EP266 朝食
海賊の死霊オリオンと戦った翌日、クウたちを乗せたリンフェル号は無事に港町【ネイロン】へと到着していた。着港したときには既に夕方であり、結局船で一泊して翌朝に積み荷を降ろすとともに上陸することとなったため、クウたち四人が【ネイロン】へと降り立ったのは更に翌日の早朝だった。
まだ少し早いが、これから【ネイロン】の市長の下に向かい、海賊の件を報告しなくてはならない。まず【ネイロン】側は海賊の存在すら認知していないため、そこから説明しなくてはならないだろう。報告には猫獣人の首長ヴァイスからの手紙を持ったレプト船長も同行することになっている。
その前に、先ずは朝食を取ろうと四人だけで出て来たというわけだ。
「ここが魔人の国か。結構普通だな」
「そうですか? 私としては見たことのない風景なのですが」
「私も驚いているぞ。私たちの国は砂漠ばかりだからな」
「頑丈そうな建物だね。粘土とは少し違うみたいだ」
初めて魔人たちの街をみた感想は四者でそれぞれ。
鉄筋コンクリート製の建物が多く建ち並び、屋根は赤色で統一されている。都市計画がしっかりしていたのか、街路も真っ直ぐ綺麗だった。港部分では数十の船が一度に停泊することが出来るほど大きな造りになっている他、端にはドックのような物も見える。さらに港に隣接して大量に並んでいる倉庫が、交易の盛んな街のイメージを彷彿とさせていた。
テレビなどで似た光景を見たことのあるクウからすれば普通だが、他の三人にとっては珍しいものだったようだ。
「ともかく近くの店に行こう。港だし、もしかしたら新鮮な魚が食べられる店があるかもしれない」
感動する三人に対してクウは苦笑しながらそう告げる。
やはり《邪神の呪い》による文明力低下が無い分、魔人族は文化も発展しているらしい。街並みだけでなく、料理にも期待できそうだというのがクウの予想だった。リンフェル号での船旅途中でも、暇を見て船員たちと会話し、その中で醤油や味噌に近いと思われる調味料の存在も確認している。これらの発酵食品は魚介類と非常によく合うため、クウとしても料理は楽しみだった。
(久しぶりに味噌汁とか食べたいな。あと煮付けとか刺身も良い……)
長らく和食を口にしていないため、そろそろ恋しくなってきている。朱月家は和食が多かったため、こうして醤油や味噌と離れた生活というのは意外と寂しいものだった。毎日食べていると何気ないものなのかもしれないが、こうして離れてみれば、和食がソウルフードとして刻まれていたのだと実感する。
失ってみなければ気づかないことも結構あるものだ。
(っと……そんなことよりも、良さそうな店はないかな?)
少しだけ街に入ってキョロキョロと見渡すと、食堂らしき店は幾つか並んでいた。どうやら早朝に出て戻ってきた漁師たちが通う店らしく、取った魚を持ち込もうとしている者もいた。頼めば調理してくれるらしい。
普通に注文すれば料理も出てくるので、クウはそこで良いだろうと勝手に決めた。
「あの店に入るぞ」
「分かりました」
クウの言葉にリアだけが返事をして、ミレイナとレーヴォルフは無言のまま付いていく。すっかり食欲キャラを確立させたミレイナと、まだまだ食べ盛りなレーヴォルフにとって、今は店から漂ってくる匂いの方が重要らしい。
四人はそのまま店へと歩みを進めていき、クウが先頭になって引き戸を開けた。ガラガラという音が響き渡り、中で食事中だった人たちからの注目を浴びる。
人族や獣人も混じっているが、こうして眼球が黒い魔人が一斉に目を向けてくるというのは一種のホラーだった。
「いらっしゃい。四名様で宜しいですかい?」
「ああ」
すかさず現れた店員の指示従ってクウたちは店を歩いていくが、人族と竜人という組み合わせが珍しいのか、かなりの視線を浴びることになった。クウはこういった視線に敏感になってしまったので、少しだけ居心地の悪さを感じながらも案内される。
そうしてクウたち四人が案内されたのは、店の少し奥にあるテーブル席だった。脇にはメニュー表に加えて、各種調味料、呼び出しボタンらしきものすら置いてある。日本のファミレスと同じくらいのサービスだった。
クウは苦笑しつつも座って、メニュー表を二つ手に取り、机の上に並べる。クウの隣にはリア、そして向かい側にミレイナとレーヴォルフが座っているので、それぞれ隣同士で見ることになるだろう。
そして案内してくれた店員は「メニューが決まりましたら呼んでください」と言って去っていく。この一連の流れに、リア、ミレイナ、レーヴォルフはひたすら目を丸くして驚いていた。
「丁寧ですね……貴族御用達のお店みたいです。店の雰囲気は大衆食堂ですが」
「私としては料理屋自体に驚きだな」
「確かにね。【砂漠の帝国】には料理屋さんなんてなかったし。精々が屋台の料理かな。植物由来の食料資源が乏しいから、魔物から簡単に手に入れられる肉類しか余裕がないのが理由だね」
クウ以外の三人からすれば、これほど丁寧な対応をしてくれる店というのは珍しい部類に入るらしい。クウとしては日本でのイメージが残っているので違和感などないが、リア、ミレイナ、レーヴォルフは困惑を隠しきれないようだった。
ソワソワとしながら店内を見渡しているのを見ると、田舎からやって来たお上りさんにも見える。そして対するクウは、三人を無視してメニュー表をパラパラと捲っていたのだった。
(魚の名前が分からん……)
