EP272 監視
クウたちが【クリフィト】へと辿り着いて五日ほど過ぎた頃、その日も大都会を観光し、夕方になってホテルの部屋へと戻ってきた。既にリアとミレイナとは一旦分かれ、クウとレーヴォルフは二人の部屋へと向かっている。部屋を取る時に、上手く隣同士を取れなかったのだ。
毎年賑わっている闘技大会が近いため、ホテルはかなりの確率で部屋を取られているのである。まだ殆どが予約段階ではあるが、クウたちがダブルルームを二つ取れたのも実は運が良かった結果に過ぎない。
それはともかく、現代日本顔負けのオートロックシステム付きドアを開いたクウは、その知覚能力で違和感を覚えた。
「―――ん?」
「どうしたんだいクウ?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
クウはそう言って目を閉じ、余計な視覚情報をカットして情報次元に集中する。クウが感じたのは、何かにターゲットされているという曖昧な感覚だ。これは、不意打ちを警戒して常に張っている警戒網の一つであり、視線や悪意など、何かしらの意思を持ってターゲットされると感知できるようにしていた。それが反応したのである。
勿論、これだけでは何処からターゲットされているのかは分からないことが多い。詳しく調べるためには情報次元を通して逆算しなければならないかった。
ただ、これはかなり難易度が高い。
少し前に会った海賊船の件もあってこの警戒システムを組み上げたのだが、情報次元を逆算して相手の位置を調べるというのは難しいままである。前までは全くできなかったが、今では時間を掛ければ特定できるようになっているので、一応は成長している。
「部屋が監視されているな。盗撮……いや盗聴か? 上手く誤魔化されていて分からん」
「よく分かるね」
「かなり遠距離から魔法で監視されているな。何重にも感知防御が組まれているから、普通のスキルでは分からないと思う。専用の補助具とかがあれば分かるかもしれないけど」
「でもクウなら分かると?」
「当然……でも相手の場所を特定するのは難しそうだな。だけど、問題は俺たちが監視されている理由だな。外国人だから目立つのか?」
「どうだろう。そんな理由で監視するのかな」
「うーん……」
【レム・クリフィト】が現代日本並みに進んでいるのだとすれば、情報の大切さというものは深く理解されているだろう。最近訪れた、怪しい外国人を監視するというのは有り得なくはない。
だとすると、監視魔法を簡単に弾き返してしまえば、それはそれで問題になる可能性もある。後ろ暗いことをしてると宣言しているようなものだからだ。たとえ鬱陶しいから弾き返したのだとしても、向こうはそう受け取らないだろう。
「念のためリアとミレイナの部屋も調べるか? あっちは女性部屋だし」
「そう……だね。少なくとも彼女たちの部屋の監視は対処した方が良いかもしれない」
レーヴォルフも賢い部類なのだ。この監視を簡単に弾いて良いものかどうかは判断できる。国家のような大きな組織が相手だった場合、無闇に力を行使するのは悪手でしかないのだ。権力は暴力すらも上回ることがあるためである。特に明確な見方が少ない中、下手な行動をとるのは避けなくてはならなかった。
「この後ホテルのレストランに行くから……二人を誘うついでに探ってみる」
「二人には伝えないのかい?」
「……今はな」
超越者であるクウの逆探知をある程度とはいえ誤魔化せる相手なのだ。下手にリアとミレイナに話し、警戒させるのは良くないと考えたのである。特に二人は隠し事をするのが苦手であるため、常にあからさまな警戒をしてしまうことだろう。
怪しいことこの上ない限りである。
「こちらを監視している奴にも、俺が逆探知を仕掛けたことは気付いているかもしれない。正直、俺もこの手の能力はまだ使いこなせてないからな」
クウにとっても「理」と「魔眼」の特性によって情報次元を見る行為は負担になる。記号の羅列を意味として捉え、逆算していく作業なのだから当然だろう。言語学と同じく、慣れが必要になる。クウとしてもあまり自信が無いのだ。
「ともかく、まだ部屋には入っていないから盗聴も盗撮も機能していないはずだ。これはエリアを限定するタイプの魔法だから、部屋に入ったら覗かれていることに気付いていないふりをしてくれ」
「分かったよクウ」
クウはそう言って部屋へと足を踏み入れ、レーヴォルフもそれに続く。二人は内心で警戒しつつも、それを外面には出さずに普段通り過ごした。とは言っても、リアとミレイナに約束した夕食までの時間を潰すだけである。レーヴォルフは今日の疲れを休めるために椅子へと体を預け、疲れという概念が無いクウも休んでいるふりをしながら情報次元の解析を続けていた。
(魔力の流れが綺麗だな。魔道具か……流石は錬金術が盛んな国。ご丁寧に逆探知対策のダミー情報も三重に組まれているな。これ以上は無理か)
どれだけ情報次元のコードを追っても、クウに分かるのは監視されているということだけだった。逆探知対策が複雑すぎて、今のクウの知識では追いきれない。
試行錯誤しながら一時間ほど逆感知を続けたが、結局突き止めることは出来なかった。
そろそろ夕食を食べても良い時間なので、クウは椅子から立ち上がる。
「レーヴォルフ。リアとミレイナを迎えに行こう」
「ん、そうだね。分かったよ」
レーヴォルフもクウに続いて立ち上がり、照明を消して部屋を出る。オートロックなので鍵を忘れないようにしつつ、二人は少し離れた場所にあるリアとミレイナの部屋を目指した。同じ階であるため、歩けばすぐである。
クウは扉の前に立ち、軽くノックした。
数秒ほどで静かに扉が開けられる。
