EP271 レム・クリフィトの魔王
東に位置する魔人の国【レム・クリフィト】は広大だ。それは国土という意味ではなく、開発されている面積という意味である。その点では人の国【ルメリオス王国】を上まわっていた。
だからこそ、これだけの土地を治めるには相応の機関がいる。その頂点に立つ存在こそが魔王であり、その下に位置する政治機関だった。
ちなみに魔王には三つの側面がある。
一つは軍のトップとしての魔王だ。魔王軍最強戦力であり、更に魔王軍に最上位の命令を下す事が出来る総帥でもある。魔王の一言で戦争も引き起こせるのだ。
そして二つ目が国の象徴。日本で言う天皇のような位置づけである。
最後の三つめが立法、行政の最高意思という側面だ。新法案や政策は民主制の政治機関で決定され、それが魔王の元へと上げられて、魔王が許可を出せば政治に反映されることになる。上院下院のシステムと似ているのだ。
そして、魔王が政治に関わる時、議会堂と呼ばれる場所の魔王専用執務室で仕事している。この議会堂は日本の国会議事堂やアメリカ合衆国のホワイトハウスのように、見た目も重視した施設で、日々多くの議員たちが【レム・クリフィト】の政治に携わっているのだ。
だが、その日は議会堂に珍しい客人が現れた。
軍の施設から滅多に出ることが無いにもかかわらず、この国では有名と言って余りある人物。魔王の旦那にして最強のヴァンパイアであり、錬金術の最高権威者リグレット・セイレムである。
彼の姿を端的に表せば、銀髪イケメン。
既に八百年は生きているのだが、見た目は永遠の二十代という女性の敵のような人物である。赤い瞳と長めの耳、そして少しだけ見える牙がヴァンパイアであることを示しており、見るものを魅了させる容姿をしていた。
彼に擦れ違う者は皆、驚いて慌てて一礼し、リグレットが手に持っている物へと一瞬目をやってから仕事へ戻っていく。錬金術師として最高位の彼が手にしている物に注目するなという方が無理な話だろう。
(まぁ、別に新作というわけではないのだけどね)
リグレットは彼らの反応を見るたびに、そんなことを思いながら手に持っている物を意識する。これはリグレットが数十年前に作成した兵器、魔剣ヴァジュラだ。凄まじい大電流を生み出す魔剣というのが表の効果だが、この魔剣の真価は天候すら操るという点だ。
魔剣ヴァジュラに相応の魔力を与えれば、嵐を呼び、落雷を操ることすら可能になる。これはリグレットが魔剣を作成した際に意図的に隠した効果であるため、余程詳しく情報次元を解析しなければわからない能力となっている。
治安維持を司る第二部隊の隊長が持つことを許される最強兵器の一つなのだ。
かなり前に盗まれたのだが、ある経緯で戻ってきたので、今回はその報告のために妻でもある魔王アリアの元へとやってきたのである。
(さてと……我が愛する妻の気配はこちらかな?)
複雑怪奇とも呼べる議会堂の通路を歩いていき、リグレットは目的の執務室を目指す。緊急時以外は議会堂が仕事場の魔王アリアと異なり、研究者であり軍人でもあるリグレットの職場は軍事基地だ。彼が直々に議会堂へ来るというのは本当に珍しいのである。
だからこそ、気配を辿ることで執務室を探していた。
そしてリグレットは数分後にはとある扉の前へと辿り着き、ノックもせずに中へ入った。
「やぁ、入っているよ」
「ノックぐらいして欲しいものだね」
「あはははは。僕と君の仲じゃないか」
「仲というか、普通に夫婦だな」
部屋の主は魔王アリア。黄金を思わせる髪が特徴的であり、見る者を見惚れさせる美貌を誇っている。魔人族の王であり、【レム・クリフィト】最強の存在である。その魔王と対等であれるのは夫であるリグレットくらいなものだ。
アリアは少し呆れたような顔で書類から視線を上げ、リグレットの姿を目に入れる。
「それで何の用?」
「ああ、これだよ」
リグレットが見せたのは先程からに手に持っている一振りの剣。どこかで見たことがあるような気がするとアリアも考えたが、すぐには思い出せない。リグレットがわざわざ見せに来たということは、相応の能力を持った魔剣だということは理解できた。しかし、心当たりがない。
思い出せそうで思い出せないという気持ち悪さに眉をしかめていると、リグレットがすぐに答えを口にした。
「これは魔剣ヴァジュラ。結構前に盗み出されていた魔剣だよ。覚えていないかい?」
「っ! 思い出した」
「ようやく戻ってきたみたいだ。今日はその報告が一つ」
「他にもあるのか?」
「少しね。これが戻ってきた過程を聞いたんだけど、気になることがあって相談をしたい」
「お前がか? 珍しいな」
「下手をすれば、この国の存亡にも関わるかもしれないからね」
「……詳しく話せ」
いつになく真面目なリグレットの様子を見て、アリアはかなり深刻な問題だと悟る。そもそも、研究所に引きこもっているリグレットが議会堂まで足を運んだのは久しぶりだ。個人的な話ならば自宅でしているので、ここまで来るときは国家のアレコレに関わる場合だけである。
緊張した雰囲気になったところで、リグレットは改めて口を開いた。
「この魔剣ヴァジュラだけどね、南部の地中海に出現した海賊が所持していたらしい」
「海賊だと? また時代遅れだな」
「そう。時代遅れ! まさに君の言った通りさ」
「話を茶化すな……」
「いや、茶化していないよ。実は、その海賊は死者……つまりアンデッドだったらしいからね。君が大昔に滅ぼした海賊オリオンを覚えているかい?」
「…………………ああ、いたな」
「その間が気になるけど……ともかく、そのオリオンのアンデッドがこの魔剣ヴァジュラを持っていたようだよ」
