EP26 フィリアリアの頼み事①
「まさか私を超えるほどの回復術師がいたとは……驚きです」
地球の進んだ知識を持つクウの使う回復魔法に驚くフィリアリア。
イメージによって効果が左右される魔法は、ただ治って欲しいという曖昧な願いよりも、きっちりと現象と仕組みを理解して使った方が効果が上がるのは当然だった。だが、それを知らないフィリアリアはクウが空前絶後の大魔導を行使したように見えてしまっていた。
(私の手の届かないほどの魔法、噂通り20階層をソロで突破する実力。クウさんは謎が多いですがギルド嬢の印象や私たちの叫び声を聞いて助けに来てくれる優しさを思えば、私の頼みごとを聞いてくださるかもしれないですね)
物思いにふけるフィリアリアをよそに、メイドのアンジェリカがクウへ疑問を尋ねた。
「そう言えば私たちはクウ様が来てくださったときに迷宮効果の幻覚を解除されていたように見えたのですがどうなさったのですか? 現に私たちは今も幻覚を見ていないようですし」
「え? ああ……そうだな。まぁ迷宮効果を無効化できるスキルを持ってるとだけ言っておくか」
「め、迷宮効果を無効化ですか!? そんなとんでもないスキルを持っていたらどのパーティでも引く手数多になりますよ!?」
「信じられません……と言いたいところですが、現に私たちを助けて下さったときに幻覚を解いてくださっていますし、私の肩の傷を癒してくださったようにあれほどの魔法の使い手ですから……」
冒険者を苦しめている虚空迷宮の特殊な迷宮効果を無効化してしまう。これがどれほど重要なことか、普段から幻覚が効かないクウには理解できていなかった。《虚の瞳》の能力を隠すつもりで漏らした言葉が常軌を逸したものだと気づいてクウも「しまった」と心で呟く。
だが後悔しようにもすでに遅く、考え事をしていたフィリアリアがガバッとクウの方を向いて、興奮した様子で口を開いた。
「クウさん! 幻覚を無効化できるとは本当ですか!? いえ、現に今も私たちは幻覚を見ていませんし本当なのでしょう。是非とも私の頼みを聞いてくださいませんでしょうか?」
「パーティに入れとかなら却下だぞ?」
「はうっ!? 何故わかったのですか!?」
「この話の流れならそうくると思ったからだ」
「貴様! お嬢様の頼みを聞きもせずに断るとは無礼な奴め! 貴様はここで―――」
「そのお嬢様を守り切れずに俺に助けて貰ったのは誰だと思っている?」
「あっ……くっ……」
「それからこの虚空迷宮の特殊効果を分かっていながら精神値不足の状態で攻略に乗り出すのがおかしいんだよ。俺に頼らずレベルを上げてろ」
「っ! 言わせておけば……!」
「ステラ! クウさんはこちらの事情を知りません。それにクウさんの反応も当然です。そもそもステラは助けられておきながら未だにお礼も言っていないのですよ? この際だから今言っておきなさい」
「しかしお嬢様……この者は平民です。お嬢様が危機に陥られたならば助けるのは当然であり、お礼など言わずとも……」
「ステラ!」
言い争うフィリアリアとステラにオロオロするメイドが2人。何やら険悪な雰囲気になり、このまま騒がれては周囲の魔物を呼び寄せることになると思ったクウは面倒に巻き込まれる前に立ち去ろうと考えて、無言で立ち上がった。
「おい貴様は逃げるつもりか! 平民のくせに貴様は先ほどから―――」
「黙ってろ」
クウはステラを睨みつけて《虚の瞳》で首を刎ねられるイメージを見せつける。
「――――っ! うっ……かはっ……なんだ今のは!?」
死のイメージを植え付けられたステラは内心だけでなく顔中にも汗を流してクウに目を向ける。
「――ひっ!」
死ぬという恐怖は刻み込まれるとなかなか取れない。クウの精密な幻覚で殺される瞬間を脳に刻み込まれたステラは既にクウに逆らうことなど出来なかった。
「先ほどから平民がどうとかとうるさい奴だな。そもそも俺は平民じゃないぞ?」
「な……に……?」
「そうだな……俺は一応ではあるが国のトップになる権利を有する身分だ」
「まさか……おう……ぞ……く……?」
「さあな? ご想像にお任せするよ」
クウの言っていることは嘘ではない。
国と言ってもルメリオス王国だとは一言も言っていない。それに日本では身分制度は廃止されているので平民という身分は存在しないし、投票によって国民全員が国のトップである総理大臣になる権利を有している。なれるかどうかと言えばまずなれないだろうが、嘘ではないのも確かだ。
だが、クウに対して完全に屈してしまい、まともに思考できないステラは普段なら疑うようなことを言われてもただコクコクと頷くことしかできなかった。
涙目で打ち震えるステラを見て「ヤバい、やり過ぎたかも」と心の中で焦るクウだが、見た目は平静を装ってフィリアリアに向きなおる。
「ま、まぁそういう訳でパーティを組むのは断る」
「どうしてもでしょうか? え、えっと……クウ……様?」
「あ、別に様付けじゃなくていいよ。俺がここにいるのは国には秘密だし」
「そうですか。何か訳アリなのですね。ではクウさんと呼びましょう。」
「ああ、確かに訳アリではあるな(というか無理矢理に召喚されたんだが)」
確かに嘘はついていないが、なんとなく心が痛むクウであった。
