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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
再会編
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EP269 首都クリフィト


 クウたちのお陰で港町【ネイロン】は大騒ぎになった。巨大な海賊船が突如として港に出現したり、接触禁忌とも呼ばれる巨大亀型魔物アークの死体が四体も現れたりしたからだ。

 市長であるドレイン・メイクルも唖然としてしまったほどである。

 一体でも島のような巨躯を誇る魔物なのだから当然かもしれないが。

 そしてクウたちは、報酬を貰い、すぐに首都【クリフィト】へと旅立つことになった。元からクウたちは護衛としてリンフェル号の守りを担い、ついでに海賊を討伐しただけなのだ。報酬さえ貰えば、あとは解放されるのが当たり前である。詳しい調査は国の仕事なのだ。

 魔王軍第二部隊の隊長専用装備である魔剣ヴァジュラを取り戻したことでお礼と賞状を貰ったが、それ以外には特に何もない。

 今は四人で優雅な旅路を楽しんでいるところだった。



「この乗り物は凄いですね。景色が飛ぶように流れていきます」


「魔導列車だっけ? これだけの人数を一度に運べるってのも凄いけど。流石は錬金術の進んでいる【レム・クリフィト】だ」



 感心した声で感想を言い合っているのはリアとレーヴォルフだ。ミレイナはキラキラした目で窓の外に広がる景色を眺めており、クウは座席で眠っている。

 今、クウたちが乗っているのは魔導列車という公共交通機関であり、地球の電車と同じだ。【ネイロン】から【クリフィト】まで直通の列車であり、途中で幾つかの都市に停まりながら最終駅を目指す。一応は寝台列車であり、クウたちが取った一室は四つのベッドが備え付けられていた。家族用プランだという切符を取得したのである。

 日本に近い文明レベルなのでクウは驚かなかったが、他の三人は目玉が飛び出すかというほど驚いていた。最近は驚いてばかりである。



「この辺りでは盗賊なども存在しないようですね。こんな乗り物では襲いようがありませんけど」


「そうだね。治安の良さは最高かもしれない。ここ数十年で賊と呼ばれる者たちは絶滅したそうだから。国が豊かな証拠だろうさ」


「生活も便利ですからね」



 【レム・クリフィト】の文明レベルは異常なほど高い。リアやレーヴォルフの感想としてはこうなる。しかし、実際は逆だ。魔人以外の種族の文明レベルが低すぎるのである。それは全て邪神カグラの呪いのせいなのだが、二人とも気付くことは無い。

 クウのように情報次元を直接解析できるようにならなければ、完全秘匿されている呪いに気付くことは出来ないのだから。クウもこの件は秘密にしているので、リアもレーヴォルフも知らないままである。



「だけど、平和ってものも良いね。少し退屈だけどさ」


「そうですか?」


「僕たちは竜人。本能が戦いを求めている。これだけは僕も譲れないよ。クウに仮想空間で修行して貰えているから、満足しているけどね」


わたくしにはちょっと理解できないです」



 肩をすくめるリアを見て、レーヴォルフは苦笑する。

 実は先程も仮想空間による戦いの修行をしたばかりであり、その疲れでクウは眠っていた。精神世界を構築して、一つの世界として機能させるのはかなり難度が高い。一種のお遊びのような能力運用であるが、能力制御の練習にはなるので、クウも続けていたのだ。

 レーヴォルフ、ミレイナとそれぞれ二回分の仮想空間修行をしたので、クウも流石に疲れていた。



「魔物は魔王軍が完全に対応するから市民は安全が保障されている。【砂漠の帝国】では有り得ない」


「人族領でも有り得ませんね。冒険者や騎士団が対処していましたが、魔物の被害は大きかったです」


「でもそうなると、僕たちは魔物と戦えないからつまらないのさ」


「そういう問題ですか……?」



 レーヴォルフにとって【レム・クリフィト】は平和過ぎるのだ。一般市民は様々な職業に就いて文化的な活動を行い、平和維持は魔王軍が全てを担っている。頻繁に魔物の侵攻も発生しているが、圧倒的な軍の力で被害は全くない。

