EP273 闘技大会予選①
クウは結局、監視魔法を無視したまま過ごした。定期的にリア、ミレイナの部屋もチェックしていたが、監視の目はクウとレーヴォルフに集中しており、特に反撃する気も起きなかったのである。クウも目立つような能力は使用せず、普通に過ごしていた。
途中で街の外に魔物の反応もあったが、軍が対処したらしく、すぐに消滅。改めて【レム・クリフィト】の平和さを実感したほどである。
そして今日は闘技大会予選日。
一般参加者が集まり本選出場する十一名を決定するのだ。既に出場登録しているクウとミレイナは、ここで本選に出場する十一名になるべく、戦わなければならない。
「兄様もミレイナさんも応援してますね」
「じゃあ、二人とも頑張ってね」
「ああ」
「もちろんだ!」
出場する気のないリアとレーヴォルフは応援のため観客席へと入り、選手出場するクウとミレイナはここで別れる。観戦には有料チケットが必要になるのだが、予選用と本選用は既に取得済みだった。本選用は二枚しか取っていないので、クウとミレイナが勝つことを前提にしている。
これも一種の信用なのだろう。
ただ、クウとミレイナならば間違いなく負けないだろうが……
「選手の方はこちらです! 選手票を見せて係の者の案内に従ってください!」
「観戦席の入り口はこちらです。チケットをご用意お願いします!」
闘技大会は予選ですら熱狂に包まれた様相を見せている。闘技場の近くはお祭り状態であり、屋台で簡単な食べ物を売っている者も多い。更に観客として集まってきた者たちで賑わい、普通に歩くだけでも苦労してしまうほどだった。
クウとミレイナは選手として案内に従い、待合室へ。そしてリアとレーヴォルフは観客として闘技場の席へと向かって行く。
更にクウとミレイナは予選のブロックが異なるため、待合室にも違いがあった。
「じゃあなミレイナ。俺は第四ブロックだから」
「うむ。私は第三ブロックだ」
「係の人の言っていることを聞き逃さないようにな?」
「分かっているぞ。私は子供じゃない!」
「……どうだか?」
「む!」
ミレイナは頬を膨らまして抗議するが、その行動が子供っぽいのだ。クウはヤレヤレと言った様子で肩をすくめ、第四ブロックの待合室へと歩いていく。ミレイナはしばらくクウの後姿を眺めていたが、やがて第三ブロックの待合室へと入っていったのだった。
そしてクウは待合室に入る前に、黒コートのフードを深く被る。鼻まで完全に隠れるほど深く被り、更に能力を使って絶対にフードが捲れないように細工しておいた。さらにクウは目を閉じ、情報次元だけを見て待合室の扉を開ける。
そのまま入ると、幾つかの視線を浴びたことに気付いた。
(まぁ、怪しい恰好だから目立つか)
闘技大会に出場する選手は大抵が防具を着込んでいる。ただ、それは鎧のような目立つ者ではなく、プロテクターに近いタイプだ。鎧などよりも動きやすいので、こちらが好まれるのは当然だろう。魔王軍の正式装備も似たような防具だったので、納得できる。
だからこそ、薄手のコートを羽織り、フードを深く被っているクウは目立って当然だった。
クウは情報次元を見て障害物などを把握し、空いている席へと向かって腰を下ろした。
まだ、何人かに注目されていたが、特に絡まれることはなかった。
この国は治安もよく、人の道徳性もよく教育されているため、失礼に当たる行為をする者は殆どいないのである。人族領では、魔族とは野蛮で残虐な悪魔だと教えられているが、実際はまるで逆だった。
(【アドラー】の魔人はどうだか知らないけどな)
【砂漠の帝国】でシュラムから聞いた話では、【アドラー】の魔人は人族を敵視しているということだった。人族が一人で入っていったら一斉に襲いかかられることだろう。
そんなことを考えていると、不意に隣から声を掛けられた。
「なぁ、フードを被っているアンタ」
「……ん?」
一瞬自分に声を掛けられているのか判断できなかったクウは、一拍遅れて返事をする。目を閉じているので相手の見た目は分からないが、声の様子から大人の男であることは分かった。