残念ながらクウにはこの世界の魚の固有名を判別できないため、書いてある料理がどういったものなのかを予想できずにいた。この世界に転移した時点で、自動的に文字が読めるようにはなっているのだが、流石に固有名詞を判別するのは無理である。
地球と同じものならば翻訳して理解できるようだが、この世界特有の物の場合は、判別できないらしい。つまり、メニューに載っている魚は地球にはないものばかりなのだろう。
クウは仕方なく、適当な定食を選ぶことにした。
(まぁ、焼き魚定食ならハズレはないだろ)
シンプル故に魚本来の旨味が全てを決定する料理。港で水揚げされたばかりの魚を使うのだから、間違いないくハズレはないと断言できる。
そして他の三人も当然ながら、メニューを理解できるはずもないため、クウと同じメニューを選択するという無難な結果になるのだった。
しかしその選択は間違っていなかったというべきだろう。
「……旨い。鮭に近いな。見た目は白いけど」
「兄様。この二本の棒はどうやって使っているのですか?」
「クウ。私も教えて欲しいぞ!」
「こんな感じかな? お、出来た」
白い切り身に箸を入れるクウと、初めての箸に悪戦苦闘するリア、ミレイナ。そして初見で箸を使いこなす天才レーヴォルフ。結局、クウがリアに、そしてレーヴォルフがミレイナに箸の使い方を教えつつ食べることになり、和気あいあいとした食事の時間を過ごした。
クウとしては箸があることに驚きだったが、食器としては二本の棒でしかないのだ。世界が変わっても、案外簡単に思いつくモノなのかもしれないと考えて納得する。そして久しぶりの魚料理に舌鼓を打つのだった。
海が近いことから塩も豊富に使用されており、人族領での料理よりもおいしく感じる。これ程まで存分に塩を使うのは貴族料理くらいであるため、リアとしても懐かしさを感じるひと時となった。
当然、塩が貴重だった砂漠出身のミレイナとレーヴォルフは驚きの連続である。
「兄様は何故この食器を使うのがお上手なのですか?」
「俺の故郷ではこの食器が普通だからな。早けりゃ三歳ぐらいから使い始める」
「器用ですね」
「慣れだな。まぁ、【レム・クリフィト】は食器も食事も俺の故郷に似たものが多いな。ちょっとだけ懐かしい気分だ」
文明レベルが高いからか、地球でも見かけたものが結構多い。勿論、和風の物だけでなく、洋風や中華風のものまで様々だった。それらがごちゃ混ぜになった結果、現代日本に近い風景を見せているというわけである。
取り入れ、自己流に進化させるのが日本人の得意分野だ。
こう言った混沌とした風景でも、意外と違和感を感じないのは、魔人たちも綺麗に噛み合わせているからなのだろう。【レム・クリフィト】には人、魔人、獣人、竜人、ヴァンパイアが混じって住んでいるため、文化の合成変化は珍しくないのだ。
箸を使い慣れているクウは一歩先に食事を終わらせ、一息つく。
この世界に召喚されてから九か月。色々なことがあった。そしてようやく目的だったユナ・アカツキとの再会が迫っている。
どんな顔をして会えばいいのか、少しだけ分からなくなっていた。
(……まぁ、しばらく会えなかった反動が凄そうだよな)
ユナのクウに対する愛情は凄まじく重い。クウが召喚されてからは九か月だが、ユナがこの世界に召喚されたのは二年近く前だ。その間はクウとのスキンシップも無しであり、再開時にどれだけの反動が待っているのかと怖くなる。
(取りあえず顔を隠して、様子を見ながら会った方がいいかな)
勿論、クウもユナのことは好きだ。親愛もあるし、家族愛もあるし、加えて恋愛感情もあるのではないかと自己判断している。だが、キス魔と化したユナが襲いかかってくる恐怖は別物だ。アレは逃げなくてはならないと六年間の生活で学習している。
幸いにも今のクウは超越者だ。特に幻覚系の能力を有しているので、誤魔化し方は幾らでも思いつく。その気になれば、相手の意思干渉することで、クウの顔を認識させないことも可能だ。
(それともう一つの問題は……)
クウがそんなことを思いながら視線を向けるのは、箸で魚を食べることに苦戦している義妹リア。会わせれば、ユナに問いただされること間違いないだろう。『私を二年も放っておいて、くーちゃんはこんな子と旅してたんだ。ふーん』などと言って刀で斬りかかってくる可能性も視野に入れるべきだ。
最もクウが恐れるのはユナのヤンデレ化である。
今どきの深夜アニメのような展開も、ユナなら有り得るとクウは考えていた。
(ヤベェ……マジでどうしよう)
今更ながら冷や汗を流し始めるクウ。天才的な頭脳で解決策という名の言い訳を考えるが、ユナには無意味となるだろう。何を言っても『だから?』で済まされるに決まっている。
このままではオロチと戦った時よりも(心理的に)危うくなるかもしれない。
(直接【レム・クリフィト】に行かずに、【砂漠の帝国】を回ってから入国したのは正解だったかもしれないな……少しだけ時間を稼げる。これを見越していたのかゼノネイアは)
全くそんなはずないのだが、何となく現実逃避したかったクウはそう思うことにした。
気付きたくなかったことに気付いてしまったクウの朝食は、このまま終わりを迎えることになる。
ユナとリアのどちらをメインヒロインにするか……
取りあえず二人ともにフラグを立てておきます。
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