 市民が力を持たなくとも、安全に生きていけるシステムが完成しているのだ。

 逆に言えば、市民が戦いに関わることは無い。最低限の自衛は出来るようだが、進んで戦いに臨むということは無いのだ。

 レーヴォルフはそんなことを言いながら少しだけ気を張りつめていたが、次の瞬間にはフッと気を緩めて口を開いた。



「でもね、最近は教師役ってのも良いと思っているよ」


「教師役?」


「そうさ。ミレイナを教えながら思ったことだよ。なんて言ったらいいだろうね……まぁ、弟子が成長していく様子を見るのは楽しいのさ。といっても、僕は人生の半分以上を牢で過ごしているからね。まだまだやりたいことはあるよ」


「そう言えばそうでしたね。完全に馴染んでいるので忘れていましたが」



 誰もが忘れがちだが、レーヴォルフは牢から出て少ししか経っていない。経験豊富に見えて、まだ彼にも未熟な部分はあるのだ。その天才性から全く目立たないのだが……



「そう言えば、レーヴォルフさんはこれからどうするのですか? もう砂漠には戻れないですよね」


「まぁね。なんか裏切り者ってことになっているみたいだし」


「理不尽だと思いますが……」


「捕まってた僕が悪いよ。こうしてクウたちと旅に同行できるだけマシさ。【レム・クリフィト】で何か職業を見つけて働くよ。いつまでもクウの世話になる訳にはいかない。幸いにも、魔王軍は試験に通れば誰でも入れるからね。戦闘力を生かすさ。リアもどうだい?」


わたくしはちょっと……あまり戦いは好きではありませんし」


「魔王軍には治癒や物資運送、情報伝達専門の部隊もあるらしいけどね……まぁ、リアの場合はクウがどうにかするんじゃないかな?」


「兄様が」


「うん。見ていれば分かるけど、かなり過保護だよね」



 リアがそれを聞いて思い当たるのは海賊船での出来事。クウが昔の話を語ったときだ。



わたくしでは頼りないのでしょうか……)



 しかしそれは事実である。

 回復系の魔法においては群を抜いているが、攻撃は足りない。それは効果や威力の話ではなく、覚悟の面だった。リアは他者を傷つけることを酷く嫌う。これは人として徳たりえることだが、容赦すべきではない敵に対しても躊躇いを覚えるほど、傷付けることに対する覚悟が足りない。

 ちなみに回復の面でも、今のクウには必要のないことだ。

 リアを保護対象として見ていても、それはクウからすれば当然のことなのである。

 十五歳の少女に覚悟を求めるのはお門違いかもしれないが……

 四人は列車に揺られ、首都【クリフィト】への道を行く。

 彼らが目的地に到着したのは、翌日の昼頃だった。







 ◆ ◆ ◆






「兄様、起きてください」


「ん?」



 リアの掛け声でクウは目を覚ます。列車に乗っている間は眠っている時間が多く、目覚めたクウが初めに見たのは呆れ顔のリアだった。



「どうした? 何を呆れているんだよ」


「……よく眠れますね」


「ああ、超越化したからな。その辺は自在なんだよ」



 超越者は肉体に縛られる存在ではない。その身体は霊力の結晶であり、疲労などと言う概念は無縁だ。勿論、精神的な疲れはあるのだが、疲労で眠らなければならないということは無い。その気になれば、不眠不休で活動し続けることが出来る。

 だが、逆にいつでも眠ることだって可能なのだ。

 眠りたいときに意識を落とし、活動を停止させることが出来る。考えを整理したり、精神疲労を取ったりする場合には役立っていた。

 超越者となって睡眠の意味が変化し、望む限り眠り続けることができるようになったため、クウは精神的な疲れを癒し、考え事をするために眠っていたのである。

 ちなみに、考え事とはユナの件だ。



(会いたいのに憂鬱とはいかに……)