「兄様でしたか。夕食ですか?」
「ああ、準備できているか?」
「はい。私もミレイナさんも大丈夫です」
「だぞ!」
リアがそういうと、ミレイナも後ろから顔を出してアピールする。ホテルのレストランだが、別にドレスコードを気にする必要はないので、四人とも普段着だ。ちなみに、【レム・クリフィト】に馴染めるよう、クウ以外の三人は幾つか服を購入している。化学繊維の着心地の良い服であるため、三人とも満足しているようだった。クウは自力で服を変化させられるため、お金の節約のためにも購入していない。
四人はそのまま廊下を歩き、機械仕掛けのエレベータで一階へ。そしてレストランへと入り、家族席へと座った。
レストランは赤い絨毯が敷かれた雰囲気重視の店であり、宿泊せずとも食事を楽しめるようになっている。周囲を見てみれば、グラスに注がれた透明の液体を口に含む淑女と紳士の姿もあった。ちなみに、白ワインではなく日本酒だと分かって、驚かされたのはクウにとっても記憶に新しい。
【レム・クリフィト】では米から作った酒……この国では明酒というらしいが、これが一般的なものになっている。果物から作った酒は、かなり珍しい部類になるのだ。理由としては、お酒にするほど大量の果実を生産できないからである。
頻繁に魔物災害が発生するため、果樹園を大規模に維持するのは難しいのだ。
そういうわけで、洋風の料理に明酒という組み合わせが一般的だった。勿論、和風の料理にも明酒は好んで飲まれる。
そんな風景を遮るようにしてウェイターが現れ、深くお辞儀してメニューを示した。
「ようこそお客様。本日のメニューになります。お勧めは季節の野菜とワイバーン肉のコース料理、そして北部より取り寄せました名酒・雪崩でございます」
「なら、四人ともそれを。飲み物は果実水にして欲しい」
「畏まりました」
ウェイターは再び深くお辞儀してからテーブルを去っていった。年齢的にレーヴォルフだけは明酒を飲むことが可能だが、監視されているという現状があるので、お酒は控えた方がいいという判断である。
都合の良いことにリアとミレイナの部屋は監視されていなかったため、気を付けるべきはクウとレーヴォルフなのだ。
(まぁ、リアの部屋に監視を仕掛けていたら、幻術カウンターで精神攻撃したけどな)
お子様ミレイナはともかく、リアは立派な淑女だ。覗きをするような者には、世界公認の天使から天罰を降されることだろう。相変わらず過保護なクウである。
しかし、一般常識的に考えれば、相手は覗き犯だ。見たこともない相手に愛する妹の生活を覗かせるつもりなどあるはずがない。
(てか、俺って天使だから不埒な屑野郎に天罰降しても大丈夫だよな。虚空神ゼノネイアも善悪を司る裁きの神って言ってたし、それなら俺は裁きの天使か。リアの部屋に監視反応があったら、問答無用で凶悪な幻術を見せてやろう)
クウがそんな恐ろしい決意をしていると、四人の前にそれぞれのグラスが並べられた。食前の飲み物を運んできたらしく、順番に透明な果実水が注がれていく。甘い香りが少しだけ漂い、嗅覚が敏感なミレイナとレーヴォルフが若干反応していた。
砂漠では糖分が貴重であるため、果実水一杯でも高級品なのである。
さらに、目の前で出されているのはレストランで提供される高品質なものだ。レーヴォルフは耐えているようだが、ミレイナは生唾を飲んで注視していた。毎食のことながら、ミレイナの食欲キャラは完全に確立している。
四つのグラスに果実水を注ぎ終えたウェイターは、一礼して去っていった。すぐに前菜から順に運ばれてくることだろう。クウはグラスを右手に持ち、口を開いた。
「じゃあ、今日もお疲れ」
「はい」
「うむ」
「そうだね」
それぞれ一言ずつ言ってからグラスに口を付ける。
しばし、歓談の時を過ごしたのだった。
◆ ◆ ◆
「……予想外だ」
暗がりの一室でそんな言葉を吐いたのは、銀髪紅眼のヴァンパイアだった。彼、リグレット・セイレムは片手で額を抑えながら難しい表情を浮かべている。
それもこれも、魔道具によって監視していた対象が逆探知を仕掛けてきたのが原因だった。
「やはり超越者だね。少なくとも人族の少年クウは僕たちと同じステージにいる」
四天王オリヴィアが創造するアンデッド軍を倒したと聞いた時から予想はしていた。しかし、自国に未知の超越者が滞在しているというのは非常に困った事態である。さらに、調べると彼らは闘技大会にも出場するようだ。間違いなく荒れるだろう。
「彼らの目的は一体……」
リグレットは頭を悩ますが、クウたちが天使であるという可能性を抜かしていた。何故なら、【レム・クリフィト】にとって超越者と言えば、魔王オメガを台頭とした【アドラー】の超越者たちであり、味方であるという発想が出なかったのである。
もしもクウが天使である可能性を見出していたら、リグレットの右手に刻まれている魔法陣で魔王アリアと共に神界を開き、神に直接問いただしていたことだろう。そうすれば、すぐにでもクウたちを迎え入れることに決めたはずだった。
つまりは、微妙な擦れ違いが今の事態を引き起こしていたのである。
「次の監視はバレないように特製神具を使うかな……。カウンター対策に防御プログラム組んで、過負荷状態になったら自壊するように調整しておいた方が良さそうだね」
リグレットは完全に監視対象をクウ一人に定め、特別な監視網を構築していく。流石に彼も女性に盗聴盗撮を仕掛けることには抵抗があったのだ。この判断のお陰でクウが全力を出すことを躊躇い、微妙な擦れ違いが治らぬまま、日は過ぎていく。
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