「だが、アンデッドとして出現するのはおかしいだろう。私は【神聖第五元素】まで使って確実に潰した。アンデッドになる要素なんて……いや、一つだけあるか」
「気付いたよね? おそらく『死霊使い』オリヴィアの【英霊師団降臨】だよ。さらに言えば、このアンデッド海賊団を討伐した者も、これらがオリヴィアの眷属だったと言っていたらしい。【ネイロン】のメイクル市長からの報告書にあった」
「む……」
この時点で色々と考えるべきことが出てくる。まず、オリヴィアの眷属が魔剣ヴァジュラを所持していたのだとすれば、魔剣は【アドラー】によって盗み出されたということになる。国家が保有する兵器を盗まれたのだから大問題だろう。
魔剣ヴァジュラだったからまだ良いが、【レム・クリフィト】には決して盗まれてはならない兵器も存在しているのだ。
だが、これは別にいい。こういったことの対策はリグレットが先んじて行っているハズだからだ。
今問題にするべきは、オリヴィアの眷属を倒したという者の存在だろう。
「それで、アンデッド海賊を倒した奴の名前は?」
「クウ、リア、ミレイナ、レーヴォルフという四人組らしいね。前者二人は人で、後者二人は竜人という珍しい組み合わせだったみたいだ」
「なんだそれは? その四人は強いのか?」
「オリヴィアの眷属を倒すんだから強いだろうね。彼女のデス・ユニバースはかなり特殊な倒し方を必要とする相手だ。別次元に飛ばしたり、回復を無効化する手段が必要になる。少なくとも、まともなスキルでは倒せないのは知っているだろう?」
「つまり超越者だと?」
「可能性はある。もしくは【魂源能力】保有者だね」
それを聞いたアリアは目を閉じて難しい顔をした。つまりリグレットが言おうとしていることは、この国に超越者もしくは、それに準ずる強さの者が入ってきているということだ。それも聞いたことが無い名前であり、対策のしようもない。
彼が国の危機にも値するというだけはある事態だ。
「第一部隊に調査させるか?」
「そうだね……でも、あの部隊は諜報を得意としてるわけじゃないんだよ? 滅多に仕事が無いから諜報関係を任せているけどね」
「だが、他に動ける部隊も無いだろう?」
「いや、僕が自ら動くよ。超越者が相手である可能性が浮上したからね。ユナちゃんに任せる訳にはいかないさ」
「それもそうか……済まないな。雑事を任せて」
「何、愛する我が妻のためだよ」
この国には二人の超越者がいる。魔王アリアと、その夫リグレットだ。正確には、二人が呼び出せる二体の神獣も超越者だが、基本はこの二人である。そして魔王アリアは国主としての立場があるため、不用意に動くことは出来ない。そうなると、魔王軍第七部隊の隊長という肩書であるリグレットの方が動きやすいのは当たり前のことだ。
「僕が独自に動いてこの四人のこと調べよう。新開発の魔道具を大盤振る舞いすれば、僕でもなんとかなるハズさ。最悪は神具を使うよ」
「頼む。一応言っておくが、お前の安全が第一だぞ。戦闘行為にまで発展するなら、そこからは私の役目だからな?」
「分かっているよ。ただ、もうすぐ闘技大会もある。毎年恒例のことだけど、君の負担は大きくなるばかりだからね。なるべく頼ることの無いように立ち回るさ」
リグレットの能力が戦闘向きでないことはアリアも良く知っている。彼は研究者、開発者に近い気質であるため、元から戦いは得意でないのだ。勿論、最低限の能力は持っているが、超越者として戦うには微妙としか言いようがない。
戦いはアリアの役目なのである。
「ともかく、この魔剣ヴァジュラは置いておくよ。第二部隊長殿を呼び出して返却しておいてくれ」
「ああ、済まないな」
「それと……前から話し合っていたが、そろそろユナちゃんを本格的に超越化させた方が良いかもしれないね。どうするんだい?」
「それについては私が考えておく。もう、魔法迷宮を使った封印解放では間に合わんだろう。私自身が鍛練の相手になることも想定するつもりだ」
「毎年、闘技大会のエキシビションマッチと称して強者と戦わせているけど、やっぱり効果は期待できないようだからね」
毎年開催されている闘技大会だが、ユナ・アカツキが第一部隊の隊長に就任してからは、優勝者にエキシビションマッチとしてユナと戦わせている。これはトーナメントにおいてユナの実力が隔絶しているという理由の他に、彼女の超越化のために強者と戦わせるという側面もあった。
「安全が保障されている闘技大会で命がけの戦いをするのは無理よ」
「やっぱりそうか……あのシステムは僕の最高傑作なんだけどねぇ……」
潜在力の封印解放はLv180以降から急激に難しくなる。自身を越えなくてはならない命がけの戦いというものが少なくなり、封印強度もかなり上がっているからだ。そして幾ら強者と戦える場があったとしても、絶対に死なない安全なフィールドで戦うのだとすれば、その緊張感も台無しである。
物理ダメージを精神ダメージに変換するシステムは素晴らしい発明だが、そういった欠点もあった。闘技場として使用する分には欠点とはならないのだが……
「まぁ、どうするにしろ、今は要注意人物たちの調査が先だ。分かっているのは、昨日の昼頃に【クリフィト】へと到着した電車に乗っていたということかな? 彼らは既にここまで来ているからね。何としてでも情報を得てみせるさ」
「頼むぞ」
リグレットはそれだけ言って執務室を出る。
海賊討伐ということを成し遂げれば、それは国のトップに知られることは間違いない。入国早々に魔王たちから目を付けられていたのだった。
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