 今更だが、二年ほど会わなかった反動が怖い。仮に全く気にされないのも心が痛むが、恐らくそれはないだろう。間違いなくユナは――



(っ! 寒気が……)



 そこまで考えてクウは思考を止める。結局、睡眠中に思考を繰り返しても、顔と名前を隠して事前調査するという案以外には出なかった。



(そもそも、どうやって魔王に会うか……だな)



 初めは気にしていなかったが、よくよく考えれば魔王に会うのは難しい。国のトップに、外国から来た異種族が謁見など普通は有り得ない。天地がひっくり返っても、まともな方法では魔王に会うことが敵うとは考えられなかった。

 そうなると、非合法な手段で会うということになる。



(……というか、初めからそうやった方が楽だよな)



 クウの能力は、言ってしまえば催眠系だ。潜入や情報搾取はお手の物であり、《神象眼》で現実を塗り変えれば何とでもなる。

 一瞬でそんなことを考え、クウは現実へと意識を戻した。



「よし、じゃあ列車から降りるぞ。忘れ物は無いか?」


「大丈夫です」


「私も問題ないぞ」


「そもそも、荷物は殆どクウが持っているじゃないか」


「それもそうか」



 大きな荷物はクウが虚空リングに収納しているため、他の三人が所持しているのは個人的なお金や、武装類などだ。それらも全て収納魔道具に入れているため、基本的に忘れるほど散らからない。

 四人は列車を降り、首都である【クリフィト】の駅に到達した。



「ほー、凄いな」


「何て大きな……まるで王宮です」


「良い匂いがするな!」


「確かにね。僕たちの里の城よりも豪華だ」



 感想は四者それぞれ。

 この駅は【クリフィト】の中心部にある駅であり、ここから様々な方向へと線路が伸びている。都市線だけでなく、クウたちが利用した長距離線の線路もこの駅が中心となってるのだ。

 名前は勿論クリフィト駅である。

 駅の中には様々なテナントが展開されており、ミレイナが反応したのは、その中で食べ物を扱っている店なのだろう。クウの知覚能力で地下空間も認識できたため、駅はかなり大規模なのだと分かった。



「よし、先ずは改札を出るぞ。その後は宿探しだ」



 こういったものに耐性のあるクウが他の三人に呼び掛ける。

 完全に初めて来た街であるため、気を抜けばあっという間に迷子になるだろう。クウならば問題なく探せるが、余計な時間を取ってしまうことは間違いない。まずは拠点となる宿を探し、それから街の情報を手に入れなければならない。

 初めて召喚された時に見た王都も大きかったが、この【クリフィト】は別格だ。およそ十数キロに渡って街並みが形成されており、その中身も複雑怪奇。更に人通りも多いのだ。

 クウが先頭に立ち、他の三人も改札を目指す。

 迷路のような駅構内だが、ご丁寧にも案内板があるため、迷うことは無かった。四枚のチケットを改札で駅員に見せ、四人はそのまま駅の外に出る。

 広がっていた光景は、まさに都会だった。



『………』



 天を突くような摩天楼……とまでは言わないが、それなりの高層建築物。

 道路は綺麗に舗装され、高速で走る乗り物が通り過ぎていく。街はどこまでも賑わっており、昼時だからか、行列を為している食事処も見える。

 まさに格が違うと表現できる都市だった。

 クウは少し眉をひそめただけだが、リア、ミレイナ、レーヴォルフは言葉を失って固まる。そしてそれを見た通行人は、何かを察したような表情で通り過ぎていた。初めて【クリフィト】を見た者は皆、このような反応をすると分かっているからだろう。



(なんか……人族と差つき過ぎじゃね?)



 中世レベルと近代レベル。

 邪神の呪いは想像以上に影響を与えているようである。







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