「何か用?」
「いや、何でアンタ顔隠しているんだ?」
「別にルール違反じゃないだろう」
「そういうことじゃなくてだな……」
闘技大会では、顔を隠して出場する選手がいないことはない。諸事情で顔を明かせない者がいることを考慮しているからだ。加えて偽名参加も可能である。大会側は選手を番号で管理しているので、覆面偽名選手がいても問題ないのだ。
「アンタは何か事情があって顔を隠しているのか? 興味本位で聞いただけだから別に言いたくないならいいけどよ」
「別に……ただ、出場しているのを見られたくない奴がいるだけ」
「へぇ。色々大変だな」
「大変なのは確かだ」
クウが顔を隠しているのはユナ対策である。あのユナに見つかればどうなるか分かったものではないため、しばらくは確認のために顔を隠さなければならない。普通に街を歩く程度なら問題ないだろうが、闘技大会のような国主催のイベントになると、第一部隊の隊長をしているユナにもバレる可能性が高いだろう。
クウの予定としては、このまま予選を突破して本選出場し、更に優勝してエキシビションマッチでユナと戦う。そこである程度のことを掴むつもりなのだ。
本当に大変である。
特に監視されている状況であるため、目立ったこともできない。闘技大会でもかなり能力制限をしなければならないだろう。
「ああ、言い忘れた。俺はランドだ。ランド・チェイス」
「ふーん」
「……反応薄いな。俺のことを知らないのかい? 【レム・クリフィト】じゃ結構有名なつもりなんだけどよ」
「悪いけど、少し前に【砂漠の帝国】から来たばかりだから」
「ほう。じゃあ尻尾が無いから竜人、蛇獣人のどちらかってことか?」
「残念。俺は人だな」
「人……それは珍しい」
ランドが神妙な顔つきで頷いているのが気配で読み取れる。【レム・クリフィト】では人族が共に住むことも珍しくない風潮になっているが、【砂漠の帝国】等の他国では珍しい。港町である【カーツェ】には人族が訪れることもあるが、基本的にはないと考えた方が良い。
珍しいと言ったランドの感想は当然のことである。
「けど、予選で手加減はしないぜ。この第四ブロックにいる以上は全員が敵だ」
「そう……だな」
「アンタは強者の雰囲気がしたから話しかけた。楽しみにしているぜ」
ランドはそう言ってニヤリと嗤う。クウとしては気配を抑えているつもりだったが、ランドはクウの強さを読み取れたらしい。クウは情報次元からランドのステータスを覗き見ると、確かにそれなりの能力を持っていた。
魔人族だからかレベルの割にステータスが高く、さらにスキルも豊富。身に着けている防具も相当な性能であるように見える。人族の冒険者ランクで換算すれば、間違いなくSSランクは越えているだろう。SSSランクはレインしか知らないのでイマイチ基準が理解できていないのだが、少なくともSSランクはあるはずだとクウは考えた。
確かに、これだけの能力があれば有名になれるだろう。
また、この闘技大会予選は十一のブロックに分かれてバトルロイヤルを行うことになっている。それぞれのブロックでの勝者が本選へと出場できるのだ。そのため、ブロック内では全員が敵同士になる。共闘も自由だが、最後には唯一の勝者を決めるために戦わなくてはならないのだ。
使用不可能な武器は殆どないが、一人につき二つまでしか使えないと決まっている。例えば剣と爆弾という組み合わせも可能なわけだ。ただし、爆弾は一つだけしか持てないため、一度使えば終了である。そして恐れるべきなのは、闘技大会で銃の使用が認められているということだ。いくら物理ダメージを精神ダメージに変換させるとしても、銃火器による攻撃は反則に近い。リロードは基本的に禁止であるため、無制限ではないのだが、銃を使う相手には注意しなくてはならないだろう。気による防御、もしくは魔力制御系の能力で防ぐことは簡単だろうが……