さすがのクウも21階層での幻覚耐性のないフィリアリアたちをこのまま置いておくのは人としてどうかと思ったため、大金貨1枚を報酬に貰うという形で21階層と22階層の間にある転移クリスタルまで送っていくことになった。その間、当のステラは一貫してビクビクしていたそうな。
「結局ここまで送ってくださり、感謝します。この礼はきっと近いうちに」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「こ、ころさないでください……」
「ステラ……違うでしょう?」
「は……ひゃい……あり……ありがとうございま……ひっ!」
(あ、この子はもう俺に心が折られているな。やり過ぎた……)
少し罪悪感を覚えたクウはステラに近寄って頭に手を置く。ステラはといえば、いきなりクウが近寄って頭に手を置いてきたのパニックになって、思考がショートしかけていた。
だが、クウはそれに構わず闇魔法の詠唱を始める。
「『心に巣食う闇
分極し、安定せよ
この手に集まれ
《精神蘇生》』」
スッとクウが手を引き抜くと、ステラの頭から闇色の球体が出てきた。それと同時にステラは気を失って倒れそうになったので支えてやる。クウは闇色の球体を握りつぶしてステラの身をメイドに預けた。
「何をなさったのですか?」
「精神が壊れかけてたから治しておいた。さすがにやり過ぎたと反省している」
フィリアリアが心配そうにステラを見つめる。
「汚染」の特性を逆に利用して負の感情を抽出し、「滅び」の特性でそれを消し去る闇魔法だと説明すると驚いたような顔をした。
精神攻撃などに用いられることが多い闇魔法で治療ができるということに驚いたフィリアリアだが、クウとしては地球にあった催眠療法をイメージして作った魔法なので、その画期的な発想にすごさを見いだせていなかった。こうしてクウの知らないうちにフィリアリアの評価が数段階アップしていたのだった。
「クウさん。本当にありがとうございます。ステラもクウさんに迷惑をかけたにも関わらず治療までしていただいてしまって……」
「別にいいよ。こっちも魔法の実験ができたしな」
クウの後半の言葉は小さな声で言ったのでフィリアリアには聞き取れなかった。
フィリアリア、アンジェリカ、レティス、そして気を失ったままのステラはそのまま転移クリスタルで迷宮のエントランスへと跳び、クウは22階層の攻略に乗り出すことにした。
「って、あいつらを助けている間に昼が過ぎてたんだな。せっかく階層の間の安全地帯にいるわけだし、ここでお昼ご飯でもいただこうかな」
そう言ってアイテム袋から買っておいたサンドイッチを出して食べ始める。迷宮内は基本的にどこにいても危険だが、階層をつなぐ階段と転移クリスタルの部屋のみは魔物もトラップもない安全地帯になっていた。浅い階層ならば、休憩する冒険者で溢れていることもあるのだが、20階層を過ぎると冒険者の数が激減するので、一人でゆっくり休憩することが出来た。
「さてと、魔法の実験の続きといこうかな」
手に付いたソースをペロリと舐めて、装備を整え立ち上がる。時計を見れば既に1時になっているにも関わらず、今日の成果は21階層のみだ。もちろん普通の冒険者は1階層を進むのに何日もかかることの方が多いので、1日に3階層も4階層もクリアするクウは異常なのである。
鞘に納めたムラサメを左手に、警戒しながら22階層を真っすぐ歩いていく。時折ゴブリンが出てくるが、弱すぎて魔法の実験にならないのでオークかリザードマンが出てくるまでMPを温存することにした。
「キシャァァァァ!!」
「やっと来たな。リザードマンか」
「シャアァァァァッ!」
相変わらず素早いリザードマンの攻撃を樹刀の鞘でいなしていく。全く攻撃が当たらないリザードマンは苛立ちを見せるが、クウはムラサメを抜くことすらなく鞘のみで攻撃を躱し続けた。
「動きが単調なんだよ。
『滅びの暗黒
敵を貫け
我が敵に滅亡を与えよ
《暗黒滅弾》』!!」
詠唱が終わると同時に黒い弾丸がリザードマンの身体を貫く。当たったのは左足の付け根だが、突如その傷口が広がってボロボロと崩れ落ちた。
「ギシャアァァァァァッ!」
あまりの激痛に絶叫するリザードマン。
この魔法は闇魔法の「汚染」と「滅び」の特性を全面的に押し出した攻撃特化の魔法だ。触れたところから「汚染」して「滅び」の効果で細胞を殺す。銃弾をイメージして貫通力を上げることで触れる場所の面積も増大し、効果が飛躍的に上昇する恐ろしい魔法だ。
利点としては消費MPが10程度で1発が創れることと攻撃速度が速いこと。それに慣れれば詠唱省略や無詠唱ができるだろうということだ。「滅び」の特性は扱いにくいが、細胞の概念があるクウならば範囲を限定することで十分に扱うことができる。この世界エヴァンの住人は細胞を知らないので一部に「滅び」を与えるにしても、範囲の指定ができないのだ。
ちなみに欠点は手加減が出来ないことだ。当たれば致命傷になりかねないので無暗に人に向けて使う訳にはいかない。試合形式の対人戦ならば精神攻撃の方が重宝するだろう。
そう分析したクウは左足に大穴を開けられて痛みでのたうち回るリザードマンにトドメを刺す。
「人に使うなら《暗黒滅弾》よりも《恐慌滅心矢》の方がいいかもな。こっちは傷が付かない攻撃だし。魔物には《暗黒滅弾》を連発した方がMP効率がいい」
一通り実験を終えたクウは最終的に24階層まで到達して転移クリスタルに触れて地上へと戻った。