。

 選手の皆様の用意は宜しいでしょうか?』



 女性のアナウンスの問いかけに選手は各々声を上げて答える。ある者は片手を突き上げて準備が万端であることを示し、ある者は沈黙を保ちつつも準備が出来ていることを態度で示した。

 そして何より、観客は試合開始を今か今かと待ち望んでいる。

 運営側としても、これ以上は焦らすつもりが無かった。



『では、試合開始です!』



 その言葉と共に激しいブザーが鳴り響き、闘技場で待機していた選手たちは一斉に動き出す。武器を抜き、魔力を練り上げ、あるいはオーラを張り巡らせて近くの者へと躍りかかった。

 闘技場内の戦況はまさに混沌。第一ブロック五十三名の選手が縦横無尽に力を行使し、会場は一瞬にして熱気に包まれる。目の前の敵と戦えば背後から奇襲され、警戒しつつ防御に徹すれば範囲魔法で吹き飛ばされる。逃げ回ればターゲットにされにくいが、試合の最後まで体力が持つかは疑問だろう。



「凄いね。開始数分でもう半分か」


「残っている人たちは戦い方を心得ていますね。特に乱戦での体力配分は難しいのですが」


「確かにそうだね。それに、これから人数も少なくなって駆け引きの要素が強くなる。誰と暗黙の協力をして、誰を先に倒すか……人数が減る前にある程度は目を付けておかないといけないだろうね」


「意外と考えなければならないのですね」


「うん。最後の十人になるまでは目の前の敵を倒すだけで十分だろうさ。けど、力を出し過ぎれば、周囲に警戒されて袋叩きにされる。逆に周りを見て強い奴に目を付けておかないと、最後の勝ち残りで不利を強いられることになる」



 するとレーヴォルフの言った通り、人数は順調に減っていき、最後の九人になったところで選手たちは動きを止めた。互いに牽制しあい、誰が先に動き出すか観察し始める。だが、ただ止まっているわけではない。戦う順番を決め、漁夫の利を狙い、最後の勝者となるべく立ち回る。

 ただの戦闘馬鹿には出来ない芸当をこなさなくてはならないのだ。

 戦闘力だけの愚か者は、真っ先に協力して潰される。勿論、それを覆すだけの能力があれば別だが、普通の者が一対八で勝てる道理はない。最後まで残っている時点で、大体の実力は拮抗しているのだから当然のことである。



「動きました!」


「まずはあの魔術師が範囲魔法を使うようだね」



 九人の中で、先に停滞を破ったのは軍服を着た魔術師だった。軍に所属する兵士なのだろう。発動された魔法はかなりの精度であり、自分をまきこまないようにしつつ、相手だけを攻撃する炎属性の爆発魔法だった。

 数名は爆発に飲み込まれたが、それ以外は咄嗟に防御。そして爆発による煙幕を利用して、感知が得意なものは動き始めた。

 観客席からは選手たちの影だけが見え、影と影が交わって片方が倒れるのが分かる。そして煙幕が晴れた頃には、残り三名まで減っていた。

 ナイフを両手に持った軽装の男、《魔障壁》を半球状に展開して防御膜を張っているローブの男、そして初めに範囲魔法を放った軍服の男である。

 それぞれは散らばって均等に睨み合い、再び停滞が訪れる。三人というのは、残った人数として最も戦いにくいからだ。先に動けばほぼ必ず負ける。片方に攻撃すれば、残った方に撃破され、両方同時に攻撃すれば、二人を同時に相手しなくてはならなくなるので負ける。

 少なくとも、先に攻撃するなれば片方、もしくは両方を一撃で仕留めなくてはならない。

 そして三人ともずっと止まっているわけでもない。見え辛いが認識できるフェイントを繰り出し、相手二人のどちらかが先に攻撃を繰り出すようにと誘導する。これが素人ならフェイントに気付かないか、フェイントだと分からずに攻撃を仕掛けてしまうことだろう。

 しかし、この三人は第一ブロックで最後まで残った者たちだ。

 この程度事で引っかかったりはしない。



「なんというか……思ったより相当高度な大会だね……」


「何だか次の瞬間を想像してドキドキします」


「ああ、確かに他の観客たちも手に汗を握って戦いを見守っているように見えるよ。ちょっとだけミレイナが心配になってきたかな」


「大丈夫ですよ。ミレイナさんは毎日クウ兄様に鍛えられているのでしょう?」


「最近は一対多を想定した訓練をしていたみたいだから、多少は期待できるだろうけど……ミレイナに駆け引きなんて出来るとは思えないかな? ああ、でもミレイナのことだから《竜の壊放》で全員同時に吹き飛ばすってこともあり得るね」


「というか、それが一番効率が良いのでは?」


「いや、少なくとも序盤では使えないだろうさ。一撃で仕留められなかったら、全員から危険視されて集中攻撃を喰らうことになるからね」



 ミレイナの《竜の壊放》は収束すれば即死クラスの威力になるが、全方位への解放では耐えられる可能性が生まれてくる。実力者ぞろいの闘技大会で負うべきリスクではないだろう。

 《竜の壊放》だけでなく範囲攻撃はバトルロイヤルにおいて有利な攻撃である一方、使いどころを間違えれば一瞬で負けに繋がることもあるのだ。

 すると案の定、軍服の男が再び爆発の炎属性魔法を使用し、両手ナイフの男にはオーラの防御力で耐えられ、ローブの男には《魔障壁》で防がれた。そして軍服の男は二人から同時に狙われて呆気なく退場となる。

 さらに軍服の男が倒れた隙に気配を断った両手ナイフの男がローブの男の背後に回り、一瞬で首を掻き切って即死判定。精神ダメージに変換された結果、気絶して治療室へと強制転移させられた。

 激しくブザーが鳴り響き試合終了を告げる。



『ただ今の結果を発表します。勝者は選手番号十九番のロウリー・パルサリア選手です』



 事務的なアナウンスが流れ、観客席が一斉に沸き上がる。恐らくテレビでは実況者が回想シーンと共に解説を行っていることだろう。

 VIPルームで観戦していたリアとレーヴォルフも互いに感想を言い合っていた。



「レーヴォルフさんの言った通りでしたね」


「ああ、僕としてはローブの魔法使いが勝つと思ったんだけどね。ちょっと意外だったよ。最後に油断して《魔障壁》を解いてしまったのが敗因かな?」


「ローブの方はかなりの使い手なのですか? わたくしには殆ど動かず、攻撃もしていないように見えたのですが」


「彼はどうやら《闇魔法》の幻術使いだったようだね。同士討ちをさせたりしながら体力を温存しつつ最後まで残っていた。まぁ、最後に残った他の二人には幻術が通用しなくて困っていたようだけど、彼には闇以外の属性もあったはずだよ。乱戦の時も幻術が通用しない相手には《風魔法》をぶつけていたからね」


「よく見ていますね」


「こういうのも戦士としての慣れだよ」



 レーヴォルフとしても思った以上に見ごたえがあったと考えているのは間違いない。それに命の奪い合いではなく、試合として成り立っているからか、リアとしても楽しめるものだった。

 第一ブロックの勝者となったロウリー・パルサリアは軽くインタビューを受けた後、闘技場から去っていく。すぐに、第二ブロックの選手たちが入場し始めるのだった。








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