ただ、今のクウは剣一本かつ、使用可能な能力は魔力制御と気力制御のみ。さらに視界を封じて情報次元から得られる情報だけで周囲を察知しなければならない。油断ならないのは確かだった。特に今隣にいるランドのような相手には。
「そういやアンタの名前は」
「ソラ」
クウは久しぶりに偽名を使う。闘技大会でもソラで登録しているため、暫く本名は封印だ。ミレイナにも偽名で呼ぶようにと言ってあるが、間違いなく忘れているだろう。頻繁に会うとボロが出るかもしれない。
その後、試合が始まるまでソラはランドと世間話に花を咲かせるのだった。
◆ ◆ ◆
第三ブロックの待合室へと入ったミレイナは、クウと同様に強い注目を浴びていた。戦闘種族として名高い竜人なのだから当然かもしれない。深紅の髪と頭部の角が目立つだけかもしれないが。
また、闘技大会はかなり激しい。女性の参加者もそれなりにいるが、ミレイナほどの少女が参加することは滅多になかった。そのため注目されたのかもしれない。
しかし、ミレイナはそんな視線をすべて無視して空いている席に腰を下ろした。
(あまり強そうな奴は居ないな)
ミレイナは気配を感じ取って大体の強さを把握する。流石に隠されている強さまで見抜けないが、ミレイナは天性の勘を以てして、相手の強さは大体測ることができるようになっていた。とにかく殴るをモットーにしていた以前とは大違いである。
クウの能力を使った仮想空間訓練で戦い方を一から見直し、さらに強くなっている。それがミレイナの自信にもなっていた。慢心ではなく自信である。
ミレイナがそんな風に余裕を見せていると、一人の男はミレイナに近づいてきた。
よく見れば頭部には角が生えており、瞳は爬虫類のように縦長である。ミレイナはすぐに男が竜人であると理解できた。
「失礼だがお主の名は何という? 自分はローランド・バルムと申すのだが」
「私はミレイナ・ハーヴェだ」
「ハーヴェ……その赤髪を見て予想はしていたが、もしやシュラム様の娘であられるか?」
「む。父上を知っているのか?」
「無論である。自分はかつてあの方に破れ、武者修行のために【レム・クリフィト】へと渡った者。しかしかの反逆者レイヒムが皇帝となり、自分は【砂漠の帝国】へと戻れなくなっていたのだ。だが、少し前にレイヒムの政権が崩れたと聞く。それは真か?」
「うむ。間違いないぞ」
「して次の皇帝は? シュラム様か?」
「いや、まだ決まっていなかったはずだ」
ローランドは少し考えるような素振りを見せてから頷いて口を開く。
「なるほど。いや失礼した。ところでミレイナ殿の母君はどなたで?」
「パルティナが私の母だ」
「おお! なんとパルティナ様が。これはお主にも期待できそうだ。シュラム様の豪傑、パルティナ様の絶技……お主はそれを受け継いでおられると思って良いかな?」
「む。私はどちらかと言えば父上の戦い方に近いぞ。母上は私が生まれたときに亡くなったからな」
「そうか。それは辛いことを聞いてしまった。赦して欲しい」
「問題ないぞ。会ったことも見たことも無いから余り気にしていない」
「む……」
二人の間に微妙な空気が流れる。だが、ミレイナが気にしていないのは本当のことだった。自身が生まれた時にパルティナが亡くなったという話は聞いていたが、会ったこともないので実感が沸かない。さらに写真のような技術もなかったため、顔すら知らないのだ。ミレイナとしては、生みの親であるという情報しか知らないため、気を使われても困るというのが実際である。
だからこそ、ミレイナは無理矢理話題を変えた。
「試合では手加減無用だぞ!」
「……っ! 承知した。最高の戦いを期待している」
二人の竜人が放つ闘気に、第三ブロック待合室の選手たちは一瞬だけ尻込みを見せる。だが、すぐに気合を入れ直して闘気を高めた。
第三ブロックの選手たちの気合は十分以上。
数時間後の試合に備えて、彼らは牙を研ぎ始めるのだった。
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